第324話 告白


 野賊の本拠地へ攻め入る作戦は決まった。 

 しかし、作戦に入る前に行わなければならないことが一つある。


 それは俺が秘匿していたヨシツネと豪魔の存在をエンジュ達に明かすこと。


「今回の作戦の肝は、守らないといけないモノをできるだけ近くに置いておくことだ」


 その為に森の中を全員で進み、野賊の本拠地近くに前線基地を作る。

 そこに戦力を置いてエンジュ達の安全を確保するのだ。


「万が一のことがあれば、廻斗を通じて俺に連絡が来る」


 そうなれば、一時救出作戦を中断して、壁をぶち抜いてでもエンジュ達の所へ戻ることになっている。


 2回目の未来視と違って、距離が近いから短い時間で辿り着ける。

 もう間に合わないことは無いだろう。

 そして、戦力を集中できる時間にさえあれば戦力差に勝る俺達に負けは無い。


「その為にはどうしてもヨシツネと豪魔の存在を明かさなくてはならない」


 今までのようにヨシツネと豪魔を隠している余裕なんて無いのだ。


「・・・・・・幻滅されるかな?仲間にまで隠し事をしていたことを」


 事情があったとはいえ、ずっと隠していたことを責められるかもしれない。

 いや、正面から俺を責めることは無くても、内心ガッカリするのは間違いない。

 今まで俺から信用されていないと言っているようなモノだから。


「これも身から出た錆だ。甘んじて受けねばなるまい」


 たとえどのような態度を取られても受け止めるしかない。

 別れるまで何とか取り繕えると思っていたけど、なかなかそう上手くはいかないモノだ。








 潜水艇にいるエンジュ達に呼びかけ、外に出てきてもらう。


 危険な偵察任務を終えた俺に労いの言葉をかけてくれるエンジュ達。

 しかし、これから明かす俺の秘密を知ってどのような声を投げかけてくるのか・・・



「ヒロ?アタイ達に見せたいモノって・・・」


 辺りをキョロキョロと見回しているエンジュ。

 それは好奇心旺盛な幼い子供の様な仕草。

 思わず微笑ましさで頬を緩めてしまいそうになる。



「また機械種を捕まえてきたとか・・・ですか?あんまり脅かさないでくださいね」


 ちょっと怯え気味に構えているユティアさん。

 なかなかに鋭い。

 散々脅かしてきたから、俺が取りそうな行動について学習しているのだろう。



「あの・・・、どうでしたでしょうか?野賊の本拠地は?」


 遠慮がちに尋ねてくるミランカさん。

 エンジュが拵えた洋服を着て、少しばかり雰囲気が変わったように見える。

 それでも妹が心配な様子は変わらず、俺に縋るような視線を向けてくる。




 さて、告白を始めようか。




「えー、実は・・・、皆に謝らないといけないことがあって・・・」


「へ?ヒロが、アタイ達に?」


 キョトンとした顔のエンジュ。

 

「・・・・・・・・・・・・」


 硬い表情のままのユティアさん。


「そ、そんな・・・もしかして、妹は・・・」


 絶望したような顔を見せるミランカさん。



「いや、そんなんじゃなくて・・・、その、今まで隠してきたことがあるんだ。俺が従属している機械種のこと。白兎、森羅、天琉、廻斗だけじゃなくて、実はもう2体いるんだよ」


 ここで言葉を切りエンジュ達の反応を見る。

 

 3人とも戸惑ったような顔で、俺の言葉の続きを待っているだけ。


 まあ、これだけじゃ何のことか分からないだろうなあ。


「今から呼ぶので、驚かないで。1体はかなり大きいから」


 エンジュ達に注意喚起を行い、後ろを振り返って片手を挙げての合図。


「ヨシツネ、豪魔。姿を見せろ」


 そして、俺の呼びかけと同時に何もない空間から現れる、人型1体に超重量級の異形が1体。


「ひっ!!」

「きゃあ!」

「!!!」


 あまりの威容に怯えた表情を見せるエンジュ。

 小さく叫び声をあげたユティアさん。

 思わず身構えて腰に手をやるミランカさん。


「紹介する!こっちの人型はレジェンドタイプの機械種ヨシツネ」


「レ、レジェンドタイプ?」


 流石に機械種に詳しいユティアさん。

 すぐに反応を返してきた。


「え!凄い!あの伝説の?」

 

 エンジュがびっくりして目をまんまるにさせている。


「レジェンドタイプ・・・」


 ミランカさんはやや落ち着いた感じでじっとヨシツネを眺めたまま。

 やや懐疑的な視線なのは、あまりにも信じられないことだからであろう。

 機械種使い業界ではベテランタイプやストロングタイプをレジェンドタイプと言い張っている奴等も多いから仕方が無い。



「ハッ、お嬢様方にはお初にお目にかかります。ただいま紹介にあずかりました機械種ヨシツネ、以後お見知りおきを」


 右腕を前に構えた武人らしい一礼。


「はい、こちらこそ・・・」


 戸惑いながらのエンジュの返礼。


 ユティアさんはヨシツネを食い入るように視線を向けまま。

 ミランカさんもどのような反応をすれば良いか分からずマゴマゴした状態。


 うーん、こういった時って、変に前知識が無い方が立ち直りが早いんだろうなあ。



「えー、次の紹介に移るね。この超重量級は機械種グレーターデーモンの豪魔。こっちの辺境では知られていないだろうけど、悪魔型の高位機種」


「我、機械種グレーターデーモンの豪魔。よろしく・・・」


 軽く首肯を持って挨拶とする豪魔。

 一般人の近くで超重量級が動くのは危ないからな。


「スッゴク大きい・・・」

「悪魔型・・・、グレーターデーモン。文献にはありましたが実在しているなんて・・・」

「これ程の大きさ。一体どうやって従属させたのでしょう?」


 豪魔についてのそれぞれの感想。

 境遇や見識の違いによって随分変わるモノだ。



「ごめん。ずっと皆に隠していたんだ。本当はこのまま隠しておくつもりだったんだけど。でも、この先の敵は戦力を隠しながら対抗するのは難しくて。だから皆に打ち明けることにした」


 皆の前で頭を下げる。


 明かすなら最初から明かしておくべきだし、隠すなら最後まで隠し通す。

 それが本来のマナーであろう。

 しかし、事情が変わったため、こうやって皆に明かすことになった。

 どうしようもないことであるが、俺の都合の話であるから、俺が頭を下げるのが筋だろう。

 

「それほどの強敵なんですか?あれだけ強いヒロさんが、これだけの戦力を持っていて、なお・・・」


 もっともな質問を投げかけてくるユティアさん。

 この中で一番機械種について深い見識を持つだけに、この戦力をもって隠しながらでは戦うのは難しいという敵について、疑問を抱いても不思議ではない。


「うん。敵は野賊。でも、そのボスは高位の感応士。さらにレジェンドタイプとストロングタイプの魔術師系を従属している。それにベテランタイプとノービスタイプの小隊も」


 ヒュウッと息を飲む音が聞こえた。 

 俺の答えは一瞬でユティアさん、そしてミランカさんの顔を青ざめさせた。

 

 







「うう・・・」


 ガクッと膝から崩れ落ちるミランカさん。


「そ、そんな・・・、よりにもよって、感応士。それもレジェンドタイプも・・・」


 絶望したような表情で泣き崩れてしまっている。


「ああ、ニケ・・・、どうやって助ければ・・・」


 ただの野賊だと思ったら、感応士にレジェンドタイプが控えているなんて、ミランカさんにとっては最悪の現実を突きつけられたみたいなものだ。

 そこから妹を救出する手段なんて、見つかるわけがない。

 辺境にいる猟兵団、狩人では歯が立たないだろうし、辺境の一国が全軍を派遣したって跳ね返せるかもしれないほどの戦力。

 


 もうその段階でミランカさんにできることなんて何にも無い・・・



「ヒロさん!お願いします!どうか妹を・・・、私はどうなってもかまいせんから!」



 同じくレジェンドタイプを従属している俺に縋りつく以外は。



「ちょっと、落ち着いてください!約束は必ず守ります。」


 俺の足元に縋りつこうとするミランカさんを押しとどめ、俺も膝をついてミランカさんと顔を合わせる。


「敵がちょっとばかり厄介になったからといって、俺が手を引くことはありませんから」


「うう・・・でも!」


「実は俺にとっても因縁がある相手なんです。ミレニケさんのことが無くても、討伐するつもりです。それにもう手筈は整えました。すでに勝ち筋の見えた相手ですから安心してください」


 肩に手を置いてミランカさんを落ち着かせる。

 多分、ずっと俺が偵察に出ている間、不安を抱えていたのだろう。

 

「絶対にミレニケさんは助け出しますから!」


 ミランカさんと視線を合わせて絶対と言い切る。

 そうしないとミランカさんはいつまでも顔を曇らせたままだと思うから。


 ミランカさんの沈んだ表情はあまり見たくない。

 いつも俺の隣で優しく微笑んでくれている顔が好きなんだ・・・


 あれ?

 ちょっと、おかしいな。

 別にミランカさんとそこまでイベントをこなした訳でもないのに、なぜか胸の内から溢れるこの感情は・・・


「ありがとうございます。ヒロさん。妹を・・・お願いします」


 立ち上がったミランカさんは改めて俺に頭を下げる。

 

「任せてください!」


 それに対し、自信満々の態度で応えてあげた。

 そうするのが当然だと思ったから。









「ヒロさん、凄いですね。感応士、それにレジェンドタイプを相手に『ちょっと厄介』で済ますなんて」


「あははは。勘弁してください、ユティアさん。まあ、多少強がりもありますが、嘘ではないですよ。少なくも負ける相手ではありません」


 ミランカさんとのやり取りを終えた俺に、今度はユティアさんが話しかけてくる。


 ミランカさんは顔を洗いに潜水艇へ戻ったから、この場にいるのは、機械種を除けばユティアさんとエンジュのみ。


「ユティア、そんなに感応士って強いの?アタイが知っているのは街から街へ手紙を運ぶ機械種を従属している人って感じなんだけど・・・」


 不安そうな顔でユティアさんに質問をするエンジュ。

 まあ、機械種使いでもない一般人からしたら、あんまり関わり合いになることもないから、そんな感じなのかな?


「あ!そういえば感応士って、人を操ったりするとか聞いたことがある!」


 突然思い出したようなエンジュの素っ頓狂な声が響く。


「それは怖いかな。やっぱり感応士って強いんだ・・・」


 エンジュの表情がコロコロ変わってみているだけで面白い。

 でも、その人を操るって言うのはデマだぞ。


「そうとも限りませんよ。一口に感応士と言っても色々な方がいますから。中には特殊な力もほとんどなく、従属範囲が広いだけで、ずっと機械種を街から街へ配達させているような人もいますし」


 ユティアさんの言う通り。

 感応士と言ってもピンからキリまでいる。

 機械種ラビットのマスター権限を書き換えるのに何時間もかかる者もいれば、アテリナ師匠のように干渉はできないけど感知だけはできるみたいな人もいるのだ。 

 ただし、高位の感応士ともなると・・・


「でも、高位の感応士は敵に回せば、大変危険な方々です。高位の感応士というと鐘守が一番に挙げられますが、白の教会があれだけの勢力を保っているのも鐘守の存在が大きいと言えます。何しろたった一人の鐘守が白の教会に逆らった街を滅ぼしたという話を聞くくらいですから」


 向かって来る機械種を片っ端から従属していけば、あっという間に大軍隊を作り上げることができる。

 しかも高位の感応士が従属する機械種は、ある程度白鐘の恩寵を無視して人間を襲うことが可能ときている。

 それも感応士によって強化された機械種が、だ。


「腕の良い感応士ならば、対策をしていない軽量級くらいなら一瞬でマスター権限を書き換えます。エンジュも機械種を従属しているのだから、感応士には気をつけてくださいね。大切な機械種を奪われてしまいますよ」



 ウバワレル!


 くっ!

 ちょっと大人しくしておけ!

 今は関係ない!



「うん・・・、でも、そんな相手なのに、ヒロは大丈夫なの?」


 そう言って俺に振り向くエンジュの顔は心配げな表情。


「ハクトやシンラが奪われちゃうかもしれないよ」



 ウバワレル!!

 ウバワレルノカ!!



「うっ・・・・・・大丈夫だよ、エンジュ。それについては対策済みだからね。策は考えてあるから」


 『俺の中の内なる咆哮』の猛り声を押さえつけながら、エンジュの問いに答える。


 ヤバいな。

 感応士の話題になれば、例の言葉が会話に出やすい。

 特に機械種使い同士の会話となれば、なおさらだ。

 ここで瀝泉槍を引き抜くわけにもいかないし・・・

 何か話題を変えた方が・・・



「対策済み?やっぱりそちらの2機は相応の防冠処置をされているのですね」


 俺の返事を聞いて、立ち並ぶヨシツネと豪魔の2機に視線を向けるユティアさん。


 ほっ…、何とか話題が変わりそう。


 ・・・ああ、ユティアさんは俺の対策済みと言う言葉ををそう受け取ったわけね。でも、ちょっと違う。

 俺が乗り込んで人質を救出。その後は火力に任せた一斉攻撃。

 機械種を感応士に近づけないという方針でいくつもりだから。


 

「レジェンドタイプに悪魔型の超重量級。それに機械種エンジェル、機械種エルフロード、そして、よく分からないハクトちゃんとカイトちゃん」


 ユティアさんは自分の指一本ずつ曲げながら、俺が従属する機械種を挙げていく。


「どれもこの辺境でなくても珍しい機械種ばかり。それを従属しているヒロさんは一体何者なのでしょう?」


「さて?俺は俺であるとしか言いようがないですが・・・」


 曖昧な言葉でユティアさんからの問いかけを誤魔化そうとした時、



「え!ユティア!」



 ユティアさんは俺に近づき、まるで臣下の礼を取るかのように跪いた。

 その行動に驚いたエンジュの声が響く。


 そして、顔を上げたユティアさんの目に映る光は、憧憬・・・



「白の帝国の遺産を継承されし方。時代を超えて我々に救いの手を差し伸べる救世主。『スリーパー』にお会いできて光栄に存じます。巡り合った奇跡のような出会いに感謝を・・・」


 それは教会で神に祈る敬虔なシスターの様な姿。

 神の啓示を受けるがごとき真剣な眼差し。


 あまりのユティアさんの唐突な行動に、俺は呆気に取られてしまい、絶句したまま。


「ユ、ユティア、どうしちゃったの?その・・・ヒロのこと、継承者とか、救世主っとか、スリーパーとか、どういうこと?」


 跪くユティアさんに詰め寄るエンジュ。

 そんなエンジュにユティアさんは優しく諭すように話し始めた。



「白色文明が滅びる時、最も栄えた白の帝国の選ばれし者達が、数百年もの長い眠りについたそうです。白色文明の遺産を守る為、失われてはならない知識を残す為、そして、いつか赤の帝国を滅ぼす為・・・」


 ユティアさんの語り口は聖書を読み上げているような信心に溢れている。

 俺もエンジュも、ただユティアさんが語り上げる内容に気圧されるばかり。

 

「彼らはいずれ永い眠りから覚め、世に出て私達を正しい方向へと導いてくれると言われています。現に、今まで何人もの方々が目を覚まされ、人々を率いて人類の発展に寄与されました。そうした方々のことを我々は『スリーパー』と呼んでいます」


 ユティアさんの目に宿る信仰心。

 それはきっと人類を救ってくれると信じている存在へ向けてのモノか。


「彼らが目覚める時、必ずレジェンドタイプが傍に侍っているそうです。数々の白の帝国の遺産とともに・・・」


 そこで話を切って、スクッと立ちあがるユティアさん。


 じっと俺の方を見つめて、再び口を開き、


「ヒロさんを見ていて、どういう人なのだろうとずっと考えていました。時には機械種じゃないのかなって疑ったこともあります」


 ユティアさんが顔色一つ変えず淡々と語っていく。


「類まれな武力、それに引き換え、ビックリするくらい世情に疎いこと。でも、不思議なことに普通の人が知らないようなことでも知っている。それにこの辺境では滅多に見つからない高位の機械種の居場所、白色文明の遺跡、発掘品の数々・・・、旅であちこち回っていたのは、それらを回収する為だったんですね。そして、レジェンドタイプを従属していること・・・」


 俺を見つめるユティアさんの目の光は予想以上に強い。

 それだけその『スリーパー』という存在に強い期待を抱いているのだろうか。


「多分、ヒロさんは大きな使命を持って行動されているんですよね。きっと人類の命運を握るような大きな使命。おそらくそれは中央に着いてから始まるモノ・・・」


 そこまで語ったところでユティアさんは口を閉じる。

 

 ただ、俺に向けていつもの優し気な微笑みを向けるだけ。


 多分、最後まで言わないのは俺を気遣ってのことだろう。


 言葉に出してしまえば、俺への追及となる。

 

 認めるのか、それとも否定するのかを俺に任せてくれているのだ。


 だから俺は決めなくてはならない。


 何とユティアさんに答えるのかを・・・








 やべえ!

 全然当たっていない!

 そもそも『スリーパー』なんて初めて知ったし!

 白色文明とか、白の帝国とか、全然関係ないし、俺!


 でも、ユティアさんは完全に俺をそうだと思い込んでいるぞ、あれは!

 まあ、確かに先ほどの根拠を列挙されたら、そうなんじゃないかなって思われても仕方が無いかも。


 行く先々で高位の機械種を手に入れ、白の遺跡を見つけ出し、発掘品と思しき品々を保有している年端もいかない少年。

 偶然と言うにはあまりにも出来過ぎで、その『スリーパー』だったという要因が無いと、説明することができないほど。


 うーん、白色文明の受け継いだ人間がいるという話は噂レベルできいたことがあるけれど、その冷凍睡眠みたいなもので冬眠している奴がいるとうことは初めて聞いたな。


 ユティアさんの故郷である東部領域は、逃げ出した白色文明の民が集まってできた街々が多い。

 故に白色文明の末の民を名乗っている程だ。

 多分、その情報は東部領域の支配者層の秘匿情報なのだろう。

 それとも、その『スリーパー』が何人も東部領域に存在している、若しくは存在していたのかもしれない。


 でも、まあ、未来視とはいえ、東部領域には数年間過ごしたんだけどなあ。

 全くそんな話を聞いたことが無い。やっぱりあの時はよそ者扱いされていたのだろうか・・・


 

 

 

 いや、それはともかく、ユティアさんには何と答えようか・・・

 

 チラッとユティアさんを見れば、じっとこちらの答えを待っているような様子。


 しかし、ユティアさんが想定しているのは、俺が『スリーパー』と名乗るか、名乗らないのかであって、実は全然関係がありませんという答えは全く想像していないに違いない。


 本気で俺が否定して、『スリーパー』ではない根拠を並べたら、あれだけ格好つけて滔々と語ったユティアさん・・・


 ひょっとしたら泣いちゃうかもしれないなあ・・・

 本当に・・・どこまでポンコツなのだろう。

 

 はあ…、仕方が無い。

 もしかしたら俺に都合の良いバックストーリーかもしれないし・・・



「ユティアさん、俺はただの旅人だよ。それ以上でも、それ以下でもない」


「・・・・・・はい、分かりました。旅人のヒロさん。いい加減なことを言ってしまって申し訳ありません」


『私は分かっていますよ』的なニッコリとした笑みで返すユティアさん。

 

 ああ、もう痛まし過ぎて見ていられない。



 思わず目を背けると、俺を凝視してくるエンジュが目に入った。

 

 じっと俺を見つめているエンジュ。

 俺が見つめ返していることすら気づかないほど、真剣な眼差しで。

 その表情はどこか苦し気に見え、何かに耐えているような・・・



「あ、ヒロ・・・」


「ん?どうしたの?エンジュ」


「・・・ううん。何でもないの。ちょっとアタイ、顔を洗いに行ってくる」


 踵を返し、潜水艇へと駆けだすエンジュ。

 そのままその後ろ姿を見送ろうとして・・・


 いや、絶対に何でもないことは無いだろ!

 さっき目元に見えた光るモノ、あれは涙のはず・・・



「エンジュ・・・え」


 呼び止めようと声をかけようとした時、ふと俺の肩に置かれた手に気づく。


「・・・ユティアさん」


「ヒロさん。追わないであげてください。これはエンジュが通らないといけない道ですので」


 今までの雰囲気とは違い、ユティアさんは少しばかり強めの口調で俺を諭してくる。


「大丈夫です。エンジュは強い子ですから。ヒロさんは目の前のことに集中してください・・・・・・、すみません、私が余計なことを言ったばかりに」


「・・・・・・・・」


「代わりに私がエンジュのことを見て来ますね。だから安心してください」


 そう言うとユティアさんは潜水艇に向かってスタスタと歩き出す。


 しかし、少し進んだところで、なぜかクルリと振り返り、ことさら明るい声で、


「あ、そうだ!ヒロさん、ちょっとお願いが・・・」


「駄目です」


 あ、つい、いつもの癖で言っちゃった。

 このやり取りは何度もしているから、反射的に断ってしまった。

 多分、ヨシツネとか豪魔の頭を覗きたいというお願いだと思うのだけど・・・



 しかし、ユティアさんはいつもとは違い、何でもないように薄く微笑むだけ。


「・・・フフフッ、やっぱり駄目ですか?仕方が無いですね」


 そして、スカートをフワリと翻し、潜水艇へと戻っていくユティアさん。




 俺はまたその後ろ姿を見送ることしかできず・・・



「分からん。本当にマジで分からん・・・」



 困惑のあまり独り言を呟くのが精一杯だった。






※しばらく書き溜めに入ります。

 2,3週間後に投稿を再開する予定です。

 楽しみにしていただいている方々には申し訳ありませんが、

 しばらくお待ちください。

 よろしくお願いします。

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