第208話 開拓村


「ここが開拓村か・・・」


 最寄りの開拓村に向かうと決めてから車で走ること1時間と少し。

 ピルネーの街から車で半日程の所にある開拓村。

 そろそろ日も暮れ始め、夕方と言っても差し支えが無いくらい。

 鬱蒼と茂る森の中にある開拓村のようで、森を切り開いた道を進みようやくたどり着いた。

 遠目で見れば、村を囲んでいると思われる木で作られた柵のようなものが見える。



「ナビで行き先を指定したら『9カ月前の位置情報です、現在も存在するかどうか分かりませんので、お気をつけてください』ってアナウンスが流れたからめっちゃ不安だったけど・・・」


「辺境の開拓村ってすぐに立ち行かなくなって潰れたり、解散したりするそうだから。私の出身の村も何年か前に潰れちゃったみたいだし」


 重めの話をサラリと流すエンジュ。

 流石アポカリプス世界。実にダークでハードな環境だ。

 何と返していいか言葉に詰まってしまう。


「アタイが居た時から、晶石の供給が足らなくて、レッドオーターの機械種が村に入り込んできたことだってあったくらいだったもん。遠からず潰れるのは分かっていたから必死で村から出てきたんだよ」


 ・・・両親とか、家族とかの話は聞かない方が良さそうだな。


 この世界の人間の命はかなり軽い。

 チームトルネラの面々もだいたいが開拓村の出身だ。

 あまり突っ込んでは聞いていないが、ほとんどが家族を失ってしまって、スラムに落ち伸びてきていると言っていた。

 ということは住んでいた開拓村が潰れてしまったか、解散したかのどちらかだろう。


 開拓村が潰れる主な原因は2つ。

 晶石不足か人員不足による白鐘の能力低下。

 そして、近くに機械種の『巣』から進化した『砦』ができて、白鐘の影響力を減少させられること。

 

 どちらも機械種の襲撃を招くこととなり、開拓村は壊滅を避けられなくなる。


 果たしてどのくらいの数の開拓村が、作られては潰されていっているのだろう。

 そこにどれくらいの資源や人が投入されて、消えて行ってしまっているのか?


 それでも人類は開拓村を作ることを止められない。


 なぜなら開拓村を各地に作ることで、強力な機械種の出現や、軍隊のような群れを作ることを抑えることができるから。


 つまり人類と機械種の陣取りゲームになってしまっているのだ。


 人類は白鐘を設置して開拓村を作り陣地を広げ、機械種は巣を作ってそれを妨害する。


 これが何百年も続いている人間と機械種の争いの構図。










「ヒロ、そろそろ到着するよ」


「お、そうだね。えっとあそこが門かな。門番みたいなのがいるし」


「あ!凄い。あれっ!オークだ!」


 エンジュが助手席から身を乗り出して指を差す。

 

 確かに機械種オークだ。

 深緑色のでっぷりとした姿。

 レッドオーダーの姿よりもコミカルな感じで豚顔をデフォルメされており、愛嬌があると言えなくもない。

 手には槍を持ち、こちらに視線を飛ばしている。

 正しく門番なのであろう。



「よし、46725号。速度を緩めて、あの門の前で止まってくれ」


「リョウカイシマシタ」


 俺の指示通り減速して、門の5m程手前で停車。

 割とフレキシブルな指示だったけど、車は俺の思う通りに動いてくれる。

 普通に走っている時は感じないが、こういった細かい動作までしっかりしているのだから、かなり優秀なAIなのだろうな。



 車から降りて、門番らしいオークに近づく。

 俺と同様にエンジュも出てきて俺の隣に。

 そして、後部座席から降りてくる白兎と・・・事前に起動させたコボルト。

 

 名前はボルト。名付けたのはエンジュ。

 彼女の護衛役だから構わないのだが、雪姫並みの安直なネーミングセンスだと思う。


 一応俺がマスターだが、サブマスターをエンジュに設定している。

 これは俺が居ない時に指示を出せるようにする為だ。





 


「こちらはブルソーの村でス。ご用件ハ?」

 

 意外と低くて渋い声のオーク。

 門番にしておくのは惜しいくらいだな。


「狩人のヒロと、相方のエンジュだ。この村へは水の補給の為に立ち寄った。マテリアルは払うので水を補給させてほしい」


「水の補給ですネ。少々ここでお待ちくださイ。担当者が参りまス」


 それだけ話すと、オークは用は済んだとばかりに自分の立ち位置に戻っていく。


 んん?ここで待てってことか?

 でも特に誰かに連絡したような素振りは見えないが・・・



 あ!

 門の内側にいたらしい灰色の小動物が村の方に駆けていく。

 

 あれは・・・機械種ラットか?

 灰色ということは従属している機械種だ。

 この場からの連絡員という訳か。

 門番が門から離れるわけにはいかないから、あの機械種ラットが担当者とやらを連れてくるのだろう。


 わざわざ担当者を連れてこなくても。水の補給くらいさっさとさせてほしいものだが、こちらが頼む側だから仕方が無い。 



 しばらくエンジュと2人・・・いや、白兎とボルトとで時間を潰す。


 エンジュは嬉しそうにボルトへ命令して、立ったり座ったり走ったりをさせている。

 機械種に命令を下せるのが楽しいのだろう。


 その気持ちわかるなあ。

 俺も白兎を初めて従属させた時は、色々命令して飛んだり跳ねたりさせたから。



 こっちは白兎相手に遊んでいる最中だ。 

 

 木の枝を放り投げて『取ってこい』をやっている。

 一応白兎に言い含めておいたから、急に白い流星になって空中でキャッチすることもない。

 ピョンピョンと普通の機械種ラビットのように跳ねながら木の枝を追いかける。





 そんなことをしながら時間を潰すこと30分程度。


 ようやく現れた担当者は、30手前くらいの男性。

 迷彩色のジャケットを着て、後ろにはコブリンらしい機械種を連れている。


 この人が担当者・・・ひょっとしてこの村の領主なのであろうか?



「おやおや、随分と可愛らしいお客さんだな」


 口元を皮肉気に歪めて、こちらに無造作に近づいてくる。


 少しばかり軽薄な感じだが、猛禽類を思わせる鋭い表情。

 やせ形だが、それなりに鍛えてはいる様子。

 筋力よりも瞬発力を優先しているのだろう。 

 歴戦の猟兵に良くいる斥候タイプのように見える。


 

「あー、すみません。ちょっと退屈だったもので。狩人のヒロです。こっちは相方のエンジュ」


「す、すみません。騒がしてしまって」


 顔を真っ赤にして殊勝な態度のエンジュ。

 そこまで恐縮にしなくてもよいと思うけど。


「いや、子供は元気がある方が良いからね。それに機械種へ命令を下すのも訓練の一環じゃないかな」


 随分物分かりの良いタイプのようだ。

 鋭い目つきだけど、雰囲気は随分と柔らかい。

 見た目は渋めの二枚目だけど、わざと2.5枚目くらいを演じているみたいな感じ。

 近所の人の良いお兄さんってとこかな。


「あー、俺はベネルってんだ。一応この村の副村長みたいなものさ。よろしくね。えーと、用件は補給だって?」


「はい、実は途中で水が無くなっちゃいまして・・・それで水を補給させてもらえないかと」


「ああ、水ね。俺もうっかり忘れてしまったことがあったよ。酒ばっかり買っちゃって、後でめちゃめちゃ怒られたなあ」


 頭を手でボリボリと掻きながら懐かし気な顔をしているベネルさん。


「それで借金までさせられてさ。水が出る水瓶を買わされたんだ。酷いと思わない?」


「はあ」


「どうせ買うんだったら、酒が出るヤツがいいに決まっているのに・・・まあ、値段は10倍20倍どころじゃないけどさあ」


「はあ」


「知ってる?酒が出るマテリアル錬精器のことを中央では『酒瓶』って言うんだよ。この辺境じゃあ、液体がでるものは全部『水瓶』って呼んでるから、俺も初めは混乱しちゃってさあ」


「はあ、あの、それで、水の補給は・・・」


 この人、話好きなのか。

 聞いてもいないことをペラペラと話されても、反応に困ってしまうんだけど。


「ああ、ごめん、ごめん。久しぶりの外からの客人だったから、つい話し込んじゃったね。いいよ。水くらい。あとで『井戸』に案内するからさ」


「あ、ありがとうございます。きちんとマテリアルは払いますので」


「いいよ、いいよ。2人分くらい水だったら・・・、でも、ちょっと、こっちもお願いがあってさ。できれば聞いてほしいことがあるんだけど」


「え、お願い?」


「そ。お願い。詳しい話はうちの村長がするから、ついてきてくれない?」


 実に軽い感じで誘ってくるベネルさん。

 『ちょっとその辺の喫茶店でお茶でも』といった雰囲気だ。


 思わずエンジュと顔を見合わせる。

 エンジュはちょっと強張った顔になってしまっているが。

 

 まあ、こっちからお願いしたこともあるし、聞くだけなら別に構わないんだけど。


「エンジュ?」


「・・・うん。アタイはヒロについていくから」


 エンジュの指が俺のパーカーを軽く抓んでいる。

 その様子から不安を感じているくらい分かる。


 おそらくエンジュは過去に開拓村で嫌な目にあったことがあるのだろう。

 それでも俺を信頼して判断を任せてくれるようだ。



「分かりました。聞くだけなら問題ありません。受けるかどうかまでは保証できませんけど」


「はははは、随分予防線を張るねえ。大丈夫。そんな大したことじゃないよ。狩人で機械種使いの君にならね」


 ベネルさんはニヤッと少しばかり胡散臭そうな笑みを浮かべる。

 『狩人』と『機械種使い』を強調するってことは、多分、機械種関連の依頼だとは思うのだけど。


「さあ、どうぞ。わが村に案内しよう。・・・ああ、まず車だね。駐車場はこっちだよ」


 くるっと身を翻して、村へと戻っていくベネルさん・・・とその後ろをついていく機械種コブリン。


 どうやら掴みどころのない人のようだ。

 でも、あんまり悪い人には見えないな。

 もちろんそう見えたからといって油断をするわけではないが。


「ヒロ、行かないの?」


 エンジュが少し固い声で呼びかけてくる。

 

「ああ、そうだね。後についていこうか」


 エンジュと一緒に車に乗り込み、ベネルさんの後を追う。 


 できれば、簡単なお願い事であることを祈りながら。


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