第277話 決闘1


 

 食堂のテーブルや椅子は全て外側に寄せられて、これから決闘の場となる空間が猟兵団達によって作られた。


 ホテル側の人間も何人かこの場にいるが、制止する様子は全く見られない。

 どうやらこの荒っぽい辺境では、こういった場面は避けられないとすでに諦められているのだろう。



「ほらほら、賭けた賭けた!一口100M。どれだけ早くカイネルが勝つかに分けるぞ。『10秒以内』『30秒以内』『1分以内』『3分以内』『5分以内』『それ以外』だ」

「1分以内で10口!」

「俺は30秒以内で20口だ!」

「カイネルは激怒しているからな。プライドに賭けて速攻で終わらせるはず!10秒以内に30口!」

「いや、怒っている分、ねちっこく痛めつけると思うね。5分以内で50口だ」

「馬鹿だな。あの坊主がすぐにギブアップするはずだろ。3分以内くらいだな。20口だ」



 おいおい、俺に賭ける奴いないのかよ。

 そりゃ体格差で見れば俺が不利なのは間違いないが。

 それに1口100Mって、さっきから10万円単位で金が動いているぞ。

 相変わらず猟兵団員の金遣いは荒いなあ。


 こういう所は何処の猟兵団でも変わらない。

 魔弾の射手でも喧嘩や賭け事は日常茶飯事だった。


 俺も最初の方は巻き込まれて決闘沙汰になることも多々あったが、大半の連中を圧倒的なパワーでねじ伏せると、それ以降は喧嘩を売られることも少なくなった。

 また、団の外では猟兵団の制服を着ていることが多かったから、ほとんど絡まれることも無かったし。

 

 俺が中央で活躍するようになって、『一人軍隊』と異名を付けられた後は、他の猟兵団の腕利きから腕試しを求められることが多かったな。

 パワーや頑丈さでは引けを取ることは無かったが、技量や速度、反射神経では俺を上回る者の何人かいた。

 

 機械義肢や薬での増強、発掘品の恩恵を受けている者もいたし、中には素の状態で俺と近接戦ができるくらいの化け物みたいな奴も・・・


 まあ、向こうでも俺をそう思っていると思うけど。



「おい、お前は素手でいいのか?このままじゃハンデがあり過ぎるだろう。武器を使ってもいいぞ。剣でも銃でも好きに使え」


 俺が未来視での魔弾の射手ルートの思い出に浸っていると、カイネルから武器の使用許可が投げかけられた。


 これ見よがしに自分の両手の甲を俺に見せびらかしてくる。


 それは前腕、そして手の甲から指の根元までを覆うような青黒い痣。


 『皮膚装甲』


 人体改造でも割とポピュラーなモノで、流体金属を皮膚と筋肉の間に注入することにより、一定の防御力を確保できる。

 品質にもよるが、スモール下級程度の銃弾では貫くこともできず、これで手の甲を覆えば拳による打撃力を増すことができる。

 これを持って人間は素手で機械種と戦うこともできるようになるのだ。


 ただ、皮膚呼吸の問題もあるから全身を覆うわけにはいかず、注入した部分はどうしても可動域が狭くなり、手の甲・上腕部分や足の脛・腿の一部、あとは胸筋ぐらいしか入れられないという。

 もっと高品質なモノになるとそういった制限が無いモノや、人間の皮膚と変わらない高級品もあるというが、それは所謂発掘品の類になるらしい。

 また、皮膚装甲を身体に入れることを猟兵界隈では『鉄板を入れる』という表現をすることが多い。


 あまりの理不尽な俺の頑丈さに、全身に鉄板を入れているではと誤解されたこともあったな。今は懐かしい猟兵時代の話であるが。



「いや、素手で十分さ」


 ここで『武器を使います』って言って、莫邪宝剣を抜いたら面白いだろうなあ。

 やらないけど。


「ほう…、なかなか度胸があるな。これが何か知っているんだろうな?」


 再度自分の両手を俺に見せつけてくるカイネル。


「皮膚装甲・・・所謂鉄板だろ。構わないよ。それより決闘の条件だけど・・・」


「フンッ!その余裕、後悔させてやるよ。俺が勝ったらその金髪の美女は俺が貰う・・・」


「おい!ユティアさんは俺のモノじゃないぞ」


「分かっているさ。いきなり俺のモノになるなんて思っていない。まずはこっちの団に来てもらってお近づきになれるだけで十分だ」


 あら?意外と紳士なのね。

 でもお近づきになったらあのポンコツぶりにヘキヘキすると思うぞ。


「そっちの赤毛の子はお前にゾッコンみたいだから残しておいてやる。精々慰めてもらえ」


「・・・・・・・」


 この野郎。どこまで鋭い洞察力をしているんだよ。

 こっちの人間関係を勝手に見抜くな!


「一応、お前が勝ったらを聞いてやるぞ。万に一つも無いだろうが」


「さっきの『ポラント』の街を知っているという件・・・」


 嘘だとは思うけど、ユティアさんの手前これは聞いておかないと。

 さて、何て誤魔化すのだろうね・・・


「すまん。それ嘘だ」


「おい!素直に認め過ぎだろ!それになんですぐバレる嘘をつくんだよ!」


「馬鹿野郎!あんなおっぱいのデカい金髪美女をナンパするのに、多少知ったかぶりぐらいするだろ!それに団の力を借りたら街の一つや二つ調べることくらいわけない!・・・・・・それに美女の危機を救う為だ。その為には嘘ぐらいつくさ。」


 結局、団の力を借りるつもりだったのかよ!

 コイツ、自分に正直すぎるだろう。


 ・・・んん?美女の危機を救う為?

 どういう意味だ?


 俺の訝し気な視線を受けて、カイネルはヒョイっと肩を竦める。


「まあ、その辺りはこの決闘の後で説明してやるよ」


 なんか気になる・・・後で教えてくれるなら別に良いけど。

 

 でも、さっきから、なぜか俺への態度が軟化しているな。

 ハンデだから武器を使えとか、こっちが勝った時の条件を言えとか、後で教えてやるとか。

 ちょっと前まで俺に対する軽蔑の色を隠さなかったのに。


「随分と態度が違うな。こっちを虫けらみたいな目で見ていたクセに」


「そりゃあ、さっきまでは親から貰った機械種でいい気になっているガキで、無自覚に女を危険に晒そうとするクソ野郎としか見てなかったからな。少なくともお前は俺への勝負を持ち掛けたり、素手で俺に挑む度胸はあるみたいだし、猟兵の符丁も知っているなら、多分お前の両親も猟兵の関係者なんだろ?」


 なるほど。

 実に体育会系らしい発想だ。

 力のある奴、度胸のある奴は無条件で尊重される。

 それに猟兵団にとって、たとえ所属が違う猟兵団でもミッションによっては連携することだってある。

 できうる限り他の猟兵団とは良好な交流を持つのが良いとされている。

 この辺りは本当にどこの猟兵団も変わらないな。


 ・・・・・・『女を無自覚に危険に晒そうとするクソ野郎』?

 またも出てきたけど、俺の行動に何か問題でもあったのだろうか?

 


「で、お前の要望は何だ?俺に勝つと言う大金星の景品は?」


 ニヤリと挑発的な笑みを浮かべるカイネル。

 さっきまでの嘲弄的なものではなく、格上としての余裕を見せるモノだ。


 大金星っていう単語の方も気になってしまうなあ。

 その語源ってこの世界では一体何?

 ひょっとしてこのアポカリプス世界に相撲ってあるの?


「マテリアルなら俺の全財産を賭けてやるぞ。10,000Mくらいしかないけどな」


「少ない!おい、猟兵だったらもっと稼いでいるだろ!」


 全財産が100万円って。

 現代日本の20代サラリーマンでもそれ以上の貯蓄はしているぞ。

 俺だって魔弾の射手時代では、初期の頃でも一戦闘10,000M以上は貰っていた。


「フンッ、彼女持ちのお前には分からないだろうがな・・・、男には癒しが必要なんだよ」


 ・・・・・・いや、もう、だいたいマテリアルの使い道が分かったけど。

 でも、たとえ俺に勝ってユティアさんがそっちに所属しても、その様子では手に入るのは無理だと思うよ。


「ほら、俺のこといいから、さっさと欲しいモノを言え」


 俺がの求めるモノの提示を促すカイネル。

 口調も完全に変えやがって・・・

 ユティアさんに話しかけていた時の、あのスカしたしゃべり方はどうした?


 しかし、『欲しいモノ』とは言われてもな・・・

 

 俺が今一番欲しいモノ・・・


 愛とか幸せとか抽象的なモノ以外だと・・・



「・・・・・・蒼石が欲しい。それも5級以上」


 蒼石の取得が今の俺の急務だ。

 何せ手持ちの蒼石は全て8級以下しかない。

 これでは次に手に入れた機械種を従属させることができない。


「おお、結構吹っ掛けたな。いいぜ、俺に勝ったら副団長に頼んでやるよ」


「よし・・・・・・、頼むだけじゃ駄目だからな」


「分かってるさ。俺の猟兵の誇りに賭けて・・・、お前、随分と俺に勝つつもりがあるんだな」


「まあね。『たとえ豆鉄砲でもドラゴンの逆鱗を打ち抜くことがある』。そうだろ?」


 これは猟兵の格言の一つだ。

 超重量級である機械種ドラゴンの竜燐は堅牢だが、その身に潜む逆鱗はたとえ最下級の銃でも貫くことができると言う。

 つまりラッキーヒットがあるから油断はするな、若しくは、どんな強敵にも弱点はあるという意味だ。


「はははははっ、そうだな!確かにそうだ!じゃあ、その豆鉄砲を見せてみな!」


 喜々として半身での構えを取るカイネル。

 

 同じくボクシングの構えで迎え撃とうとする俺。


 もう俺とコイツの間に余計なモノは無くなった。


 今はただ男同士の矜持のぶつかり合いが残るのみ。



「・・・そう言えば、名前を聞いてなかったな。おい、教えろよ」


「ヒロ。悠久の刃のヒロだ」


「へえ、俺もお前の年くらいはそういったチーム名に憧れたなあ」


 急にこちらに生暖かい目を向けてくるカイネル。

 止めろ!俺を中二病扱いするな!


「そういうことを言い出したらもうおっさんだぞ」


「ううっ、確かに・・・、ゴホン。・・・ヒロ・・・だな。覚えたぞ。では、ヒロ。胸を貸してやるから遠慮なく来い!」


 コイツ・・・さっきとキャラ変わり過ぎだろ!

 何今更年上のお兄さんぶってんだよ!



「両者とも準備はいいか?」


 

 誰とも知らぬ猟兵団の団員が俺達の間に入って仕切り始める。



「ああ、いつでもいいぜ」

「こっちもだ」



「よーし!まずルールだ。今回は素手のみ。勝利条件は気を失うか、降参するかだ。一応、目と金的は避けるように」


 まあ、猟兵同士の素手の決闘ルールではオーソドックスなモノだな。

 大抵、殺すなんて以ての外、後遺症になるようなことも避けるのが常識だ。

 刃物を使う場合はファーストブラッド(先に相手に流血させた方が勝ち)が勝利条件になることもある。

 銃の場合は防具を付けて体の的に当たったらとかあるからな。



「では、両者構えて・・・始め!」

 


 決闘開始の宣言が食堂内に響いた。

 

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