第358話 藍染3



「秘彗、出してくれ」


「はい、マスター」


 俺の命令に従い、秘彗は亜空間倉庫から先日倒したばかりのワイバーンの首を取り出す。


 何もない空間からにゅるっと現れる、1m強の凶暴そうな爬虫類を模した頭部。

 まるで洋館にでも飾られている剥製のようだが、人目に晒すにはあまりにも禍々しい形相。


 

 ゴトンッ



 藍染屋の倉庫の床に重い音を響かせる、今回の依頼料の物納品。

 機械種ワイバーンは機械種の格としては天琉と同等クラス。

 その価値は数百万M、日本円にして数億円以上はあるはず。


 たとえ首だけでも最低数十万から百万Mくらいはあると思うのだけれど……



「機械種ワイバーン……、まさかスカイフローターまで狩れるとはね。やっぱりストロングタイプはトンデモナイ」


 ボノフさんから漏れた感嘆の声。

 その表情は驚きのあまり硬く強張ってしまっている。


「足りますか?」


「………十分以上にね。これと引き換えだと、ちょっと貰い過ぎだ。だからこれは提案なんだけど……」


 そこで言葉を切り、俺の方へと視線を向けるボノフさん。


「コイツの竜麟を使って装甲を強化しないかい?首の部分と、あともう少し追加で残骸を出してもらったら、そこのエルフロードの防御力を上げることができるけど」


「竜麟を使う……ですか?」


 

 ドラゴン系の機械種の装甲は竜麟と呼ばれ、厚さ1cmにも満たない装甲板なのに、ほとんどの攻撃の威力を減衰させるという効力を持つ。

 おかげでその巨体と相まって、絶大な防御力と耐久力を秘めるのがドラゴン系の特徴だ。

 ドラゴン系の機械種を討伐する為には、逆鱗と呼ばれる弱点を突くか、減衰されても破壊できるだけの威力を持つ攻撃を飽和させるかしかない。

 しかも上位ドラゴンの竜麟は空間攻撃でさえ防ぐというだから始末に負えない。


 それほどの堅牢さを秘める竜麟を装甲に使えば、間違いなく森羅の防御力をアップさせることができるだろう。

 

 ただし、機械種ワイバーンはドラゴン系でも下位機種だから、その効力は上位ドラゴンよりは劣るはず。

 しかし、それでも中位機種であるエルフロードにとっては破格の装備と言える。


 秘彗の亜空間倉庫はヨシツネのモノと同程度で、精々教室一つ分くらいの大きさだ。

 こういった物納も考えていたので、機械種ワイバーンの他の部分も入れてあるから、残骸の追加提出も問題ない。





「それは願っても無いことですが……森羅だけなんですかね?」


「そっちのお嬢さん機械種の方は軟性装甲だからね。それに竜麟を追加させるのはアタシの技術力じゃあ、ちょっと無理だ」


 両掌を上に挙げ、お手上げと言ったポーズ。

 

 軟性装甲とは、秘彗や天琉の衣服の様なひらひらとした装甲のことであろう。

 ヨシツネや豪魔、森羅みたいな金属の装甲でないと竜麟を追加させるのは難しいということか。

 腕に自信がありそうなボノフさんでもそういうのだから、よっぽど難易度が高いのだろう。


「そこのエルフロードがちょうど良いんだよ。竜麟と言ってもワイバーンのモノだしね。ストロングタイプに装備させるには少し物足りない。逆にそこのラビットだと竜麟の効果を発動させる出力が足りない」


 秘彗が取り出した機械種ワイバーンの首を見分しながらボノフさんが竜麟について語る。


「エルフロードの出力なら竜麟の減衰効果を如何なく発揮してくれるだろうね。それにエルフ用の部材なら在庫もあるし」


「なるほど……」


 チラッと白兎を見れば、こちらの方には関心を示さず、倉庫内をキョロキョロと見回している。

 どうやら白兎自身は竜麟には興味無さそうだ。


 まあ、白兎の装甲は神珍鉄製だから、おそらくワイバーンの竜麟よりも遥かに堅牢だ。

 出力自体は全く問題無いだろうが、白兎に装備させてもあまり効果は見込めないかもしれない。


 それに白兎を整備の為とは言え、藍染屋に預けるのは不安過ぎる。

 白兎の中身は混沌だから、おいそれと藍染に見てもらう訳にはいかないのだ。


 となれば、この竜麟を使って装甲強化できるのは、今の所森羅だけだ。

 であれば、この場で依頼してしまっても良いだろう。



「マスター、私だけ装甲を強化していただくのは、他の方に悪いような……」


 トントン拍子で話が決まってしまいそうな雰囲気を察知して、森羅が俺に遠慮がちに申し出てくる。


「他のメンバーと比べれば、私は戦力に劣りますし、カスタマイズをしていただいても、それほどマスターのお役に立てるとは思えません」


 相変わらず自己評価の低い奴。

 確かに現在のメンバーだと、戦力で言えば廻斗と最下位を争うくらいだ。

 廻斗は9つの命のスペアと天兎流舞蹴術が合わされば、森羅と良い勝負をしそうな気がするからな。


 しかし、メンバーの実力の底上げの為にも森羅の戦力強化は必須。

 特にコイツは斥候、狙撃手、砲撃手、後方指揮等、色々とやってもらわないといけない役割が多い。


「自分を卑下するな、森羅。前回、敵のボスを仕留めたのはお前だろ。戦力に自信が無いなら、なおさら自分の戦力強化のチャンスじゃないか。お前にはこれからも俺の役に立ってもらわないと困るんだから」


「………ありがとうございます、マスター。そこまでこの非才の身を買っていただいて……」


 様々な感情が籠った声を返してくる森羅。

 やはり先日のベリアルの話が尾を引いていたのかもしれない。

 こういったメンバーのフォローもマスターである俺の役目だろな。

 


「では、森羅への竜麟を使っての装甲強化、お願いできますでしょうか?」


「あいよ、任せておきな。そこのお嬢さんへの防冠措置も含めて、今日中には終わらせてやるよ………、でも、いいのかい?坊やの護衛がそのラビット1機になってしまうけど?」


「大丈夫です。何せ…………いや……」


 白兎のことを説明するのは難しいな。

 なら、俺自身が強いことをアピールするか。



「これでもそこそこ腕利きのつもりなんですよ。俺……」



 壁に立てかけていた瀝泉槍を手に取ると、穂先に被せてあるヘッドカバーを外す。


 そして、少しボノフさんから距離を置いて、両手で柄を握りしめながら構えを取った。



「まあ、見ててください」



 これから見せるのは、古今無双の槍術。

 瀝泉槍より伝えられる英雄の名に相応しい演武。

 




 ビュンビュンビュンビュンビュンビュンビュンビュンッ!!




 車2台分が置けるような倉庫であるが、棚があちこちに並んでいて、かなり手狭になってしまっている空間。

 その狭苦しい室内で縦横無尽に槍を振り回す。


 右手で払い、左手で突き、両手で回転させ、時には背中へ回しながら、上下左右、自由自在に180cmの金色の槍が暴れ回る。


 しかし、周りの棚には傷一つつけず、ただ空気のみを切り裂く烈光ごとき槍さばき。


 時折、拳や蹴りを混ぜつつ、独楽のようにグルグルと回転しながらの激しいアクション。

 

 瀝泉槍から輝く金光が棚引き、俺の身体を中心に渦を巻く。

 それはまるで金色の蛇と俺とが奇妙なダンスを踊っているかのような光景。


 そして数分、魅せる動きを意識しながら演武を続け……




「ソイッ!」



 最後に目にも止まらぬ超スピードの突きを披露して終了させた。


 


「どうです?槍には多少自信があるんですが、これでも心配ですか?」


 

 槍を肩に担ぎながら、かなりの韜晦を含んだ自負を述べ、ニッコリとした笑顔をボノフさんへと向ける。

 


「…………ふう。機械種頼りの狩人と思ったら、本人も武術の達人とはね。流石シュノーイの酒5杯分の価値がある男だよ」


 返ってきたのは、ため息を含んだ称賛の言葉。


「アタシの目も衰えたねえ。ただの坊っちゃんにしか見えなかったのに。歳は取りたくないもんだ」


「いえいえ、まだまだお若いですよ。これから色々とお願いすることがあるんですから、老け込まれても困ります」


「………そう言えば名前を聞いてなかったねえ。ストロングタイプを使役する槍の達人の狩人さん?アタシにお名前を教えてくれないかい?」


「狩人のヒロと言います。チーム名は『悠久の刃』。多分、1ヶ月もしないうちにこの街の誰もが知る名前になるはずです」


 いい気になった俺は、珍しく自分を大きく見せるを吐いてしまう。

 でも、そう言いたくなる気分だったのだ。


「ヒロ……ね。覚えておくよ。この街で名を馳せる予定の狩人に贔屓にしてもらえるのは大歓迎さ。ストロングタイプとエルフロードの改造は任せておきな」


 そう言いながら右手を差し出してくるボノフさん。

 

「こちらこそ、俺が中央へ行くまでの短い間ですが、よろしくお願いします」

 

 固く握手を交わし、ここに契約はなった。

 俺がこの街にいる間はこの藍染屋に俺が従属する機械種を任せることになるだろう。

 

 まだ、天琉や豪魔、そしてヨシツネを見せるかどうかは決めていないが、最低6ヶ月間はこの街に滞在する予定だから、もう少し様子を見てから決めることにしよう。



 これで一段落着きそうだけど。

 でも、何か忘れているような気が………


「あっ!そうだ!蒼石って売っていませんか?できれば2級の蒼石が欲しいのですが…」


 危うく忘れるところだった。

 七宝袋に収納している橙伯デスクラウンをブルーオーダーする為には蒼石2級が必要なのだ。


 俺の手持ちの準1級では1ランク高くて勿体ない。

 準2級では3割を引くのが怖くて試せない。

 ここは適正級である2級の蒼石がぜひほしい!


「2級!?そのストロングタイプ用なら、準2級で十分なのに、よりにもよって2級かい?」


 ボノフさんは俺のお願いに驚きの表情。

 

「もしかして赭娼でも捕まえてくるつもりかい?」

 

 惜しい!

 『赭娼』ではなくて『橙伯』。

 そして、『捕まえてくる』ではなくて、『降服してきた』だ。

 絶対に分かることじゃないけど。


「え……、まあ、その、志は高くと言いますか……」


 これはまだ正直に言うことはできないな。

 でも、蒼石2級は切実に欲しいモノだ。

 何とかして売ってもらわないと……


 しかし、蒼石2級を購入するだけの現金……マテリアルはないんだよな。

 できれば今回みたいな物納で交換してもらえないだろうか……


「うーん………、流石に2級を手に入れるのは難しいね。そもそも、この街にあるのかどうかも分からない。中央の大都市でオークションにかけられるレベルだからね。それに2級を仕入れようと思ったら、間違いなく先払いにしてもらわないと困る。でないと、とてもマテリアルが回りそうにないよ」


 物々交換は難しいか。

 そりゃあ、蒼石2級だったら100万M、日本円で1億円はするからな。

 個人商店なら立て替えるのは厳しいだろうな。


 こちらからは赭娼メデューサの首か、ダンジョンの最奥で倒した機械種オルトロスの首を出そうと思っていたけど……

 ここは紹介してもらう秤屋で早めに換金……マテリアル化してもらうしかないか。



「一応、他の店で在庫があるか調べてはみるけどね。あまり期待しないでおくれよ」


「あと、できれば準2級も在庫を調べておいてもらえないでしょうか?こっちも必要になると思うんで……」


「はあ………全くトンデモナイ坊やだ。まだストロングタイプを増やそうとでも言うのかい?」


 若干呆れ顔で嘆息するボノフさん。

 それに対し、愛想笑いで誤魔化す俺。


「あははははは……、その辺は内緒と言うことで。では、重ね重ねお手数をかけますが、よろしくお願いします」











 森羅と秘彗を預けて、藍染屋を出る俺と白兎。


 俺の手には秤屋への紹介状。

 ボノフさん曰く、これを見せればすぐに秤屋へ登録ができるそうだ。


「よし、まず必要なのは現金……マテリアルだな。俺の手持ちの幾つかを出して、マテリアルに換えてしまおう」


 結局、機械種へスキルを追加できる緑石は購入しなかった。

 いくらなんでも物納ばかりだとボノフさんに悪い気がしたのだ。

 

 森羅と秘彗の改造は明日には仕上がっているそうだから、その時に購入することにしよう。

 

 その為には、まず、この世界の通貨であるマテリアルを十分に確保しなければなるまい。


「ふう……、いつまでたっても金に悩まされることが多いなあ。この辺りは元の世界でも、この異世界でも変わらない」


 ため息とともに愚痴が漏れる。


 ピコピコ


 そんな俺の憂鬱そうな姿を見た白兎が何かを言いたげに耳を振るった。


「うん?何だ?白兎」


 パタパタ


「え?『人間万事金の世の中』だって?まあ、だいたいその通りだな。お金があれば、人生の8割くらいは何とかなるだろうし……」


 フリフリ


「んん?あとの2割は何かって?俺の経験上、人間社会の2割くらいは金とは無関係なモノで動いているんだよ、きっとな。友情とか、愛とか……」


 2割は多過ぎるかもしれないけどね。

 あと、自然災害とか、事故とか、健康とか、病気とかも含まれるかな。


「そう言えば、白兎。藍染屋にいる時は随分と大人しかったな。お前にしては珍しい……」


 ピコッ…、ピコッ…


「………『目をつけられたら、また、頭をこじ開けられそうになるのが怖かった』って?そんな……ユティアさんじゃあるまいし……」


 ブルブル


 俺の足元でわずかに身体を震わせる白兎。


 どうやら初対面でユティアさんに迫られたのがトラウマになっているようだ。

 白兎にとって、青学を学んでいる人は皆、ユティアさんみたいな人と思っている節がある。


 そう言えば、白兎の奴、ユティアさんやミレニケさんとは仲良くしていても、絶対に頭は触らせなかったような気が……

 


「まあ、別にいいか。白兎はどうせ藍染屋に任せることはできないからな」


 スキル表示はもう滅茶苦茶だし、装甲もこの世界の金属ではないし、体の中には混沌が詰まっているし……


 ピコピコ


「何々?『でも、演武は自分もやってみたかった……』だって?白兎の演武って、天兎流舞蹴術の演武か?まあ、それは俺も見たい気がするが………、次の機会があれば、白兎にやってもらうことにするよ」


 ピョン!ピョン!


 俺の言葉を受けて、白兎は嬉しそうにその場で飛び跳ねる。

 

「ははははは、期待しているからな………おっと、そろそろこの辺りで……」



 藍染屋から少し離れた所で路地裏に入り、隠蔽陣を展開。

 七宝袋からヨシツネを取り出して起動させる。



「ヨシツネ。あの青い錨のマークがある藍染屋に森羅と秘彗を預けてある。森羅には竜麟を追加、秘彗には防冠措置をお願いした。大丈夫だとは思うが、念の為にお前には見張りをやってほしい」


「ハッ、承知致しました。おかしな処理がされないように……ですね。晶脳や晶冠を弄る作業自体は、拙者には直接的に認識することができませんが、作業する者の言動や振る舞いで怪しい素振りぐらいは見抜くことができるでしょう」


 機械種は晶石や晶脳、晶冠を認識することができない。

 これがこの世界が機械種に与えたルールの一つ。

 故に機械種使いはこの部分では人間に頼らざるを得ないのだ。


「あとは……、この街の治安は分からないが、俺のストロングタイプを狙うヤツがいるかもしれない。藍染屋の外への警戒も頼む」


「ハッ、拙者にお任せあれ!」


 膝をついて俺の命令を受託するヨシツネ。

 そして、そのまま空気に溶け込むように姿を消す。

 藍染屋の事務所の方へと転移したのだろう。

 これで森羅、秘彗の安全は確保されたようなもの。


 

 ふう……

 自分の疑い深さは度を越しているような気もするが、せっかくここまで来て全てがオジャンになる展開は御免だ。


 俺の森羅や秘彗の身に何かあれば、俺の中の内なる咆哮が暴走するのは必然。

 そうなれば俺は街中で人目を気にせず大暴れすることだってありうる。

 

 その後に待っているのは指名手配をかけられた逃亡生活しかない。


 変化の術で容貌を変化させ、十年単位で変装したままでいるのなら誤魔化せるだろうが、今まで築き上げた『狩人のヒロ』という人間はここで死ぬことになる。



「できれば、エンジュには『成功した狩人のヒロ』として再会したいからな」



 ピコピコ


 エンジュの名を聞いて嬉しそうに耳を振るう白兎。



「さあ、狩人への第一歩として、秤屋へ登録に行くぞ!」



 ピョンピョン



 飛び跳ねる白兎を連れ、ボノフさんに教えてもらった秤屋へと向かう。

 

 新たなステージへと進むことへの期待を胸に抱きながら。


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