第325話 前線


 野賊の本拠地に向かって、俺達は森の中を進んでいく。

 

 先頭にいるのは白兎。

 耳をフリフリ、鼻をヒクヒク、敵や罠が無いかを調べながらピョンピョンと俺達を先導。


 その後ろには森羅。

 突き出た樹木の枝を切り落とし、俺達が進みやすいよう道を作ってくれている。


 それに続くのは俺。

 そして、エンジュ達一団を挟み、最後尾はヨシツネと天琉。

 豪魔は流石に連れ歩くには目立ち過ぎるので、今は俺の七宝袋の中。

 


 収納する時はヨシツネの空間ストレージに収納したように見せかけた。


 もちろんヨシツネに従属機械種を収納できるような能力は無い。


 亜空間倉庫は通常、武具や残骸を収納できても、稼働中の従属機械種を収納できない。

 それを可能とする為には特殊な特性が必要となる。

 

 しかし、レジェンドタイプはそれぞれがオンリーワンの仕様。

 詳しい仕様なんて分かるはずもないのだから、ヨシツネにその特殊な特性があると偽装した。


 これは七宝袋の超常的と言っても良い収納能力を隠す為。

 ヨシツネと豪魔の存在は明かしたが、全ての情報をエンジュ達に見せるわけではないのだから。



 俺の仙術や宝貝、無敵の身体等の能力はこの世界に存在しえない異質なモノ。

 別れることになるであろう彼女達に明かすには重大過ぎる内容だ。


 今の段階ならまだ辛うじてこの世界での常識の範囲内に収まるが、これ以上を見せるのは色々な意味で危険すぎる。

 エンジュ達を信用しないといわけではなく、世の中には知らない方が良いこともあるということだ。


「エンジュ達には、できれば普通の生活に戻ってほしいからな」


 口の中だけで呟きながら、俺の後ろに続くエンジュ達の一団に目を向けた。


 エンジュは俺が渡した発掘品の大型バイクに跨り、木々を避けながらノロノロと進んでいる。


 後ろの座席にはユティアさんとミランカさん。

 油断すれば転げ落ちそうなくらい不安定に揺れるユティアさんを、ミランカさんが一生懸命に支えてくれている。


「んん?ヒロ・・・、もう大丈夫だよ。だいたい操作方法は分かったから!」


 俺と目が合うなり、上気した顔で興奮気味に答えるエンジュ。


「も、もうちょっと・・・ゆっくり目でお願いします・・・」


 すぐ後ろから泣きそうな声でユティアさんが懇願している。


「ユティアさん、あんまり揺れないでください・・・」


 その後ろのミランカさんも泣きが入っていた。

 1時間くらいずっとユティアさんを支えているから、もう腕の力が限界なのだろう。


 エンジュが運転するバイクの左右では、ボルトやディア、リンクが並走しながら心配そうに見上げている。

 たとえユティアさんが転がり落ちても、エンジュとミランカさんに忠実な機械種が助けてくれるはず・・・多分。


 何でバイクの後部座席に跨っているだけなのに、ユティアさんはあれだけ不安定に揺れるのだろう?


 最初は前のエンジュに縋りつくようにしていたのだが、バイクが段差を踏む度にユティアさんがフラフラと揺れ、危うくエンジュごと落ちそうになった。

 それからはユティアさんは座席のシートをしっかりと握るようになったが、これまたあの細腕では危なっかしい。

 仕方が無いので、その後ろのミランカさんがユティアさんを支えるようになったのだ。

 やはりユティアさんに運動神経とかバランス感覚というのを期待するのは無駄であった様子。

 おそらく自転車も乗ったことが無いユティアさんにとっては、バイクに跨るということだけでも難易度が高いようだ。


 しかし、今回はどうしてもバイクで進む必要がある。

 森の中を進むにあたり、当然、車では入って行くことはできない。

 だがエンジュはともかく、運動不足のユティアさんや体調がまだ戻らないミランカさんを、道なき道である森の中を5,6キロも進ませるのは無理がある。


 そこで取り出したのが、かつて開拓村近くの巣を攻略し、赭娼メデューサを倒して手に入れた発掘品の大型バイク。

 後ろの荷台部分がかなり広いからエンジュが運転して、ユティアさん、ミランカさん2人を乗せても十分に走れるサイズ。

 

 そして、万が一の時は車道に飛び出せば高速離脱で逃げ出すことも可能。

 エンジュのバイクの運転技術を以ってすれば、野賊の追跡を躱すことくらい余裕だろう・・・と思ったのだけど。

 この様子だと、急発進したらユティアさんが振り落とされるのは間違いなさそうだ。


 いっそバイクの荷台へ荷物のようにロープで括り付けておこうか・・・


 少しばかり物騒な解決方法が頭に浮かんでしまいそうになる俺だった。




 

「凄いね。このバイク!カッコいいだけじゃなくて、馬力も凄い!」


 先のやり取りで落ち込んでしまったエンジュだが、俺からこのバイクを渡された瞬間テンションMAX。

 『うわあ!うわあ!』と玩具を買い与えられた子供のように、バイクを弄り回し、あっという間に使い方を覚えてしまった。

 ギュルギュルと試運転でバイクを走らせ、自分の手足みたいな乗りこなしを見せるほど。


「まるで水を得た魚みたいと言いますか・・・」


 ずっとバイクで旅をしてきたのだから、やっぱりバイク好きなのだろう。

 これはもうエンジュにあげてしまっても良いかもしれない。

 俺自身あんまりバイクって好きじゃないし・・・

 それにエンジュと約束したバイクの部品を探すジャンク屋巡りもできなかったし・・・


「これって武器まで着いてるよ!無反動砲とか、連発式バルカン砲とか!」


 マジで!

 そういや強襲型バイクだったよな。

 まさか武器まで付いているとは・・・


 ・・・いや、まあ・・・どうしようかな?

 うーん、少しばかり惜しくなってしまったかも。

 でも、なあ・・・








 そんなこんなで順調に森の中を進み、野賊の本拠地まであと1kmくらいに迫ったところで立ち止まる。

 樹木が生えておらず、バスケットボールの試合できるくらいの空き地となっているような一帯。

 


「よし、ここを前線基地としよう!」


 といっても、この場所を要塞化するわけではないが。

 仙術を駆使すればできなくもないだろうが、流石にそこまで明かすことはできない。

 だが、エンジュ達の安全には細心の注意を払うつもりだ。


 七宝袋から車から取り外した杏黄戊己旗を取り出し、地面に突き立てる。


「これでレッドオーダーも近寄ってこないだろう」


 絶対というわけではないが、赤の威令を阻害するこの宝貝の能力によって、レッドオーダーが近づきづらい一帯が作り上げられるのだ。


 ちなみに車も七宝袋に収納している。

 まあ、これもヨシツネが収納したように見せかけているが。

 あの豪魔を入れたということにしているのだから、車くらいは誤差の範囲内だ。


「そうだ。車と豪魔を出しておくか・・・」


 俺が目配せすると、ヨシツネはマテリアル空間器によって次元の穴を作り出し、俺がそれに被せるように七宝袋からまず車を取り出す。


 車はいつも通り潜水艇とセットになった状態。

 エンジュ達はここで待機してもらう予定だから、衣食住が完備された潜水艇は必須と言える。 

 

 そして、豪魔を取り出して起動させる。


「豪魔、できるだけ頭を低くしておいてくれ!」


 森の中の木々の高さは、だいたい7m~10mちょっとといったところ。

 豪魔が直立すれば頭が飛び出てしまう可能性もある。


「承知・・・、では胡坐をかくことに致しましょう」


 ドシッと胡坐をかいて座り込む豪魔。

 マテリアル重力器で自重をコントロールしているせいか、大きさ程の音も振動も発生しない。


「本当に、そちらのヨシツネさんの亜空間倉庫の広さは大したものですね。車や超重量級のゴウマさんがそのまますっぽり入ってしまうなんて・・・」


 ユティアさんはようやくバイクから降りることができて、持ち前の機械種への好奇心が湧いてきた様子。

 目に幾分強めの光を宿し、ヨシツネに視線を向けている。


 まあ、ヨシツネの亜空間倉庫から出したように見せかけているが、実際は俺の七宝袋から出たモノだ。

 ヨシツネの亜空間倉庫は精々8畳一間くらいの大きさしかないらしい。

 装備一式と車両1台くらいが入る程度なのだ。


 ヨシツネのマテリアル空間器のスペックは空間転移が大部分を占有している。

 あとは空間攻撃と空間障壁くらいで、亜空間倉庫に占める割合はほんの少し。

 純戦闘用の機械種だから仕方が無いのかもしれないが。

 

「レジェンドタイプですからね。やっぱり亜空間倉庫を持っている機械種って珍しいですか?」


「そうですね・・・」


 俺の久しぶりの機械種関連の質問に、眼鏡をクイッと上げるユティアさん。


「まずマテリアル空間器を持つ機械種が上位機種に限られます。ジョブシリーズで言えば最低でもベテランタイプ以上・・・まあ、例外として魔術師系の中でも空間制御に長けた召喚士職や、商人系は除きますけど」


 ジョブシリーズの商人系。

 文字通り商売人の仕事、商品のやり取りや物品の管理に長けた機械種。

 学者系と違い、高い等級の交渉スキルを持ち、主に商会が保有していることが多い。


 ノービスタイプの機械種マイナーマーチャント。

 ベテランタイプの機械種メジャーマーチャント。

 ストロングタイプの機械種ビックマーチャント。


 どれも商売に必要なかなりの広さの亜空間倉庫を持っているのが特徴。

 ただし、戦闘力に欠けるので絶対に前線に出してはいけない。

 もし、戦闘で破壊されてしまったら、保管しておいた品物ごと亜空間倉庫が消えてしまうから。


 破壊されてから機能停止まで時間があれば、商品を放出することも可能だろうが、間に合わずに全財産と一緒に消えてしまったという悲劇も良く聞く話だ。


「逆にレジェンドタイプのような最上位機種は、標準装備と言っても良いほど備えていることが多いみたいです。私が知るレジェンドタイプには、軍団規模の従機を亜空間倉庫に収納している機種もいましたね」


 おお!

 それはまるでどこかの征服王みたい!

 一瞬で軍隊を出現させて突撃してきそうだ。


「他にも自機の強化外装を亜空間倉庫に収納しているケースもありますね。本機は人型ですが、戦闘時には超重量級並みの外装を呼び出して合体するそうです。魔王型という機械種が使うことが多いと聞きます」

 

 何それ?

 めっちゃ男のロマンをくすぐる能力だな。


 しかし、魔王型か・・・

 微かな記憶の底に、赤の死線で稀に出現する最警戒敵性機種にそんな存在がいると聞いたことがあるような・・・

 魔王だけに第二形態に変形するということか。


「マテリアル空間器の能力の中でも『亜空間倉庫』は、比較的空間制御のスキルが低級でも使用が可能です。反対に難易度が高いのが『空間攻撃』と『空間転移』。特に『空間攻撃』は空間制御スキルが上級以上でないと使用できません。この能力を備える機種は大変希少です」


 そうだろうな。

 未来視での魔弾の射手ルートにおいても、『空間攻撃』を使いこなす機械種とやり合ったのは数えるくらい。

 俺自身、空間攻撃を持つ機種とは徹底して戦いを避けたし、どうしてもやり合わないといけない時は、遠距離単体攻撃用宝貝である金磚でもって近づかずに速攻で潰していた。

 その希少な『空間攻撃』、そして『空間転移』の2種を高いレベルで使いこなすヨシツネが味方なのが、俺にとっての最良の幸運だったと言えるだろう。


 

 今回、俺が警戒しないといけないのは、ストロングタイプの魔術師系が使う空間攻撃。

 そして、白兎の装甲を穴だらけにした機械種ダルタニャンの刺突剣。


 どちらも俺の無敵の身体に傷をつける可能性があり、できるだけ俺が相対するのは避けたいところだが、そうも言っていられない。


 どちらかと戦闘をしなければならないとなれば、俺が相手にするのは近接戦闘能力に劣る魔術師系の方が良いだろうな。


 白兎とヨシツネの攻撃を捌き切った機械種ダルタニャンは、おそらく俺にとっては相性の悪い相手。

 素早く逃げに徹せられてしまえば、速度に劣る俺では仕留めきれないかもしれない。

 魔術師系であれば、多分、近づきさえすれば、倚天の剣による斬撃で空間障壁ごと叩き切れるはず。



 あと、もう一つ気をつけないといけないのはボスである感応士。

 

 猟兵をやっていた時は機械種を従属していなかったから、あまりに気にすることもなかったが、今の俺にとって感応士はどれだけ警戒しても足りないくらいの相手だ。


 ・・・ユティアさんに感応士のことをもう少し話を聞いてみようか?

 前に話した口ぶりでは、かなり感応士についても詳しいようだったし。



「ユティアさん、話は変わりますが、感応士を相手にするとき、気をつけないといけないことってなんでしょう?」


「感応士を相手にですか・・・」


 軽く指を眼鏡の縁に当てて、ちょっと考え込むような素振りを見せるユティアさん。

 

「そうですね・・・、今のヒロさんが気をつけないといけないのは、やはり感応士が使う『刻命』(ギアスオーダー)でしょう。これは機械種の晶脳に強制的な命令を打ち込むという感応士の得意技みたいなモノです。動きを止めたり、自分自身を攻撃させたり・・・難易度は高いようですが、マスターに襲いかかるような命令も可能です。さらにこの『刻命』は細かい条件設定ができるようでして、即座に効果を現すモノもあれば、何年も後に発動する呪いのようなこともできるそうです。有名なのは合言葉を聞くことで、今までマスターとして仕えてきた人物を殺す・・・といったような使い方ですね」


 ・・・それは知ってる。

 やっぱり感応士は機械種使いにとって天敵だな。

 自分が従属していた機械種が急に裏切るなんて悪夢以外の何物でもないぞ。

 そんなのどうやって見抜けばいいんだろう?


「同じ感応士や藍染屋で調べてもらえれば、判明することもあるのですが、仕掛けた相手が高位の感応士だと見抜くのもなかなか難しいそうです。ですから機械種を譲られる時はマスター権限移譲ではなく、ブルーオーダーしてからマスター認証するのが一般的です。そうすればどのような仕掛けをしていても真っ新になりますからね」


 うーん、やっぱりそれしかないのか。

 今まで仕えてくれた記憶も無くなっちゃうからあまり取りたくはない手段だけど。


「この時に気をつけなければいけないのは、適正等級の蒼石でブルーオーダーすることです。1段低い蒼石だと完全に消えないこともありますので」


「ええ!それって・・・マジですか?」


「はい、マジです」


 真顔で『マジです』と返してくれたユティアさん。

 そのセリフは本気で似合わない。

 しかし、告げられた内容はとても冗談で済ますことはできない。

 

 確かに1段低い蒼石でブルーオーダーすると、フォーマットのスキル以外が残る仕様だから、感応士が仕掛けた処置も残ってもおかしくはないか・・・


「だから『適正等級』と言うんです。1段低い蒼石でブルーオーダーするのは本来不適正なんです。スキルが残るという仕様も裏技みたいなものです。蒼石の等級は一つ高くなれば価格は2倍から3倍に跳ね上がりますから、低い等級を使いたくなるのもわかるんですけど・・・」


 ユティアさんは少しばかり俺を恨みがましそうな目で俺を見てくる。

 これはユティアさんを拝み倒して3割の悪魔に無理やり挑戦させたことを言っているな。

 

「まあ、あの時は選択肢がそれしかなかったので、私もアレコレは言いませんでしたが」


 手元に7級しかなかったからね。

 俺もあの時6級の蒼石があったらそれを使っていたと思う。


 あ、そう言えば・・・


「1段低い蒼石でレッドオーダーをブルーオーダーした機械種は、再びレッドオーダーしやすいって噂を聞いたことがあるんですが・・・・・・本当でしょうか?」


 俺が知る限り、そんなの関係ないと言う人が多かったから、そんなの迷信だとばっかり思っていたけど・・・もしかしたら・・・ 


「すみません。それについては、学会でもはっきりしていません」


 俺の問いかけに、形の良い眉をしかめて複雑そうな顔をするユティアさん。

 

「機体差もありますし、各々の機械種使いの能力差もあって、検証が進んでいないんです。それに実験のためとはいえ、従属する機械種をレッドオーダー化させるのはリスクを背負いますから・・・」


 それはそうか。

 下手をしたら死人が出かねない実験だからしょうがないね。



 ユティアさんの話で分かったのは、やはり感応士相手に機械種を出すのは避けた方が良いということだな。

 万が一、感応士に変な仕掛けを施されたりしたら、最悪、俺の手持ちの蒼石1級でブルーオーダーするしか手がなくなってしまう。


 精々、出せるとしたら超重量級の豪魔くらいだろう。

 何せ超重量級の分厚い装甲は、そのままだと蒼石の波動さえ通さない。

 ブルーオーダーしようと思えば、その頭部の装甲を剥ぐ必要があるからだ。

 感応士による機械種への感応もある程度は防ぐことができるはずだ。

 

 とはいえ、絶対大丈夫と言い切ることはできない。

 囮となる豪魔の危険性が高いのには変わらない。 


 今回の作戦のキーはどれだけ素早くミレニケさんを救助して、豪魔の援軍に駆けつけることができるかにかかっている。


 

 今度こそ、誰も失わずに済ませるようにしなくては・・・


 二度に渡る悲惨な未来を避ける為、固く心にそう誓った。

 

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