第313話 姉妹


 渓谷道を抜けると、木々がまばらに生える森林地帯へと風景は切り替わっていった。

 しばらく地図の指し示す方向、そして、ミランカさんの妹がいると思われる方向へと進んでいく。



「そこは・・・もう少し左です」


「はい、46725号!もうちょい左」


「はい、了解しました」


 すでに道が無い荒野をひた走っている。

 標識も目印も無いので、頼るのはミランカさんの左手に内蔵された晶石の信号を頼っている状態。


「この辺りはナビにも詳しい地図が乗っていないんだよなあ」


「全ての地域の地図が入ったナビなんてありませんからね。精々、主要道路を抑えているくらいでしょう。それでもこのナビは高性能な方だと思いますよ。それに車の方も最新型。良く手に入りましたね」


 その辺は車を選んでくれたアテリナ師匠に感謝だな。

 この車がなければ俺の旅はもっとノロノロとしたモノとなっただろう。


「まあ、ちょっとしたコネがあったから」


 やはりコネは重要だな。

 これは前の世界と同じ。異世界でも共通事項。

 人間社会がある以上、必ず存在する法則みたいなモノだろう。



 俺の隣にはエンジュではなく、ミランカさんが座っている。

 これはミランカさんに行き先を示して貰う為だ。

 車内には白兎もおらず、図らずもミランカさんとの2人きりのドライブとなってしまった。


 うーん・・・

 ミランカさんとは昨日の夜のこともあるから、狭い車内で2人きりだと俺としては少々気まずい心境。


 思い出されるのは昨夜の秘め事。

 揉みしだいてしまった胸の感触。

 まだ自分の手の平にふんわりとした手触りが残っているような気がする。


 女性からあれだけのアプローチを受けたのに、さっさと車から追い出してしまった。

 ミランカさんにはミランカさんの事情があるのだろうが、俺にだって俺の事情がある。  


 昨夜のことについてはお互い触れることなく、当たり障りのない会話が続く。


 ミランカさんは俺との関係を良好に保つために、どこまで踏み込んで良いのか探っているのだろう。

 しかし、俺自身、叩けば埃どころか、知られると危険な秘密がポロポロと零れる砂糖菓子よりも脆い仕様だ。正直探られるのは勘弁してもらいたい。

 

 ・・・こういった上滑りな会話、腹の探り合いみたいなモノは大の苦手なんだよなあ。



 エンジュはミランカさんの衣服を繕う為に潜水艇に残り、白兎も廻斗の道着を縫い直している所。

 森羅か天琉でもこっちに置いておけば、こんな思いをすることもなかったけど。

 でも、普段は向こうにいる2機をわざわざこっちに呼ぶなんて、2人きりを嫌がっているみたいに取られるかもしれないし・・・



「そう言えば、ヒロさん?」


「あ、はい・・・何か?」


 思考している最中に、ミランカさんからの問いかけ。


「あの小さくて可愛いテンルって子は、何という機械種なんでしょうか?」


 ちょっと首を傾げつつ、桜の花びらを思わせる薄い桃色の唇から零れ出たのは、我がメンバーのトラブルメーカーである天琉について。


「私も機械種使いとして、ある程度の機種を抑えているつもりなのですが、あまり見かけない機種でしたので。翼があるから機械種ウイングマンかと思ったのですけど・・・」


 ヒューマノイドタイプの中量級機械種ウイングマン。

 その名の通り亜人型の翼人と呼ばれる飛行ユニット。

 機械種エルフに翼をくっつけたみたいな華奢な体形の斥候タイプ。

 装甲が薄くて力も弱いが、何より飛べるということが全てを補っている。


「でも、あまりに人間に似過ぎていますから。ジョブシリーズであのような系統ってあまり見かけませんし・・・少女型ならいくつか思い当たるのですが・・・」


 ジョブシリーズで少女型、若しくは女性型というと、メイド系統、魔女系統、女神官系統、女騎士系等、女戦士系等、くのいち系統・・・

 どれも男の機械種使いにとっては垂涎の的。

 特にメイド系統は亜種も多く、中には前衛並み戦えるメイドもいるという。

 未来視において、食い入るように機械種図鑑を見漁ったのが思い出される。


「天琉は中性型ですからね。ちなみに機種は内緒です。ヒントは中央に行けば分かりますよ」


「・・・なるほど、ヒロさんは中央のご出身でしたか」


 俺の気前のよく無い回答に、ミランカさんは形の良い柳眉を寄せ、自身で納得する答えを導き出した様子。


「さあ?どうでしょう?プライベートな質問は広報課を通してくださいね」


 軽口を叩いて誤魔化す。

 未来視にて『一人軍隊』の異名を鳴らしていた時は、大抵この回答で質問を躱してきたのだ。

 当然ながらこの世界に俺の出身地は存在しないし、下手に嘘をつくと余計に疑われてしまうから。



 機械種関連の会話を切っ掛けに、その後のミランカさんとの会話は弾むこととなった。

 

 ラットやラビットの効率の良い捕まえ方や、荒野に出没するウルフの群れの避け方。

 短いながらもスラムで過ごした俺の体験談や、ミランカさんの経験談。

 お互いに意見交換しながら足りなかった知識を補い合わせる。


 こちらが助かったのはやはり辺境の機械種使いの狩人としての心構えを聞けたこと。

 そして、旅を重ねた狩人の話は俺の知らなかったことも多く含まれていた。

 猟兵団の一員としては未来視において経験を積んでいるが、狩人としての常識に疎い俺にとって大変貴重な時間となった。

 

 ミランカさんにとっても俺の機嫌を取ることが妹の生存率を上げる唯一の手段だ。

 自分が出せるモノは全部出すつもりだろうし、俺の話に矛盾点が出てきても一定以上は決して突っ込んでこない。

 

 はっきりと分かるくらいミランカさんは俺に気を遣ってくれている。

 おそらくスケベオヤジのごとく俺が助手席のミランカさんに手を伸ばしても、彼女は黙って俺を受け入れてくれるだろう。

 

 もちろん、そんなことをするつもりは微塵もないけれど。

 まあ、惜しいとは思わないでもないが・・・


 助手席に座るミランカさんは落ち着いた雰囲気の楚々とした美少女。

 黒髪、黒目。俺が渡したジャージを着ていることもあって、まるで部活帰りの同級生の女の子と一緒にいる気分になってくる。


 赤毛のエンジュは俺にここが異世界であることを強く印象つけた。

 逆にミランカさんはなぜか元の世界の匂いを運んできてくれるかのよう。


 エンジュやユティアさんに会う前に出会っていたら、いつものように『ヒロイン、ヒロイン』と心の中をざわつかせていたかもしれない。

 もし、彼女達姉妹が街で受けたキャラバンの護衛依頼を俺が一緒に受けていたら、今の状況はなかっただろう。

 俺が野賊を蹴散らして、ミランカさんが俺に惚れるという展開があったのかもね。




*************************************





「白兎ぉ、どうしようか・・・」


 ピコピコ


「なるようにしかならないって・・・、そりゃあ、まあ、そうなんだけど・・・」


 チームトルネラの皆やアテリナ師匠と別れ、スラムから出た俺達は、一番近いそこそこの規模の街へ立ち寄った。

 

 ピルネーの街。


 今までいた行き止まりの街に比べれば小さいが、辺境では中規模程度の街らしい。


 これは車の止める場所を教えてくれた親切な人から聞いた話。

 街の入り口でウロウロしていたら、見るに見かねて声をかけてくれたのだ。


 残念ながら物語のキーマンでもなんでもないようで、教えることを教えてくれたらさっさとどこかへ行ってしまったが。


 教えられたガレージに車を止めて、さあ街へ繰り出してはみたものの、何をしたら良いか全くわからない。


「できれば、藍染屋か秤屋へ行って、マテリアルに換金したいんだけどなあ」


 でも、ディックさんやジュードに聞いた話では、藍染屋や秤屋は根無し草の旅人なんて相手にしてくれないらしい。

 

「やはりコネを手に入れる為に『助けを求めている人』を探すべきだったかな」


 フリフリ


「今からでも遅くは無いって・・・、それは確かに・・・・・・ふむ・・・」


 路地裏に入り、隠蔽陣を展開。

 七宝袋から打神鞭を引き抜き、占いを試す。


「探してほしいのは『助けを求めている人』・・・ではなく、この場合は『俺達を助けてくれる人』か」


 打神鞭を振りかざして占いを発動させると、出現したのは1匹の紋白蝶。

 白い羽をひらひらさせて、まるで着いて来いと言わんばかりに大通りの方へと飛び去って行く。


「追いかけるぞ!白兎」


 ピョンピョン


 そして、出会ったのは俺と同じ黒髪黒目の女性。

 ジャケットにミリタリー仕様のズボン。

 腰にはミドルの銃を。

 背中にはゴルフクラブの様な先が膨らんだ鈍器。

 恰好から戦場を渡り歩く女兵士を思う浮かべてしまう。



 あれ?どこかで見たことがあるような・・・



 俺が既視感を覚えて立ちすくんでいると、その女兵士は足元で鼻をフンフンしている白兎に話しかけてきた。

 

「あら?機械種ラビット・・・どうしたの?ご主人様とはぐれたのかな?」


 しゃがみ込んで幼子に話しかけるような優し気な口調。

 その様子だけで良い人なのが一目でわかってしまう。


 この女性が俺を助けてくれるかもしれない人か?


 あ、イカン。

 せっかく白兎が話しかける機会を作ってくれたんだから・・・


「いえ、それは俺の従属する機械種で・・・」


「ラン姉!急がないと・・・」


 俺がその女兵士に話しかけた時、横から割り込むような女の子の声が響いた。


 振り向けば、そこには女兵士と同じ黒髪黒目の少女が1人。


 車の整備士が着るような作業着。

 手にはアタッシュケースくらいの大きなカバン。

 そのカバンの口からはみ出ている工具類。

 その様子からおそらく黄学か青学を学んでいるエンジニアなのだろう。


 女兵士が17,8歳くらい。エンジニアの少女は15,6歳くらいだろうか。

 一目で姉妹だとわかるくらいによく似た顔立ち。 

 辺境の街のは似つかわしくない凛とした雰囲気を持つ美少女姉妹の2人。


 機械種使いのミランカさんと、青指の整備士であるミレニケさん。


 こうして俺は運命と出会った。







「そう、街に来たばかりで困ってたのね。確かに辺境の街は閉鎖的だから、何のつながりもないと相手にしてくれないのは確かね」


「やっぱり・・・」


「でも、一度、商会の仕事を引き受けることができたら、そこからつなぐこともできるから・・・・・・ねえ、私達と一緒にキャラバンの護衛なんてどう?」


「へ?護衛ですか?」


「ラン姉!どうしたのよ、いきなりそんなこと言って・・・」


「ニケ、今回の護衛ってあまりにも急すぎるから心配なの。多分、護衛とかもあんまり集まっていなさそうだったし。だったら、少しでも人数を揃えた方が良いに決まっている」


「・・・・・・でも、この人、従属機械種がラビットだけだよ」


「いえ、一応、コボルトもいます。今は車に積んだ状態ですけど」


「え!車を持っているの!だったら仕事なんて選り取り見取りじゃない!」


「そうなんですか?でも、どうやって仕事を貰ったらいいのか分からなくて・・・」


「えっと・・・、ヒロ君だったね。さっきも言ったけど、私達と一緒にキャラバンの護衛をしてみない?車もあって機械種が2体いるなら戦力的に十分よ」


「ラン姉!いくらなんでも、全然知らない人を護衛にねじ込むって難しいと思うけど!」


「その辺は大丈夫よ。だって、このヒロ君、私達と同じ黒髪で目も黒いんだもの。ちょうどいいから、私達の弟ってことにしましょう」


「「はああ??」」


 俺とミレニケさんの声がハモった。







 色々あって、ミランカ、ミレニケ姉妹の弟ってことにされたしまった俺。


 でも、ミランカさんはともかくミレニケさんはお姉さんっていう歳じゃないと思う。

 今の俺と同じ年くらいだったし。


「ダーメ!姉は譲らないからね!」


「いや、別にそこに拘りはないですけど・・・」



 そして始まる初仕事。

 荷物を満載したトラックや大型バンの先頭を車で先行してひた走る。

 

 なぜか俺の車に乗り込んでいるミランカさんとミレニケさん。


「ごめんなさいね。あっちの車は男臭いから・・・」


「そうそう、エッチな目でこっちを見てくるし・・・、あれだったらまだヒロの方がマシね。こっそりチラ見で見てくるだけだし」


 ・・・反論できない。

 つい胸元とか足に目がいっちゃうんだよなあ。


「ほらほら、ふくらはぎ~、からの~、ふともも~!」


 助手席のミレニケさんが足を見せつけるように突き出してくる。

 真っ白でスラリとした瑞々しいおみ足。


 くうっ!!

 悔しいけど、つい目が向いちゃうの!



 ボカッ!


「アイタッ!」

「ニケ!いい加減にしなさい!」


 見かねたミランカさんが後部座席からミレニケさんを鉄拳制裁。


「・・・ヒロ君もあんまり女の子をジロジロ見るのは感心しませんよ」


「す、すみません。ミランカさん・・・」


「・・・ヒロ君、私のことは『ランお姉ちゃん』でしょ」


 おおう・・・

 それはちょっとハードルが高すぎるのでは?


「ほらほら、怪しまれたら元も子もないのだから、遠慮せずに!」


「せめて『ラン姉さん』で勘弁してください」



 ・・・・・・まあ、こんな感じで護衛の旅は進んでいく。


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