第383話 暴竜3


 機械種テュポーンから放たれた大火球は、俺が思っていた方法とは全く異なる方向性で凌ぐことができた。


 コレも俺の計画通り……と言う訳ではないが、結果オーライとしておこう。


 『宝貝虐待だー!』と喚き立てる打神鞭を宥めすかして、七宝袋へと戻し、次なる攻撃に備える俺達。


 上空にある機械種テュポーンはようやく自機に燃え移った炎を消し終えた様子。

 不気味な程、静けさを保ったまま、翼を大きく広げて状態でこちらを見下ろしている。



「ふむ……多分、次の攻撃が最期かな。おそらく最大の攻撃が来るのだろう」


 ここまで自分の攻撃を凌ぎ、そればかりか手痛い反撃を受けた相手だ。

 もう向こうに油断などあるはずが無い。

 自身の最大の攻撃を以って、こちらへと仕掛けてくるはず。



 だが………

 それが俺が誘導した結果とは思うまい。

 機械種テュポーンの元ネタを考えれば、最後に繰り出す攻撃と言えば、その名の由来となった攻撃に決まっている。




「マスター!見てください!上空の雲が……」


 森羅からの鋭い声。

 

 その声に従って、空に浮かぶ雲の様子を見上げると……


 

「おお……すげえ!」



 俺の口から漏れた感嘆。

 

 それは上空にある機械種テュポーンを中心に雲が渦を巻いている光景のこと。

 まるで台風の目のごとく渦巻き状の雲がドンドンと集まってきているのが分かる。


 尋常ではないのは、その範囲だろうか。

 もう見渡す限りの空一面にまで影響を与えている。

 普通に考えれば、数十キロ以上の効果範囲と言えるだろう。


 もうこうなれば台風を操っていると言っても良い能力。

 その名の通り、最後に繰り出すのは『風』、又は『大気』による攻撃だろう。


「マスター、上空の大気に気圧の変化が起こっております。敵はおそらくダウンバースト現象を起こすようです」


「ほう……ダウンバースト現象か。確か下降気流だっけ?上空から冷たい風が吹き付けてくるんだよな。まあ、これも俺の予想の範囲内か」


 秘彗からの情報を受け、自分の計画に大きなずれが無いことを確認。

 竜巻か、それとも、突風か、そんなところを考えていたけど、大した違いはあるまい。

 

「主様、お気を付けください。かの者の力は機械種の中でも最高峰です。特に大気を操ることに関しては右に出る者はいないでしょう」


「大丈夫。これについては対策はある。そもそも、それがあったからこの作戦を考えたんだからな」


 ヨシツネの忠告を余裕の笑みで返す。

 

 そもそも、空にいることを除けば、俺にとって相性の悪い敵ではない。

 向こうが司るのが『台風』である以上、その切り札は俺には通用しないのだ。



「よし、相手の攻撃方法も分かったところで、こっちも対策を行うか」


 と言って取り出すのは、俺の自信の根拠でもある宝貝 混天綾。



「キィキィ!」


 ピチョン



 俺が七宝袋から取り出した混天綾に、嬉しそうに挨拶する廻斗。

 驚いたのは混天綾から返事が返ってきたことか。

 野賊の本拠地に侵入した時、廻斗はずっと混天綾に包まれていたから、何か絆でもうまれたのだろうか。



「豪魔!今から広げるからコレを盾にするんだ」


「承知……」


「皆!豪魔の影に入れ。絶対にこの混天綾の外に出ないように」


「ハッ」


 皆を代表してヨシツネが応える。





 そして………





「来たか?」


 辺り一帯の音がいきなり消失。

 また、吹いていた風も突然静止。

 この空間だけ音の無い世界に放り込まれたような感覚に陥ってしまいそう。


 正しく嵐の前の静けさと言うべきモノだろう。


「こっちは準備万端だ」


 邸宅を包めるほど広げた混天綾を頭からすっぽり被った豪魔。

 その影に入る我がチームメンバー達。


 流体を操る混天綾の元にいる限り、風による攻撃は効きはしない。


「さあ、いつでも来い!」


 そう俺が呟いた瞬間………








 空が落ちてきた。



 




 ボフォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオおおオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!!!!!







「ま、守れ!混天綾!」



 ピチョン



 凄まじい音が回り全体に響き渡る。

 風が大地を削り、地を割き、地表のモノ全てを吹き飛ばす暴風。

 それは天から振り下ろされた鉄槌に等しい。

 

 もう風速何メートルなのかも計測不能。

 もしかしたら風速何百メートルといった訳の分からない数値なのかもしれない。


 しかし、宝貝 混天綾の元にいる限り、風による影響は受けはしない。

 効果範囲はそれほど広くないから、台風自体を消すことはできないが、それでも自身に触れる風圧を無力化するのは容易い。



「凄いですね。外は嵐なのに、この布の中は全くの無風。先ほどの水のドームといい、拙者達には全く原理が理解できませぬ。これで主様は宝箱のことを理不尽とかおっしゃるのですから、拙者達は一体何を理不尽と捉えて良いのやら……」


「うるせー、ヨシツネ。これは俺の中では理解できるものなんだよ。宝箱とは違う。その件についてはまた今度じっくり話し合おうじゃないか」


 ヨシツネが漏らした感想に対し、多少強引に反論する俺。

 これも余裕がなせる軽口の叩き合い。


 もうここまでくれば少なくとも負けは無いのだ。


 あとは、最後の締めさえ決めれば、俺達の勝ちであるはず。


 


 


 

 そして、天の怒りとも嘆きとも言える暴風が止み………







「ひゃあ!なんという威力だ……」


 風が止んだところで、混天綾の外に出てみれば、そこは完全なる更地と化した地平線。


「ここまで大地を削るなんて、これでは軍隊なんてひとたまりもないな」


 俺達が居た場所だけが他の地面より数m程盛り上がっている。

 つまり、見渡す限りの大地を風の圧力だけで1m以上も削ったのだ。

 

 その破壊力は想像を絶する程。

 俺達以外であれば間違いなく生き残れなかったに違いない。



 見上げれば、機械種テュポーンはまだ天空にあり、こちらを唖然と見下ろしている。

 もちろん、『唖然』という表現は俺の印象に過ぎないのだけど。

 

 ……まあ、この状況を見るなら、向こうがそうなっていてもおかしくはない。


 何せ空の守護者の最大最高の技を無傷で防がれたのだから。

 





「さて、後は仕上げだけか………」


 

 右手に莫邪宝剣の柄を握りながらゆっくりと足を進め、皆から離れた位置に移動する。



「マスター!お気をつけて!」



 背後からかけられた秘彗の声に振り返らずに手だけを振って返す。



 巨大な敵へ挑むのは、たった一人の英雄と決まっている。


 邪竜ファーヴァニルを討ったジークフリート。

 迷宮の王ミノタウロスを討伐したテセウス。

 多頭蛇ヤマタノオロチを退治したスサノオ。


 元の世界の神話や物語では怪物に対し、パーティ戦を挑む方が稀なのだ。



 全ての攻撃をしのぎ切り、痛手を与えたパーティのリーダーと思しき人間が、たった一人で挑発するからこそ、向こうも興味を惹かれるに違いない。



「主様、ご武運を」

「「ご武運を!」」「ごぶうんを!」「キィ!」「ギギッ!」



 ピコピコ



 皆から掛けられる祈願を背中で受ける中、なぜか白兎が耳を振ったのが分かった。



「ふふっ…」



 それを不思議と感じない自分に思わず笑みがこぼれた。













 皆から数百m以上離れた地点で立ち止まる俺。

 そして、遥か上空の暴竜を見上げ、五行の術を行使。


「木行を以って、風に命じる。俺の声をかの者まで響かせよ」


 木火土金水の五行のうち、大気を含めた風は木行に属する。


 大した威力は出せない五行の術ではあるが、俺の声を機械種テュポーンまで届かせるくらいはできるだろう。



「コホンッ………あ~、聞こえるか?空の守護者にして、天空の暴竜と呼ばれる機械種テュポーンよ!」


 

 上空1km以上と思われる高みにいる機械種テュポーンだが、なぜか視線をこちらに向けたのが分かった。



「ふむ、聞こえていそうだな。では……あ~、用件を伝える。俺と一騎打ちといかないか。こちらは十分に武を示したつもりだ。それに君にとっても悪い話じゃあるまい。何せ大半の攻撃を防いだのだから。これ以上続けても時間の無駄にしかならないぞ」



 遥か天空にある機械種テュポーンの巨体がほんの僅か揺れたような気がした。

 


「もちろん、君が逃げ出すならそれでも構わない………が、まさか守護者とあろう者が人間相手に逃げ出すとは思わないけどね」



 こちらへ向ける赤の瞳の輝きが増した。

 見えるはずもない距離なのに、そう確信できる。



「怒ったのかい。なら、その怒りのぶつけ所はココにあるぞ!さあ、いい加減、空にいるのも飽きただろう?降りてきて俺と殴り合いとしゃれこもうじゃないか!」


 

 この言葉には何の反応も見せない機械種テュポーン。

 向こうも覚悟を決めたのか、それとも…………




 さて、挑発はしたものの、本当に降りてくるかは半々だ。

 ここまで自分を痛めつけた相手をタダで帰すつもりはないだろうし、空からの攻撃は先ほどまでの焼き回しにしかならない。


 となると、後は巨体を活かした肉弾戦しかない。

 向こうにとってもそれ以外の選択肢はないのだから。


 さらに、機械種使いと思われる俺がこんな無防備で前に出てきている。

 これ程の条件が整っているのだ。

 機械種テュポーンが単純な性格なら、すぐに突撃してくるはず。



 もし、単純な性格でないなら………


 当たり前だが、人間がこれだけ前に出てくるなんて怪しいにも程がある。

 当然、向こうが話に乗ってこないということもありえるだろう。


 その場合、俺が取りえる選択肢はたった2つ。


 1つは、できるかどうか、当たるかどうか、使用した後どうなるのかも分からない倚天の剣を使用しての『空割り』を試す。


 機械種テュポーンの機動を見るに、最初の1撃で仕留められなければ次撃以降は回避されるだろう。

 それに空間制御を妨害するという能力が『空割り』の斬撃を打ち消すかもしれない。

 また、倚天の剣には俺の精神を支える能力が無いから、俺が機械種テュポーンの威容に怯え、恐慌状態に陥る可能性だってあるのだ。


 非常にリスクが高い手段なので、できるだけ取りたくない手だと言える。



 もう1つは、七宝袋の中に入れたままになっているアイツを……




「んん?………ほう……俺と一騎打ちを選んだか」



 どうやら機械種テュポーンはリスクよりもプライドを優先したようだ。

 上空の巨体が徐々に降下を始めているのが見て取れた。



「まあ、それはそうだろ。あれだけの巨体を以って、ちっぽけな俺達に怯えて降りて来ないなんて在り得ない」


 世界に7機しか確認されていない守護者なのだ。

 未だかつて誰も倒したことが無い最強の機種。

 当然、プライドも相当に高いはずだ。


「ああいった奴等は自分の力が通用しなかったことを認めたがらないからな。どうせ近接戦なら一蹴できる……とか、直接攻撃なら一撃だ……とか思っているに違いない」



 さあ、俺の所まで降りて来い!

 その思い上がったプライドをへし折ってやる。

 この世界において最強はお前ではなく、俺であることを思い知らせてやろう……

 

 莫邪宝剣を握る右手に力が入る。

 早くアイツをぶちのめしたいと吼え猛けるコイツを抑えるかのように。


 俺の手の届くところまで来たら、それがお前の最後………




「え?」



 機械種テュポーンを見上げる視界の端でナニカが動いた。


 そう思った瞬間、突然、辺りが暗くなった。

 元々夕方であったこともあり、薄暗かったのだが、まるで太陽がいきなり隠れてしまったかのうように光が遮られたのだ。



「!!!!」




 背後からヨシツネ等の声が聞こえたような気がして……




 ソレは俺に向かって落ちてきた。



 

 巨大な金属の塊………大きさで言えば超高層のビルくらいあるだろう。


 それが頭上から真っ直ぐに落下してくる。


 当然ながら避ける時間などない。

 

 今、俺がこうやって認識しているのも、いつものごとく思考だけが早回りしているだけなのだ。


 一体何が落ちてきたんだ?


 ふと疑問が浮かんできたと同時に答えが分かった。


 ああ、これはアイツの尻尾か。

 1キロはありそうな長い尾だった。

 それをサソリのようにしならせて、その先端を真上から俺へ叩きつけようという魂胆か。


 全く、一騎打ちだというのに、こんな騙し討ちみたいなことをしやがって!




 あ……、もう手が届きそうな距離まで落ちてき





 トンッ





 ボフウウウッ


  



 俺の周りの空気が一斉に動いた。

 これ程の巨大な尾が落ちてきたのだ。

 押し出された空気が地面を叩き、砂埃を舞い上げた。

 



 ただ、それだけ。





 なぜなら重さ何百万トンもの巨大な尾の一撃は、俺の何気なく上にあげた左手一本によって支えられたのだから。






 あれ?

 たったこれだけ?


 

 俺の左手の上に乗っかっているビル程の大きさの尾からは、なぜかダンボールほどの重さしか感じない。



 そんなはずはないのに。

 


 え?

 俺って、この大きさの尾の一撃を片手で防いだのか?

 あのスピードで叩きつけられた衝撃はどこへいったの?

 いくらなんでも無茶過ぎない?

 たとえ俺が無敵だって、普通、地面にめり込んだりするんじゃないの?

 物理法則って一体どこへ行っちまったんだ?



 

 いや!そんなことよりも!




 莫邪宝剣の柄を口に咥え、両手で落ちてきた機械種テュポーンの尾を掴む。



 

 捕まえた!

 もう逃がさない!

 よくも不意打ちしてくれたな!




 両手の指を尾を覆う装甲に食い込ませ、さらに手ごと突っ込んで、絶対離すまいとばかりに抱きかかえ込む。




 グオオオオオオオオオオ!!!




 上の方から機械種テュポーンの雄叫びが聞こえた。


 この状況下で流石に異常を感じたのだろう。


 大地を貫くことができなかった尾を引っ張り上げようとしているようだが……




 そうは問屋は卸さねえよ!




 グイッと俺が持ち上げられないように踏ん張ると、上へ上昇し始めていた尾がピタリと止まる。


 


 グオオオオオオオオオオ!!!




 もう一度機械種テュポーンの雄叫びが聞こえた。



 さらに力を入れて尾を引っ張り上げようとするも、俺が踏ん張っている以上、ピクリとも上へは上げられない。


 これ程の巨体を動かしているのだから、機械種テュポーンの備えるマテリアル重力器は相当な能力を秘めているのだろう。

 また、その体格に比例して、内に秘めるパワーは通常の超重量級の何十倍であるはず。


 当たり前だが、上へと引っ張られる力に対して、体重以上の力を出すことはできない。

 何か地面に掴むモノがあったり、足を力いっぱい踏み込むことで一瞬体重を増やすことはできるが、今の現象はそう言ったモノでは無い。


 

 これこそ俺の闘神スキル。

 物理法則では在り得ないとしても、力においてこの俺が負けるはずが無いのだ。


 

 ………俺自身もちょっと信じられないところはあるけれど。




 上半身だけで300m以上ありそうな巨大な機械種。

 なんと宇宙戦艦ヤ○トよりも大きいのだ。

 それと綱引きしている人間って、人間って呼べるのだろうか。




 グオオオオオオオオオオ!!!


 

 

 機械種テュポーンの3度目の雄叫び。

 それは悲痛な叫びにも聞こえた。



 

 あはははははっ!

 ざまあないな!機械種テュポーン!

 このまま地面に引きずり落としてやるぞ!


 両手に力を籠め、そのまま尻尾ごと地面に叩きつけてやろうとした時……





 ガチャンッ!!




 遥か頭上で響いた金属製のナニカが外れるような音。





「へ?」





 ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!



 ビルが倒壊したような爆音が響く。


 それは俺の力尽くの引っ張りにより地面に叩きつけられた尾……の先端部分のみ。





「あああああああ!!!!!アイツめ!尻尾の先だけを切り離しやがったあああああ!!!」







※次話の投稿後、書き溜め期間に入ります。

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