第278話 決闘2


 食堂での決闘。

 

 テーブルや椅子をどかして作られた特設リング。

 猟兵団達が喜々として準備したものだ。


 俺に対するのは、歴戦の猟兵らしい20代の若い男、カイネル。

 短い金髪に顎髭を蓄えたワイルド系イケメン・・・の割に残念臭が漂っている。


 周りに観戦者も多いし、不用意に俺の力を見せつけるのも良くないだろう。

 適度に力をセーブしながらのほどほどの勝利を狙うのが、世の中を無難に渡っていくコツであるはず。

 魔弾の射手時代にも猟兵同士の決闘ではそういった配慮が必要な時もあったし。

 それに、さっきのやり取りでほんの少し共感を覚えたこともある。


 白兎を汚された時は半殺してやろうかとも思ったが、適度に痛めつけるくらいで良かろうか。


 多分、向こうもそう思っているはずだ。 





 こちらの様子を見るかのように構えを取ったまま動かないカイネル。


 俺の方も先制攻撃を避け、相手の動きを待ってのカウンター狙いだ。

 素手での決闘の時は、相手の攻撃を捌いての反撃が俺の戦い方のセオリーだった。

 これはアテリナ師匠やジャネットさんから教わった戦闘スタイルなのだ。



 両者距離を取りながら間合いを窺っていると・・・


「ヒロ!頑張って!」

「ヒロさん・・・」


 端の方から聞こえるエンジュ達の俺への応援の声。


 そして、カイネルにも・・・


「コラ!何やってんだ、カイネル。1分以内に片づけろ!」

「瞬殺にかけていたのに、何やってんだよ!」

「お前、後で覚えてろ!」


 後ろからの心温まる戦友達の声援。

 流石団結力を誇る猟兵団だ。


 

「良い仲間たちだな」


「うるせえ!」


 俺の素直な感想に真顔で怒鳴り返すカイネル。

 

 先ほどまでの様子窺いから一転、弾けるようなスピードで先手を取ってきた。

 このまま長引かせると、自分の居場所が狭くなっていくと感じたのだろう。

 

 半身の体勢から滑るように接近、そして、様子をみるかのようなローキック。


 まずは脚を潰すつもりなのだろう。

 しかし、それぐらいなら軽く躱せる・・・



 ブンッ


 足元を刈るような鋭い蹴りをバックステップで躱す俺。


 しかし、カイネルは空を切ったローキックを放った足をそのまま地面に踏み込み、こちらへグンッと急接近。


 

 ガンガンガンガンガンガンガンガン



 うおっ


 続けざまに放たれるカイネルのジャブ。

 顔面をガードする両腕にその重い拳が何度もぶち当たる。


 

 クソッ

 攻撃を受けっぱなしはマズイ。

 こっちも反撃しないと。



 ジャブの嵐が一瞬途切れた瞬間、隙を見つけて、右で殴りかかるが・・・



 スカッ



 その攻撃が分かっていたかのように後ろへ後退したカイネルに避けられる。

 

 そして、俺が大振りによって体勢を崩した所へ、身を屈めたカイネルがダッシュ。


 右のストレートか?

 軌道は俺の顔面?


 身体を捻ってギリギリで回避・・・




 ドンッ




 え、何?

 腹の当たりに衝撃が・・・



「ヒロっ!!」



 俺の背後からエンジュからの悲痛な呼び声。

  

 その時、初めて俺は自分の腹を殴られたと分かった。


 一体、いつの間に・・・


 腹の当たりを手で押さえながらカイネルを見る。 


 やはり半身に構えたまま、俺と一定の距離を保っている。

 その目は真剣な光を湛え、俺を見据えた状態。

 

「おい、良いのが入ったぞ。やせ我慢もほどほどにしないと、もっと痛い目に遭う。ギブアプするならさっさとしな」


 かけられたのは負けを認めろとの降伏勧告。

 確かに、今の一撃は全く視界に捉えられなかった。

 それだけで技量の差が分かろうというモノ。

 

 右のストレートが顔面来ると思っていたのに、それはフェイントだった。

 俺が避けようとしたところを狙われて、ボディーに一撃を喰らったのだろう。



「いや、まだまだ大丈夫。そっちこそ遠慮しなくてもいいぞ。俺は頑丈さには自信があるからな」


「・・・そうみたいだな。あれだけ俺のジャブを受けて、その腕がまだ使えるんだから。ひょっとしてお前も鉄板を入れているのか?」


「あー、それは・・・、一応、生身だぞ、ほら」


 腕をまくって見せてやる。


「細!しかも真っ白じゃねえか!鍛えてねえだろ!お前!」


「筋肉がつかない体質なんだよ!」


 貧弱な体は俺のコンプレックスなんだ。そこに突っ込むなよ!


 ・・・俺の身体ってウエイトトレーニングすれば筋肉ってつくのかな。

 俺も白兎道場に参加して肉体改造でもしようか。



「チッ、なら天然かよ。それともその服が発掘品か?」


「気になるなら脱いでも良いよ。俺の裸を見たって嬉しくないだろうけど」


 多分、脱いだら魔弾の射手でアテリナ師匠と勝負した時みたいに『貧弱だ』とか言われるんだろうなあ。



「いいぜ、別に。こっちも鉄板入れてるからな」


「じゃあ、こちらも遠慮なく」



 ダンッと地面を蹴って、次は俺の番だとばかりにカイネルへ躍りかかる。



 ストレート、ストレート、フック、ストレート・・・


 

 ブンッ ブンッ ブンッ ブンッ ・・・・・・



 ボクシングポーズのまま連続攻撃を行うが、カイネルには余裕を持って躱されてしまう。


「どうした?どうした?そんな分かりやすい攻撃、当たるわけないぞ!」


 軽くステップを踏みながら俺の攻撃を捌いていくカイネル。

 軽口を叩けるくらい俺の攻撃は稚拙なようだ。

 どうにも掠る様子さえ見受けられない。

 おまけにカウンターで数発殴られる始末。



 駄目だ。

 向こうの方が圧倒的に技術は上。

 それは当然だ。俺自身全く格闘技なんてやったことがないのだから。

 未来視の上では、魔弾の射手時代に格闘技を徹底して仕込まれたが、今の俺には欠片も身についていない様子。

 一応、当時の動きや技なんかを見様見真似でトレースしようとしているが、それが返って無駄な動きを増やしているかもしれない。


 また、俺は全力を出すわけにはいかなから手加減状態を強いられている。

 この手加減って威力調整とスピード調整がめっちゃ難しいんだよ!



 俺が全力を持って殴り掛かれば、技術なんて無視して、そのパワーと速度だけで圧殺できるだろう。

 しかし、それをすれば出来上がるのは、スラムでの黒爪戦での惨状。

 カイネルの身体は爆散してこの食堂のあちこちに散らばってしまう。

 そんなことはしたくないし、観客であるエンジュ達もドン引き・・・いや、恐慌状態を引き起こすのは間違いない。

 だからカイネルを爆散させないよう適度に力を抜かなければならないのだが、それが非常に難しい。


 力を入れ過ぎたら駄目。力を抜き過ぎたら当たらない。


 相手はダンガ商会での一戦のような暴力慣れした一般人ではなく、人間以上の能力を秘める機械種と近接戦を行う猟兵なのだ。

 とても手加減状態でやり合えるような相手ではない。




 ガンッ




 俺の頬に何かが触れた感触。

 また、すれ違いざまにカイネルからの一撃を貰ったらしい。


 

 この野郎!


 

 反撃とばかりに蹴ってみるが、これも簡単に回避される。

 しかも、蹴りで体勢を崩した所へ、向こうからの蹴りを浴び去られる有様。



 アカン!

 さっきから攻撃を受けてばかりだ。

 俺が攻撃をしようとすると隙だらけになるせいか。


 でも、守ってばかりだと勝てないし・・・







「なるほど、言うだけのことはあって頑丈だな」


 何度かの攻防を経て、カイネルが納得いったと言う感じで語り掛けてくる。


「まあね。そっちもそれだけ良く躱せるな。一発くらい当たってくれても良いよ」


「・・・・・・お前、パワーだけはありそうだな。さっき攻撃を捌いた腕の痺れがまだ取れねえ」


 そう言いながら腕を擦るカイネル。


 ああ、さっきの攻撃、一応は掠っていたんだ。


「流石にこれ以上は時間をかけられねえな」


「そう言えばそろそろ5分経つかもね」


 賭けた時間の最大は5分以内だったな。

 猟兵団の賭けた項目の大半は5分以内だろうから、これ以上時間をかければ、ますます居場所が無くなるということか。



「次で決めてやるよ。それで終わりだ」


「ふうん、どうやって?」


 何発攻撃を喰らったって、俺が倒れるわけがない。

 このままずっと攻撃をし続けて持久戦に持ち込んだった構わないんだ。

 こっちは無限の防御力、無尽蔵の体力があるのだから。


 でも、あんまり人間離れした勝ち方はしたくないんだよな。

 こんな人前であからさまな能力を見せつけるのは危険だ。

 だから攻撃を避けようとしているし、防ごうともしているんだ。

 

 まあ、さっさと終わらせたいのは俺も一緒だし。

 向こうが終わらせる気ならば、こちらも受けて立ってやろう。




「どんなに頑丈な人間だって、耐えられない攻撃があるということを教えてやろう」


 そう宣言すると、今までとは違った構えをするカイネル。

 正面を向き、両手を腰に降ろした構え。

 それは例えるなら空手の型に近い。


 俺も次にカイネルが繰り出そうする攻撃を見越して、迎撃態勢を取る。


 向こうが必殺技を出してくるなら、こっちもそれらしい構えをしてやる。


 両手を突き出し上下に並べ、ボールを掴むように指を立てる。

 正に竜の顎を模した構え。

 特に意味は無いけれど。




「行くぞ!」


 かけ声とともにこちらに飛びかかってくるカイネル。

 いきなり飛び上がっての空中回し蹴り。


 え、そんな大技、隙だらけだろ!

 チャンス!


 右腕でガードしてから、打ち落とす・・・



 パシッ



 あれ?威力が弱い。

 これは・・・



 えっ!いつに間にカイネルが着地している!

 もしかして俺の腕を蹴った反動で着地した?

 マズイ!


 カイネルは俺のガードの為にあげた腕を下から掻い潜る様に急接近。

 そのまま拳を抉り込むように打ち込んでくる。


 イカン、避けなければ・・・




 ガリッ


 

 バックステップで避けようとした俺を追いかけるように放たれた拳。

 それは俺の顎を掠める右フック。

 

 金属同士が擦り合ったような音が鳴る。

 

 あ、また殴られ・・・




 ゴンッ



 続く音はボーリングの玉が落ちたような重い音。


 それは時間差をつけての左フック。

 俺のこめかみに吸い込まれるように突き刺さって、思いっきり振り抜かれた。


 思わず攻撃を避けようとして後ろ飛んでいたこともあり、そのまま殴られた勢いをもって地面に転がされる。



「「「「おおおおおおおおおおおぉぉぉ!!!」」」」



 周りの観衆がざわめく。

 


「ヒロッ!」「ヒロさん!」



 エンジュとユティアさんの叫び声が木霊する。



 そして、俺は・・・・・




 しまったな。

 よく考えたら避ける必要は無かったかも。

 真正面から受け止めておけば吹っ飛ばされることも無かったのに。

 でも、凄い形相で殴りかかってきたから、反射的に飛びのいてしまった。

 ちょっと反省・・・



 地面に転がりながら、頭のどこか冷静な部分でそんなことを考えていた。


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