第357話 藍染2
「すまないねえ。こっちはか弱い女性だから、舐めらないようにあの2機には少しばかり威圧的な態度を取らせているんだよ………、ほら、温かいうちに飲みな」
「はあ……、どうも」
藍染屋の事務所で椅子に座り、先方の事情を伺いながら、出されたお茶に手を伸ばす。
俺の足元には白兎。
そして、後ろに森羅と秘彗の2機を控えさせている。
向こうは機械種オークと機械種エスクワイアの2機を俺と同様に背後に立たせた状態。
テーブルを挟んで、向かい合いながらお互いの情報を交換する。
「ズズッ……、では、やはり貴方がボノフさんで?」
「ああ、藍染屋のボノフだよ。まるっきり男の名前だけどさ。アタシの住んでいたところでは名前を継ぐのが当たり前でね。藍染の腕が認められたら、親から名前を譲り渡されるのさ」
まあ……、人には色々と事情があるようですけど。
俺にはあんまり関係ないが。
しかし、女性の藍染というのも珍しい。
この異世界は厳しい世情だから基本的には男社会で女性はほとんど表に出てこない。
稀に例外はあるが、元の世界で時代の大部分がそうであったように、男が外で仕事、女が内で家事をするのが常識となっている。
だから街の有力者にもなりうる藍染屋が女性というのは、俺にとってかなり意外なことであった。
………どうせ意外だったのなら、もう少し別の方向でも意外を突き通してほしかったな。
例えば、藍染屋の主人が美少女、又は美女とか………
これがネット小説であれば、そう言った方向の意外性を発揮してくれたのだろうが……
残念ながら人口バランス的に考えたら、このような仕事をしているのは、ある程度年齢が高い人の割合が高いに決まっている。
スラムのように施策的に年齢が低い者を集められているような事情も無ければ、当然の結果なのだ。
別におばさんが悪いと言っている訳ではないけど…………
お茶をすすりながら、俺がかなり無礼なことを考えていると、ボノフさんは口を開き、話の続きを促してくる。
「で?そっちの用事ってなんだい?アタシもストロングタイプを持ち込まれたのは久しぶりだよ。それもこんな可愛い容姿の機種なんて初めてさね」
そう言ってどこか懐かしい目をして秘彗に視線を向ける。
こんな表現をして女性に失礼だが、ちょうど久しぶりに帰省してきた孫を見る祖母といった感じ。
「やはりこの街でもストロングタイプは少ないですか?」
「全くいないとは言わないけど、表で見ることは少ないね。精々、中央帰りが稀に保有しているくらいだねえ。あとはこの街の領主とか、商会の大旦那とか……」
うむむ。
連れて歩くのはマズいだろうか。
でも、軽く見られて余計なトラブルに巻き来られるのは嫌だし。
「……狙われたりするでしょうかね?」
「ストロングタイプのマスターをかい?そんな命知らずはこの街にはいないと思うけどねえ。でも、坊やが女連れとかだったら、そっちを狙って来る可能性はあるかもしれないね」
やや目つきを鋭くして話を続けるボノフさん。
「覚えておきな。マスター権限の移譲は、移譲するマスターが自由で安全な状態であることが条件だけど、そのマスターの身内はそれの条件に入らない。つまり機械種使いが大事にする身内を人質にとって機械種の移譲を迫るというのが、悪い奴等の常套手段なのさ」
あ……
それってめっちゃ心当たりあるような。
エンジュやユティアさんと一緒にいて、街の中であれだけ悪党連中に追いかけられたのも、ひょっとしてこれが大きな要因の一つだったのだろうか。
人間が俺1人なら、俺を捕まえてもマスター権限の委譲を迫ることはできない。
なぜならマスターが拘束されているなら、機械種がマスター権限の委譲を受け付けないからだ。
しかし、そこに狙いやすそうな女性が一緒にいたらどうだ。
たった一人か弱い女性を捕まえるだけで、俺に対しマスター権限の委譲を迫ることができる。
それだけのことで無傷の機械種を手に入れられるのだ。
「ストロングタイプ相手にまともな手段で蒼石をぶつけるなんて不可能だけど、そのマスターが弱みを握られてしまえば、それでお終いだからね。まあ、そんな卑怯な手段に出てくるにせよ、正攻法で売ってくれと言って来るにせよ、まずは坊やの素性を調べてからになるだろうね。何せこの街には中央帰りの狩人や猟兵もいるから、万が一、そんな一流どころの連中とつながりがあったら大変だ」
うーん。
しばらくは大丈夫と言うことか。
でも、調べられたら何のコネも無い旅人というのはすぐにバレてしまうだろうな。
それまでにある程度戦力を整えておくべきか。
幸い、今の俺に弱点となるような同行者はいないし、この街に親しい人なんていない。
俺相手に襲ってきてくるなら何の問題も無い。
むしろ片っ端から返り討ちにして、こちらを襲おうなんて思わせないようにしたいくらいだ。
「ありがとうございます。色々を教えて頂いて」
テーブル越しに頭を下げてお礼を言う。
こういった機械種使い特有の、それも上位機種を保有する者のアウトローへの対策は、ユティアさんやミランカさんには教わることができなかったことだ。
未来視においても、魔弾の射手、東部領域ルートはいずれも大きな組織のバックボーンがあったから、このような問題が起こることはまず無かった。
しかし、今の俺はどこの庇護も援助も受けておらず、全くのフリー状態。
辛うじて中央で名の知れた猟兵団である白狼団の名を間接的に出すことができる程度。
ソロで活動している以上、これは何処にでもついてくる問題だろう。
「これくらいなら構わないよ。年少者への助言は年長者の義務だからね……で?結局坊やはアタシに一体何の用だったんだい?」
頭を下げた俺に対し、ボノフさんは薄く笑みを浮かべ、そもそも本題を促してくる。
あ………
すっかり話が脱線してしまったなあ。
さて、一体どこから話をしようか………
「へえ?ブルソーの紹介ねえ。随分と懐かしい名前を聞いたよ。元気にしてるかい?」
「はい。少々怪我を負われれて後遺症に悩まれていましたけど、それも治療の目途が立ったみたいですし。ベネルさんと2人で開拓村を上手く回しているようでしたよ」
とりあえず、狩人を目指す俺がたまたま立ち寄った開拓村で、ブルソー村長から依頼を受けたという話から始め、その依頼を達成した報酬としてボノフさんを紹介してもらったと説明。
「……ふうん。ベネルと2人かあ。ブルソーが開拓村へ志願した時、もう1人付いて行ったのがいたけど……」
あ!
そう言えば、巣ができた時、1人が罠にかかって亡くなったと言っていたっけ?
でも、詳しい話は知らないしなあ。
「すみません。俺が開拓村にいた時、相手をしてくれたのは、ブルソー村長とベネルさんの2人でしたので……」
「そうかい……、で、ブルソーは何か言っていなかったかい?」
探るようにボノフさんは俺の目を覗き込んでくる。
多分、それは例の合言葉を言えということだろう。
「はい、『カードの負け分を払え』と……」
「ふん。じゃあ、幾らだったかい?」
「『シュノーイの酒、五杯分』です」
「………ほう、シュノーイの酒、五杯分の価値があると、アンタには?まあ、そりゃそうだよね。ストロングタイプを従属しているくらいだからねえ」
「…………」
やっぱり何かの暗号だったか。
多分、紹介の力の入り具合のことなのだろう。
ボノフさんの口振りでは、ブルソー村長はかなり俺を買ってくれていたようだ。
「いいよ。秤屋への紹介状を書いてあげよう。この街で1番目に大きい秤屋のね」
相好を崩し、ニヤリとした笑みをこちらに向けるボノフさん。
おそらくこれは最良の結果のはず。
ありがとうございます、ブルソー村長。
これで俺の狩人への道が最初で躓くことはなさそうです。
「他に用事は無いかい?せっかく腕利きがいる藍染屋に来たんだ。あの美人さん達の定期メンテナンスや晶脳の最適化なんてお勧めだよ」
「あー、そうですね……」
秘彗以外のメンバーはユティアさんに見てもらっていたから大丈夫のはず。
だからメンテナンスしてもらうとすれば、秘彗しかいない。
それに秘彗には蒼石や感応士の干渉を妨げる防冠を入れてやりたいと思っていたし。
だけれども……
さて、この人は信用できる人だろうか?
秘彗に防冠を入れないといけないのは急務だが、会ったばかりのボノフさんにいきなり預けても良いモノだろうか?
ストロングタイプの市場価値は1000万M。日本円にして10億円。
さらに女性型、希少な魔女少女系となれば、その倍以上の価値はある。
もし、この人が良からぬことを考えて、俺の秘彗を……とすれば、間違いなく俺の中の内なる咆哮が暴れ出す。
悪い人だとは思わないが、これほどの価値のあるモノを目の前にして、欲望を抑えることができるのか……
それを判断するには会ってからの時間が短すぎる。
もう少し時間をかけて、ボノフさんの人となりを確認すべきではないだろうか……
じっと黙り込んでしまった俺に、ボノフさんは少しばかり苦笑したような表情を見せる。
「安心しな。ブルソーから紹介されたアンタに不義理は働かないさ。何なら担保でも取るかい?流石にストロングタイプに釣り合うような機種はいないけど……」
「いえ……、別にそれを疑っているわけでは……」
ズバリそのままなんだけど、本人を目の前にして、貴方を疑っていますって言えないぞ。
「はははは、じゃあ、数日でもあの可愛い子と離れるのが寂しいってか?いけないねえ、まだまだ若いのに、女性型機械種に入れ込むなんて……。この街には人間の可愛い子がたくさんいるよ。機械種使いで、高位機種まで従属しているのだったら、女の子なんて選り取り見取りだろうに」
出た。
おばさん特有の若い子へのお節介染みた忠告。
揶揄い成分を多く含み、こちらが反応すればより面白がって話を大きくしたがるんだ。
「それにいくらあのストロングタイプが可愛いからって、あっち系のスキルを入れずに、イヤらしいことをさせたら危ないよ。加減が効かずに握り潰されたり、引っこ抜かれたりするからね」
うわあ。
これまた逆セクハラ染みた忠告。
あっち系のスキルというのは性技スキルのことだ。
いかに人間に近い肌質を持っているからといって、これを入れずに、手でナニをさせようとすると…………
先日のコーヒーカップみたいになってしまう。
機械種のパワーは人間の何十倍だから仕方無いね。
今の話は女性型を手に入れた、機械種に詳しくない者が陥る最悪のパターンの一つと言われる。
ちなみに性技スキルはとても高価な品物。
求める者が多いからこれも仕方が無いのだ。
「しませんよ。その為に従属している訳ではありませんので」
反発せず淡々とに言い返す。
ここで強い反応を見せれば、余計に面白がられるだけだろう。
完全に小学生みたいな秘彗ではとてもそんな気になれない。
もし、秘彗が魔法少女系じゃなくて、魔女系だったら考えなくもなかったけど……
「おやまあ。それはアタシの早とちりだったみたいだね。これはすまないねえ」
ボノフさんは大人の余裕を見せながら、俺へ軽く謝罪。
まあ、俺もボノフさんを疑うようなそぶりを見せたからお互いさまだな。
さて、この人に秘彗を任せても良いのか……なのだけど。
………まあ、よく考えればこの人の紹介状を持ってから秤屋に行く予定なのだ。
この人が信じられなければ、そもそも大前提が崩れてしまう。
預ける秘彗にしても、戦闘力という点においては、俺が従属する機械種では、ベリアルも含めれば5番目でしかない。
万が一俺のモノではなくなったとしても、取り返すのは容易だろう。
たとえ暴れ回ったって、白兎とヨシツネですぐ取り押さえることができる。
その為の蒼石だって俺の手の中にあるのだし。
なら、答えは一つか。
「では、お願いしたいと思います。秘彗に防冠を入れてもらえませんでしょうか」
「あいよ。防冠措置ね。毎度あり」
ニコニコと人の良い笑みを返してくれる。
まるで俺のさっきまでの葛藤を見透かしているかのように。
やはり年上の女性には敵わないな。
何せ俺の元の年齢よりも高いのだから。
「さあ、ストロングタイプともなると、色々と準備しないといけないモノが多いね。今回は、他でもないブルソーの紹介なのだから、安くしておくよ」
「ありがとうございます!」
「うん。元気の良い返事だ。若い子はいいねえ」
と言いつつ、手元の電卓でパチパチと計算し始めるボノフさん。
そして、見積もられた金額は……
「防冠措置は、だいたい機械種本価値の5%と言われているけど……、大まけにまけて……3%にしておいてあげよう。だから30万Mだね」
「へ?」
思わず変な声が出てしまった。
機械種本価値は、その機種系統の人気を除外したベースとなる基本価値のことだ。
完品、ブルーオーダー済みでのお値段で、定価みたいなモノ。
ノービスタイプなら50万M、日本円で計算すると5,000万円。
ベテランタイプなら200万Mで、日本円なら2億円。
ストロングタイプなら1,000万M、日本円にして10億円。
つまりストロングタイプである秘彗の機械種本価値が1,000万Mだから、その3%で30万M、日本円に換算すれば3,000万円。
何もおかしいことは無い。
ルトレックの街に在住中、ユティアさんが廻斗、森羅、天琉へ防冠措置をしてくれたのだが、豪魔とヨシツネについてはとても材料を揃えることができず断念した経緯がある。
豪魔とヨシツネはストロングタイプを上回る機械種本価値だから、揃えられるわけがない。
まあ、ヨシツネは源種だから素の状態でもかなり高い抵抗力を持っているし、豪魔も、ユティアさん曰く、元々防冠処理がなされているようなので、当面は大丈夫だろうとのことだった。
しかし、廻斗、森羅はともかく、天琉への防冠措置はかなり費用がかかってしまった。
俺が七宝袋の中に収納していたオークやゴブリン、コボルト等の残骸のほとんどを放出してようやく仕入れることができた程。
しかも、ユティアさんはほとんど原価、且つ、作業費を一切取らずにやってくれたのだ。
だから当然、天琉の時よりも費用がかかってしまうのは当たり前だろう。
30万Mかあ……
俺の全財産、30万Mとピッタシ一緒だ。
秘彗への防冠措置は急務だが、ここで素寒貧になるのは勘弁してもらいたい。
何とか物納を許してくれないだろうか……
頭の中で手持ちの渡しても問題が無さそうな物のピックアップし始める俺だった。
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