第356話 藍染1



「おかしい。何か街並みに見覚えがあるような……」


 白兎達を引き連れ、辺りを見渡しながら歩いていると、目に入る景色になぜか既視感を感じてしまう。


 未来視では、バルトーラの街には魔弾の射手の時に1回だけ立ち寄ったきりのはず。

 その時はほとんど外に出なかったから、見覚えなんてあるはずがないのに。


「……なんとなくだけど、道順が分かる気がする。この先を行けば、確か藍染屋が立ち並ぶ通りがあった……と思う。なぜだが分からないけど」


 頭を捻りながら歩いていけば、俺の薄っすらとした記憶の通り、藍染屋が軒を揃えて立ち並ぶ通りが現れた。


「……これはどういうことだ?ここまで俺の既視感と同じだとなんだか気持ち悪いな」


 迷わずにここまで来れたのは幸いなのだが、原因が分からないからイマイチ素直に喜べない。


 どうにも納得のいかず、その場に立ち止まり、自分を納得させるだけの理由を探してしまう。

 

「仙術スキルによる第六感みたいなものだろうか?軽い未来予知のような……」


 今までの経験上、理解できない不思議な出来事の大半は、俺のスキルか、白兎が原因だ。

 

 白兎が今の仕様になったのは俺のスキルが元のはずだから、やはり俺のスキルに原因があるのは間違いないだろう。


「……占いや未来視ができるんだから、未来予知ができてもおかしくはないか……、でも自発的にできず、発動が不安定なのは困りものだな……」


 自分の顎を指で抓みながら、眉を寄せて困り顔。

 制御できない能力というのは、どうにも厄介事を引き寄せるからな。

 自分の知らない風景が突然頭に浮かぶなんて、気持ち悪いに決まっている……、



 いや……



 なぜかその風景に抱く感情は全く逆の方向性。


 幸せに満ちた甘ったるい感情。

 夢と希望に溢れた未来。

 黒髪の姉妹とともに過ごした波乱万丈の1年間。


 その時俺の脳裏に浮かぶのは……


 ミランカさん、ミレニケさんと巣の攻略へ挑戦する俺の姿。

 白兎やヨシツネ以外にも仲間が増え、隊列を組みながらレッドオーダーを仕留める狩人生活。

 しかし、バルトーラの街に戻れば、3人一緒の部屋でイチャイチャして過ごす。

 

 忙しいけど充実した日々。

 それは幸せを手に入れた一つの結末。

 俺が辿った……辿るかもしれなかった幾万のルートの一つ。

  

 あれ?

 これはひょっとして……



「マスター、いかがされました?ボノフという方が開いている藍染屋をお探しになるのでは?」


 少しの間ぼーっとしていた俺の様子を気にして森羅が声をかけてくる。


 こういう時に真っ先に俺に声をかけてくるのは、だいたい森羅だ。

 疑問に思ったことはすぐに聞いてくる。

 これも森羅の個性という奴だろうな。


「お疲れですか?もし、そうなのでしたら、私の重力操作でお運びしましょうか?」


 森羅の後ろから俺の身体を心配してくれた秘彗の申し出。


 重力操作で運ぶというのは、俺を重力で持ち上げて、プカプカ浮かせた状態で引っ張っていくということなのだろうか?


 それはちょっと面白そうだけど、この人前では非常に目立つ行為だ。

 そこまでの勇気は俺には無いな。



「あははは、大丈夫、大丈夫。ちょっと考え事をしてただけ……、多分、気のせいだな」


 やっぱりまだ別れた皆のことを引きづっているのかもしれない。

 それにしても、ミランカさん、ミレニケさんまで登場させるなんて、俺の節操の無さもここまで来たか。 


 気を抜くと妄想に耽溺してしまうのが俺の悪い癖だ。

 せめてみんなと一緒にいる時ぐらい自重すべきだろう。 



「コホン……、では、森羅の言う通り、そのボノフさんの藍染屋を探すとしよう…………、んん?どうした?白兎」



 パタパタ


 耳を振って俺に訴えかけてくる白兎。



 その内容は、どうやらボノフさんの藍染屋について、すでに聞き込みをしていてくれたようで……


「お、おう…、ここから100mくらい進んだところにある青い錨のマークが目印…ね。助かったけど、一体誰に聞いたんだ?」


 白兎の身振り手振り耳振りで通じる相手は機械種のみだ。

 例外的に俺と……、あとは、エンジュがおぼろげながら白兎の言いたいことを分かるみたいだったけど。


 ピコピコ


「え?さっき通りすがった機械種コボルトに聞いたって?……なるほどね。白兎にはそういうことができるわけだ」


 ボルトもそうだったが、機械種コボルトには基本人間と会話できる機能はついていない。

 改造すればできないこともないだろうが、わざわざ機械種コボルトに会話機能をつける奴はいないだろう。


 しかし、交渉人(機械種限定)のスキルを持つ白兎であれば、そういった会話機能がついていない機械種とも意思疎通を図ることができる。


 会話できない機械種とも会話できる能力。


 地味に凄い能力かもしれない。

 もちろん自分のマスターに不利なことはしゃべらないだろうけど。

 それでも、会話できないと思っている機械種から情報を得ることができるのなら、情報収集の点においてはかなり有益な能力と言える。



「ハクトさん、やっぱり凄いんですね。皆から筆頭って呼ばれるだけあって、本当に多彩な能力をお持ちで……」


 秘彗が手放しで誉めると、白兎は後ろ脚で立ち上がり、得意げに大きく胸を張る。

 

 フンスッ!


 と鼻息を鳴らす音が聞こえてきそうなくらいのご機嫌さんだ。


 あのクソ生意気で邪悪なベリアルと違い、素直で先輩に対し尊敬の念を忘れない秘彗は、白兎にとってもお気に入りの様子。

 

 潜水艇でのリビングルームの会話でも、機械種的には格下である森羅や天琉、廻斗に対しても先任として敬っている様子だった。

 機械種にも色々性格があるとすれば、秘彗は非常に当たりだったと言えるだろう。



「ハクト殿にお手を煩わせてしまい申し訳ありません。本来なら私の役目でしたのに……」


 少々落ち込んだ声で白兎に謝罪する森羅。

 しかし、そんな森羅に対して、『気にしないで』『たまたま話しやすそうな機種に出会っただけ』『森羅の役目はマスターの露払い』と耳を振ってフォローを入れる。



 森羅も白兎にとっては頼りになる後輩だ。

 戦闘面ではどうしても今の面子に劣るが、表に出しても問題が無い人型機械種として、俺の役に立っているのは白兎も認めるところ。

 頭の固いところはあるが、生真面目できちんと礼儀を弁えた森羅に対しては、白兎も好ましいと思っているようだし。



 やはり同じチームメンバーなんだから、仲が良い方が良いにきまっているからな。


 そんな暖かい気持ちを抱きながら、やり取りを続ける3機に目をやると……





 パタパタ


「え?テントリュウブシュウジュツの見学会ですか?えっと……それは……」


「ハクト殿。マスターがヒスイ殿への勧誘は禁止されておりませんでしたか?」


 ピコピコ


「演武の日程を伝えているだけで、参加を促している訳じゃないから、勧誘には当たらないと?ふむ………」


 トントン


「私もですか?確かに強くなりたいという思いはありますが……」


 ピョンピョン


 ゴソゴソ


 ピラッピラッ


「あ!可愛いワッペン………、え!それ、見学会に参加したらくれるんですか?うーん……どうしようかな」


「そのマーク、テンルやカイトもつけていましたね。チームの一体感を出す為にはエンブレムの様なモノがあっても良いとは思いますが……」


 フリフリ


「さらに友達を紹介したら、もっと豪華な景品が?えっと……友達って言われも……」


「ほう……紹介を連鎖させていくのですか?そしてその親元にはその分のバックマージンが入ると……面白そうな仕組みですね」



 何やっているんだよ!白兎の奴!


 何やら秘彗と森羅相手に白兎が怪しい勧誘をしている模様。



「コラ、白兎!いい加減にしろ!」



 足音を鳴らして白兎に近づき、その首元を捕まえてブランと持ち上げる。



「何を怪しい勧誘をしている?しかもネズミ講なんて、どこからその知識を仕入れたんだよ!」


 パタパタ


 俺に首根っこを掴まれた状態で耳をパタパタする白兎。


「何?ネズミ講じゃなくてウサギ講だって?やかましい!」


 自分で自白しやがった。

 特定商取引法違反の現行犯だ。


 フリフリ


「え?弁護士を呼んでくれって?……残念、この辺境に弁護士はいない。裁判官による即時判決しかないのだ。だからお前は即有罪。大人しく刑に服せ」



 俺からの有罪判決にガクッとうなだれる仕草をする白兎。

 

 落ち込んだのかと思いきや、『収監中の差し入れはぜひ入門届けを』と秘彗にお願いしているあたり、まだまだ余裕がありそうだ。


  

 はあ……、頼りになるんだけど、イマイチ理解しがたいところがあるな。

 

 白兎にアライメントがあるのであれば、間違いなく『善・混沌』であろう。

 

 俺の従属筆頭機械種なんだから、もう少し突飛な所を治してほしい。

 

 まあ、絶対に無理だろうけど。



  







 『執行猶予中』と書かれた鉢巻きを巻いた白兎を先頭に、100m先の青い錨のマークの藍染屋へと向かう。


「ここか……」


 青い錨のマークを看板に掲げた藍染屋。

 その外見は自動車整備工場に近い。

 ただし、並んでいるのは車ではなく機械種だ。


「何かご用ですか?」


 藍染屋の入り口に立つ豚顔のでっぷりとした肥満体。

 左手に1m程の盾を構えた機械種オーク。

 しかし、その口から出た声は意外な程、渋く落ち着いた心地良い低音。


「えー、その……、ボノフさんの藍染屋ですよね」


「はい。マスターにご用事でしょうか?」


「あ…、えっと………、はい、用事です」


 目の前の機械種オークの外見と、豚鼻の下から紡ぎ出されるイケオジ声のギャップにしばし戸惑いを隠せない。


 なるほど。

 これは多分色々と改造しているタイプだな。


 一応機械種オークは話すことができるが、その滑舌は非情に悪く、聞き取りはほぼ不可能と言われる。

 それをここまで美声に変調しているのだから、ここの藍染はそこそこの腕を持っているのだろう。

 以前、ブルソー村長の開拓村で門番をしていた機械種オークも無駄に美声だったが、ひょっとしたら同じ人がチューンナップしたのかもしれない。



「少々お待ちを……」



 機械種オークは俺達に一声かけてから、ドスドスと足音を鳴らして店の中に入って行く。


 周りを見れば、店先にいる機械種は先ほどのオークだけではなく、身長2.5m近くもある装甲を着込んだ機械種オーガ。

 そして、剣を腰に佩いたジョブシリーズの騎士系、ノービスタイプの機械種エスクワイアの姿が見える。



 こちらが視線を向けたことで、店先に立つ2機もジロリと目を向けてきた。

 どうにも客を見る目ではない不躾な視線。

 

 やや威圧的な態度見せる2機に僅かに眉を顰める俺。


 別にこちらへ敵意を見せたわけではないのだが、相手は並みの人間の何十倍の戦闘力を持つ中位機械種だ。

 俺を上回る体格と、物騒な武具を装備した金属製の偉躯から発せられる威圧感はなかなかのモノ。

 瀝泉槍を持っていなければ、腰が引けてしまったかもしれない。


 しかし、なんでいきなりそんな視線を向けられなきゃならないんだ?


 

「マスター、お下がりを」

「ここは私達に」


 不遜とも言える店先の2機の対応に、さり気なく森羅と秘彗が俺の前に立ち、彼等の視線を遮ろうとする。

 自分達のマスターへの無礼は許さないとでもいったように。


 武器は構えずとも、森羅は彼等と同じ中位機種。

 さらに秘彗はそれを遥かに上回る。


 店先の2機は自分達の同等以上の存在に、ややたじろいだような仕草を見せるが、それでもその場を動こうとはしなかった。

 

 森羅、秘彗から視線を外さず、ただ自らの役割を果たすかのように仁王立ち。

 対する森羅達も彼等へ厳しい視線を向けたまま。


 機械種オーガと機械種エスクワイア。

 機械種エルフロードと機械種ミスティックウィッチ。


 それぞれ2機同士睨み合った状態で、視線が絡み合うだけの静かな攻防が続く。




 ストロングタイプの秘彗がいるから戦闘になれば圧勝だ。

 森羅も秘彗も後衛型だから、やや距離が近いのが気になるが、森羅が数秒時間を稼げば勝負は決まる。

 相手は抵抗することなく重力で押し潰されるか、電撃で黒焦げだろう。


 ただし、この場は白鐘の恩寵内だから、どちらも先手を取ることができない。

 護衛スキル(中級)の秘彗でも、自分達のマスターに眼を飛ばされただけで相手を破壊するのは流石に無理だ。


 だからこの睨み合いはどこまで行っても睨み合いにしかならない。

 

 どちらかが禁忌の加害系スキルを持っていない限り。




 うむむ……

 なぜ店番の2機が威圧してきたのか分からないが、このまま一触即発の雰囲気を続けられるのはなあ……


 ここは機械種相手の迷?交渉人である白兎にでも任せようかとも思うが……



 チラリと横目で見れば、白兎は少し離れた所で様子を見ているだけ。


 後輩が前に出ている以上、自分が出しゃばるのは良くないとでも考えているのだろう。

 

 確かに俺の護衛は森羅、秘彗の役目でもあるし……


 はてさて、この場をどうしようか……


 この緊迫感溢れる店先の状況への解決策に頭を悩ませていた時、




「おや?お客様かい?アタシに何か用事って何だい?」



 店から出てきたのは50歳くらいの中年女性。

 やや太めでがっしりとした体つき。

 八百屋や魚屋、スーパーで働いている快活・剛腕なおばさん店員のよう……


 

 え?

 今、『アタシに何か用事って何だい?』って言った?

 

 じゃあ、この女性がブルソー村長が言っていた『ボノフさん』か?

 まさか女性だとは思わなかったぞ!


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