第355話 街4
「到着!」
ピョン
俺の到着宣言と同時に助手席の白兎が小さく跳ねる。
もはや目的に辿り着いた時の様式美と言っても良いやり取りだ。
車のフロントガラス越しに見えるのは、視界の端から端まで広がる巨大な街の全容。
そこら中で人と車が行きかい、見るからに物流が盛んな街だと分かる。
活気に満ち溢れ、騒々しさと勢いがここからでも感じられる程の盛況ぶり。
「大きい街ですね。今まで立ち寄った街のどれよりも」
後部座席からの森羅の感想。
それもそのはず。
辺境最大の街なのだから当たり前。
ここは中央と辺境の境目の街バルトーラ。
街の周りには中央から押し出された辺境より格上の機械種が蔓延り、街を離れれば機械種どもの巣が乱立している。
それゆえに訪れる狩人や猟兵も多く、これが中央への登竜門と呼ばれる所以だ。
また、街の近くには攻略不能と言われるダンジョンが存在し、街から少し離れた場所には守護者と呼ばれる最強の機械種の縄張りもあるという……
実に俺が最初に訪れた行き止まりの街に似たシチュエーションだ。
もちろん街の規模は比べようもない程大きいのだけれど。
ここが俺達がしばらく過ごすことになる街。
俺の目的地である中央への入り口であり、俺が目指す所への試練の第一歩でもある。
「ふう……、結構かかったな。寄り道はしたけど、ルトレックの街から5日間か。気軽に戻れる距離じゃないな」
もっと近ければエンジュ達の様子を見る為に、数ヶ月に1回くらいは戻っても良いのだが、順調に行って往復10日間ではそれも難しい。
中央への切符に挑戦している期間は、ある程度の間が空くと実績を消されてしまうことがあるそうだから、そう簡単にルトレックの街には戻れないだろう。
「まあ、1ヶ月くらい経ったら白兎に手紙でも届けてもらうかな。別れたばかりですぐに手紙を出すのはちょっと恥ずかしいから、それくらい期間を開けておきたい」
女の子へのメールに即返信は足元を見られるとか云々。
これも男女間の駆け引きの一つ……
別に駆け引きをしたいわけじゃないけど。
ピコピコ
白兎が俺の独り言に耳を揺らして『配達なら任せて!』と胸を張る。
ユティアさんの故郷へ手紙を届けたことで、なにやら配達に自信を持った様子。
あの時のアルミラージと化した打神鞭との合体はもう二度とできないが、追跡スキルを上手く使えば来た道を戻るくらいは余裕とのこと。
「その時が来たらよろしく頼むよ。ただ、その前にエンジュへ知らせるには恥ずかしくないような実績をあげないと」
「マスター、あちらが車を止めるガレージのようです」
遠くまで見通せる森羅の目が、街には必須のガレージ街を見つけたようだ。
「よし!とにかく街の中に入ろう。そして、まずはブルソー村長が紹介してくれた藍染屋に行くとしよう」
巨大な倉庫が立ち並んでいるようなガレージ街を進み、適当なガレージを見つけてマテリアルを投入。
シャッターが自動で開いたのを確認して、車を入庫させた。
1日1,500M。日本円にして15万円。
潜水艇をくっつけた車もスッポリ入ってなお余裕がある広めの倉庫。
メルテッドの街のガレージよりもややお値段は高め。
その分設備も充実していて、トイレや簡易シャワー室などが完備されている。
「1ヶ月で45,000Mかあ。家賃450万円ってどんな高級マンションだよ…」
これからずっと発生する経費に思わず頭を抱えそうになる。
一応、俺の保有するマテリアルは30万M程あるから、まだ余裕はあるが、それでも半年以上もここにいるとなるとかなりの出費。
「これよりも小さいガレージならもっと安いのだろうが、俺の車は潜水艇が連結しているし、超重量級の豪魔もいるからなあ」
「真に……申し訳ない…」
頭上から降ってくる重々しい声。
胡坐をかいた豪魔が身を低くしながら謝罪の言葉を口にする。
車を入庫してすぐにメンバーを勢ぞろいさせた・・・ベリアルとデスクラウンを除いて。
白兎と森羅で倉庫の床と壁、廻斗と天琉で天井や窓を調べてもらい、不審な点が無いかどうかを確認してもらっている。
また、ヨシツネと秘彗は外への警戒。
俺達をずっと監視している者がいる可能性があるからな。
疑心暗鬼になっているのかもしれないが、今までの経験上、そうならざるを得ない。
どうにも俺とガレージは相性が悪い。
ピルネーの街では、エンジュに車を……、未来視のことだけど。
メルテッドの街では、戸締りをしていたのにもかかわらず10人以上の侵入者があった。
このバルトーラでもそういったケースが無いとは言えない。
万が一のことを考えれば、用心に越したことはないのだ。
本当はガレージを利用するのも躊躇ったくらいなのだが……
荒野では隠蔽陣を張って、メンバー全員でのミーティングを気軽に行えたが、誰の目があるか分からない街中ではそれも難しい。
俺達が集まろうとすれば、視線の通らない箱物は必須。
それに我が悠久の刃は誰にも知られてはいけない秘密が一杯だ。
どのみち倉庫を借り切らねばならないのだから、これも必要経費だろう。
「いや、すまん。お前だけの問題じゃないから。この大きいガレージは倉庫代わりにもなるんだからな。それにお前にはここの守りを任せるつもりだし」
自分の失言について、豪魔へのフォロー。
この文武ともに優れる豪魔がこのガレージに陣取っている限り、俺の車の安全は保障されたようなモノ。
たとえ猟兵団が攻めてきても返り討ちにしてくれるはず。
「当面の間、このガレージを俺達、悠久の刃の拠点としよう。何かあったらここに戻るようにしてくれ。豪魔にはこの拠点の守役として、ずっとここにいてもらうから、皆も安心だろう」
「お任せを……、たとえこの身が破壊されようとも……、この場をお守りすることを誓います」
随分と重い言葉で返してくる豪魔。
豪魔が破壊されるような出来事なら、この街が滅んでいる可能性があるけどな。
「さて、あとは街へと繰り出すメンバーの選定だな」
当然、豪魔はこのガレージにいてもらう必要がある。
そして、ヨシツネはいざという時の為に七宝袋の中に収納しておく予定だ。
だから残りは、白兎、森羅、天琉、廻斗、秘彗の5機なのだが……
「プリティなウサギに、美形なエルフ、可愛い天使に、マスコットな子猿、そして、可憐な魔女っ子……」
この5機を引き連れて、街を練り歩く自分を想像してみる。
間違いなく注目の的だろう。
こんなに可愛くて綺麗な機械種をたくさん引き連れているのだから。
そして、周りの人間がこれほどの綺麗所を引き連れる俺を見る目はもちろん……
やべえ!
こいつ等を連れて歩く俺の外聞がやべえ!!
どう見ても狩人をやっているように見えねえ!
綺麗で可愛い機械種を趣味で集めて、悦に入っている貴族のボンボンじゃないか!
「しまったなあ……、これも見栄えを重視して集めた結果か・・・」
ホブゴブリンやオーク、オーガやトロールだって従属する機会は何回もあった。
しかし、自分の周りに置く機械種に一定以上の外見レベルを求めた結果がこれだ。
「ぐぬぬ!今更俺の嗜好は変えられないぞ。やはり近くに置くなら、ゴツくてむさ苦しい機械種より、目に優しい、美しくて華麗な機械種、カッコ良くて凛々しい機械種、プリティ&ファンシーな機械種が良いに決まっている」
正に今の悠久の刃の面々は、厳しい俺の容姿チェックを通過した逸材ばかり。
「妥協してゴブリンやオークを従属するのは我慢できない。せめてオーガくらいなら……」
オーガなら1体、七宝袋に収納しているが……
だが、つい先日、機械種べリアルに言及された従属限界のことが頭を過る。
俺が従属できる機械種の数は無限ではないのだ。
どこかで限界を迎えるのが避けられないのであれば、極力従属する機械種を絞らなくてはならない。
「ベリアルの奴が言っていた通り、これから俺が従属するのは、できればストロングタイプ以上、最低でも森羅や天琉と同等クラスでないとこれから先の戦闘について行くのは難しくなる」
家事をしてくれる機械種も必要だが、これは絶対に美しさを最優先させたい。
絶対に……だ!
「……早めに七宝袋の中のストロングタイプを従属させたいな。あの3体がそろえばこの問題はすぐに片付くのだから」
あと、レッドオーダー状態でスリープしている『橙伯』機械種デスクラウンもいる。
「藍染屋で適正級である2級の蒼石を購入するか。ここで準2級でチャレンジして失敗したら、当分立ち直れなくなりそうだし」
藍染屋で購入した2級で機械種デスクラウンをブルーオーダーして、俺の手持ちの準2級でストロングタイプのパラディンか、ビショップをブルーオーダーするのが一番手っ取り早そうだ。
「その為には、まずブルソー村長が紹介してくれた藍染屋に行かないとな」
紹介と言っても、バルトーラの街で藍染屋を開いているボノフのという人への合言葉を教えてもらっただけだ。
ブルソー村長のニュアンスだと、その自分の名と合言葉である程度便宜を図ってもらえるような感じだった。
街で藍染屋を開いているぐらいだから、この街ではそこそこの名士のはずだ。
秤屋への紹介程度はお願いできると思うのだけど。
「とにかく今は連れて行く数を絞るか。2,3機ならそれほど目立たないだろう」
将来的なことは後に置いておくにして、今はあまり目立ちたくはない。
いずれ目立つことは避けられないだろうが、街に来たばかりの状況で周りにあれこれちょっかいをかけられるのは御免だ。
俺が割り振った作業を行っている皆を眺めながら、連れて行くメンバーの選定を始めた。
結局、街へ連れて行くのは、白兎、森羅、秘彗の3機に決定。
俺のお供として万能の白兎は欠かせない。
そして、俺の護衛役としてストロングタイプの秘彗も必要だ。
この世界においてストロングタイプは、人間が普段目にする範囲内では最強の人型機械種といっても良い。
以前、夜駆けの雷の副団長が言っていたように、このストロングタイプを横に置いているだけで、俺を甘く見て襲いかかってくる奴はいなくなるはず。
あとは、人型が秘彗一体だけだと不便なので、消去法で森羅となった。
森羅の戦力と価値の比較を考えれば、いささか不安な点も残るが、そこは今までとは違い、こちらにはストロングタイプの威光がある。
たかがゴブリンやオークを何十体集めた所で、ストロングタイプの前には何の役にも立たない。
ノービスタイプが小隊を組んで襲ってきても同じだろう。
流石にベテランタイプが複数当てられたら苦戦はするだろうが、そんな激戦を繰り広げれば、当然双方に被害が広がることになる。
勝利したとしても下手をしたら修理代と蒼石だけで赤字になるなんて馬鹿げた話になりかねない。
そういう意味ではストロングタイプというのは、正しく人類とって最高の盾と言えるのだろう。
という訳で、豪魔、天琉、廻斗はこのガレージでお留守番、兼、警護役として残す。
そして、ヨシツネは予定通りしばらく七宝袋の中に収納、万が一の時の保険として待機していてもらう。
白兎と違う意味でヨシツネも万能だ。
その戦闘力もさることながら、広い視野、応用の利く判断力、戦術的視点。
俺を信頼してくれてのことではあるが、時にはマスターの俺ですら、囮をして利用するほどの胆力も兼ね備える。
さらには、その隠身スキルと光学迷彩によるステルス行動。
全ての機械種の中でもトップクラスの短距離空間転移能力を持つ。
白兎と同じく、コイツ1体でいいんじゃないかを地で行く機械種なのだ。
「では、豪魔、天琉、廻斗。あとは任せたぞ」
「承知……、お任せを」
「あい!お留守番!」
「キィキィ!!」
「何かあったら、廻斗を通じて知らせてくれ。多分、夕方には帰ってくるから」
ちょうど今はお昼過ぎ。
藍染屋を探して、秤屋の紹介を依頼。
良さそうな所だったら、秘彗の防冠の増設をお願いするつもり。
もちろん、蒼石の購入も。
大きい街だが、それくらいなら夜まではかからないだろう。
「よし!街へ出発だ!」
ピョンピョン
飛び跳ねる白兎を先頭に、俺達はガレージ通りを抜け、街の中心へと足を進めた。
「思いの外、注目されないモノだな」
ゴルフクラブのヘッドカバーを被せた瀝泉槍片手に、あちこちをきょろきょろと見回しながら進んで行く俺。
街に入ってしばらく経つが、依然立ち寄って最終的に悪党連中に追いかけまわされたメルテッドの街と違い、人通りは多いものの、こちらへ変な目をしてくる連中はほとんど見られない。
「この辺境では、ストロングタイプは珍しいはずだけど……」
何万人以上もいると思われる辺境最大の街でも、ストロングタイプを従属している機械種使いは非常に少ないはずだ。
しかも一介の旅人、さらにこんな若造が従属しているなんて、与太話でもそうはあるまい。
「秘彗がストロングタイプと気づかれていないとか……、でも、何人かの通行人が驚いたような顔を見せていたからなあ」
人型機械種、特にジョブシリーズは特徴的な外装をしているから外見からでもその種別を判断しやすい。
また、女性型は人間にそっくりな容貌だが、両目が青く輝いているから人間と見間違うことは少ない。
とはいえ、いかにも魔女っぽいとんがり帽子に、これまた魔女を意識したデザインの紺色ローブ。
それを年端もいかない外見の少女に着せて連れ歩いている様は、元の世界だったら不審者扱いで通報されてもおかしくは無い。
だが、それも機械種が溢れるこの世界ではよくある風景の一つなのかもしれない。
「俺の気にし過ぎだったか……、よく考えれば周りの人間の服装の方が奇抜で、おかしな格好をしているな」
この世界の服装は多岐にわたる。
ビジネススーツだったり、蛮族風スタイルだったり、SF風のボディアーマーだったり、Tシャツとジーパンだったり……
この中に混じれば、魔女っ子の一人くらい大して目立たないか。
油断するわけではないが、少しばかりほっとしたのは事実。
どうやら以前の街のように悪党連中から狙われまくる展開はなさそうだ。
俺の懸念材料が一つ減ったのだから良しとしよう。
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