第316話 休憩


 野賊のアジトに向かっている途中、一旦休憩を挟み英気を養う俺達。

 身体を解すという意味もあり、エンジュの訓練を執り行うこととなった。




 バンッ!

 カンッ!


「ヒロ!また当たったよ!」


 エンジュの嬉しそうな声が荒野に響く。


 銃の訓練に精を出すエンジュ、そして、それを見守る俺とミランカさん。


 スローイング&シューティングにおいて、エンジュは早々にもその身に備わる才能をいかんなく発揮していた。

 すでに4度も投げた木片を抜き打ちで命中させるという妙技を成功させているのだ。


 俺は5年かけてもその域に達せなかったのに!


 1日で弟子に追い越されてしまった師匠。

 もう俺のプライドはズタズタだ。


「彼女の歳で格闘も銃の腕もあそこまで鍛えているなんて、一体どれだけ修行を重ねていたのでしょうか?」


 歳の割に異様な成長を遂げているエンジュを見て、ミランカさんは感嘆の表情。


『総時間にして4時間少々です』


 そう言えば、彼女はどれだけの驚きを見せるのか。


 まあ、普通は信じてくれないよな。



「エイッ!」


 

 バンッ!

 バンッ!


 カンッ!

 カンッ!

 


「やったあ!2個同時も当たった!」



 ・・・・・・・・・・・・・



 エンジュには才能があったんだ。

 それを俺が花開かせてあげたのだ。

 そう思うことにしよう。








 射撃訓練が終わると次は近接格闘訓練。


 これならば俺の有利は揺るがない。

 いかに才能溢れるエンジュでも、『闘神』スキルによる人類最強のスペックと、瀝泉槍から注ぎ込まれる武術の技の冴えを前には後塵を拝するしかない。


 師匠としては弟子に良い所を見せなければならないのだ。

 自分でもちょっとカッコ悪いと思うけど。



「ほい、ほい、ほい」


 石突きの方を向け、エンジュへと連続した突きを放つ。


「うわっ!ひゃっ!わあっ!」


 おっかなびっくり俺の攻撃を躱すエンジュ。


「無理な体勢で躱さないように!ナイフの背で受けて、弾くように受け流すんだ!」


「ちょっと早すぎて無理だよー!」


 と最初は泣きが入っていたエンジュも、20分程続けていると、そのうち受け流しができるようになってくる。

 

 キンッ!


 正面の突きに対しナイフの背を当てて攻撃を払いのけ。

 

 カンッ!


 横殴りの薙ぎ払いを上からナイフで叩きつけ軌道を逸らす。


 もちろんかなり手加減した上での攻撃だが、それでもリーチに勝る槍の攻撃をここまで防御できるようになるとは・・・


「ていっ!」


 少々大振りで瀝泉槍をブン回し、勢いをつけての足払いを仕掛ける。


 エンジュの獲物であるナイフではこの攻撃は弾くのが難しい。

 上にジャンプして躱せば、次の攻撃を躱すのが不可能になる。

 後ろに飛べば追いかけて追撃の的だ。

 

 我ながら意地の悪い攻撃でもあるが、あまりエンジュを調子に乗らせるのも良くないという判断の上。

 戦闘では臆病なくらいがちょうど良い。

 特に機械種使いであるエンジュならば尚更。

 最後は『まだまだだな』で終わらせて、エンジュが天狗にならないようにするつもりであったが・・・



「なんと!」



 エンジュは突然、後ろにのけ反りながら飛び上がり、そのまま軽やかに後方へトンボを切ってクルンと一回転。


 両足を揃えて地面に着地した瞬間、ダンッ!っと後ろ足で地面を蹴ってこちらへ突撃。


 鞘に入ったままのナイフで俺に飛びかかろうとして・・・



 ヒョイッ

 スポッ


 

 飛びかかってくるエンジュの手から瞬時にナイフを指でつまんで抜き取る。

 そして、怪我をしないよう優しく抱き留めてあげながら、そっと抜き取ったナイフを首筋に当ててやった。


「あれ?ど、どうしてアタイのナイフが・・・」


「いや、びっくり。そこまで身が軽いなんて思わなった」


「え、え、どうして?なんで?」


 不意を突いたはずなのに、獲物を抜き取られ、リーチまでかけられていることに目を白黒させるエンジュ。


「まあ、ほんの少しだけ俺を本気にさせたことは褒めてあげよう。ヨシヨシ」


「う、う、うん・・・やっぱりヒロには敵わないや」


 エンジュは俺に抱き止められながら照れ臭そうに頭を撫でられるまま。

 少しばかり俺に体重を預けて幸せそうな顔。


 そんな様子の俺達を少し離れた場所でミランカさんが眺めていた。

 形の良い眉の端を下げ、生暖かいモノを見るような表情で。







 最後は素手での格闘訓練。

 常に武器が手元にあるという保証が無い。

 最後の手段として徒手空拳の技を磨くのは、生きていくための必須の条件とも言える。


「今から俺が力が強いだけの素人を装うから、上手く捌いて無力化してみてくれ」


 瀝泉槍を収納し、素手でエンジュと向き合う俺。

 素人を装うと言うより、素人その者なのだ、今の俺は。


「うん・・・、手加減してくれるんだよね?」


「もちろんさ。ほらほら、ボクはただの一般人の狼藉モノだよ~」


 両手を向けて、指をムニムニと卑猥な感じで動かす。

 

「ボクに捕まっちゃったら、酷い目に合うよ~」


 エンジュを追い詰めるように一歩踏み出す。

 すると、気圧された様に一歩下がるエンジュ。


「うう!ヒロって、結構意地悪な所あるよね」


 ちょっと嫌そうに顔を顰めながらも、構えを崩さず俺の一挙一動に目を配っている。


「あはは、男の子は可愛い女の子には意地悪したくなっちゃうものなんだよ。じゃあ、行くよ!」


 ガオーッとばかりにエンジュに襲いかかる俺。

 もちろんスピードは一般人程度に抑えている。


「わあ!」


 悲鳴をあげながらもギリギリで俺の突撃を躱すエンジュ。

 後ろに逃げるのではなく、斜めに踏み込んで体捌きですり抜けるような躱し方。


「ちっ、避けられたか!次こそは!」


 悪役のようなセリフを口にして、再度エンジュに襲いかかる。

 イカン、ちょっと楽しくなってきた。

 自然と人相が悪く見える笑い方をしてしまう。


「ひゃい!」


 俺の形相に怯えるような仕草を見せながらも、エンジュは一流のサッカー選手ごとき足さばきで俺のタックルを躱していく。


 右へ左へ。

 クルッと身を回転させながら、ステップを踏んで俺の猛攻から逃れる。


「エンジュ!躱すだけじゃなくて攻撃しないと!」


「そんなことを言っても・・・」


「大丈夫。エンジュが全力で殴ったって、全く効かないから」


「それは気にしていないけど・・・」


 まあ、ナイフ訓練の時は散々蹴ってたね。

 瀝泉槍を持っていたから、かすりもしなかったが。


「エンジュさん。男性には急所攻撃が効果的ですよ!」


 横からのミランカさんからのアドバイス。


 いや、それは止めて!

 効かないと思うけど、ヒュンってなっちゃう!

 思わず姿勢が内股に・・・


「ほら、見てください。本当に狙わなくても、狙われると思わせるだけで、男性の動きが鈍くなりますから」


「ああ!本当だ・・・凄い!」


 ミランカさんの的確な助言に感嘆の言葉を漏らすエンジュ。


 女性ならではの助言と言える。

 というか絶対に男性からは出ないアドバイスだろう。


 ぬう・・・

 これでは師匠株をミランカさんに盗られてしまう。

 ここは一旦、強引に勝負を決めて、反省点を洗い出す展開に持ち込もう。


 抑えていたスピードを一段上げて、エンジュに急接近。

 いきなり上がった速度に体が反応しきれないエンジュ。


 そこへ・・・



「でややああああ!!」


 大声をあげて威嚇しつつ、エンジュに覆いかぶさるように飛びかかった。

 逃がさないよう両手を大きく広げ、そのまま押し倒そうとする俺。


 躱せないと悟ったエンジュはじっと俺に目を向けたまま。

 

 俺の攻撃をそのまま受け入れるように両手をこちらに向けて・・・

 

 

 トン



 あれ?


 いつの間にか腹にエンジュの足の底が当てられていた。


 そして、エンジュはそのまま背中から自ら倒れ込み、俺の腹に添えた足を思いっきり跳ね上げた。



 え?

 これはひょっとして『巴投げ』?



 と思った瞬間、世界がグルンと回転した。






 ドン!!




 頭から地面に激突する音。


 気がつけば目の前には、ただ青いだけの空が広がっていた。

 どうやら地面の上に仰向けで転がっている状態の様子。



「ヒロさん!」


 ミランカさんの悲鳴のような声が響く。


「ヒロ!ゴメン!大丈夫?」


 エンジュの心配する声も聞こえてくる。


 あ・・・

 俺、巴投げでブン投げられたみたいね。


 うう・・・

 カッコ悪いところを見せてしまった。

 ちょっと調子に乗り過ぎたかなあ?


「よっ・・・と!」


 せめて平気なところを見せようと、寝ころんだまま片足を上げて振り下ろし、その反動を使ってヒョイっという感じで立ち上がる。


「うわ、ヒロ・・・急に起き上がっても大丈夫なの?」


「まあね。これくらいなら。それよりエンジュにはびっくりさせられっぱなしだよ。まさか投げられるとは思わなかった」


「うん、ありがとう。なんとなく体が動いちゃった。アタイもびっくりしてる」


 俺に褒められてはにかむエンジュ。

 上気した頬に、照れくさそうな笑みを浮かべた表情。

 抱きしめてもう一度頭をナデナデしたくなるくらいの可愛さだ。


 師匠としてはいささか片手落ちの展開だったけど、エンジュのその顔が見られたことで良しとしよう。


「素人を装うからって、受け身まで取らないとは・・・、随分と徹底していますね」


 ミランカさんの意外な方向からの感嘆の言葉。

 

 いや、俺自身、受け身の取り方とか知らないから・・・とは言えないので


「あはは、やるからには徹底するのが俺の方針でして・・・それより、そろそろ車に戻りましょうか」


 無難なセリフで返し、休憩を終わらせる宣言で誤魔化す俺。


 危ない危ない。

 見方によっては俺の技量がすさまじい勢いで上下しているのだから、不自然に見えてしまう可能性もある。

 やっぱり瀝泉槍を手放しての訓練は止めておくことにしよう。

 

 


 


 








 そんな出来事を挟みつつ、目的地と思わしき場所近くに辿り着いたのが夕方前。


 数キロ先に見える鬱蒼とした森。

 その奥に俺達が目指す場所があるはずなのだが・・・


「どう考えても、途中に見張りがいますね」


 助手席のミランカさんが呟く。

 

 それもそのはず。

 青く茂った森の一部が切り開かれ、明らかに人の手の入った道が続いているのだ。

 打神鞭の地図から見ても、目的地である×印はその道を辿っていった森の奥にあるだろうことが分かる。

 おそらくそこに野賊のアジトがあるとすれば、何かしらの見張りがいると考えるのが自然だろう。


「ここまで来てようやく反応が出て来ました。妹はここから5~10km以内に居ます」


 左手の甲に埋め込まれた晶石の反応を見ながら、そう宣うミランカさん。

 その表情は怖いくらいに落ち着いて見える。

 

 ただし、その目だけがギラついた光を放つ。

 胸の奥に燃え盛る炎が漏れ出しているかのように。


「ミランカさん。まず偵察が先ですよ。このまま突っ込むは無理ですからね」


「・・・・・・はい。分かっています」


 ミランカさんは俺の忠告に振り向くことなく答え、じっと前方を見つめたまま。


「ここまで来て、失敗は出来ませんから」


 その言葉には血でも混じるかの如くの決意が込められていた。











 車を森から直接目に入らない岩場の横に貼りつけるように止めて、ミランカさんとともに潜水艇へと移動。

 リビングルームでエンジュ、ユティアさんを交えて作戦会議を行うこととなる。


「まず、俺が森羅と一緒に様子を見てくることにするよ」


「ヒロが?・・・その・・・危険じゃないかな?ヒロの実力を疑う訳じゃないけど・・・」


 俺の提案に逡巡を見せるエンジュ。

 従属する機械種1体と人間1人だけで、野賊のアジトに向かうのは確かに無謀だ。


 しかし、今回はあくまで偵察と侵入だけのこと。

 殲滅目的でなければ人数は少ない方が良いに決まっている。


「連れていくのはシンラさんだけで良いのですか?テンルちゃんなら空から偵察ができると思いますが」


「ユティアさんの言う通り天琉を連れていくことも考えたのですけど、アイツを偵察に出して果たして意味があるのかと・・・」


 テーブルに座って会議している俺達の横で、白兎、廻斗とじゃれ合っている天琉。

 どう見ても精神年齢幼稚園レベルの天琉にそんな難しいことができるとは思えない。


「それに森羅が抜けますから、万が一の備えとして天琉は置いておかないと」


 これについては白兎も置いていくつもりだから、万が一もあり得ない。

 しかし、白兎の本当の力を知らないエンジュ達にとっては、天琉がいるといないとでは安心感が違うだろう。


「ヒロさん、せっかく偵察向きの機械種を従属させていただいたのですから、ここは私が・・・」


「駄目です。ミランカさんは体調が戻っていません。いかに機械種リュンクスと一緒でもその体で森の中を進むのは無理がありますよ」


 ミランカさんの申し出を一蹴する俺。


 一般の機械種使いの従属を野外で維持できる範囲は、数百m程度と言われている。

 機械種だけを野賊のアジトへ進ませるにしても、少なくとも森の中を5km以上は歩いていかないといけない計算。

 常人の何倍もの従属範囲を持つ俺であっても、3,4kmは森に入らないといけない距離だ。


「それに道から外れているからと言って、森の中に見張りがいないとは限りません。俺と森羅であれば大抵の敵は片づけることができます」


 もちろん野賊のアジトへ向かうのに、あからさまに見える切り開かれた道を通るつもりは無い。

 少し離れた場所から森へと侵入し、アジトの方角へ向かうことになるだろう。


「それに偵察自体は森羅に任せるつもりです。アジトを従属範囲に捉えたら、その先は森羅だけで進んでもらいますから。だから頼むぞ、森羅」


「はい!マスターのご期待に必ずや応えてみせます!」


 直立不動で自分の胸に手を当てて、敬礼っぽいポーズを決める森羅。

 森の中での偵察こそ、機械種エルフの真骨頂だとも言えるのだ。


 今回の俺の役目はあくまで従属範囲を伸ばすために着いて行くだけのこと。

 偵察任務自体は森羅ともう1機に任せることとなるだろう。


 俺自身に隠蔽技術や侵入工作できるようなスキルは無い。

 今使用できる仙術にもそんな便利な術は無い。


 精々変化の術で顔を変えることくらい。

 動物や虫への変化をすれば侵入も容易になるだろうが、知能も動物や虫レベルに落ちないという保証は無いので、できるだけ使いたくないし。


 一応、仙術にも姿を消すことのできる術は存在する。

 封神演義内で何度も使われた『遁甲隠身の術』がそうだ。


 おそらく使おうと思えば、俺にも出来るのであろうが、試したことは無いし、効果時間も不明。ぶっつけ本番で使うような術ではない。


 このような術は、見えなくなったことを確認して貰う為に人間を頼らないといけないのがネックと言える。

 白兎達に頼れば良いというものではなく、機械種の目で見えなくなったからといって、肝心の人間の目を誤魔化せるのかどうか分からないのだ。

 その上、効果時間の切れるタイミングを計るにも頼る必要がある。


 それに、俺自身、自分の身体に術をかけるということ自体に抵抗を感じてしまう。


 万が一、姿を見えなくする術の効果時間が永遠であり、術を解除できなかったとしたらどうなってしまうのかを想像してしまうから。


 異世界で誰にも気づかれることなく永遠に生きていく羽目になる・・・


 ひえっ!

 何て恐ろしい・・・



 まあ、それはともかく、まずは偵察。

 いきなり攻め込むわけではないのだから、森羅と・・・ヨシツネに任せれば良いだろう。


 あと、偵察に出す前にやっておきたいこともあるし・・・

 情報は念入りに多方面から集めた方が良いに決まっている。



 目的はミランカさんの妹であるミレニケさんの救出。

 そして、打神鞭の占いが示した『有力者の縁者』を見つけること。


 ミランカさんの話によれば、野賊のアジトには捕まっている人達が多数いるとあの男達の話で出てきたらしい。

 ここまで条件がそろっているなら間違いなく俺の目的はそこにあるはず。


 そうなれば、俺達の旅はココで一区切りすることになる。

 エンジュやユティアさんとの別れももうすぐだ。


 最後まで気を抜かずにやり切るしかない。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る