第384話 暴竜4


「コラ!逃げるな!臆病者め!テメーはデカいトカゲか!」


 正しくトカゲのように尻尾を切り離し、俺の手から逃げ出した機械種テュポーン。

 俺の罵りを無視して、一定の高さまで上昇。


 たが、ただ逃げ出しただけでなく置き土産とばかりに、その全身の装甲からミサイルの発射口やマシンガンの銃口をこちらに向け一斉掃射。



 ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドンッ!

 

 ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッ!!!



 ミサイルと弾丸が嵐のように俺へと襲いかかる。



 もうなりふり構っていられないとばかりの乱れ打ち。

 上空100m付近からたった俺1人に向かって、在り得ないほどの物量攻撃を仕掛けてきた。



「あああああ!!!うるさい!うっとおしい!前が見えねえ!」



 俺の周りのあちこちで爆発が起こり、土煙が濛々と立ち込める。

 あっという間に足場を破壊され、ただ爆風に身を任せて翻弄されるばかりの俺。

 轟音と爆音、光と火花が舞い散り、もう訳が分からない状況だ。



 どのような爆発や銃弾であっても俺の身体を傷つけることはできない。

 しかし、ここまで数で攻められると、こちらとしてもなすすべがない。

 切りかかろうにも相手は遥か上空。

 ただ嵐が過ぎ去るのを待つしかできない…………

 


 いや!まだある!





「混天綾!」





 七宝袋から混天綾を出して、思いっきり辺りの土煙を払うよう大きく振るう。


 すると、一瞬にして周りの視界が正常化。

 あれほど立ち込めていた土煙はどこかへと消え去り、頭上には俺を見下ろす機械種テュポーンの姿が明確となる。


 当然、こちらへと降りかかるミサイルや弾丸の雨霰も一緒に。


 

 見えた!

 見えたのであれば………



 その瞬間、思考の速度が超回転。

 降りかかるミサイルや銃弾の嵐がまるで時間が止まったかのように停止。


 周りの時間の流れから切り離されたように俺の思考だけ動きを続けている。



 彼我との距離は約100m。

 離れているとはいえ、絶対の距離ではない。

 

 だが、俺のジャンプ力だけでは15m。

 そして、2段ジャンプで30m。

 当然、これだけではアイツに届かない。

 だから途中の足場がいるのだ。

 そして、その足場は………



 いっぱいあるじゃないか!

 目の前にたくさん!




 ダンッ!!




 莫邪宝剣を片手に、地面を思いっきり蹴って真上に跳躍。


 そして、錐揉みしながらこちらへと向かい来るミサイルを足で蹴って……



 カンッ!


 縮地! 


 カンッ!


 縮地!

 

 カンッ!


 縮地!


 カンッ!


 縮地!


 

 落ちてくるミサイルを足場にして縮地で跳ねていくという変態技。

 当たり前だが、『闘神』スキルの身体能力と、莫邪宝剣から流れてくる技量がなければ不可能だ。


 莫邪宝剣の持ち主、黄天化はかなりの身軽な軽戦士であったのだろう。

 騎獣でもある玉麒麟を駆り、空中戦も得意としていたことから、このような荒業も可能になったのかもしれない。



 カンッ!


 縮地………



 見えた!



 打ち出されたミサイルを足場に上空100mを昇り抜き、機械種テュポーンの足元を目前に捕らえた。


 もちろん、俺の視界に入るのは黒い壁のような装甲の一部だけでしかない。

 あまりのも巨大過ぎて、近づけばその全体像を一目で捉えるのは難しい。


 だが、ようやく機械種テュポーンまでたどり着いたのには間違いない。

 後は何とかその機体にしがみ付き、莫邪宝剣を以って装甲に穴を空けた機内に入り込めば………



 ふわっ


「あれ?」



 突然、身体全体に感じた無重力感。

 そして、見えないナニカに引っ張られるような感覚。

 その感覚は例えるなら流れるプールで水流に流されるような……



 あ、これは………

 機械種テュポーンが身に纏っているという重力嵐!


 マズい!

 このままでは!



 そう思った瞬間、急に流れの勢いが増し、俺の身体を遥か彼方へと……

 

  


「降魔杵よ!」



 即座に七宝袋から降魔杵を取り出し、下に向かっての重力場を発生させる。



 グンッ!!


 

 俺を彼方へとぶっ飛ばそうという重力嵐を、降魔杵の超重力を使って無理やり脱出。

 

 そのまま超重力に引かれ地上へと落下していき………





 ドンッ!!!!





 猛スピードで地面へと着地。


 砂埃が舞い上がり、少しばかり地面が揺れる。

 多少足が地面にめり込んだものの、以前のように体全体が埋もれてしまうことは避けられたようだ。

 

 これも莫邪宝剣から流れ込む技量のおかげ。

 ちゃんと意識さえしていれば無様に地面へと大激突するなんて在り得ない。

 俺は二度と同じ失敗はしないタイプなのだ!





 だけれども……





 上を見上げれば、先ほどの位置からみるみる上昇していく機械種テュポーンが見える。


 それを見送ることしかできない。

 

 あの距離であればもう何をしても届かない。


 もう俺にできることは何も無い。



「クッソ!アイツめ!逃げやがって……」


 あともう少しだったというのに!

 あれだけデカい図体しているクセに、ちょっとくらい俺に迫られたくらいで上空へ逃げ出すとは、なんという臆病な奴か!


 空を見上げながら歯ぎしり。

 残念ながら作戦は完全に失敗したというしかない。


 ここまで来てアイツに与えたまともなダメージは白兎が跳ね返した攻撃のみ。

 後は精々切り離された尻尾の先くらいか。


 空を飛ぶ巨大な相手というのがここまで厄介だとは思わなかった。

 残された手段はあと……





 トンッ


 俺の背後で誰かの足音。


「んん?ヨシツネか」


「ハッ、主様、お怪我は?」


 振り返れば、俺の様子を伺いに来たらしいヨシツネの姿。

 いつものように空間転移してこないのは、あの機械種テュポーンが発する空間制御を妨害する干渉波のせいか。


「ああ、大丈夫だ。見ての通り作戦は失敗してしまったがな」


「………どうされますか?」


 俺の失敗の報告には何も触れず、次の行動について問いかけてくるヨシツネ。

 まあ、下手に慰めの言葉を貰いたくはないし、これもヨシツネが気を遣ってくれているのかもしれない。



 どうすると言われても、残っている手はあと2つ。

 

 どちらにもリスクがあり、おいそれとは選ぶことができない。


 さらに選択肢として、今まで選ぶことが無かったものを追加しないといけないかもしれない。

 

 それは………




「……………ちょっと、待っててくれ。今、確認する」


 ヨシツネに一声かけて、七宝袋から収納したばかりの打神鞭を引っ張り出す。


「打神鞭。ここで機械種テュポーンを逃した場合、俺の情報が拡散するか、占ってくれ」


 俺の占いの要請に、最初は自分の扱いについてブツブツ文句を言っていた打神鞭だが、この先1週間、白兎、天琉、廻斗に貸し出すと言って脅すと、コロッと態度を豹変。


 どうやらあの後、天琉と廻斗が自分達も白兎のように打神鞭を使ってバッティングしたいと言っていたのを聞いていたようだ。




「ふむ……、アイツを逃がしても俺の情報は拡散しない……か」


 適当な紙で作った○と×を書いた2本のクジをヨシツネに引かせ、出てきた答えは×。


 つまり、ここで機械種テュポーンを討てなくても、俺にとってデメリットは少ないということ。


 もし、俺の情報が機械種テュポーンによって拡散されてしまうなら、どんな手を使っても滅ぼすべきだが、それにはそれ相応の被害を覚悟しなくてはならなくない。

 しかし、そうでないなら、ここで無理をする必要性は薄くなる。


 もちろん、俺の心情としては討伐したいし、俺に対して不意打ちをかけてくれたアイツに目にもの見せてやりたいという気持ちもある。


 だが、今の俺は悠久の刃のリーダーだ。

 であれば、優先するのはチーム全体のことだし、俺の感情だけでチームを危険にさらすわけにはいかない。


 だから、ここで俺が取る選択肢は…………



「………撤退する」


 短く結論だけ伝える。

 アイツを討伐したいのは山々だが、流石に最強とも言われる守護者を倒すには準備不足だ。


 そもそも守護者と遭遇したのもこちらの意図したものではない上、巣を攻略したばかりで疲労も残っている。


 さらには向こうは完全に俺を警戒対象に含めてしまっただろう。

 もう二度と俺に近づくことはしないはずだ。


 なにせ最強だと信じていた自分が力で競り負けた相手なのだ。

 さらには自分の攻撃を物ともせず迫ってきた相手。

 俺の手の届く範囲には絶対に降りて来ないに違いない。


 であれば、ここで撤退するもの致し方あるまい。


 得るモノはなかったが、こちらに被害らしい被害が無いうちに撤退するのがここでは正しい判断であろう。

 


「ハッ………、しかし、ただ撤退するとしても、このままだと追いかけてくる可能性が高いと思われますが」


 あれだけやったのだから恨まれていて当然。

 こちらが逃げ出す素振りを見せれば、嫌がらせのように空から攻撃を加えてくるに違いない。


 メンバー全員を七宝袋へ収納して、地行術で地中世界に潜航すれば逃げられるかもしれないが、あの地面を削った攻撃が気になってしまう。

 俺が地面に潜れば、向こうは見境なく地面に向かって攻撃を始めるだろう。


 その場合俺はどうなってしまうのか?

 つまり、俺が地中世界に潜んでいる時、地中ごと削られたらどうなるのか?

 

 ひょっとしたら何の影響もない可能性もあるし、大地そのものが無くなってしまえば、その空間ごと俺が消えてしまうことだって考えられる。

 

 だから逃げるのであれば、少なくともこちらへ攻撃を向けさせない仕掛けが必要となってくる。


 それはつまり………



「囮であれば、拙者が務めます。空間転移が使えなくとも、拙者であれば主様達が逃げ切れるまで持たせることができましょう」


 決死の覚悟で申し出てくるヨシツネ。

 コイツの性格なら死を賭して俺達を逃がすために奮戦するだろう。

 だが、囮ならヨシツネよりも適任の者がいる。


「いや、申し出はありがたいが、ココはアイツの出番だ。むしろこういう時ぐらいしか役立てる方法を思いつかない」


 制御が難しくて、信用がならず、俺の意を曲解してメンバーを巻き添えにする攻撃をしかねない厄介の奴。

 さらに戦闘力で言えば、守護者までとはいかなくても、俺のメンバーの中では最強格。


「…………魔王であれば暴竜の相手を十分に努めることができるだろう」


 そう言って七宝袋から取り出したのは、金髪に牡牛の様な角を持つ絶世の美少年型機械種。

 宝塚歌劇団の花形スターが纏うようなキラキラの貴族衣装。

 そのまま美術館に収めれば、それだけで多数の入場者を呼び込むことができそうな芸術品になりそうだ。


 もちろん、コイツはただの芸術品に終わる奴じゃない。

 7大魔王の一柱の名を持つ魔王型機械種。

 それも嘘、虚飾、誇張、詐欺、謀略が大好きなアライメントが極悪に振り切ったダークサイド。

 それでいて戦闘力もレジェンドタイプを上回るという、敵であれば最悪の存在と言える。

 


 こんな時でもなければ呼び出すつもりも無かったのだが……



「起きろ、機械種ベリアル。お前の出番だ」


「……………そこはベリアル……と呼んでほしいかな。そっと耳に息を吹きかけるように優しく」


 戯けたことを口にしながら、その目をゆっくりと開く機械種ベリアル。

 白皙の美貌に冷たく輝くアイスブルーの瞳。

 正にショタ好きお姉さま方がヨダレを垂らしそうな氷碧の貴公子。


「おはよう、我が愛しの君よ。さあ、望みを口にしておくれ。マスターの為ならたとえ火の中水の中……、どんなことだって叶えてみせると約束するよ」


 仄かに笑みを浮かべながら、薄紅色の唇から零す俺への囁き。

 こちらの劣情誘うような淫靡な響きを含む声が俺の耳に忍び寄る。


 男と分かっていても、その凄絶な色気に参ってしまう人間も多いだろう。

 だけど俺にはショタの趣味は無いんだよなあ……


「あの空の守護者から撤退するから、その囮を頼む」


「…………今、空の守護者って言った?」


「ああ、機械種テュポーンだ。ほれ、上を見ろ」


 俺に促され、目線を上空に移すベリアル。

 

 数秒程視線を上に固定した後、ゆっくりと俺に向き直り……


「起こされたと思えば、いきなり空の守護者への囮になれって………我が君よ、貴方は悪魔か?」


 魔王に悪魔呼ばわりされるとは思わなかったな。

 その言い方だと、たとえ魔王型でもやっぱり守護者相手には厳しいのか。


 しかし、俺を悪魔呼ばわりしたものの、機械種ベリアルの笑みはそのままだ。

 逆にむしろ笑みが深くなったような気がするほど。


 多分、その笑みの意味は、俺への興味……


「………ふふっ、魔王を従えるのだから、それくらいの大胆さはむしろ僕の望むところかな。いいよ。囮でも何でもやってあげよう。その代わり、やり遂げたら褒美が欲しいね」


「……べリアル殿、我ら従属する機械種はマスターへのご奉公ができること自体が褒美でしょう。自分から強請るモノではありません」


 ベリアルの物言いにヨシツネが一言モノ申す。

 生真面目なヨシツネにとって、ベリアルの俺への態度が目についてしまうのだろう。


 すると、ベリアルはちょっと顔を顰めて目線をヨシツネに移し、


「ふうん……、この場では役に立たないレジェンドタイプがなぜ口を挟むのかな?これはマスターと僕の間の話だし、それにその判断をするのはマスターだ。君の言っていることは、従属機械種の裁量を越えているんじゃないの?ボク達、従属機械種の生死を決めるのはマスターだけなのだから」


「む………」


 以前に行ったことを逆手に取られて言葉に詰まるヨシツネ。

 

 コイツは口が達者なのだから、いくらお前でも口では勝てないぞ。


 しかし、コイツの口から『褒美が欲しい』……か。

 絶対にロクなモノでは無さそうだけれど。

 だが、確かに過酷な役割を任せるのだから褒美はあってしかるべきか……



「まあ、まずは聞くだけなら聞いてやる。褒美って何が欲しいんだ?」


「ふふ、大したモノじゃないさ………あの、従属機械種の筆頭を気取っている奴と勝負をさせてほしい」


「………白兎とか?お前………本気か?」


「もちろん、ハンデは与えるつもりだよ。勝負方法は向こうに任せてもいい。力勝負じゃなくて頭脳勝負でも、アイツの得意分野でも構わない」


 俺の『本気か?』の言葉を、ベリアルは違う意味で捉えたようだ。

 そりゃあ、魔王がウサギに戦いを挑むって、在り得ない対戦マッチなのだが、相手は白兎だからなあ……

 

 先ほどの白兎の非常識具合を間近で見たヨシツネは、逆にベリアルの方を気の毒そうに見ている。

 多分、俺も同じような表情をしているはず。


 確かに戦闘力ではベリアルの方が上なのだろうが、なにせ相手は白兎。

 何が飛び出すか分からず、その場その場でできることを増やしていく成長する混沌。


 しかも、勝負方法を白兎に任せるって、絶対にロクな目に合わないと思うぞ。

 

 

「………最終的には勝負を受けるかどうかは白兎に任せるけど、それで良いのなら」


「うん、それで十分。勝負を受けないなら、それでも良い。ふふふふ、さて、アイツはどうするのかな?」


 魔王のクセに天使のような笑みを浮かべるベリアル。

 無邪気なように見えて、それでいて艶やか。

 万人が蕩けるような幼気な美しさを秘めた微笑み。

 

 しかし、その内面はおそらく邪な思いに満ち溢れているはず。

 その明晰な頭脳は一体どんな謀略を紡ぎ出しているのか?

 おそらくは白兎の筆頭の地位を貶め、その権威を揺さぶってやろうと思っているのだろうが……


 まあ、賭けてもいいが、絶対にお前の想像通りにはならないな。

 白兎ワールドに翻弄されて痛い目に合うのがオチだろう。










「では、我が君。僕の力を見せよう。炎の王と言われる所以を」


 ベリアルは王者のごとき堂々たる態度で宣言。

 その視線の先には不気味な沈黙を保ちながらこちらを見下ろす機械種テュポーン。

 これから相手をする敵を見上げながら、片手を上に挙げて自らの領域へと呼びかける。


「出でよ、我が力の源泉。煉獄に生まれし炎の軌跡を描くモノ……」



 ボフォオオオオオオオオ!!!



 突如、ベリアルの目前に現れたのはビルを丸ごと燃やし尽くしそうな火柱。

 高さ約4、50mまで吹き上がり、それが連鎖的に左右へと広がり、あっという間に炎の壁を作り上げる。


 そして、その炎の壁の向こうに薄っすらと浮かび始めた巨大な影。


 やがて炎の帳が薄く鳴り始め、その全容を俺達へと開帳する。



 それは全長50m、全幅20m、全高15mの巨大な戦車。

 俺が手に入れた発掘品の戦車より3倍以上のデカさ。


 純白をベースとした色合いに炎を描いたと見えるオレンジのライン。

 2本の砲筒を備えた巨大な砲塔は、2体の天使が支えるような形状の前衛的なデザイン。

 とても戦車には見えない形だが、これこそ機械種ベリアルが亜空間倉庫に収納していた強化外装なのであろう。 



「どうかな?これが僕の真の力さ。この炎の戦車を以って、僕は最大限に力を振るうことができるんだ。この地上を這い回る全ての敵を滅ぼすことができる力だよ」



 自分が呼び出した炎の戦車を背景に、機械種ベリアルは声高々に俺へと語り掛けてくる。



「ふふふ、ぜひ我が君には感想を伺いたいね。万物をねじ伏せ、形あるものを蹂躙する暴力の化身を見た感想を!」



 先ほど見せた笑みが天使なのであれば、今の表情は正しく悪魔の微笑。

 人間を悪の道へと引きずり込む悪魔の誘惑と言える。

 これ程強大な力を自由に扱えるともなれば、その誘惑に抗える人間がどれほどいるか……


 まあ、ぶっちゃけ、俺の闘神と仙術スキルから見れば、そこまで大したモノでは無し、それに………



「機械種テュポーンを見た後だと、ちょっとインパクトが弱いかな?」


「守護者と比べないでよ!その相手をさせる為に呼び出しておいて、その感想は酷くないかい?」

 

 流石にムッとした顔で抗議の声をあげるベリアル。


 それはごもっとも。





 ゴオオオオオオオオオオオッ!!!





 天より轟いてくる暴竜の咆哮。

 

 上空500m以上離れているのに、大地をビリビリと震わせる程の音量。


 天の怒りと言っても差し支えは無いほどだが……


 ちょっと前まではその威容に畏怖さえ抱いていたが、さっきの慌てた逃げっぷりを見て、もうそんな気持ちは微塵もない。


「ふんっ!アイツ、炎の戦車を見て威嚇しているみたいだな。トカゲのクセに生意気な!」


「………守護者をトカゲ呼ばわりするとは、流石、我が君は肝が据わっている………それにしても、かなりこちらに対して敵愾心を抱いているようだけど、何をしたの?」


「うん?まあ………、ホレッ、あそこだ」


 顎でビルが横倒しになったような金属の塊……切り離された機械種テュポーンの尾の先端を示してやる。

  

「尻尾を掴んで引きずり落としてやろうと思ったら、尻尾を切って逃げ出しやがった」


 俺が何気ない風で教えてやると、ベリアルはちょっと眉を顰めて訝し気な表情を見せる。

 だが、しばらく考え込む仕草を見せ、その後、納得がいったような顔でこちらに真剣な顔を向けて……


「道理で向こうの覇気が薄いわけだ。流石は僕のマスター………大魔王って呼んでも良い?」


 悪魔の次は大魔王か。

 いきなりの大出世だが、俺は世界を支配する気も滅ぼす気も無い。


 ………ほんの僅かに『魔王』と呼ばれることに引っ掛かりを覚えるな。

 何だろう?遠い昔にそんな風に呼ばれたことがあるような気が……

 

 ………まあ、そんなことあるわけないか。



「それは止めろ。冗談じゃない。俺はただの人間だ」


「フフフ、それこそ質の悪い冗談だよ。それでは、大魔王の配下である魔王として役目を果たそう」



 トンッ



 足だけでジャンプし、高さ15mはある戦車の甲板へ軽々と飛び乗るベリアル。


 

「さあ、ここは僕に任せて我が君はこの場を離れて!僕とアイツが撃ち合ったらここは正に地獄となるだろうから!」


「分かった。後は任せる………、別に倒してしまってもいいぞ!」


「ふふふ、それは流石に難しいかね。でも、向こうはそれなりに消耗しているみたいだから、追い返すくらいなら何とかなるかもね」


 その時、ベリアルが俺に向けた笑みは、悠久の刃のメンバーが俺へと向ける笑みによく似ていた。

 ただ純粋に俺に頼られたことを喜ぶ、従属機械種としての本能に突き動かされた感情が露わとなった笑み。


 やがて、その笑みを消すと、鋭い表情で機械種テュポーンへと視線を移す。

 ここから先は炎の王と天空の暴竜との決戦の舞台。

 


「では、健闘を祈る!」


「………ベリアル殿、ご武運を」



 機械種テュポーンと睨み合うベリアルを残し、俺とヨシツネはその場を後にする。



 そして、その数分後。



 その場はベリアルの言う通り地獄と化した。










 天が赤く染まり、地が炎を噴き上げる。

 

 雷鳴が轟き、風が吹き荒れて、雲が散り散りに。


 3,4km離れているにもかかわらず、その爆風や熱波がここまで押し寄せてくる。



「凄まじいな。これが超高位機械種同士の戦闘か………」



 ピコピコ



「んん?そうだな。俺の為にベリアルは奮戦してくているようだ」



 足元の白兎を除いた全員を七宝袋へと収納し、ベリアルを囮として置いて機械種テュポーンから距離を取った。

 

 従属限界距離ギリギリまで離れてもなお戦闘の余波がここまで届く。

 どちらも広範囲破壊攻撃に特化した機種だ。

 それは正しく天災同士のぶつかり合いなのだろう。


「やはりベリアルを戦線に加えての戦闘は難しいな。あの様子ではベリアルが意図しなくても誤射や巻き添えは十分に考えられる」


 フリフリ


「ああ、戦線を共にできるのは、白兎とヨシツネ、豪魔くらいか。浮楽や天琉も状況によっては……という感じかな。もちろん、アイツが完全に信用できることが前提だけど」



 遥か先では上空の暴竜が天より鉄の礫をばら撒き、光の雨を降らせている。

 

 それに対し、大地に伏せる戦車からは砲撃が轟き、爆炎の花火を打ち上げる。


 いずれもたった1発で並みの機械種なら跡形も無く消滅するレベル。

 

 もうすでに大怪獣同士の大激突だ。


 足元でウロチョロするだけの地球防衛軍などお呼びではない。



「さて、一体いつまで続くのやら………」



 

 そう俺が零した30分程後………




 エネルギーが底をつき、あちこちを破損させた機械種テュポーンは翼を翻し、彼方へと飛び去っていた。










「やあ、我が君。それと僕が挑むべき筆頭君。無事任務は果たしたよ。だから褒美の件、よろしくね」


 そうにこやかに微笑むベリアルは満身創痍。


 衣服は焼け焦げ、所々に覗く皮膚は地肌がめくれ金属パーツが露わとなっている。

 

 左腕は肩から消滅。

 右腕も手の部分が失われている状態。

 

 こちらに向ける顔全体が焼けただれ、辛うじて目と鼻と口が分かる程度。

 もちろん煌びやかな金髪は全て失われ、頭部より生えた牡牛の角の根元がはっきりと分かる。



 白兎とヨシツネが2機がかりでも、ダメージをほとんど与えられなかった相手を追い詰め、撤退に持ち込ませたのだから、ベリアルの戦闘力はやはり大したモノだ。


 故にその身に受けた被害も相当モノになってしまった。

 正しく足を止めての真正面からの殴り合いをしたのだから。

 しかし、そうでもなければ向こうに打撃を与えられなかったのは間違いない。

 ベリアルの今の惨状はその成果と引き換えなのだろう。


「ちょっとばかりお見苦しい状態でごめんね。強化外装の力を100%引き出そうと思うと、どうしても僕があの砲塔の一番上に座らないと駄目なんだ。地上にいる敵ならそう攻撃を喰らうことは無いんだけど……やっぱり空の敵は苦手だね。戦車じゃ空中要塞には勝てないか。ははははっ」


 そう言って笑うベリアルは実に気持ちの良い笑顔……のように見える。

 自信の損傷など全く気にしていない様子。


「残念ながら強化外装は当分使えない。僕の亜空間倉庫に仕舞っておけばいずれ修復できるだろうけど、それでも月単位の時間がかかりそう。まあ、手負いとは言え、相性の悪い守護者を追い返したんだ。その甲斐はあったんだと思いたいね」


 炎の戦車も半壊状態。

 2本の砲筒のうち、1本はへし折れ、もう1本は融解。

 装甲のほとんどは剥ぎ取られ、辛うじて動くのが精一杯と言った所。


「でも、僕自身はまだまだ大丈夫。見栄えは悪くなったし、両手も失われたけど、戦闘には支障はないよ。さあ、筆頭君。僕と勝負だ。君の好きな勝負方法を選ぶと良い。どんな勝負だって受け入れてあげよう」


「………おい、無理するな。白兎への勝負は構わないが、せめて機体を修理してからにしろ」


 すると、ベリアルは困ったように目を細め、


「それはちょっと無理じゃないかな。この世界に僕を修理できる設備なんてあるの?レッドオーダーならほっとけば自然に回復するのだろうけど、今の状態ではそれも難しい。僕の機体は特別製だからね。白色文明時代の機械種整備工房でも見つけないと完全な修理は不可能だよ」


「…………」


「でも、後悔はしていない。我が君の役に立てたのだから。そして、我が君の寵愛を一番に受ける筆頭への挑戦も認めてくれたし。さあ、僕は君に勝って、その一番の寵愛を僕のモノとする」


 ボロボロの状態でありながら凄絶な気迫を込めて、そう宣言するベリアル。


「筆頭君、僕を手負いと侮るなよ。僕は魔王だ。僕より上は我が君ただ一人のみ。故に僕は君へと挑む」


 ピコピコ


「ふふふふ、怖気づいたのか?勝負を引き伸ばしても……」


「いや、白兎の言う通りだ。今のお前は消耗しきっている。それは白兎も同様だ。勝負と言うからにはお互い万全の状態であるべきだろう。だから今は休め」


「………それは命令かな。我が君」


「ああ、命令だ。スリープへ移行しろ、ベリアル。寝ている間に補給を済ませといてやるから」


「……分かった。命令なら従おう。その代わり……」


「きちんと勝負の場を用意しておく。それまでゆっくりと休んでおけ」


「………了解。我が君、次に起こしてくれる時は、頬に触れながら声をかけてくれると嬉しい。優しい愛撫を期待しておくから」


「さっさと寝ろ!」


 ベリアルはゆっくりと両目の青い光量を落とし、スリープ状態へと移行する。


 すると、ベリアルの機体はぐらりと右に傾き始め……



「おっと………」


 とっさにベリアルの機体を支える俺と………白兎。


 

「………はあ、なかなかに問題児だな」


 フリフリ


「矯正しがいのある後輩だって?そっか………」


 どうやら今回の奮戦で白兎はベリアルのことをある程度認めたようだ。


「その辺はお前に任せる。こればっかりは俺が言っても仕方がない」


 パタパタ


「根性ある門下生候補は大歓迎?……まあ、がんばってくれ」


 スリープ状態ではあるが、杏黄戊己旗の下で転がしておけば、1日足らずで全快するだろう。

 そして、五色石のクールタイムがあともう少しで終わるから、先約である廻斗のネクタイを修理した後、ベリアルの機体を直してやることにしよう。

 逆だと、廻斗のネクタイを修理するのが何ヶ月も後のことになりそうだし。


「全く………個性的な奴ばっかりが集まってくるな。やっぱりこれって俺のせいなんだろうか?従属した機械種はマスターに似るって言うし……」


 自問自答しながら、ベリアルの機体を七宝袋へと収納。

 


 そして、代わりに車や他のメンバーを取りだそうとした時、ふと機械テュポーンが飛び去った方角が気になって、視線をそちらに向ける。



 もうすでにかの機体は影も形も見当たらない。

 雲の合間へと消えていき、俺達の目の届く範囲からいなくなった。

 だが、この広い『狩り場』のどこかにいることは間違いないのだ。

 そして、レッドオーダーである以上、エネルギーはすぐに回復し、損傷さえ時間とともに復元するという。

 この場に残れば、完全な状態でないにしろ、一両日に再度襲来してくる可能性だってある。




「白の遺跡は諦めるしかないな」




 ここから車であと1日近くはかかる計算だ。

 下手をしたら白の遺跡を探索中に襲いかかってくるかもしれない。

 そうなれば建物ごと潰されて生き埋めにされてしまうだろう。

 前人未到の白の遺跡を探索したければ、先にアイツを倒すしかない。




「機械種テュポーン……、手ごわい相手だった」




 正しく久しぶりの死闘であった。

 謎の違和感に救われなければ全滅の危機もあったし、次に遭遇したとしても確実な勝ち筋が見えない敵だ。


 何せあの尋常ではない巨体のクセに、空を自在に飛び回る敏捷性。

 不利になればとっとと逃げだす慎重さ。

 激烈な物量攻撃に想像もつかない攻撃範囲。

 

 事前準備無しに渡り合うにはあまりにも敵の性質が厄介過ぎる。

 そんな敵相手に誰も失うことがなかったのは幸運であったのだろう。


 こちらの損害は蒼石5級が10個に、ベリアルの破損。

 ベリアルの破損は五色石で修理できるのだから、実質、五色石のクールタイム数ヶ月分が被害と言える。

 

 これでストロングタイプを修理するのがかなり後回しになってしまうのは避けられない。

 俺が計画していたスケジュールが些か遅れてしまうのも損害の一つであろう。


 

「損害を受けたのに、得るモノが無かった。まあ、あの切り離された尻尾は回収するけど」



 だが、アレを換金するのは難しいかもしれない。

 なぜなら守護者の機体の一部を持ち帰った者など聞いたことも無いからだ。



「あと一歩だったのに………、この考えは危ないか」


 

 『あと一歩』、『あと少し』、『あと一撃』。



 この言葉を信じてどれだけの同僚が帰らぬ人となったことか。

 戦場では攻めるより、引く方が難しい。

 損害を飲み込んで、撤退するのは非常に勇気がいることだから。


 そして、その撤退は次を見込んでの撤退だからこそ意味があるのだ。




「覚えていろ。必ずお前は俺達が仕留めてやるからな」




 すでに逃げ去った敵への宣言。

 

 それは俺にとっての誓いに等しい。


 それなりの覚悟を以って放った言葉は、完全に更地と化した荒野へと棚引いて消えていった。






※書き溜め期間に入ります。

 しばらく更新が止まりますのでご了承ください。

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