第301話 訓練3


 次の日の朝、エンジュがディアの装甲の傷に眉を顰める場面もあったものの、夜中にいつものごとく白兎達と特訓をしていたという言い訳で追及を回避。


「・・・うん、これくらいの小傷なら、ユティアも自動修復するって言ってくれていたし」


 機械種は装甲表面の傷くらいなら自動で修復する機能を持つ。

 ただしその度に体内マテリアルを消費するし、自動修復にも限界があるから注意が必要だ。


「ハクトが特訓してくれたなら、ディアも今よりもずっと強くなるのかな?」


「はははは、どうだろうね。ディアは今のままでも十分に強いから」


 目をキラキラさせて期待しているエンジュ。

 従属する機械種の強さに言及する辺り、エンジュの機械種に対する感性は男の子に近い。

 チームトルネラでは女の子達は従属する機械種の可愛さ、綺麗さ、おしゃれさに重点を置いていたから、随分と普通の女の子とは違う考え方を持っているのだろう。


「アタイもハクトに教えてもらったら強くなるかな?」


 それは止めておこう。

 エンジュが百裂蹴りでも放つようになったら大変だ。


「良かったら俺が軽く手ほどきしてあげようか?」


「え!いいの?やったあ!これでアタイも強くなれる!」


 エンジュは両手を上げて歓喜の表情。

 

 エンジュの高まる期待に早まったかな?とも思わなくもないが、これくらいはアフターサービスの範疇だ。

 正直、機械種を2体も従属していて、エンジュが戦わなければならないような場面が来たら、戦わずに逃げた方が良い。

 それでも、その辺りをきちんと理解できるのであれば、覚えておいても損はあるまい。








 朝食が終わってから、エンジュに戦い方の基本を教える。

 この辺りは未来視において魔弾の射手ルートで俺が学んだことの焼き回し。


 ナイフや銃の扱い方。

 戦闘時の立ち回り方や逃走時の注意点。

 機械種相手と人間相手の違い。 


 時間も無いので、本当に簡単なレクチャーだけだ。

 本格的な訓練よりも、今後時間が空いた時にできるトレーニングに仕方を中心に教え込む。

 

 自分の身には着いていないクセに、他人に教えるだけの知識は残っている。

 未来視で得られた経験は、こうした歪なモノになってしまっているから注意が必要だ。



「こんな感じかな?」


「上手い、上手い!」


 エンジュのナイフの振り回し方を手取り足取り指導する俺。

 ただし、片手に瀝泉槍を持ちながらだが。



「てい!てい!てい!てい!・・・当たんないよ!」


「ほらほら、がんばって。惜しい惜しい」


 鞘に入ったままのナイフで俺に攻撃を当てようと振り回すエンジュ。

 軽くいなしながら紙一重で躱し続けると、10分程でエンジュがギブアップ。



「はあ、はあ、はあ、はあ…、本当にかすりもしないね。やっぱりヒロは凄い」


「まあね、年季が違うから・・・」


 瀝泉槍から入ってくる武人の技量がなければ、エンジュとどっこいどっこいかもしれないけど。

 肉体スペックは人類の限界を突破しているが、技ともなると武術なんて学校の授業以外触ったこともない一般人でしかない。

 力任せに振り回したり、全速力で逃げ回ることはできても、今のように軽やかなステップで紙一重で躱すみたいなことはできない。

 







「これ、ひょっとしてスモールの下級?」


「うん。まあ、拾ったモノだけど」


 エンジュに渡したのは七宝袋に入っていたスモール下級の拳銃。

 もうどこで拾ったのかも覚えていない。


「ちなみに俺、銃は下手なんだ。だから教えるのは本当に基本的なことだけだよ」


 古代中国の王朝『宋』を守り切った一騎当千の大英雄 岳飛でも、流石に銃を撃った経験はないとのこと。

 なので、こればっかりは俺の素の技術で対応するしかないのだが・・・


 これも未来視で見た魔弾の射手ルートで、俺に銃の才能は無いとはっきり宣告されてしまっている。

 なにせ 5年くらい練習してきてもほとんど上達しなかった。

 止まっている的には当てられても、動く的には全く当たらない。

 まあ、早めに自分の限界を知ることができたということだろう。


「ヒロにも苦手なことがあるんだね。何でも涼しい顔でこなしそうなのに・・・」


 コクンと小首を傾げて不思議そうな表情を見せるエンジュ。

 

「調味もできるし、難しい事も知っているし・・・」


「車や機械種のことはエンジュの方が詳しいだろ。旅支度や裁縫でもエンジュのお世話になった。むしろ苦手な方が多いくらいだよ」


 期待されるのは苦手だ。

 期待を裏切った時の反応が怖い。

 だから高すぎる期待は早めに現実を見て抑えてもらうことにしよう。








 パン、パン、パン、パン



 乾いた銃声が遺跡内に響く。


 実際にエンジュに銃を撃たせてみると、意外と上手いことがわかった。

 元々手先が器用ということもあるし、集中力も優れている。

 後は動く的への銃撃のコツを覚えれば実戦でも活躍できるだろう。

 俺はそれで挫折してしまったけど。



「あんまり当たらないね。2発も外しちゃった」


「20発撃って2発外すくらいは当たらないとは言わない。それで初心者なんだから、十分に才能あるよ」


 『俺よりも遥かにね』

 これは口に出して言わないが。


「でも、これってマテリアルを消費しているんだよね。ちょっと勿体ないかも・・・」


 手元の銃を見ながら、渋い表情。

 多分、頭の中でミートブロック何本分使ったかなって計算しているに違いない。


「エンジュ、銃は撃たないと上手くならないよ」


 『何発撃っても上手くならない奴もいるけど』

 これも口に出しては言わない。


「うん。これは訓練だから仕方ないね。でも、練習の時は最下級の銃を使おうかな」


 下級だと1発5Mするけど、最下級なら1Mで済むからね。

 でもそんなこと気にしていたら、中級以上の銃は撃てないぞ。

 スモール中級で20M、スモール上級で100Mだ。

 日本円にして中級で2000円、上級で1万円。

 銃を一発撃つ度に豪華ランチ、豪華ディナーが飛んでいくと考えれば、とても勿体なくて使えない。







「精が出ますね。エンジュの調子はいかがですか?」


 訓練中の俺達に声をかけてくるユティアさん。

 俺が渡した赭娼の首を弄りつくしたのだろう。

 随分とスッキリとした爽やかな顔だ。


「ボチボチですよ。今は投げ的で射撃の練習をしています」


 少し離れた所でエンジュは銃を腰に入れたまま立ち尽くしている。

 

 そして、おもむろに手に持った木片をエイッとばかりに遠くに投げ放ち、すぐさま銃を抜いて投げた木片を狙い撃つ。



 パンッ、パンッ、パンッ



 カン



 一発も当たらずに地面に落ちる木片。



 それでもめげずに次の木片を拾い上げると、また先ほどの動作を繰り返す。


 スローイング&シューティング。


 自分で投げた的を抜き撃ちで撃つという練習方法だ。

 ちなみにこれを突き詰めると、投げた蒼石を機械種の目前で打ち抜き、ブルーオーダーの波動を撒き散らすという技が使えるようになる。


「あ、それ。私、ベネルさんに見せてもらったことがありますよ」


 ユティアさんは嬉しそうな声をあげて、開拓村時代のことを話す。

 

「3つくらいの的を同時に投げて、全部当てるんです。あの時はびっくりしました。でも、ベネルさん、それでも腕が落ちたって言うんですよ」


 おう…

 それはなかなかの腕だな。

 やっぱりあの人、現役の時はかなりの腕利きだったんだな。


「私も少し練習した方がいいんんでしょうか?エンジュにばっかり負担をかけさせるわけにも・・・」


「駄目です。エンジュの負担を考えるなら大人しくしておいてください」


 自分で自分の足を撃ち抜く未来しか見えない。

 ・・・ていうか、このまま未来視を発動したら間違いなく自分で足を撃って、泣き喚くユティアさんが見られるだろう。








「エンジュ、そろそろ終わりしよう」


「え・・・、もう少し・・・、うん。分かった」


 ほんの少し残念そうな顔を見せるが、すぐに普段通りの笑顔を向けてくる。


「今日はありがとう。アタイ、ちょっとは強くなれたかな?」


「うん。強くなったと思う。でも、油断は禁物だからね。戦闘では絶対にボルトとディアを前に出してエンジュは後方で控えているんだ。その為の機械種使いなんだから」


「そっか・・・、アタイ、強くなれたのか・・・、強くなって・・・いつか・・・」


 顔を下に向けて何かを呟くエンジュ。


「エンジュ?」


「ううん、何でもないよ。えっと、もう遺跡から出発するの?」


「そうだね。今からなら次の目的地まで夕方くらいに着きそうだし・・・、あ、そう言えば白兎達は?」


「ハクトちゃんならあっちで遊んでいますよ」


 ユティアさんが指差す先で、いつものメンバー+ディアが集まって何かをやっているようだ。

 

 多分、いつもの白兎道場だろう。

 これでディアも『天兎流舞蹴術』を覚えてしまうのか・・・

 


「エンジュ、悪いけど白兎達を呼んでおいて。あと30分くらいで出発しようと思うから」


「うん、わかったよ」


 タタッっと練習の疲れを感じさせない足取りで駆けていくエンジュ。


「ユティアさんも潜水艇に戻ってください」


「はい・・・ハクトちゃん達、何して遊んでいるんでしょうね?・・・遊ぶ?機械種が何で?それも軽量級ですよね?あれ?私、ちょっとおかしいですか?」


 眉を眉間に寄せて、じっと考え込むユティアさん。 


 あ、イカン。

 今まで白兎達の雰囲気に当たり前のように流されていたユティアさんが正気に返りそうだ。


「ユティアさん、もう時間が無いので、さっさと戻りましょう!」


「え、あ、あの、ちょっと・・・私、今何か考えごとを・・・」


 後に回り背中を押して潜水艇へと向かわせる。

 

「はいはい、そんなことはまた後にしておけばいいんです!」




 バタン




「ふう…」


 多少強引にユティアさんを潜水艇のリビングルームに放り込んで作業終了。

 ついでに七宝袋の中の機械種ソルジャーの首を渡しておいたから、当分、そっちの方に気を取られるはずだ。



 ふと、潜水艇の入り口階段から、昨日探索した遺跡が目に入る。


 ほんの半日程度の滞在だったが、なかなかの成果であったと言えるだろう。

 心残りと言えば、自分の力で発掘品を手に入れられなかったことか・・・



「多分、打神鞭の占いを使えば・・・」


 もし、発掘品が残っているなら、打神鞭の占いで発見できるであろう。

 しかし、何もないなら無駄撃ちにしかならない。


「今日の夕方には、次の鍵マークに到着する予定だしな」


 打神鞭の占いは1日1回の制限がある。

 もし、今使ってしまえば、今日の深夜0時まで再度占うことはできなくなる。


「万が一のことを考えれば、ここは温存しておいた方が良いか」


 七宝袋の中に入れた、ユティアさんからの遺跡のデータ、そして、エンジュからのMスキャナー。


「もう十分なお宝は手に入れたから・・・」


 初の遺跡探索は俺的には大成功なのだ。


「ミッション・・・クリア・・・」


 いつものごとく、この世界をゲームに例えたセリフを言い放つ。

 少し前までは、異世界に放り込まれた自分の精神を守る為に、この世界をゲームとして捉えようと、このセリフを言い始めたのだが・・・


「・・・なんてね」


 最後に今までの自分の言動を揶揄するかのような言葉を付け加えた。


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