第382話 暴竜2


「マスター!準備できました、いつでもどうぞ!」


「ギギギギギギッ!」


 森羅からの準備完了の声。

 そして、多分浮楽も同様だろう。


「よし!タイミングを見計らうぞ!白兎、ヨシツネがアイツから離れた瞬間を狙う!」



 遥か上空では黒い入道雲のごとき巨体の機械種テュポーンが両手を振り回し、時折、レーザーや炎を撒き散らしている。

 どうやら追いかけまわすのを止め、多彩な攻撃を織り交ぜての砲撃を繰り返している様子。

 手を振るう度に大気がうねり、光と炎が交差して日が暮れつつある空に白や赤を描き出す。


 その周囲に見える米粒程の小さい点2つ。

 白兎とヨシツネが何百倍の大きさを持つ暴竜相手に一歩も引かずに奮戦。

 だが、それは相手の攻撃が掠っただけでも大破しうるという薄氷を踏むようなギリギリの戦場だ。

 当然ながらそう長く続けられるような戦いではない。



 そんな白兎やヨシツネ達の動きを見上げながら、俺は即席で作り上げた蒼破弾を右手で握りしめる。


 蒼破弾は蒼石と似たような性質を持つため、必ず人間が投げつけなければならない。

 また、砲弾として利用するなら、そのトリガーは人間である必要がある。


 この辺りは同じ蒼石を利用する蒼銀弾とは異なる点。

 

 おそらく蒼破弾はブルーオーダーの光を撒き散らすという点から人間の手を必要とし、蒼銀弾はそのエネルギーを全て貫通力に変えている為、機械種でも使用できるのであろう。


 『ブルーオーダー = 人間の手を介在しなければならない』


 このような世界の法則がある為か。

 一体何のための法則なのかは分からないが。






 

 上空の白兎とヨシツネは一撃離脱を繰り返しながら、機械種テュポーンへと攻撃を加えている。

 それは相手へ傷を負わせる為の攻撃ではなく、あくまで俺達への注意を向けさせない為の遅滞戦術だ。


 だが、こちらの準備は整った。

 俺の考えた作戦では機械種テュポーンを激高させ、こちらへと怒りの矛先を向けさせる必要がある。


 故に必要なのは、相手の怒りを誘う痛撃と、白兎とヨシツネへの分かりやすいこちらの意図。


 それを行うのが、俺が手にしている即席の蒼破弾。


 もちろん、白兎とヨシツネを巻き添えにするわけにはいかないから、2機が離れた瞬間を狙うつもり。


 じっと空を見上げてそのチャンスを狙う。

 白兎とヨシツネの動きを目で追いながら、機械種テュポーンから離れる一瞬の時を待ち続け………



 そして、その時が来た。






「今だ!」


「ギギッ!!」



 いつもより短い浮楽の金切り声。


 それと同時に俺の目の前に出現する直径20cm程の銀色の鏡面。

 何もない空間に浮かぶ次元の穴。

 この場と遥か上空を繋ぐ空間トンネル。



「届け!天高くある暴竜まで!」



 ブンッ!!



 浮楽が構築した空間トンネルに向かって、手にした即席蒼破弾を投げ込んだ。



「森羅!」


「承知致しました、お任せを!」


 上空へと狙いをつけている森羅へ合図を飛ばすと、すぐに返ってくる自信に満ちた声。

 森羅が得意とする狙撃なので、いつもよりも力は入っているように思える。



 ドンッ!!



 短い銃声が轟き………



 カシャーンッ!!



 遥か上空、機械種テュポーンの鼻先で蒼氷色の花火が上がった。





 グオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!





 天を震わす暴竜の悲鳴。

 

 弾けた蒼の花火は精々直径30m程だが、それでも機械種テュポーンの顔面にブルーオーダーの光をこれでもかを浴びせることに成功した。

 その痛みは人間で言えば熱湯をぶっかけられた以上であるはず。


 8~9級の蒼石で構成された蒼破弾ですら、重量級の機械種を痛みでのたうち回らせることぐらいできるのだ。

 中位蒼石である5級を10個も使った蒼破弾であれば、いかに守護者とてその痛みは耐えられるモノでは無い。


 しかし、残念なのはこれでダメージを与えられるモノでは無いということ。

 隙を作る嫌がらせにしかならないのだ。



 よって、これをぶつけられた機械種は………

 





 ガアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!







 天から轟音が降り注ぐ。


 それは怒り狂う天空の暴竜の怒号。


 大地を響かせ、天を割く程の迫力。


 それは当然、この痛みをもたらした者への報復宣言。

 




 ジロリ



 

 機械種テュポーンの目がこちらへと向けられた。 


 遥か天空に在りながら、その怒りに満ち満ちた赤き瞳は不遜なる攻撃を仕掛けた地にある不届き者を正確に捉えたようだ。


 最強の機械種とも言われる空の守護者の怒りと憎悪。


 それは今、俺達へと向けられているのだ。

 

 



 ゾクッ……





 その圧倒的な畏怖に背筋へと寒気が走った。


 あの黒き巨人竜を前に、挑んだことへの後悔すら沸き起こりそうだ。

 

 思わず左手に持っていた瀝泉槍を右手に持ち替え、その柄を力いっぱい握り締めて逃げ出したくなる衝動に耐える。




「マスター………」



 不安に駆られた秘彗からのか細い声が背後から聞こえた。

 


「……大丈夫だ。ここまでは作戦通り」



 いつも以上に元気な声で応える俺。

 もう賽は投げられたのだ。

 あとはやり切るしかない。







「マスター!来ます!」


 森羅の鋭い声が響く。

 

 その望遠視力が捕らえたのは、上空の機械種テュポーンが全身から放ったと思われるナニカ。

 ハチの巣から蜂が一斉に飛び立ったかのような光景。

 それはこちらを壊滅させる為に放たれた鉄杭の雨。



「多数小型ミサイル接近!その数208!」


「まずは実弾兵器で来たか!これなら……」


 森羅からの報告は、一先ず最悪ではなかった。

 最悪なのは初撃で大規模な空間攻撃が飛んでくること。


 可能性は低いが、この手段を取られると下手をすると詰みかねない。

 少なくとも俺の意図を汲み取った白兎やヨシツネが戻るまでは……



「豪魔!アンチマテリアルフィールド全開」


「承知……」


 豪魔が俺達を庇うように前面に出て、両手を掲げてアンチマテリアルフィールドを発動させる。


 アンチマテリアルフィールドはマテリアル精錬器で造られた弾丸やミサイルなどの実弾兵器を分解・消滅させる結界。

 悪魔型や天使型が備えるマテリアル結界器によって発動し、特に豪魔のそれは機械種の中でも最高峰。

 ほぼ100%の確率で実弾兵器を無効化する能力を持っている。

 しかし、それでも100%ではない為、200発以上撃たれたら、流石に4,5発は無効化されずに着弾する可能性が高い。


 だからここはその大元である母数をできるだけ減らすしかない。



「天琉、秘彗!弾幕を張れ!迎撃して弾数を減らすんだ!」

 

「ハイ!」「あい!」



 すでにこの中はアンチマテリアルフィールド内であるから、こちら側も実弾兵器を使うことができないが、天琉の粒子加速砲や秘彗の電撃、重力波等であれば迎撃に使うことができる。


 豪魔の影から天琉、秘彗の2機が上空へ向かって砲撃を放つ。

 

 天から降り注いだ鋼鉄の礫は、地から突き出された光弾や無形の衝撃波によって迎撃される。



 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!!!



 こちらへ辿り着く前に破壊されるミサイル群。

 だが、まだまだ数を減らさねば被害をゼロにすることはできないだろう。


 ならば、当然……



「火竜鏢!行け!降魔杵!押し潰せ!」



 右手と左手で火竜鏢、降魔杵をそれぞれ空に向かって投擲。


 火竜鏢は弧を描いて小型ミサイルを炎の尾で弾き飛ばし、降魔杵はその重力場を展開して軌道をずらし、ミサイル同士の誘爆を狙う。



ドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!!!



 天琉、秘彗、そして俺の宝貝によって、迫りくる小型ミサイルのうち、3分の2ほど迎撃に成功。


 残る70発程度の小型ミサイルは豪魔のアンチマテリアルフィールドによって残らず消滅。

 1、2発は抜けていてもおかしくなかったから、確率としては幸運と言っても良いだろう。



「よし!何とか初撃は防いだか………」



 機械種テュポーンの爆撃の嵐を耐え凌いだ俺達。

 

 ほっと安堵のため息を俺が漏らした時……



「主様!ご無事で!」


 ピコピコ



 ヨシツネ、白兎が無事俺達の元へと戻ってきた。


 どちらも大きな損傷は見当たらない。

 しかし、それでもやや疲労していそうに見えるのは、よほど神経を削る戦闘に挑んていた為だろう。


「無事で何よりなのはお前達の方だ。よくぞ時間を稼いでくれた」


「ハッ、お褒めの言葉を預かり、光栄の至り……」


 ピョンピョン


 いつもと変わらないやり取りに、自然と俺の頬が緩む。

 この2機が俺の元にいる限り、俺達に負けは無いはずなのだ。

 何の根拠もない自身であるが、それでも俺にとってのこの世界での法則。



「いいか!手短に作戦を伝える。アイツを怒らせて、地上に降りてきてもらう、以上」


「は?」


「その為には空からの攻撃を完全に防ぐ。自分の手を下さなければならない状況に追い込むんだ」


「それはかなり難易度が高そうに思えますが……」


 ピコピコ


「む……失礼しました。白兎殿がおっしゃるように主様にもお考えがあるのですね」


 俺の案に対し、一度は反論を口に仕掛けたヨシツネだが、足元の白兎に窘められ、前言を翻す。


「ああ、確実ではないが、それなりの勝算はある。白兎とヨシツネにも……」



「マスター!敵の次なる攻撃です!」


 秘彗からの切羽詰まったような声。

 

「マテリアル収束器の稼働を確認。敵機、粒子加速砲を放つようです!」


「ふむ、次はそう来たか。これも何とかなるだろう……それにしても、秘彗の声を聞いていると、戦闘中でオペレーターからの報告を聞いているみたいだな」


 白兎、ヨシツネが戻ってきたことで、俺の心に余裕が生まれてくる。

 他愛もない冗談が出てくるほどに。


 

 空を見上げれば、機械種テュポーンの周りに幾千の光球の輝きが見える。

 この世界の伝説とも言える守護者ともなれば、その出力は天琉の数十倍にも達するだろう。

 

 あれだけの粒子加速砲を放たれたら、たとえ防御力に優れた豪魔でも耐えきれまい。


 通常の手段では耐えることも回避することもできない攻撃。


 

「だけれども………この世の手段じゃなければ、どうかな?」



 瀝泉槍を七宝袋に収め、代わりに抜き出すのは倚天の剣。

 武器として使うのではなく、この場合は術具として使用する。


 

「水行を以って命ずる。水よ、湧き出せ!」


 

 次に行使するのは威力のショボい五行の術。

 それも水を生み出すだけの水行の術。


 バシャッ!


 右手に剣を持ったまま、左手の上に出現させた水を頭から被り、沐浴の代わりとする。

 そして、倚天の剣の先で地面に簡易な北斗七星を描き、その上を足で踏んで儀式は終了。



「さあ、出でよ!北海の水!我らを守る水界と化せ!『倒海』」



 俺が唱えた口訣に合わせ、俺の周囲からどこからともかく水が溢れ出る。

 それも間欠泉を何倍にもしたような大量の水が。


 

 ゴボゴボゴボゴボゴボッ



 水流が渦を巻き、俺達の周囲を囲むように展開。

 あっという間に水界のドームを作り上げた。


 これぞ粒子加速砲への防御手段。

 封神演義の中で元始天尊が使用した道術の奥義、『倒海』。

 この術を以って、羽翼仙の襲来から西岐城を守り抜いた。

 

 この敵の仙人、羽翼仙は大鵬の化身であり、その巨大さは空を隠し海をも飲み干すと言われている。

 巨大な空飛ぶ敵から襲撃を受けているという、今のシチュエーションにそっくりな点からこの術を思い出したのだ。


 この術を行使した元始天尊は道教の最高神でもあり、本来この術の規模は城一つ、若しくは一つの地方を覆う程だと言われているが、今の俺の実力では仲間たちの周囲を守るだけで精一杯。

 しかし、それでも粒子加速砲の天敵である水をここまで大量に用意すれば、抜かれることはあるまい。



「これはマスターのお力でしょうか?」

「……さ、流石は主様!」

「うむ………これは驚き」

「え?何もない所から水が出てきました!一体どうして?」

「あい!水、綺麗!」

「キィキィ!」

「ギギギギ!!」



 ふふふ、皆、驚いているな。

 何せ見た目が派手だからな。

 マテリアル生成器を使用したって、ここまでの水量は生成できないだろう。

 使った甲斐があったというもの……



 んん?白兎、どうした?



 ピョンピョン

『水の無い所でこのレベルの水遁を!』

 


 いや、水遁じゃねえし……




 






 ブシュッ、ブシュッ、ブシュッ、ブシュッ、ブシュッ、ブシュッ、ブシュッ、

 ブシュッ、ブシュッ、ブシュッ、ブシュッ、ブシュッ、ブシュッ、ブシュッ、




 幾千の粒子加速砲が空から降り注ぎ、まるで光の大瀑布と呼べるほどの暴力的な数。

 しかし、どれだけ数があろうと、光球は水の壁にぶち当たっては勢いを失い消えていくしかない。

 

 いくら電圧をかけられ熱を帯びた粒子であっても、質量に勝る水の厚みは越えられない。

 その熱によって当たった箇所の表面は瞬時に蒸発するも、水全体を一瞬で蒸発させるには粒子加速砲では難しい。

 表面はいくら削れても奥まで熱を浸透させられないから。


 さらに術によっていくらでも水を追加できてしまうのだ。

 この術を破りたくば、一つの大海を干上がらせるほどの熱を持ってくるしかない。

 そんなもの、魔王べリアルとて不可能だろう。










「ふう………しのぎ切ったか」


 敵からの粒子加速砲の砲撃が止まったことで、こちらも『倒海』の術を解除。


 俺達の周りを囲っていた大量の水は、どこへともなく消えていく。

 おそらく役目を果たしたことで、元の北海へと戻ったのだろう。


 その北海が元の世界にあるのか、それとも俺も知らぬ幻想世界にあるのかは分からないが。


「ふう………結構ギリギリだったかな。あと10分粘られたらヤバかったかも」


 高位仙術だけあって、俺の腕では長時間の使用は難しそうだ。

 何かを消費しているわけではないが、感触的にあまり長く使用するのを避けたい感じ。

 おそらく無理やり世界の理を捻じ曲げているので、この世界自体に良い影響を与えないせいかもしれない。



「さて、次は一体何が来るか………」


 今の所、機械種テュポーンからの攻撃は一種類ずつだ。

 色々織り交ぜて攻撃されていたらヤバかったかもしれない。

 

 しかし、これも俺の予想通りと言える。

 超重量級の攻撃はだいたい単純なモノが多い。

 なにせアイツ等は大抵力押しで何とかなるから、戦術を練って攻撃してくることなんてまず無いのだ。

 

 デカいは強い。

 だが、強いだけに変化が少ない。

 機械種テュポーン程の大きさであれば尚更だろう。

 苦戦することもなく相手を葬れるのだから。 


 戦術にそわない単純な攻撃なんて、対処は容易だ。

 だからこそこの作戦を取ることにしたのだ。


 ただし、空間攻撃を除く。

 空間攻撃が来たら、俺以外の奴に任せるしかない。



「白兎、ヨシツネ、豪魔、秘彗。空間攻撃が来たら、俺では防げないから頼むぞ」


「ハッ、承知致しました………ですが、しばらくかの機体と打ち合いましたが、どうやら空間攻撃を持っていないと思われます。ただし、空間制御を使えないわけではなく、その妨害に特化しているようです」


 俺の依頼にヨシツネが推測を交えて答える。


「妨害?空間障壁とかじゃなくてか?」


「ハッ、何度か空間攻撃を試みましたが、装甲に届く前に干渉を受け、ほぼ無力化されました。おそらくは空間操作自体を広範囲に妨害する干渉波を発しているのでは……と。ですので、下手に空間転移を行うと制御に失敗してあらぬ所に飛ばされる可能性があります」


 物理では重力嵐で相手を近づけさせず、さらには空間攻撃をも防ぐという。

 こんな奴どうやって倒せばいいんだよ!

 


「はあ……、だが、空間攻撃の可能性が少ないと分かっただけでも重畳か。まあ、これで何の憂いも無く討ちかかれるというもの………」



 上空で赤い光が瞬いた。

 思わず見上げれば、空にある暴竜の口元に生まれつつある炎が見えた。



「おおっ!次は炎か!」



 次なる機械種テュポーンの攻撃は、口から放つ炎のブレスのようだ。


 白兎が白天砲を撃つ時のように大きく口を開けて息を吸い込むような動作を見せている。

 そして、その口元に見える猛々しく燃える炎。


 みるみるうちに口の中に蓄えられた炎の塊が巨大化していくのが分かる。

 先ほどから攻撃を防がれているので、どうやら威力を最大限までに溜めて撃つ様子。


 ギリシャ神話におけるテュポーンも口から炎を吐いたというから、これも俺の予想通り。



「よし!次は白兎!相手の炎を前みたいに跳ね返してやれ!」


 予想が当たったことに喜色を浮かべて白兎へと指示。

 もちろん、炎が来ることは予想していた。

 それに対しての対抗策は、以前、白兎が行った反射技。

 相手の放った炎を吸い込み、それを吐き返す離れ技。


 

「なるほど、ここは白兎殿の出番ですか。お任せしました」

「おお!流石はハクト殿。そんなこともできるとは!」

「うむ……我らの筆頭だけのことはある」

「スゲー!ハクト師匠、スゲー!」

「そんなこともできるんですか?凄いです!」

「キィキィ!」

「ギギギギ!!」



 皆からの期待が集まる目を向けられて、一方の白兎は………


 非常に珍しいことに、驚いたような顔を俺達に見せて……


 耳をピクッと震わせた。




 ピコッ

『え?なんですか、それ?』




「え?」


 思わず聞き返す俺。



 ピコッ

『え?』



 さっきと同じような反応を返す白兎。

 俺が指示した『炎を跳ね返す技』に心当たりがないようで……



 あれ?

 おかしいな。確か前に………




 ああ!!

 あの時の白兎は……未来視内での話か!



 野賊の本拠地にいきなり向かった場合のルート。

 突然、助手席のエンジュが狙撃され、空間攻撃で後の潜水艇も爆散。

 怒り心頭となった白兎が、迫りくる火球を飲み込み、吐き返したシーン。

 


 俺の印象に残っていたから、つい、現実と混同してしまった。

 

 しかし、未来視内の白兎ができたのだから、当然、今の白兎でもできるんじゃないの?



 ピコピコ


『飛んでくる炎を跳ね返すなんて、そんな常識はずれな事、できませんて……』



 いや、お前がやったんだよ!

 俺の目の前で!

 未来視内の話だけど!



 フリフリ


『記憶にありません』って、コイツ………


 

 俺と白兎のやり取りに、皆の目が訝し気になってくる。

 『マスターがまた無茶なことを言ってる……』みたいな。


 傍から見たら俺は従属する機械種に無茶な要望を突きつける横暴なマスターにしか見えないか。

 

 イカン!

 このままでは俺の信用力がダダ下がりしてしまう。

 

 機械種テュポーンの炎を防ぐだけなら、さっきの『倒海』でもイケるかもしれないが……

 

 先ほどの粒子加速砲を防いだ水のドームを見たはずなのに、機械種テュポーンがあえて炎の攻撃をしようとするのも気になる。

 

 同じ技は2度目も通じるか分からない。

 万難を排するなら、ここは白兎に頑張ってもらわねば!



「白兎ならイケるって!頼むよ!お前ならできるから!」



 ピクッ ピクッ


 白兎の耳が僅かに振るえる。


 『頼むよ』『お前なら』の言葉に心動かされているに違いない。



「ここはお前しかいなんだ!お前だけなんだよ!ここを凌げるのは!」



 フリッ フリッ 


 所在なさげに揺れる白い笹の葉の様な白兎の耳。


 『お前しか』『お前だけ』。

 ここまで言葉を重ねられたら、俺に頼られるのが大好きな白兎にはたまらないはず。



「ほら、見てくれ!あの炎。アレがもうすぐ此方へと吐き出される。それを防ぐことができるのは、白兎!お前しかいない!俺の筆頭従属機械種にして、宝天月迦獣 白仙兎!通称、白兎!………頼むぞ!」



 ピョン、ピョン!!


『そこまでマスターがいうならやってみる!』


 白兎はその場でピョンピョン跳ねながら、やる気に満ちた目を輝かせている。



 ふ、チョロイな。


 ここでのキラーフレーズは『俺の筆頭従属機械種にして、宝天月迦獣 白仙兎!通称、白兎!』と『頼むぞ!』だ。

 俺の宝貝としての名と、筆頭従属機械種の名を並べられたら、白兎も黙ってはいられないのだ。

 その上で頼むと言われてしまえば、白兎としても『しょうがないなあ』になってしまう。

 

 これも付き合いが長いが故の絆といったところか。



 ピコピコ

  

 一しきり跳ね回った白兎は、俺の足元に近づき、耳を揺らして珍しくお願い事。 


 

「んん?何々?そろえたい物があるから七宝袋の中のモノを使っても良いかって?力を借りたい奴もいるから……って、別に構わないけど………」


 俺の七宝袋の中に、白兎が使えるようなモノってあったっけ?

 力を借りたい奴?一体誰のことだ?



 ピョン



 俺の了解を取るや否や、ピョンと俺の方へジャンプしたかと思うと、



「うわっ!」



 白兎はそのまま俺の胸ポケットの中へ吸い込まれるように入っていった。

 


「え?白兎?………俺の胸ポケット……いや、七宝袋の中に入ったのか」



 まあ、白兎は宝貝でもあるのだから、これくらいのことはできてもおかしくは無いが………



 ピョン



 と思ったら、すぐに俺の胸ポケットから飛び出してくる白兎。


 そして、その口に咥えられたモノは………



「え?それって打神鞭………」


『主よ!助けて!嫌だ嫌だ嫌だ!痛いのは御免だ!!!』


 なぜか、打神鞭を咥えて戻ってきた白兎。

 しかもなぜか打神鞭は死ぬほど嫌がっている様子。


 まあ、それはどうでもいいが。



「白兎、ソイツを何に使うつもりだ………まさか力を借りたい奴って……、ええっ!白兎、そのユニフォームは……」



 俺の質問にピシッとポーズを取る白兎。

 その小さな矮躯を包み込んでいるその衣装は……なぜか白と黒のタテジマのユニフォーム。

 なぜか背番号は『9910』。

 しかもご丁寧に二の腕部分には虎のマークが散々と輝いている。

 

「え……それって阪○タイガース……あれ?でも帽子は中○ドラゴンズじゃん」


 耳の間に挟むように被っているのは青いカラーの野球帽。

 その正面にはCとDが組み合わさったマークが鎮座している。


 フルフル


「……虎と竜が合わさって最強に見える……って、まあ、別に俺もそこに拘りがあるわけじゃないけど」


 ピコピコ


「……本当は兎チームのが良かったって?流石にラビットをチーム名にしている野球チームは知らないなあ……って、おい!それより、もうそろそろ……」



 上空の機械種テュポーンの口元の炎は、すでに直径100mを越えていそうな程巨大化している。

 おそらく水のドームを張られても、それごと押し潰し、破壊できるまで威力を高めているのだろう。

 


 そして、それは俺達に向かって放たれた。




 ゴオオオオオオッ




 天から落ちてくる巨大な火の玉。

 それはもう太陽が落ちてくるようなもの。


 頭上が一気に赤に染まり、炎の帳が俺達の所へと降りてくる。

 正しくそれが終焉と言うかのように。



「白兎!」


 ピョンッ!



 俺の呼びかけに一跳ねして、火の玉の迎撃に向かう白兎。


『助けてー!熱いの嫌だー!ヘルプミー!』


 今なお叫びまくる打神鞭を担いで空へと飛び立つ。


「え?どういうつもりなんだ?白兎………」


 見送った白兎の意図が分からず、思わず疑問を呟く俺。

 

 だが、プロ野球のユニフォームと、打神鞭を野球のバットのように担いだ白兎の姿を繋ぎ合わせると………


「もしかして………」







 そう、その『もしかして』だった。




 空から落ちてくる巨大な火の玉。


 それを迎え撃つのはたった一機の軽量級機械種。


 


 皆を庇うような位置に停止した白兎は、肩に担いだ打神鞭を両手で持ち、バッターボックスに入った打者のようにそれを構えた。


 迎え打つべきボールは、この辺り一帯の飲み込もうとする巨大な炎の塊。

 

 全長40cmしかない白兎の体格など、ボールに止まろうとする小虫程度。


 だが、そんなこと関係ないとばかりに、白兎はバットを大きく振りかぶり……


 迫りくる太陽のごとき火の玉に向かってフルスイング………





『止めて!熱いの嫌だー!』


 カッキーンッ!!!






 打神鞭の叫びと同時に響く、気持ちが良いくらいのバット(打神鞭)の芯でボールを取られた打撃音。


 いや、本当にそう聞こえたのだ。

 

 聞いた瞬間ホームランと分かる程の快音。

 絶対に炎の塊を叩いた音ではない。

 でも、間違いなく炎の塊を叩いた音なのだ。


 なぜなら、白兎のバット(打神鞭)の一振りで、直径100m以上の火の玉は、機械種テュポーンに向かって打ち返されたのだから。





 ドコオオオオオオオオオオオオオッ!!!


 グオオオオオオオオオオオオッ!!!





 遥か天空で自分が吐いた火の玉にぶち当てられ、叫び声をあげる機械種テュポーン。


 どうやら機械種テュポーンが吐いた巨大な火の玉は単純な炎の塊ではなく、中に溶岩のような質量を含んだモノであったようだ。

 俺が先ほど展開した水のドームを押し潰すつもりであったようだが……


 それがまさか自分に帰ってくるとは思わなかったのだろう。

 

 白兎のホームラン(ピッチャー返し?)によって見事に炎上(?)。

 これで倒せたわけではないが、痛手を負わせたのは間違いない様子。


 




 空が赤く染まり、上空にある巨大な機械種が燃え上がっている光景。


 目の前で起こったことが信じられず、ただ、呆然と見上げることしかできない俺達。


 そんな中、白兎がこちらへと戻ってきて、満足気……その中にほんの少しだけ不満を潜ませて耳を振るう。



 ピコピコ



「………自分の機体の色をオレンジ色に塗るのを忘れていた……って?おい、オレンジ色のウサギって読○ジャイアンツのマスコットだろ!それは止めておけ。タテジマユニフォームにドラゴンズの帽子を着たジャビッ○は流石にヤバい。訴えられてしまうぞ!」







※そろそろストックがなくなってきました。

あと数話で書き溜め期間に入ろうと思います。

次のイベントがこの編の一つの区切りになりますので、できればそこまで続けたかったのですが間に合いそうにありません。


ひょっとしたら、次のイベントを書き終えたらすぐに再開するかもしれません。

その後また書き溜め期間に入ってしまいますが。

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