第210話 関係


「お、上手い上手い!あとはボルトを締めるだけだね・・・、違う違う!そっちのボルトじゃなくてタイヤを固定するボルトのこと!」


 何やっているんだろう?

 中からエンジュが誰かに話しかけている声が聞こえてくる。


 ゴブリン討伐の細かい打ち合わせを終わらせて、車を駐車した小屋までエンジュを迎えに来たのだ。


「コラッ!ハクト、ボルトが怖がっちゃっただろ!」


 んん?

 何だ、白兎とお話ししているのか。

 しかし、どういうやり取りだ?


「おーい、エンジュ!今帰ったよー」


「あ、ヒロ!お帰りなさい」


 小屋に入るとエンジュ、白兎、ボルトがお迎えをしてくれる。

 エンジュが駆け寄ってきて、白兎が俺の周りとピョンピョン飛び回り、ボルトが俺の抱えた荷物を受け取ってくれた。


 うーん。なんか帰宅したお父さんの気分。









「え、白兎が車のタイヤ交換ができるようになったの!」


「うん!びっくりしたよ。ラビットって器用なんだね」


 小屋から出て、割り当てられた宿泊所に向かう最中だ。

 

 もう辺りは真っ暗。

 すでに村の中は人気も無く、歩いているのは俺とエンジュ、白兎のみ。


 ボルトは念の為、車を置いてある小屋の見張りで置いてきた。

 エンジュの話では、こういった困窮した開拓村では、旅人の荷物を盗もうとする村人もいるらしいから。


「初めは、じっと見ているだけだったけど、そのうち道具を取ってくれるようになって、簡単に車の仕組みを教えていったら、どんどん吸収していって・・・」


 いつの間にか白兎は簡単な車の点検と、荒野の走行中に起こりがちな故障への緊急修理等をマスターしていったらしい。

 

 いや、兎が車の点検ってどういうこと?


「凄いね。整備ができる機械種ってヒューマノイドタイプのドワーフなんかが有名だけど、ラビットも教え込んだらできるようになるんだね」


 ニコニコと嬉しそうなエンジュ。

 いや、うちの白兎は特別製だからね。


「明日、時間があったら動力部回りの修理について説明しておくね」


「いや、明日は白兎を連れて狩りに出ないといけないから」


「え!狩り?」


 エンジュに村長から受けたお願いについて話す。


 ゴブリンの群れの討伐を請け負ったこと。

 明日朝、べネルさんと一緒に森に向かうこと。

 森の中を散策しながら群れを探すから、明日は丸一日かかるかもしれないこと。

 ただし、群れを見つけられなくても明後日にはこの村を出発すること。


 俺の説明を聞いて、エンジュの顔がどんどん曇っていく。


「大丈夫?ヒロの強さは知っているけど・・・」


「大丈夫、大丈夫。車の荷室の獲物を見ただろ。俺はオークも狩ることができるんだぞ」

 

 ゴリンどころか、オークの群れだって余裕だろう。

 いや、オークどころかオーガの群れだって簡単に蹴散らせる。


「うん・・・、でも気をつけて。どんなに強くたって、機械種の一撃を喰らったら普通の人間は死んじゃうから」


 普通じゃないから大丈夫・・・とは言えないな。

 君に俺の秘密は話せなくなってしまったから。


 ・・・あの時までは、俺の秘密を少しずつ明かしていこうと思っていたのに。



「できるだけ気を付けるよ。まあ、白兎もいるから不意打ちを喰らうことはないだろうし・・・なあ、白兎」



 ピョン



 俺の言葉を受けて、その場でピョンと飛び上がる白兎。


 うーん、頼もしい。



「プッ」


 その様子になぜか噴き出すエンジュ。

 え、そこ笑うところ?


「ごめん、ヒロとハクトがびっくりするくらい息が合ってたから」


 そりゃ、俺の最先任、且つ、筆頭従属機械種、兼、俺の宝貝だからな。


「ヒロとハクトって何かよく似てるね。従属している期間が長いと、機械種は主人に似てくるって本当だったんだ」


「いやいや、俺が白兎を従属してから1週間も経っていないぞ」


「ええ!!そんなに息がピッタリなのに!生まれた時から一緒くらいに長いのかと思ってた・・・」


 エンジュは意外なほど驚き顔だ。

 まあ、それだけ俺と白兎の相性がピッタリだからだろう。

 悪い気はしないな。




 そんな和やかな会話をしながら月明りの下、俺とエンジュは村の中を進んでいく。

 

 すでに俺のエンジュへの憎悪はすっかり消えてしまったようだ。

 相変わらず俺は女の子と会話をしているだけで、好感度が上がっていく仕様らしい。


 しかし、エンジュへの不信感はまだ拭えていない。

 イザという時に裏切るかもしれないのだ。

 どのようなタイミングで、どれくらいの利益があれば、どんな切っ掛けで俺を裏切ろうとするのか分からない。

 それは思ってた以上に俺にとって不安材料になっている。


 エンジュとは友人にはなれても、それ以上関係を進めていけそうにない。

 一時の同行者なら構わないが、一生の苦楽を共にするパートナーにはできない。

 やっぱりエンジュとは早めに別れた方が良いのだろうな。

 







「あ、ここみたいだ。白い壁の家ってここしかないようだし」


 ベネルさんから指示された白い壁の家。

 商人なんかが来た時に泊まる家らしいけど。


「お邪魔しまーす」


 一軒家には少し小さい程度の家だが、扉を開けてランプをつけると、


「せま!!」


 中は思わず声が出るくらい狭い部屋だった。


「え、どうしたの・・・うわ、何、この荷物?」


 部屋的には1DK8畳間くらいの広さだろうが、その半分以上を木箱に占められている。


「何だよこれ?まあ、何とか2人くらいなら寝れそうだけど・・・」


「車の中よりマシだからいいんじゃない。しょうがないよ」


 あまりの狭さに憤りを隠せない俺だが、エンジュは淡々と荷物を置いて、部屋の中の片付けに移っている。


「まあ、2,3日のことだからなあ」


 これが1週間ならこの荷物を全部七宝袋へ収納してやるんだが・・・


 







 ある程度部屋を片付けたところで、夕食の時間。

 ベネルさんから貰ったブロックを袋から取り出す。


「あーあ、これはシリアルブロックか」


 この色は間違いないな。チームトルネラ時代に嫌という程食べたぞ。

 まだ俺のナップサックの中には、上位のブロックが残っているけど、イザという時の為にある程度残しておきたいし。

 せっかくベネルさんがくれた物だから今日はこれを食べておこうか。


 ・・・それにしても気が進まないなあ。


 嫌な顔をする俺を見て、エンジュが一言物申してくる。


「ヒロはちょっと贅沢だよ。アタイが開拓村にいた頃は、シリアルブロックってご馳走だったんだから」


「でも・・・なあ・・・・・・、エンジュ、食べる?」


 俺が手に持ったシリアルブロックを差し出すと、エンジュにムっとした顔を向けられた。


「ヒロ!明日は狩りなんでしょう?しっかり食べなきゃダメでしょ!」


 わあ、何かお母さんに怒られてるみたい。

 これは俺が悪いんだけど。


 観念してシリアルブロックに目を向けるが、やっぱり食欲が湧かない。

 多分、もう飽き飽きしているんだろうなあ。


 でも、今更袋の中の上位ブロックを取り出すのもカッコが悪いし。


「ヒロ。普通、開拓村じゃあ、シリアルブロックだって滅多に食べられないんだからね。主食はあのマッドブロックっていうところもあるんだよ」


 聞き分けの無い子供を諭すように、エンジュは開拓村の食料事情を話してくれる。


「マッドブロック・・・、なんか良く聞く名前だな。食べたことないけど、そんなにマズイの?一応食べ物なのだろう?」


 エンジュはそんな無知な俺からの質問に、ちょっと眉毛を中央に寄せてこっちを睨んでくる。


 そして、何を思ったか、立ち上がって自分の袋をゴソゴソし始めて、取り出してくるのは・・・


「はい、マッドブロック。アタイの最後の最後で食べようと思った保存食。結局食べなかったけど」


 ちょっと怒ってます?エンジュさん。


「食べるのだったら、残すの禁止だから。最後まで食べなよ」


 プリプリしながらマッドブロックを渡してくるエンジュ。


 俺はそれを恐る恐る受け取り、目の前に持ってくる。


 外の包み紙を剥がすと、マッド(泥)の名に相応しい焦げ茶色のブロック。


 臭いは・・・ほとんどない。


 うーん。これを食べるのか・・・


 チラッとエンジュを見ると、ジト目で俺を見つめたまま。


 エンジュはああ言ってたけど・・・ 

 まあ、それでも一応食べ物なんだよな。

 チームトルネラのメンバーでも開拓村にいた時は食べてたって言ってたし・・・

 毒じゃないんだったら普通に食べるくらいはできるだろう。





 パクッ




 それは・・・


 正しく、泥のような味。


  

 真っ先に舌が感じたのは苦み。

 それも野菜等の苦みとは違う、痛みさえ伴う刺すような苦み。

 

 思わず戻しそうになったが、反射的に口を手で押さえる。


 口いっぱいに唾液が広がり、強烈な苦みを和らげようとするが、逆に苦みが口の中全体に行き渡る結果に終わる。


 ヤバい!

 これはヤバい!


 この物体を舌の上に置いているだけで、じわっと冷や汗が滲みるほどの不快感が襲ってくる。


 早く、早く飲み込まなくては・・・


 そう思って物体を噛みしめたところ・・・


 ジャリ、ジャリ


 砂を噛みしみたような不快な歯ごたえ。

 ぞわっと背中が泡立つような感覚。


 あ、これはもう駄目だ。

 絶対無理です。


 思わず意識が遠ざかってしまいそうになる。


 

「ヒロ!ほら、ここへ出して」


 俺の表情から限界と見たエンジュが、俺の元に紙袋のような物を差し出してきた。


「うえ、うえ、ぺっ、ぺっ」


「はい、お水。これで口を洗って」


「あ、ありがとう、エンジュ」


 その後もエンジュは甲斐甲斐しく水に濡らした布で俺の口元を拭ってくれる。


「ヒロ、分かった?シリアルブロックがどんなに美味しいのか。それでマッドブロックがどれほどの味か」


「はい・・・肝に銘じます」


「・・・開拓村では食べ物って言ったら、これとウィードブロックしかないの。ウィードブロックも酷い味だよ」


「はい・・・俺達は恵まれています」


「うん。じゃあ、シリアルブロックを一緒に食べよう」


「はい、いただきます」


 そして、2人でシリアルブロックを仲良く食べました。






 あれ?

 俺とエンジュってこんな関係だったっけ?

 あと、エンジュさん。

 何かちょっと性格変わっていません?


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