第354話 釣り出し


「では、白兎。頼んだぞ!」


 ピョン!


 一跳ねして、目の前に広がる荒野へ駆け出していく白兎。


 その様子を見送る俺と天琉、秘彗。


 ヨシツネ、森羅、廻斗は超小型潜水艇の中だ。

 あまりに機数が多いと、せっかく白兎が釣り出してきても、こっちの戦力を見て逃げ出す可能性もあるから。


「豪魔とかを出していたら、絶対にこっちに寄ってこないだろうな」


 人類と敵対しており、人類に味方するブルーオーダーをも憎悪しているレッドオーダーとて、馬鹿じゃないから明らかに勝てそうもない相手に襲いかかったりすることは少ない。

 ただし、向こうもこちらの戦力を一目見て把握できるわけではないし、群れの先発隊として格上相手に突撃してくることは十分ありうる。

 指揮官に率いられたレッドオーダーは、相手を消耗させる捨て石として行動することもあるらしいから。


「さて、この荒野だったら、釣り出してくるのはゴブリンか、ウルフくらいだろうな」


 






 と思っていたら、20分程後に、白兎が釣り出してきたのは予想通り6体ばかりのコブリン達。


 しかし、釣り出しと言うよりあれは……


「どう見ても白兎が追い立てているんだけど?」


 こちらに向かって必死の形相で駆けてくるゴブリン小隊。


 その後ろを猟犬のように追いかける白兎。


 時折、白兎の口から炎弾が吐き出され、ゴブリン小隊の近くに着弾。


 ギャア!!という叫び声とともに速度を上げて逃げ惑う哀れな生贄の子羊。


 

「少しばかり同情心が湧いてくるな……」



 動物ドキュメンタリーでも、狩る方と狩られる方では、どうしても狩られる方を哀れに思ってしまうのが日本人的感覚。

 相手は人間に襲いかかってくる敵対種であるのは間違いないのだから、同情する余地なんてないのだけれど。



「まあ、せっかく白兎が釣り出し……追い立ててくれたんだから有効に活用しないとな……、よし!まずは天琉!ズビッとピチュンしてやれ!」


「あい!ズビッとして、ピチュンするー!」


 陽気な天琉のかけ声とともに現れる20個近い光球。

 以前、ストロングタイプの魔術師系が行ったような粒子加速砲の励起状態。


 荷電された粒子が収束制御によって電圧をかけられ、その秘められた破壊エネルギーを振り撒かんと火花を湛えて明滅を繰り返す。

 それはまるで魔法のよって作り出されたような幻想的な光景だ。


 

「いっけー!」



 舌足らずな天琉の声の応えて、周囲に漂っていた光球が一斉に、こちらへと向かって来るゴブリン達へと殺到。


 

 ドドドドドドドドドドドドドドッ!!!



 たった一発で上半身が消し飛ぶほどの破壊力を、それぞれ3,4発受けて機体ごと爆散するゴブリン達。

 鉄片を撒き散らしながら、跡形も無くその姿を荒野から完全に消した。




「やったー!」


 両手を挙げて勝利のポーズとばかりに、その場でピョンピョン飛び上がる天琉。


「凄いです!テンルさん」


「えへへへ!!」


 すかさず先輩への称賛を忘れない秘彗。

 後輩から褒められて天琉も嬉しそうに相好を崩す。

 まるで小学生の部活動のやり取りのようなシーン。

 どちらも美形だから場面を切り取って絵にしたくなるような、微笑ましい青春の一ページにも見える。



 ピコピコ


「オッス!ありがとーございました!」


 しかし、そんな様子も白兎が天琉に近づき、耳を揺らして労いの言葉をかけると、一変。

 突如、バリバリの体育会系になってビシッとお辞儀で返す天琉。


 この辺りは白兎の教育の成果なのだろう。

 あまりの天琉の変わりように横の秘彗が目を白黒させているが……



 小学生くらいの天琉と秘彗。

 そして、体長40cmの兎が並ぶ光景は、どことなく童話や絵本で出てくるような古めかしいファンタジー感を醸し出している。


『このまま不思議なウサギに連れられて、未知の世界へ少年少女達は旅立った』


 そんなフレーズが俺の頭の中に浮かんできた。






「ねえねえ、ますたー!天琉、よくやったでしょ!」

 

「んん?……おう!良くやったぞ!前よりも速度・威力ともに増したようだな」


 やはり収束制御の等級を上げた為か、以前よりも弾数や破壊力、スピードが2,3割増加しているようだ。

 上級スキルともなれば、天琉の上位機種が持っていてもおかしくないほど。

 結界制御でのアンチマテリアルフィールドと組み合わせれば、攻守にバランスが取れた射手になってくれるだろう。


「わーい!ますたーにも褒められた!」


 俺の言葉を受けた天琉は、透き通った蒼い瞳をキラキラと輝かせて喜色満面。

 喜びのあまり、子犬みたいにクルクルとその場を走り回り始める。

 


 あとは、この子供っぽい所を何とかしたいところなんだけど……


 

 やがて白兎と一緒になって、両手を振り回しながら腕白小僧のごとく駆け回る天琉。

 その様子を影から見守る姉のように慈愛を込めた表情で眺めている秘彗。


 どこか郷愁を誘う懐かしいよう風景。

 多分、甥っ子や姪っ子の遊ぶさまを思い出してしまうのだろう。


 当然、子供なんて持ったことが無い人生だったけど、こうやって子供が無邪気に遊ぶ姿は、それだけで無条件に父性愛のようなモノが刺激されるような気がする。


 

 まあ、いいか。

 子供のうちは子供のように振る舞うのが当たり前だし。


 どこか諦めたように、それでいて期待するように、年少組の騒ぐ様子をしばらく見守ることにした。









「さて、次は秘彗の番だ。白兎、申し訳ないが、今度はもう少し歯ごたえのある奴を頼む」


 ストロングタイプの初陣ともなれば、それなりの相手を用意してやりたいところ。

 それに俺自身、多彩な攻撃方法を持つ砲撃型機械種の運用は初めてだ。

 一斉掃射で終わってしまうような軽量級ではなく、できれば秘彗の攻撃にある程度耐えうる中量級以上をお願いしたい。



 俺の無茶なお願いに、両耳をピンと立てて了解の返事をする白兎。


 

 ビュウウウウウウウッ!!



 次の瞬間、全身から白光を放ち、白い流星となって空へ飛び上がって行く。


 あっという間に雲の彼方に消え去り、僅かに残る痕跡は雲の合間に棚引く飛行機雲のみ。



「気合入ってるなあ……」



 白兎が飛び去った後を見送りながら、ぽそっと呟きが漏れる。


 白兎道場に勧誘中の新人の為ということもあるのだろう。

 ここは白兎としても良い所を見せたいに違いない。



 そんなやる気一杯の白兎が釣り出してきたのは、これまた20分少々後のこと……







「マスター!右前方上空に敵影あり!」


 突然、鋭い声をあげた秘彗。

 彼女が指し示す方向には、確かに青い空に染みをつけたような黒い影。

 

 真っ直ぐにこちらに向かって来る様子を見せるその姿は、戦闘機の様な翼を持った流線型の飛行物体。

 かなり離れた所だと思っていたら、あっという間にその全容が分かる程に接近してくる。


 そのスピードは元の世界の飛行機にも匹敵するくらいの速度。

 ただし、その機体は浮力や空力によって浮いているのではなく、マテリアル重力器による重力を操っての飛行。

 そもそも航空工学からかけ離れた飛竜を模したフォルムが、あそこまでの速度を出すのはジェットエンジンを積んでいたって不可能だろう。


 そうだ。

 あれは正しく飛竜。

 翼竜の翼を持つ、前腕の無いドラゴン。


 飛行型重量級機械種ワイバーン。



「げ!白兎の奴、スカイフローターを引っ張ってきやがったのか?」



 よく見れば、機械種ワイバーンの鼻先を白い粒がウロチョロ飛び回っている。

 白兎が挑発しながらこっちまで連れてきたに違いない。



 スカイフローターは上空1000m辺りを徘徊しているレッドオーダーの飛行種の総称だ。

 人類の空の足を排除する彼等は、地上を襲うことはあまりなく、その翼を休める為の停留所に近づかなければ戦いになることは少ない。


 しかし、いざ戦闘ともなれば非常に厄介。

 人類の手にある兵器では、上空を支配する飛行種へ弾を届かせるだけでも至難の技。

 赤の威令によって誘導兵器が制限されるこの世界で、空を飛ぶと言うこと自体が絶望的な防壁となって地上からの攻撃を阻む。


 多砲戦車で弾幕を張るか、誘導能力のある発掘品の兵器、又は、腕の良い射手に粒子加速砲で狙撃させるしか対抗策が無いのだ。



 従属する上位機械種に頼らない手段としては。




「秘彗!行けるか!」


「はい!もちろん」


 俺の問いに戸惑いなく答える秘彗。

 

 その右手を前に突き出し、何かを握るような仕草を取る。


 すると何もない空間からにゅっと現れる、捻じれたトネリコの木を模したような杖。

 幼い魔女姿の秘彗が持つに相応しいアンティーク感溢れる装備品。

 これぞストロングタイプの魔術師系を補助する外部ジェネレーター。



「では、行きます!」



 自分の身長に等しい長さの杖を上空へとかざし、射抜くような視線を敵影に向ける。


 頭の三角帽子の鍔から覗く表情は、可憐な少女とは思えないほど気迫に満ち溢れた真剣なモノ。 

 少女の形はしていても、その機体は人類が最も信頼する盾と言われるジョブシリーズのストロングタイプ。

 しかも一度戦闘の火蓋を切って落とせば、戦場を一方的に蹂躙する砲撃型だ。



 右手に持つ杖が唸りを上げ、薄く発光し始めた。

 その先端にエネルギーが集中、それに伴い徐々に光量が増していき……



「今です!弾けよ!ライトニングネット!!」



 上空の機械種ワイバーンから白兎が離脱した瞬間を狙って、秘彗が貯めたエネルギーを解放。



 バシュッ!!



 杖の先端から紫電球が超高速で打ち出された。


 それは機械種ワイバーンの至近距離まで到達すると、その場で破裂。




 バチバチバチバチバチバチバチバチ!!




 機械種ワイバーンを包むには十分過ぎる程、広大な範囲に高電圧をばら撒いた。


 

 

 クアアアアアアアア!!!




 電撃の網に捕まった機械種ワイバーンの絶叫が響き渡る。

 

 金属で構成される機械種である以上、電撃は防ぐのが難しい攻撃手段。

 上位機種であれば、事前に障壁を張ることで防御することもできたのだろうが、今の様な奇襲だとそれも難しい。



「次!行きます!」


 

 空中で動きを止めた機械種ワイバーンに向かい、更なる一手を打ち出す秘彗。


 杖を持った右手を大きく上と振りかぶり、まるで鍬で畑を耕すような動作でそのまま地面に振り下ろす。




「落ちよ!グラビトンハンマー!」




 秘彗が繰り出した重力攻撃。


 マテリアル重力器によって作り出された無形の圧力は、上空で電撃の網に取り込まれた機械種ワイバーンへ容赦なく振り下ろされる。




 ズンッ!!




 超重力の鉄槌をその機体に受けた機械種ワイバーンは、対抗することすらできずに地面へと落下。

 



 ドガアアアアアッ!!




 上空百メートル以上からの落下、そして、地面への激突。

 隕石が落ちたかのような爆音が辺りに響く。


 何十トンの質量があれ程の高さから落下すれば、その衝突エネルギーはいか程のモノか。

 それだけで通常の機体であれば粉々に砕けてしまったのであろうが……




 クウウオオオオオオ!!!



 

 手足は砕け、翼を失っても、その戦意は衰えることはなかった。

 地面にめり込んだ胴体から首だけを覗かせて猛り狂うように叫び声をあげ機械種ワイバーン。


 流石は下位ドラゴンにも分類される機種だけあって、耐久力も並みではない。

 効果は劣るとはいえ、その機体を纏うのはあらゆる攻撃の威力を減衰させる竜麟。

 さらには機体に備わったマテリアル重力器でぎりぎり落下エネルギーを相殺したのであろう。


 しかし、いかに強靱な耐久力を持つ重量級でも、ここまで追い込まれれば後はトドメを差されるのを待つ状態。



 電撃、重力と高レベルな攻撃方法を見せた秘彗だが、最後に放つトドメの一撃はどのような技を見せてくれるのか?



「これで最後です!」



 右手に持った杖を地面と平行に構える秘彗。


 そして、その桜の花びらにも似た小さな唇から紡ぎ出された言葉は……



「断て!ディメンションカッター!」



 技名とともに真一文字に振るわれた杖。


 その動作と同時に空間を走った一筋の線。


 その延長上にはもちろん機械種ワイバーンの首が……




 ズリッ      ゴトンッ!





 恐るべき鋭さで真横に断たれた竜の首。


 重力に引かれて地面に落ちたのはその数秒後だった。



 







「スゲー!ヒスイ!カッコいい!!」


 パタパタ


「あ、ありがとうございます。恐縮です……」


 白兎と天琉からの称賛を受ける秘彗。

 三角帽子を胸の前で抱えながら、恥ずかし気に顔を赤く染めている。

 

 その様子は普通の少女そのもの。

 人間では在り得ない紫色の髪と、耳の下から首にかけて伸びる一条の金属の地肌がなければ、全く人間と見分けがつかないくらい。


 こんな可憐な容姿の機械種が、重量級の飛行種をものともせず葬り去る。


 さらには最後に振るった空間攻撃による次元斬。

 俺の命でさえ狩ることのできる死の鎌。

 そんな恐ろしい攻撃を平然と放つ少女型に対し、少なからず戦慄を覚えた。


「ヨシツネだって使えるはずなんだけどな」


 いかにも強そうな英姿を誇るヨシツネが振るっても違和感をあまり感じない。

 しかし、明らかにか弱そうな少女に見える秘彗が、巨大な機械種へ絶死の一閃を振る様は、もちろん予想はしていたものの、俺に少なくない衝撃を与えた。


「まあ、味方で良かったと思うべきだろうな」


 そして、敵に回してはいけない。

 従属している以上、その可能性は皆無だが、この世界には蒼石があり、感応士という存在もいるのだから。


「信用できる藍染屋を見つけたら、早めに防冠を施しておこう」


 頭の中の、街に着いたらやらなければならないリストに一文を付け加えながら、秘彗を慰労する為に白兎達の方へと足を向けた。








「おう。お見事だったな、秘彗。流石はストロングタイプだ」


「ありがとうございます。お褒め頂き光栄です」


 俺が近づくと、慌てた様子で身だしなみを整える秘彗。

 別に汚れている訳ではないが、これも女性型特有の仕草なのであろうか?



「あ!ますたー!ヒスイ、カッコ良かったよねえ!」


 ピコピコ


 天琉も白兎も興奮冷めやらない様子で騒ぎ立てている。


「そうだな。確かにカッコ良かった。電撃に、重力に、空間か。魔法少女系だけあって攻撃手段が豊富だな」


「はい、その3つが特に重量級には有効でしたので」


「いいな~、テンルもいっぱい技を使いたい!あと、何か叫んでたのもカッコ良かった!らいとにんぐ!ぐらびとん!」


 両手を振り回しながら、秘彗の真似をする天琉。


「うらやましい~、テンルもやりたーい!」


 天琉が騒いでいるのは、秘彗が技を繰り出すときに叫んでいた呪文名みたいなかけ声について。


 戦闘中は違和感が湧かなかったが、わざわざ口に出して言うモノだろうか?

 俺と相対した魔術師系ストロングタイプも呪文を唱えているようにも見えなかったぞ。


 まあ、小声で呟いていて聞こえなかっただけなのかもしれないが。



「秘彗、その『ライトニングネット』とか、『グラビトンハンマー』とか、口で言う必要があるのか?」


 疑問に思ったことを口にする俺。

 

「今からコレコレの手段で攻撃しますよって敵に教えるみたいだから、どうかと思うんだが……」


「はい、ご質問の答えなのですが、当機はデフォルトで使用する攻撃方法を宣言する設定となっております。これは事前にどのような攻撃方法を撃ち出すのかを味方に知らせる為なのですが……」


 俺の問いに対し、薄く微笑みを向けて自分の仕様を説明する秘彗。


「マスターがお望みでしたら『無詠唱』の設定に変更いたしましょうか?」


 コクンと小首を傾げて俺に判断を預けてくる。


 

 『無詠唱』って……

 

 思わずツッコミたくなるネーミングだな。

 間違っていないけど、どこか違和感が漂う仕様変更名。

 

 まあ、それはともかく……


 秘彗の言うように味方にどんな攻撃方法を放つのかを知らせるのは確かに重要だ。

 特に重力攻撃や空間攻撃はパッと見、何をしたのか分からない不可視の攻撃だから、誤射や巻き込みを避けるためにも攻撃方法の宣言は必要かもしれない。


 それに秘彗のポジションは後衛だ。

 しかも遠距離攻撃を得意とする砲撃型。


 多少攻撃方法を叫んだところで、敵に聞こえてしまうケースは少ないだろう。


 それに……攻撃方法を口にする秘彗はなかなかに可愛かった。

 まるで声優のフレーズを聞いているみたいな感じ。


 なら、このままでもいいか。

 天琉も気に入っているようだしな。



「いや、そのままで良い。もし、無詠唱にしてほしい時はこっちから指示するよ」


「了解しました、マスター。御心のままに」


 ローブの端を持ち上げて、軽くお辞儀をしながらニコっと笑みを深くする秘彗。


 その仕草は、『オウ…マドモアゼル』と呟いてしまいそうにあるくらいに可愛い。


 

 うむ、良いな。

 一輪の花は我がチームに潤いをもたらしてくれる。

 これからもその華やかさが、白兎とは別の意味で俺の心を癒してくれるだろう。


 

 美少女型機械種を手に入れた有難味をしみじみと感じる俺だった。


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