第314話 野賊
スラムから出て、一番近くの栄えた街へ辿り着いた俺は、打神鞭の占いに導かれ、機械種使いのミランカさん、青指の整備士ミレニケさんの姉妹と出会った。
なぜか今はその2人の弟として、街から街へと移動する隊商を護衛中。
俺の車に乗り込んだ姉妹とともに隊商の先頭を走り、レッドオーダーや野賊を発見し、蹴散らす役目を仰せつかっている。
今のところ、そういった遭遇は無いけれど、隊商の人員が5人を超えている以上、いつレッドオーダーに襲われてもおかしくない状況だ。
「どうせ5人を超えるのだったら、次の枠の25人まで護衛を集めたらよかったのに。アタシ達も合わせて12人って中途半端過ぎない?」
ミレニケさんは不機嫌そうに今回の護衛の任務の愚痴を漏らす。
「えっと、五乗の法則でしたよね。14,5歳以上の人間と中量級以上の機械種が対象になって、5に5をかけた単位でレッドオーダーに襲われる確率が上がるっていう。確かに5人を超えるんだったら、次の25人までは確率があまり変わらないのであれば、人数が多い方が安心ですね。どうしてもっと集めなかったのでしょうか?」
「護衛が集まらなかったのよ。夕方に募集して、次の日の昼に出発って流石に急すぎるから。私達も馴染みの商会から頼まれなかったら、引き受けなかったんだけどね」
俺の質問に後部座席から答えてくれるミランカさん。
「でも、機械種使いが私達しかいなかったのは予想外。ヒロ君がいなかったらちょっとヤバかったかもしれないわね」
「まあ、機械種の数が戦力にそのままつながりますからね」
たとえ軽量級でも命を恐れずに突っ込む鉄の塊は脅威だ。
しかも人間が指揮することによって連携するとあっては、その戦力は何倍にもなる。
決してマスターに逆らわない鉄の身体を持つ兵士。
命を恐れ、時にはお互いにいがみ合う人間の兵士よりも遥かに優れる。
「私のウルフ達とヒロ君のコボルト、ラビットを合わせれば、10人くらいの野賊の集団なら蹴散らせる。でも、相手が機械種を従属していたらちょっと厳しくなっちゃうかな」
「野賊が機械種を従属しているのですか?機械種を従属している機械種使いなら、野賊になんか身を落とさないのでは?」
俺の中では野賊は狩人や猟兵の成り損ない。
厳しい訓練について行けずドロップアウトしたような奴等という認識だ。
「・・・そうでもないのよ。故郷でやらかして追い出された機械種使いが野賊を率いているケースもあるから。この辺境では住んでいた街から追放されると、なかなか他の街に居つくことが難しくなるし・・・」
ミランカさんは難しい顔をしながら俺に辺境ならではの事情を教えてくれる。
俺が知っている中央の事情と辺境の事情が異なるということなのだろう。
「まあ、それでも従属しているのは精々コボルトやゴブリンまでね。あとはビーストタイプの軽量級。ラビットやキャット、稀にウルフってこともあったかな。ヒロ君の言う通り、強い機械種を従属していたらわざわざ野賊なんかやっていないからね」
「そうそう。それに野賊の従属している機械種なんて、結構ボロボロの状態なのが多いんだから。街できちんとしたメンテナンスもできていない機械種なんて、アタシ達の敵じゃないし!」
『なにせアタシがメンテナンスしている機械種がいるんだから!』と大きく胸を張るミレニケさん。
確かに専属の青指整備士が付いているいうのは心強い。
従属している機械種は、当たり前だが機械モノだ。
定期的にメンテナンスをしてあげないと100%の力を発揮できない。
ずっと野外で暮らしている野賊では、従属している機械種に定期的なメンテナンスなんてできるわけがない。
きちんと整備された機械種と、そうでない機械種の差はそのまま戦力差にもつながるのだ。
「野賊よりも野生のレッドオーダーを気をつけましょう。従属している機械種と違って、襲ってくるレッドオーダーは大抵が万全の状態を保っているから」
「それ、なんかズルいですよね。レッドオーダーは多少の欠損でも自動で再生していくのに、従属するとその機能が無くなるなんて。あと、レッドオーダーはなぜかマテリアル切れを起こさないんですよね。どこからエネルギーを得ているんでしょう?」
敵の場合は強くて、味方になると弱体化する。
まるでどこかのゲームようだ。
ミランカさんが語るレッドオーダーの生態に、思わず不公平感を感じてしまう俺だった。
「赤の女帝から『赤の波動』を通じてエネルギーが送られているっていう学説を聞いたことあるけど、果たして本当なのかは分からないわね。でも、今はそんな謎について頭を悩ませるより、周りの警戒を強めましょう。そろそろ渓谷道に入るから」
ミランカさんが話を締めて、歓談は一旦終わり。
これより道幅の狭い渓谷道を進んでいく。
左右の岩壁の間を縫うように通された道は、簡単なバリゲード一つで封鎖されてしまう。
実に野賊達にもレッドオーダーにも襲撃されやすいスポットだと言える。
それでもそんな道を通らないといけないのは、この道が旅の行程を数日縮めることができるくらいの抜け道となっているからだろう。
さて、出てくるのはどっちなのやら。
もちろんただの杞憂だという可能性もあるけれど。
パタパタ
「どうしたの、ハクトちゃん?」
渓谷道に入り、30分程進んだ辺りで、後部座席の白兎が耳をパタパタし始める。
「!!! 多分、敵です!」
「ええ~!敵って・・・、周りは岩壁だけよ。ラン姉、ペルペルとウルルとガウは?」
「ん、ちょっと待って・・・どう?何か感じる?」
「ワン!」「オン!」「ガウ!」
車の荷室に押し込められた機械種ウルフ3体がそれぞれ一吼え。
「・・・特に異常はないみたいだけど?」
「いや、白兎の警戒スキルは中級です。その白兎が察知したと言うことは・・・」
ドカァァン!!!
後方から強烈な衝突音が響く。
「ああ!トラックが!ヒロ君、止めて!」
バックミラーを見れば巨大な牛型機械種と重量級と思われる巨人の機械種が隊商の車をひっくり返していた。
「はい!46725号、止まってくれ!」
「リョウカイシマシタ」
ギギッと金属が擦れる音が響き、体全体に急ブレーキによるGがかかる。
「俺が外に出ます。2人は中で・・・」
「一人では駄目よ!私も出るわ!ニケ、貴方はここで待機!」
「うん、ラン姉、ヒロ、気をつけて・・・」
不安げに揺れるミレニケさんの表情に送り出され、俺とミランカさんは車から同時に外に飛び出した。
「混天綾!」
嫌な予感がした俺はすぐさま混天綾を取り出し車に被せる。
「ヒロ君、その布は?」
銃を構えながらのミランカさんからの質問。
その隣には同じく荷室から飛び出したウルフが3体。
「この車を守るためのモノです。これがあれば大抵の攻撃は・・・」
ガガガガガガガガガガガ!!!
その直後に車のタイヤへと向けて弾丸の嵐が降り注ぐ。
どうやら足を潰して捕獲するつもりなのだろう。
「きゃあ!!」
「早く車の影へ!」
ミランカさんを車の傍に誘導し、白兎、そして、ウルフ3体とともに、護衛対象でもあるトラックへと向かおうするが・・・
「ヒ、ヒロ君・・・駄目!」
「え!」
ミランカさんに呼び止められ、振り向くと、そこには俺達を囲む機械種20体以上の群れ。
軽量級がほとんどだが、中にはジョブシリーズの射手型が何体か見える。
そして、その奥には何人もの人間の姿があった。
「ああ・・・、とても勝ち目がない・・・」
ミランカさんから漏れる諦めの声。
「ヒロ君、ごめんなさい。私が誘ったせいで、こんなことに・・・」
ミランカさんがゆっくりと俺に近づいてきて話しかけてくる。
「いい?良く聞いて。あの機械種達は多分、あの野賊達が従属しているの。だから逆らったりしなければ殺されないかもしれない」
じっと俺の目を見つめ、子供に言い聞かせるように話を続ける。
その顔は何かの覚悟を決めた女の顔。
透き通るような表情は壮絶なまでの美しさを湛えていた。
「足元に従属する機械種を置いて、機械種使いであることをアピールしなさい。機械種使いの才能は貴重だから、生き残る確率がぐっと高くなる。ヒロ君くらいの少年だったら向こうも仲間に入れることを考えるはずよ。もちろん、その時は逆らっては駄目だからね。そうすれば貴方は助かるから」
「・・・それだと、ミランカさん達はどうなるのですか?」
分かり切った質問をしてしまう俺。
でも、聞かずにはいられなかった。
「私とニケは女だから殺されることは無い。でも、色々されちゃうのは避けられないから、貴方は絶対に知らんぷりしなさいね。私達とは無関係の護衛だったってことにして・・・」
「なんで・・・・・・あんな奴等に捕まったら酷い目に・・・」
「私もニケもこんな時が来るかもしれないって覚悟はしていたから大丈夫。貴方は自分が生き残ることだけを考えて」
「そんな・・・・・・」
「お互い運が良ければ、また、どこかで会うこともできるでしょう。短い間だったけど貴方との旅は楽しかったわ。あと、私のペルペルとウルル、ガウもお願いね。・・・それじゃあ元気で・・・私の可愛い弟」
そう言って、自分が従属するウルフ達に対しマスター権限の解除を行うミランカさん。
そして、両手を上げて機械種の群れに向かおうとする。
あのまま進めば野賊に捕らわれの身になるのは確実。
もちろん、車の中にいるミレニケさんも逃げられない。
トントン
いつの間にか車から降りてきた白兎が足音を鳴らす。
その意味は『どうするの?』だ。
どうする・・・か?
ここを切り抜けようと思ったら、俺が全力を振るわねばならない。
そうなれば俺が今まで秘密にしてきたモノを表に出すことになる。
それは即ち、ミランカさん、ミレニケさんに俺の力がバレることを意味する。
本来なら絶対避けなければならないことだが・・・
「弟か・・・、初めて言われたな」
長男だったから、弟と呼ばれたことは今まで一回もなかった。
そして、誰かを姉と呼ぶことも・・・
出会ってからほんの僅かな日数しか経っていないが、それでもあの姉妹2人に好意を抱くには十分な時間だった。
この世知辛いアポカリプス世界で出会った貴重な善人。
しかも美人で優しくて有能で、困っていた俺を助けてくれたお人よし。
この2人を助ける為なら、多少のリスクくらいは・・・
「・・・・・・まあ、しゃーない。バレた後のことは、後で考えればよい!」
ピョンピョン!!
飛び跳ねて俺の言葉に賛同する白兎。
やると決めたならば完全勝利しかない!
出し惜しみをせず、最初から全力で行こう!
七宝袋からヨシツネを取り出して起動。
その場に待機させて、俺自身はミランカさんを追いかける。
「ミランカさん!」
「!! ヒロ君、駄目よ!危ないから!」
「今のミランカさん程ではないですよ。ここは俺に任せてください」
「何言っているの!あの数に勝てるわけがない!無茶なことは言わないで!」
・・・・・・
これは説得するのは難しいな。
ならば多少強引に・・・
「聞き分けの無い姉は仕舞っちゃいましょう。ほい!」
「キャッ!ヒ、ヒロ君!」
直も前に進もうとするミランカさんを後ろから持ち上げて無理やりお姫様抱っこ。
そして、そのまま後ろのヨシツネにパス。
「ヨシツネ!そのまま車に押し込んで、出られないよう空間障壁で包め!」
「ハッ、承知致しました!」
ミランカさんを抱えながら首肯するヨシツネ。
颯爽とした若武者が美女をお姫様抱っこする様は非常に絵になる光景だ。
「ひ、人型機械種!ジョブシリーズ?もしかしてヒロ君が従属しているの?」
抱きかかえられたミランカさんは驚きのあまり目を白黒させている。
「ミランカさん!ミレニケさんと一緒に少しの間大人しくしておいてください!」
「ちょ、ちょっと、ヒロ君!待って!お願い!」
「主様のご命令のゆえ、聞けませぬ」
ヨシツネによって車に強引に押し込められるミランカさんを見送り、続けて俺のメンバー達へ指示を飛ばす。
「白兎は姉達の護衛を頼む。ヨシツネは後ろの重量級を片付けて、向こうの人員を助けてやれ!」
姉達を白兎に任せ、護衛対象である隊商の救出をヨシツネに任せた。
ピコピコ
「ハッ」
耳をフリフリ、後ろ足で立ち上がって敬礼する白兎。
返事と同時に空気に溶け込むように消えるヨシツネ。
俺自身も莫邪宝剣を抜いて光の剣身を出現させる。
「さて、あとはアイツ等を片付けるのみ!」
眩い烈光が辺りを照らし、その圧倒的な存在感を否応も無く発揮。
こちらの様子を窺っていた機械種の群れに動揺が走る。
「野賊とは思えないほどの重厚な陣営を揃えて、こちらの意表をついたかもしれないが・・・」
口元に浮かぶニヤリとした笑み。
獲物を前にした肉食獣の笑みと表現するにはいささか迫力が足りないけど。
「意表を突くことに関しては、俺に勝てる奴なんていないんだよ」
スラムでは散々皆の意表を突いてきた俺だ。
サラヤから始まって、スラムの不良たち、ブルーワ、アデット、アテリナ師匠、黒爪・・・
俺の頼りなさげな外見に皆騙されて、その驚いた顔を見せつけてくれたのだ。
「さあ!その度肝を抜かれた顔を荒野に晒してもらうことにしようか!」
猛り声をあげ、俺は莫邪宝剣を片手で振りかざして敵へと向かって突撃。
そして、始まる蹂躙劇。
所詮、軽量級2ダースと重量級が2体程度。
また後ろの方にジョブシリーズのノービスタイプが2体、ベテランタイプが1体混じっていたが、それも俺達にとっては誤差の範囲内でしかない。
野賊としては破格の陣容であったが、相手が悪かったとしか言いようがない。
俺は莫邪宝剣を縦横無尽に振るい、人間も機械種の一つ残らず切り捨て、破壊した。
10分もかからずに野賊を易々と壊滅させた俺達。
むしろ大変だったのは後始末の方だ。
ひっくり返ったトラックや大型バンを元に戻し、怪我をした隊商の人員を応急手当。
破損した荷物を捨てて、大破したトラックから部品取り。
もちろん、俺達が倒した機械種からも晶石を回収。人間達の装備品なんかも価値のありそうなモノを引っぺがす。
それよりなにより俺が野賊を壊滅させたことを説明するのが大変だった。
最終的にはヨシツネをストロングタイプと言い張り、俺が発掘品を持っていることをアピールしてようやく納得してくれたほど。
「まあ、あれだけ見られていたら、説明しない方がおかしいから・・・」
なんとか応急修理だけを済まし、渓谷道を後にする隊商の一行。
「ねえ、ヒロ君」
「はい、ラン姉さん」
「・・・・・・ありがとう」
「どういたしまして」
「ふふふ」
「ははは」
運転席と助手席で微笑み合う俺とミランカさん。
「ちょっと!なんで何もなかったみたいに笑い合ってるのよ!」
後部座席から文句を言うミレニケさん。
「ヒロ!あの機械種ってもしかして・・・」
「ニケ、それ以上は駄目」
「何でよ!ラン姉!」
「狩人の三殺条」
「・・・・・・・・・はい、ごめんなさい」
唇を尖がらせてムスッと後部座席で不機嫌そうに黙り込む。
同じく後部座席に座る白兎がまあまあといった感じで宥めているようだが。
はあ…、どうしようかね。
色々バレちゃったし。
でも後悔はしていないかな。
何より無事に切り抜けることができたのだから。
しかし、これからどういう態度を取っていいのかが悩む。
どこまで俺の情報を開示するのか?
いつまで一緒にいても良いのか?
どこまで進むことができるのか?
良い人達なのは間違いないけれど、どこまで信用できるんだろう?
俺が決断を下せなくても、車はそのまま荒野を進む。
優しく微笑むの姉と、ふくれっ面の姉を乗せて。
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