第209話 お願い
ここは本当にアポカリプス世界なのであろうか?
栄えた文明があったが、人類の敵対者の親玉である『赤の女帝』が生まれ、人間社会をぶっ壊した。
それでも人間は前文明の遺産を利用しながら、しぶとく生き抜いているという世界観だったはずだけど。
この開拓村は、その世界観にはそぐわない中世の農村がそこにはあった。
ゆっくりと進む車の中から見えるのは、ブルソーの村と呼ばれる開拓村の風景。
家は一軒家がほとんど。2階建て以上の建物は一つも無い。
行きかう村人の顔はあまり元気そうにな見えない。
そして、着ている服は粗末な貫頭衣っぽい衣服。
ここだけ時代が昔に戻ってきてしまったかのよう。
はっきり言ってスラムの方がマシな装いをしていたと思う。
「ヒロは辺境の開拓村を見るのは初めてなの?」
どうやら俺の驚きを隠せない様子を見て、助手席のエンジュが声をかけてくる。
「ここは他の村よりも大分マシだと思うよ。酷い所はもっと村の人がやつれて、今にも死にそうになっているんだから。無理やり集められて、機械種を従属している領主に力尽くで従わされて、逆らったら殺される」
感情の籠らない平淡な声で淡々と開拓村の実情を語るエンジュ。
「ここはそこまでではないみたい。多分、良心的な村長じゃないかな・・・でも、ちょっと雰囲気が良くない感じ。多分、物資が足りていないんだろうなあ」
「物資が足りない?」
「開拓村では良くあることなの。一応、所属している街から配給があったり、旅商人が来ることもあるけど、景気が悪くなって滞ったりすると、すぐに物資が不足しちゃうんだ」
「マテリアル錬精器は置いてないのか?」
この世界の生産はほとんどマテリアル錬精器に頼っているはず。
あれならマテリアルを投入するだけで物資が作れるのではないか。
「開拓村を作るときに支給されるのは、水を出す『井戸』と、最下級の『秤』。あとは布を出すだけの『織物』とマッドブロックとウィードブロックを作る『鍋』だけだよ」
『井戸』は地面に設置するタイプの中型~大型のマテリアル生成器だ。
文字通り井戸のように水を作り出す。
一度設置すると移動させるのは難しいが、マテリアル変換効率が非常に優れていて、水瓶とは比べ物にならないくらいの量を輩出することができる。
『秤』は機械種の残骸からマテリアルを作り出す装置だ。通称マテリアル変換器。
これにもグレードがあって、上位の物になるほど変換効率が良くなる。
ちなみに街にある秤屋は、必ず中位以上の『秤』を保有するのが絶対条件だ。
『織物』は布製品を、『鍋』は食料であるブロックを作り出すマテリアル錬精器で、それぞれ衣と食を維持するには不可欠のモノ。
「つまり、それ以外の生活必需品は外部に頼らないといけないってことか」
「若しくは領主が自費でそろえるかだね。まあ、そんな物を用意できる人は、こんな辺境の開拓村なんて来ないし、用意していたとしても自分の周りだけで独占しちゃうから」
随分と辺境の開拓村は経済状況も生活環境も悪いようだ。
俺が魔弾の射手で見た中央の開拓村はもっと栄えていた様子だったけど。
これが中央と辺境の差ということだろうか。
「おーい。車はこの小屋に入れてくれー」
ベネルさんが手を振りながら、掘っ立て小屋へと誘導してくれる。
「46725号。あの人の誘導通りに小屋に駐車してくれ」
「リョウカイシマシタ」
俺が命じると、クルッと方向転換して、バックで小屋に入っていく。
うーん。流石自動運転。こうやって車庫入れも自動でしてくれるんだから。
元の世界の車がこれくらいの自動運転ができるようになるのはどれくらいかかるのだろうか。
「ここが村長の館?」
「ああ、大きいだろう?ここのわが村の村長、ブルソーさんが住んでいるんだ」
車を駐車した後、すぐにベネルさんからの誘いを受けて、この村の村長に会うことになったのだが・・・
俺の目の前にあるのは、田舎にある大家族が住んでいそうなお屋敷。
明らかに周りの家とは時代が異なる感じ。
そりゃ村人よりは村長の方が良い家なのは当たり前だけど。
でもこの格差は酷いんじゃない?
「あはは、ここは白鐘の祭壇も兼ねているからね。ここだけは白の教会が建ててくれたんだ」
俺の表情から内心を読んだのであろう。ベネルさんは軽く笑いながら弁解してくる。
白の教会ね。
人間の生存圏を確保する為には白鐘の設置が不可欠だから、開拓村を開くことにもガッツリと絡んでいるのだろうな。
「それよりも良かったのかい?彼女を置いてきて」
「え、あ、まあ、少し体調が悪そうでしたので・・・」
エンジュは車を止めた小屋に置いてきた。
顔色もあまり良くなさそうだし、その村長に目を付けられても困る。
「はははは、よっぽど大事にしているんだね。その子のこと」
「はあ、まあ」
大事にしているというよりも、これ以上厄介事に巻き込まれたくないからだけど。
エンジュの元には機械種コボルトのボルト、白兎を護衛につけている。
エンジュは待っている間、車やバイクを弄りたいらしいので、鍵を渡しておいた。
・・・鍵を渡すのは少しだけ躊躇われたが、白兎がついているので、乗り逃げされることはないだろう。
「うんうん、分かる分かる。最初、門の所で俺が近づいた時も、さりげなく彼女を庇うように動いていたし。男としては守らないとって気持ちは分かるなあ」
「はあ、そうですか」
「そういった子は大事にしなよ。後から気づいても遅いからさあ」
「はい、それはもちろん」
「いいねえ、若いって。俺も若い頃はさあ、色んな子と遊んできたけど、どうしても忘れられない子っているんだよ。まあ、俺の幼馴染で初めての彼女なんだけど・・・ついさ、ふと思い出しちゃうんだよね」
「はあ」
「それもなぜか他の女の子を抱いた後に思い出しちゃうんだよ。なんでかあ。そんな悪い別れ方じゃなかったんだけど。それに向こうも結婚しているし」
「はあ」
「でも、あの時、違う道を選んでいたらって、いつも考えちゃうんだ。そうしたら、こんな開拓村じゃなくて、故郷の街で彼女と一緒にいられたんじゃないかって」
「はあ・・・あの、入らなくていいんですか?」
「ああ、ごめんごめん。ついまた長話しちゃいそうだったね」
そう言って照れ笑いを浮かべるベネルさん。
大丈夫かな、この人?
「じゃあ、行こうか」
「あ、はい」
館へと入っていくベネルさんの後を追う。
そして、館の扉を潜るとき、ふと、先ほどベネルさんが語っていたことについて、少しだけ共感したことに気がつく。
・・・そうだよな。いつまでも、忘れられない人っているよな。
俺があの時、違う選択肢を選んでいたら、俺の隣にいるのはエンジュじゃなくて・・・
館に入り、応接室のような部屋に通される。
そして、しばらく待つこと10分程度。
入ってきたのは、どこにでもいるような中肉中背の中年男性。
ややラフな服装。口元には髭を生やし、観光地へ遊びに来ている小金持ちのオジサンといった風情。
ただ、その目は冷徹な冷たい光を放っており、それなりの修羅場を潜っていそうな雰囲気は感じられる。
「お前か。水を補給したいというのは?」
「はい、狩人のヒロです。少しばかり水を分けていただきたくて」
「・・・村長のブルソーだ。・・・ふむ、君が狩人か?」
やや不審そうな目で俺を見つめ、背後に控えるベルンさんを振り返る。
「間違いないですよ。コボルトとラビットを従属させていましたから」
「コボルトとラビットか・・・、お前のゴブリンと合わせれば何とかなるか」
ベネルさんの言葉に、じっと考え込むブルソー村長。
うーん、考えているのは、俺に依頼するかどうかだよな?
一体何をしろって言われるんだ?
「・・・・・・やってほしいことがある。この森のゴブリンの駆除だ」
「え?ゴブリン」
「そうだ。最近、ゴブリンの群れが出没してな。旅商人が襲われて怪我をした。何としても駆除しなければならん」
「えっと、それって水を補給する代わりに、依頼を受けろってことですか?」
「・・・お前も狩人なら、開拓村へ立ち寄った時のルールもしっていよう」
え?いや、その・・・知らないし。俺って狩人は初心者なんだけど・・・
でも、今更それを言うのもなあ・・・
つい、困った顔でブルソー村長の後ろに立つベネルさんに目を向けてしまう。
「開拓村があるおかげで、狩人達は安全な狩りができる。だから、開拓村に寄った時はできるだけ開拓村のお願いを聞いてあげようっていうルールさ」
そんな俺の目を受けて、ベネルさんは仕方が無いっといった感じで語ってくれた。
「それってただ働きで?」
「まあ、開拓村から少しばかりのお気持ちくらいは貰えるかなあ」
軽く肩を竦めながら冗談めかした感じで話すベネルさん。
うーん。本当なのか?
いや、でも猟兵の時もそんな話を聞いたような。
魔弾の射手が開拓村に立ち寄った時に、そういった仕事を受けていた気もするし・・・
「群れって何体ぐらいですか?」
「まあ、10体程度ってとこだね。2,3体に分かれて行動しているみたいだけど」
「・・・こっちの戦力はベネルさんとゴブリンですか?」
「それと君と君の従属している機械種さ」
「門番のオークは?」
「あれは駄目だ。あれは動かせない。この村の最後の砦だ」
俺とベネルさんの間に割り込むブルソー村長。
・・・まあ、いいか。
コブリンなら楽勝だし。
白兎一体でもお釣りが出るくらいだ。
それにさっきのような狩人の常識が俺には欠落している。
ベネルさんはその辺りが詳しそうだから、狩りのついでに色々と質問してみるのもいいかもしれない。
「分かりました。そのお願い、お受けいたします」
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