第317話 偵察


 鬱蒼と茂る森の中を、野賊の本拠地への偵察のために森羅と2人進んでいく。


 車は森から数百メートル離れた大きな岩陰に止め、白兎達に護衛を任せた。

 白兎や天琉がいる以上、どんな敵が来ようともエンジュ達の身は安全だ。

 心残りなく野賊のアジトへの偵察を行うことができるはず・・・なのだが。


 つい先日、俺の読みの浅さから仲間が一機失われるところだった。

 仲間を失うかもしれない恐怖を嫌でも味わうことになったのだ。



 ダンジョンの底で自分の力を認識し、自分はほぼ無敵の存在であることが分かった。

 また、レジェンドタイプであるヨシツネを手に入れ、そして、白兎が宝貝と化した。


 初めての巣の探索で機械種エルフロードである森羅、機械種グレムリンである廻斗、

 堕ちた街では機械種エンジェルである天琉、機械種グレーターデーモンである豪魔を従え、頼れる仲間が増えた。


 しかし、頼れる仲間は、同時に守らないといけない仲間でもある。

 俺と違って絶対無敵と言うわけではないのだ。

 

 俺自身が持つ力を最大限に使ってリスクは最小限に抑える必要がある。

 偵察という危険な任務に赴かせる前にまずそれを試してみるべきだろう。

 






「この辺りでいいか」


 森の中を進むこと10分少々。

 おそらく1kmくらい進んだ辺りで一旦立ち止まる。


「さて、そろそろ・・・」


「マスター?どうされました?」


「ん?ああ、ちょっと試したいことがあってな」


 森羅からの問いの答えながら、生え茂る木々にもたれ掛かり目を瞑る。


「ほんの10秒くらいだと思うが、完全に無防備になるから周りの警戒を頼む」


「はい、お任せください」


 森羅の返事を聞きながら、俺は未来視を見る準備に入る。


 目的はこの先にいると思われる野賊達の情報。


 俺の未来視はこれから進む未来ではなく、俺が選ばなかった未来しか見ることができない。

 だから野賊の情報を得ようと思えば、渓谷道にてバンデルとパネルタの2人に誘われた『野賊参加ルート』に入った場合を見るのが一番簡単なのだけど・・・


 あの憎むに憎み切れない2人を手にかけ、少しばかり苦い思いをしたばかり。

 その2人と仲良くなった場面を見るのはちょっと辛いし、これから攻め入ろうとする野賊と親しくしている未来なんて見たら、イザという時に躊躇してしまう可能性もある。

  

 だから俺が今から見ようと思うのは、打神鞭の地図を見た直後の分岐点。

 遺跡のあった家のマークやミランカさんを救助した鍵のマークをすっ飛ばして、直接この先にある×のマークに向かった場合のルート。


 何の情報も得られないで、そのまま野賊のアジトへと進んでしまった場合、俺達は一体どうなってしまっていのか。


 もちろん、情報も無しに飛び込んでしまうのだから、あまり良い結末にならない可能性が高い。

 戦力差からこちらに犠牲が出ることはあまり考えられないが、野賊に捕まっている捕虜のことも知らないから、『街の有力者の縁者』を手に入れられなかったということも考えられる。


 それでも引き出せる情報は間違いなく貴重なモノだ。

 相手の戦力や機械種の配置状況も分かるだろう。


 さて、何も知らずに野賊のアジトに近づいてしまった俺達はどうなってしまっていたのか?





*************************************





「この先がヒロの言っていた目的地なの?」


「多分、そうだと思う。人工的に切り開かれた道だから、この先に誰か住んでいるのは間違いなさそうだし・・・」


 助手席からのエンジュの質問に答える俺。

 俺達は今、切り開かれた森の中の道を車で進んでいる。


「そうだね。車が通った跡があるし。この先に開拓村でもあるのかなあ?」


 エンジュは目を凝らして先を見ようとしているが、残念ながらまだ何も見えてこない。


 エンジュが言ったように雰囲気はベネルさんやブルソー村長がいた開拓村へと続いていた道に近い雰囲気。

 おそらくこの先に人の住む集落があり、そこに俺が求める『街の有力者の縁者』がいるのだろう。

 状況から考えれば、街の元領主なんかが引退して開拓村にでも移り住んだのか、それとも何か事情があって村長として赴任しているのか・・・

 ただ、分かっているのはその人は何かの悩みを抱えていて、俺に頼みごとをしてくるということだ。

 

 それは多分それは、近くにできてしまった『巣』の排除、若しくは近くを徘徊する危険な機械種を退治することではないだろうか。

 それを達成することで俺達は『街の有力者の縁者』に恩を売ることができて、街に移り住むハードルをさげることができる。


 たまたま立ち寄った村を助け、そこで偶然出会った権力者と縁をつなぎ、立身出世の足掛かりとする。

 実に物語として王道のパターンと言えるだろう。


「あともう少しで到着すると思う。そろそろユティアさんにも連絡を入れておこうか」


「うん、アタイが入れておくね」


 そう言って運転席のマイクを手に取り、潜水艇に連絡を入れようとするエンジュ。

 後部座席を見れば、白兎がパタパタと耳を振って準備オッケーと合図してくる。


 車の中はいつもの配置。

 運転席に俺。助手席にエンジュ。後部座席に白兎。


 残りの皆は潜水艇。

 ユティアさん、森羅、天琉、廻斗、ボルト、そして新しくエンジュに従属させたディア。


「あー、あー、えっと・・・ユティア、もうすぐ・・・」


 エンジュの声を聞きながら、視線を前に向けた時、



 バチンッ



「ぐあっ!!」



 突如、目の前のフロントガラスを突き破り、ナニカが俺の顔面に命中。 

 痛みは無いが、突然のことにやや面食らってしまう。


 飛び石か?

 フロントガラスを突き破るなんて、俺じゃなかったら死んでいるぞ!


 ・・・いや、この車のガラスは全て防弾仕様だったはず。

 ミドル下級の銃だって通さない強度だ。

 それを易々と突き破るってことは・・・

  


「くっ・・・、エンジュ!大丈夫?」


 思わず手で顔を抑えながら、エンジュの方に視線を向けると、





 助手席に座るエンジュは・・・・・・首から上が無くなっていた。





 助手席の後ろには血がべったりと張り付き、所々にエンジュの赤い髪の毛が付着している。


「あ・・・」


 その凄惨な状態に言葉を失い、ただポカンと口を開けているだけの俺。


 やがて車の振動に合わせて、首を失った上半身がフラフラと揺れ、前のめりに倒れ込むエンジュだったモノ。


 そして、次の瞬間・・・




ドカアアアアアアアアアン!!!!




 鳴り響く轟音。

 下から突き上げる衝撃。

 世界がグルンと回転し、身体が浮遊感に包まれた。




 そして、何度も体が車内でピンボールのように飛び回る。

 なすすべもなく回転運動に翻弄される俺。

 そのまま穴の開いたフロントガラス部分から放り出され、地面に叩きつけられる。


「ああ、いったい・・・何が?」


 すぐさま立ち上がり、何があったのか周りを見渡せば・・・



 機体のほとんどを巨大なスプーンで抉られたようになった潜水艇が目に入った。


「これは・・・」


 元の形を見ていなければ、これがそうだとは分からなかったであろう。

 辛うじて下部分だけが残り、断面図を晒しているような状態。

 潜水艇という何万トンの水圧にも耐える強靱な装甲を、ここまで破壊できる攻撃。

 これは間違いなくマテリアル空間器による空間攻撃か。



「え・・・、ユティアさんは?森羅?天琉?廻斗?」



 どう見ても生き残りがいるように見えない状況。

 俺は目の前の光景が信じられず、呆然と立ち尽くすしかできなかった。



 え?なんで攻撃を受けたんだ?

 しかも、なんで誰も気づかなかった?

 白兎も森羅も警戒スキルを中級で持っているというのに?

 いったいなんで・・・




 カッ



 突然、視界の端で真っ赤な光が生まれ、肌をチリチリと焼く閃熱が降りかかる。 



 振り返れば、燃え盛る直径5m以上ありそうな巨大な火の玉がそこにあった。

 摂氏何千度あるのかもわからない灼熱の炎の塊。

 それが立ち尽くす俺を飲み込まんと迫ってくる。



 ゴオオオオオオオオ!!



 こちらへ一直線で向かって来る真紅の大渦。

 もう避けることなどできそうにもないが・・・



 しかし、そこへ俺を守るべくその前に立ち塞がったのは、白い体長40cm程度の小さな機体。


 耳をピンと立て、全身に怒りのオーラを纏いながら空中に浮かぶ白兎の姿。


 俺の盾となり、迫りくる炎を身体全体で受け止めようとして・・・・



 ブオオオオオオオオオオッ!!



 炎自体を思いっきり口の中へと吸い込んだ白兎。

 一軒家程の大きさがあった火の玉は、一瞬で小さな白兎の口へと吸いこまれる。

 アニメか漫画を思い出させる冗談のような光景。




 そして・・・




 ボフォオオオオオオッ!!




 吸い込んだ炎をそのまま吐き返す。


 狙うはこちらへと攻撃してきたと思われる集団。


 巨大な炎熱の紅玉はそのまま向こう側へと飛んでいき・・・




 バシュンッ!!



 突然、射線上に割り込んだ何者かによって打ち消されてしまった。


 

「ふむ、機械種ラビットのように見えたが・・・、これまた面妖な機種だな」


 

 白兎の反撃をいとも容易く防いだ機械種。

 それは剣士のように見える人型。


「我が王の領土に奇怪なモノをけん引してくる不届き者。とはいえ、その小さな体で先ほどの攻撃を跳ね返すとは興味深い」


 頭部は欧州貴族が被っていそうな羽帽子を模した造形。

 顔は俺が従属するヨシツネにも似た涼し気な仮面。

 体部分もやはり西洋貴族が着る燕尾服のような装甲。

 手にはレイピアごとき細身の刺突剣。


 それはまるで中世から近代のヨーロッパの剣士のよう。

 それもどこかフランス風を思わせるデザイン。


「話すことができるなら、ぜひ名前を聞いてみたい。小さな勇士よ。御身の名は何と言う?」


 洒落た言い回しで白兎の名を尋ねる西洋剣士の人型機械種。


 しかし、尋ねられた白兎はただ相手を睨みつけるのみ。


「おや?これは失礼した。先にこちらが名乗るべきだったな。では、自己紹介といこう。吾輩の名は機械種ダルタニャン。レジェンドタイプにして、偉大なる王に仕える者」


 剣を右手に前に構え、左手を腰に当てた一部の隙も無い名乗り。

 それは正しく文豪アレクサンデル・デュマの小説『三銃士』で描かれたフランスの英雄ダルタニャン。

 

 それは一般常識レベルのビックネーム。

 レジェンドタイプに名を連ねるに相応しい威名。


 しかし、そんな威名も白兎には何の感銘も与えはしない。

 ただ怒りを込めた瞳で見返すだけ。


「ほう…、やはり名乗ることができないのか?いささか残念ではあるな。ここで吾輩に切って捨てられる運命は逃れられないモノ。ゆえに名前を記憶してやるのがせめてもの勇者への手向けだと思ったのだが・・・」


 その機械種ダルタニャンの物言いは白兎への徴発だったのかもしれない。

 だが、その徴発に乗るまでも無く白兎は怒り心頭。

 


 ギュンッ!!



 白く光ったと思うと、一瞬で白い流星と化し、目の前の機械種ダルタニャンへと攻撃を加える白兎。


「ハハハッ、なかなかのお転婆であるな!良い!久々のキツネ狩り・・・いや、ウサギ狩りと行こうか!」


 楽し気に剣を振るい、白兎の目のも止まらぬ連撃をいなす機械種ダルタニャン。



 ギュンッ!カンッ!ギンッ!ガンッ!キンッ!



 頭を何十も持つ白い蛇が一斉に襲いかかるような白兎の多重攻撃。

 対して機械種ダルタニャンは軽やかなステップで躱し、時には刺突で反撃を狙っていく。

 

 両者の力量は互角のようだ。

 一進一退を繰り返し、戦闘を地上から空中に変えて、剣戟を交えている。



 そんな中、俺はまだ何もできずに突っ立ったまま。

 突然の惨劇を前に頭の中が全く整理できておらず、余りの現実感の無さに夢の中にいるのではないかと惚けているだけ。


 

 エンジュの頭が消えた・・・

 ユティアさんもいなくなった・・・

 森羅も、天琉も、廻斗も、ボルトも・・・

 みんな、みんな、いなくなってしまった・・・


 なんでこんなところにレジェンドタイプがいるんだろう?

 なぜ俺達を襲ってきたのだろうか?

 分からない。なんでこんなことになってしまったのか・・・

 

 ただぼーっと視線を虚空へ漂わせ、ゆらゆらと身体を揺らしながら立ち尽くしていた時、



「キィ!」



 俺の耳に届いたいつもの廻斗の声。

 

「廻斗!」


「キィキィ!!」


 子供の用に俺へと飛びついて来る廻斗。

 泣きじゃくるように俺の胸に顔を擦りつけてくる。


「ああ・・・、お前は無事だったのか、良かった・・・」


「キィキィ!!」


 廻斗から伝わってくるのは仲間が失われたことへの嘆きと悲しみ。

 そして、こんな状況をもたらしたモノへの怒り。

 理不尽に仲間を『奪われた』ことへの・・・


 その感情は俺の心に強く響き、胸の奥にあるモノへと届く。


 

 ドクンッ!



 ああ・・・

 ああああああ・・・・

 あああああああああああああああああああ・・・・・


 アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!


 ミンナガ!ミンナガウバワレタ!!

 エンジュガ!ユティアサンガ!テンルガ!シンラガ!ボルトガ!ナカマガ!

 ユルシテナルモノカ!!!

 ダレダ!ダレガオレカラウバッタノカ!!


 

 衝動の赴くまま視線を向こう側へと飛ばす。


 50m程先に見えるのは機械種の小隊。

 

 それも人型、ジョブシリーズのノービスタイプとベテランタイプ。


 騎士系のノービスタイプ、エスクワイア。

 軍人系のノービスタイプ、ガンソルジャー。

 射手系のベテランタイプ、スナイパー。


 そして、奥に見えるのは、ジョブシリーズの最高峰、ストロングタイプの魔術師系。


 マテリアル燃焼器、冷却器、発電器、生成器、精錬器、重力器、空間器などを備え、多彩な遠距離攻撃を持つ遠距離攻撃型。

 空間攻撃を放ってもおかしくはないほど高位機種。



 アイツか!!!

 アイツが俺から皆を奪ったというのか!



「・・・・・・廻斗、スリープだ」


「キィ?」


「これは命令だ。大人しく七宝袋に入っておきなさい」


「キィ」


 スリープした廻斗を七宝袋へと収納し、代わりにヨシツネと豪魔を取り出して起動。


「主様、ご用命・・・これは一体・・・」


「マスター・・・皆は?」


「白兎と廻斗以外はやられてしまった。今から皆の敵討ちだ。一体も逃すな」


「なんと!・・・・・・ハッ!拙者にお任せあれ!」

「ぬう・・・、皆の敵討ち・・・承知!」


 2機の返事を聞くや否や、俺は七宝袋から莫邪宝剣を引き抜き、光の剣身を顕現させる。

 剣を持つ右手を通じて流れ込むのは闘争に湧き立つ莫邪宝剣の猛り声。


「ヨシツネは白兎とともにあのレジェンドタイプを仕留めろ。豪魔は俺と一緒にあの機械種の小隊へ向かうぞ!あのストロングタイプの魔術師系は空間攻撃を使う。それだけは必ず防げ!」


「ハッ!」

「お任せを」


 ヨシツネと豪魔の返事を聞くなり、俺は敵陣に向かって走り出した。

 顔に深い狂気交じりの笑みを浮かべながら。



「アアアアアアア!!キサマラ!ヨクモオレカラウバッテクレタナアアアア!!!」



 胸の内から溢れる激情に身を任せ、暴力の化身である莫邪宝剣を振りかざしての疾走。

 途中、何度も縮地を重ねて、相手からの迎撃を躱し、敵陣に切り込んでの蹂躙。

 

 光の軌跡が何度も交差を繰り返し、その度に金属片がばら撒かれる。



「アアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」



 俺の雄叫びとも慟哭ともとれる叫び声が森の中で響き渡った。


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