第188話 エピローグ6(終)


 俺が捕獲した機械種ロキは果たして本体なのか?


 これは囮で、本体はこの近くで俺を見張っているのではないか?





 機械種ロキのような、狡知と智謀に長けた敵キャラが、そんな簡単に自分の身を危険に晒して、あまつさえあっさりと捕まえられて大人しくしている。


 そんな都合の良い話は漫画にだってありはしない。


 どちらかというと、実はそれは擬態で、主人公達はそれに騙されて、後で痛い目をみるという筋書きが多いような気がする。


 読者が、『何で気づかないんだよ!』とか、『そこはきちんとトドメを刺しておけよ!』と叫ぶまでがセオリーだ。



 そもそも北欧神話におけるロキは、バルドルと同じく卓越した魔術の使い手で、特に変身術や人を騙すような術を得意としていた。


 あの分身を見るに、ゴムのような外皮を使い、自身の一部を使って操作することで、そういった魔術を行使しているように見せかけているのだろう。


 では、俺が捕獲した機械種ロキの生首は、アイツが作り出した偽物・・・若しくは、本体は別にあるという可能性がある。


 そして、生首を囮にして、本体だけ逃げ出した。

 

 問題は、そのままこの場を離脱したのか、それとも、まだ留まって俺の様子を見張っているのかだが・・・



 おそらくあの性格から、まだこの近くで俺を見張っているような気がする。

 

 北欧神話のロキも好奇心が強く、そのおかげで様々なトラブルを引き起こすほど。

 その性格も模しているのなら、この後、俺がフェンリルとどのように戦うのかを見届けたいと思うはず。




 さて、この近くにいるならどうやって機械種ロキの本体を発見するかだ。


 厄介だな。

 もし、本体が別の姿で隠れているのなら、白兎がココにいない今、俺には見つけようがない。

 

 それでも探そうとするなら・・・


 打神鞭の占いを試すしかないか。







 七宝袋から打神鞭を引き抜き、事情を説明して助力を頼む。

 もちろん口には出さず心の中で語り掛ける。

 コイツとのやり取りをいちいち口に出していたら、傍から見たら棒に話しかけている頭のおかしい人になってしまう。

 


 打神鞭は、最初は寝ぼけた様子で『んあぁ?』っとした感じだったが、ロキの名を伝えた途端、前のめりになって自分に任せろと言ってくる。



 お前、ロキと何か因縁でもあったのか?


 ……え、何々?

 ロキは策謀を得意とするキャラなので、同じく策謀を得意とする自分としてはライバル心のようなものを抱いてしまう?


 いや、それはお前の持ち主であった太公望のことだって、お前のことじゃないだろう・・・


 ・・・・・・・・・・


 はい、はい、分かった、分かった。

 自分は大公望を象徴する宝貝なので、太公望本人の代わりとして、自分はやらなければならないっていうお前の意気込みは分かったから。


 俺が保有している宝貝の中で、ここまで自己主張が激しいモノはコイツだけだ。

 他の宝貝は秘めたる思いはあるものの、七宝袋の外まで訴えかけてくる程の主張はしてこない。

 何か他の宝貝と違うところがあるのだろうか?

 確かに『打神鞭』は、宝貝が多数登場する『封神演義』の中で、主人公たる太公望が保有していた宝貝だ。

 それなりのプライドというものがあるのかもしれないけれど・・・



 まあ、多少ウザくて煩いところはあるが、俺の頼れる宝貝に間違いはない。



 じゃあ、頼んだぞ、打神鞭。

 この周辺に隠れている機械種ロキを見つけ出してくれ。









 


 俺は打神鞭に従って、打神鞭を上空へと投擲する構えを取る。

 

 空には煌々と輝く月が雲の合間にたたずんでおり、まるで月に向かって杖を投げつけるような体勢だ。


 中国の神話には太陽を射抜いた羿(ゲイ)という英雄が登場するけど、その後は不幸が重なるように襲いかかり、最後は弟子に殺されるという結末に終わる。

 

 それだけ天に歯向かうという行為は許されないということかもしれないが・・・


 流石の俺でも月にまで攻撃を届かすのは不可能だ。

 槍投げでも精々、成層圏辺りまでが限界だろう。


 俺は天に手を伸ばすつもりも、月を独り占めするつもりも、星々を駆け巡るつもりもない。そんな大それた望みなんて抱いていない。

 俺の望みは地上に存在するモノだけで十分だ。


 だから、せめて俺の周辺は安全で穏やかな日常でいてほしい。


 その為には・・・機械種ロキ!

 俺の幸せを壊すかもしれないお前の存在は、決して許容できるものではないのだ。




「よし、行け! 打神鞭! 機械種ロキを指し示せ!」




 ビュンッ!!




 思いっきり打神鞭を上空に向けて投げつける。



 正に雲を突き破らんとするかのような勢いで、一直線に空まで昇りつめる打神鞭。


 夜空の闇に紛れて、そのまま姿を消してしまうと思いきや・・・




 

 ヒュンッ!!





 空から振り下ろされた一陣の白い閃光。

 

 それは天より放たれた不届き者を滅する神罰の矢。


 雲の合間から発射されたかのようなその白い閃光は、俺の方向に向かって落ちてくる。


 いや、少し俺からズレるか。

 

 どこだ?





 ドン!!





 俺から20m程離れた草むらへと着弾。


 遥か上空から落ちてきた割には衝撃は少ない。


 ひょっとして、落ちきたのは打神鞭か?

 あの落ちてきた場所に機械種ロキがいるのか?


 空から光なんかを放ってスポットライトのように照らしてくれるのかとも思っていたが、随分直接的な占いだな。

 探し物を占い師に頼んだら、いきなり周辺を探し回り、『これです』と見つけて差し出してくれたみたい。





 その場に駆けつけて、打神鞭が落ちた辺りの草むらをかき分ける。


 確かこの辺りだと思うけど・・・・



 あ、打神鞭!


 打神鞭は草むらの中、まるで墓標のように地面に突き刺さった状態だ。


 そして、その根元を見ると、何かを地面に縫いとめるように貫いていて・・・




 その何かは・・・例えるならネズミに近い。


 胴体部分は尻尾も含め20cm程しかなく、機械種ラットよりも小さい。


 特徴的なのはその頭部。

 ネズミの頭の部分が丸々赤い球体に置き換わっている。

 そして、その赤い球体を囲むように透明な水晶がひっついており、まるで巨大な目玉のよう。



 この赤い球体は・・・紅石?いや、緋石と言うべきか。


 ということは、この小動物が機械種ロキの本体?





 打神鞭はその胴体を貫いており、機械種ロキの本体とみられる小動物は完全に活動を停止しているようだ。


 俺はゆっくりと手を近づけて、緋石と思わしき頭部を掴む。


 

 ボキュッ



 お、頭ごと取れた。

 随分脆いな。

 元々、突き刺さった衝撃もあったのだろうが。

 


 手に取った緋石をしげしげと眺めてみる。


 バルドルから入手した緋石よりも小さいが、中に内蔵するエネルギーは決して劣るモノではないように思う。


 

 なるほど。

 機械種ロキは分身を作り出したゴムのような表皮を自在に操る。

 この小さい身体であれば、ゴムで表皮を作り出してその中に潜り込むことができる。

 猫の表皮を作り出せば猫に、犬の表皮を作り出せば犬になる。

 北欧神話のロキが得意とする変身術を、そうやって再現しているのだろう。



 

 機械種ロキの緋石をそれを囲む晶石ごと七宝袋へ収納。

 そして、突き刺さった打神鞭を引き抜き、胴体部分も収納する。


 これで機械種ロキとの戦闘も終了だ。

 

 





「よくやったな、打神鞭。後で体をタオルで拭いてやろう」


 七宝袋へ収納する前に、打神鞭に労いの言葉をかける。

 

 対する打神鞭は、その労いでは足りないとばかりに追加の要求を突き付けてきた。



 え、磨く時は、オイルを使えと?

 俺の部屋のゴルフバックの中に、アイアンを磨く用のアイアンオイルがあったはずだから、それを使って磨けと?

 

 なんでお前が俺の部屋の中のモノを知っているんだよ!

 しかも、そのオイル、クラブを購入した時におまけでつけてくれた物で、言われるまで俺もその存在を忘れていたぞ!


 俺の追及に、そっぽ向いて下手な口笛を吹く打神鞭・・・・・・いや、そういうイメージを送り込んできているだけだけど。


 まあ、コイツを締め上げるのは後でもいいか。


 それより、早くヨシツネと白兎の所へ行こう。

 レジェンドタイプであるヨシツネと宝貝と化した白兎でも、超重量級であるフェンリル相手では骨が折れるはず。

 

 俺は打神鞭を収納すると、代わりに莫邪宝剣を取り出して、最後の戦場に向かって駆け出した。

 

 

 








 まず超重量級であるフェンリルの巨大さには圧倒された。


 莫邪宝剣を持っていなければ、その威圧感に飲み込まれてしまい、攻撃しようという気さえ失せてしまったかもしれない。


 未来視における魔弾の射手ルートで、数々の超重量級を葬ってきた俺だが、それはあくまで夢の中の出来事のこと。

 

 ゲームの画面で巨大ボスと戦うのと、現実世界で巨大怪獣と遭遇するのは、全く異なるモノなのだ。


 魔弾の射手では、少しずつ大きい機械種と相対することで、巨大さから生まれる威圧感に慣れていくという訓練を行ってきた。


 他の猟兵団の従属する機械種の胸を借りたりすることもあったし、実戦で相手にすることもあった。


 そうやって恐怖心を麻痺させていくことにより、何十メートルもの巨大な機械種に立ち向かうことができるようになったのだ。






 しかし、実際戦闘に入ってしまえば、その大きさもそれほど気になるモノではなくなってしまう。


 事実、超重量級の機械種フェンリルとの戦闘は、それほど苦戦するものではなかった。


 その巨体を沈めるのに、かなりの時間を要してしまったが、物理に対して無敵である俺が前面に立ち、転移を繰り返すヨシツネが要所要所を破壊。白兎が飛び回って挑発を繰り返し、隙を見つけては俺が莫邪宝剣で切りつける。


 超重量級はその巨体ゆえか、空間障壁を自分の身を守る為に展開するのは非常に困難だ。

 自分の装甲を貫ける攻撃に対する防御は、空間障壁より性能が劣る力場障壁か、流体操作による気流障壁しかない。


 それくらいであれば莫邪宝剣の敵ではなく、まるで溶けかけたバターへナイフを入れるがごとく、ズバズバと装甲を切断していくことができる。


 そうやって関節部分や脚部を破壊していけば、そのうち動きが鈍くなり、そうなってしまえば、後は投擲宝貝による的にしかならない。


 本来なら莫邪宝剣を使っている時は、その闘争を煽る高揚感に突き動かされるように接近戦を選んでしまう。

 しかし、戦闘後半になると、戦闘ではなく解体作業になってしまった為、莫邪宝剣も俺も飽きてしまった結果、最終的には金鞭による頭部への電撃でトドメを刺すこととなった。





 そういや魔弾の射手の時も、超重量級のトドメを刺すのが苦労したな。

 なにせ図体がデカいから活動停止まで追い込むのが大変なんだ。

 

 

 完全に地に伏したフェンリルの頭上で、そんなことを思い出す。


 倒した超重量級の上に乗って勝利を祝うのは、その戦闘に参加した者だけの特権なのだ。


 魔弾の射手で俺が初めてたった一人で超重量級を倒した時も、この状態で駆けつける仲間達を迎えた。


 地上から俺を見上げるアテリナ師匠、ジャネットさん、ドーラさん。


 皆、口をポカンと開けて驚いていたな。


 思えばあの時が最も俺が輝いていたと思える瞬間だった。



 懐かしい光景を思い出しながら感傷に浸っていると、白兎がフワフワと浮かびながら、俺の傍に寄ってくる。


「白兎か?お疲れさん。よく頑張ったな・・・んん?ヨシツネもか?」


 その後ろにはヨシツネが居て、浮かんでいる白兎を不思議そうな目で見つめている。


「どうした?2人して」


「いえ、白兎殿がこちらにくるようにと・・・、それより白兎殿はいつの間に飛べる様になったのでしょうか?マテリアル重力器の発動も感じませんのに、なぜ宙に浮いているのでしょう」」


「ああ、まあ、これは・・・、また、後で説明する。時間があるときにゆっくりとな・・・で、白兎、何の用なんだ?」



 白兎は俺に向かって前脚を1本前に差し出してくる

 ちょうど俺の胸辺りを差すように。 

 

 それはまるで握手でも求めているような・・・

 

 ああ!!

 なるほど!!


 俺も拳を作って、軽く白兎の前脚に触れてやる。


「おい、ヨシツネ。お前もだ」


「は?はあ、承知致しました」


 戸惑いながらもヨシツネも拳を前に出して、3人が拳を突き合わせる形になる。


 そして、俺が一言。



「我ら悠久の刃の勝利!」



 鬨の声をあげて、俺達3人の勝利を祝う。


 白兎は耳をグルングルン回転させている。

 その様子から喜んでいるような雰囲気が伝わってくる。


 そうか・・・ひょっとして、白兎はずっとこれがやりたかったのかもしれないな。

 何回か俺がチームトルネラのメンバーと拳を突き合わせているのを見て、羨ましかったのだろう。

 今までは前脚が届かないからできなかったけど、今は宙に浮かぶことできるようになった。


 これからは大きな勝利の際には、3人でこのポーズを決めることにしよう。







 さて、お楽しみの宝箱ガチャといきますか。


 超重量級は他の機械種と違って、その晶石と残骸だけがお宝ではない。

 もちろん、その思考回路である晶石、動力部分のマテリアル収束器やマテリアル燃焼器、武装の一部となっているマテリアル精錬器も非常に価値の高いモノだ。

 しかし、それよりも価値の高いモノが超重量級から出現することが多い。



 そう!

 超重量級の中に宝箱が眠っていることが多いのだ。

 それもかなりの確率で発掘品やそれに匹敵する高価な宝が入っている。



 これを俺は宝箱ガチャと密かに呼んでいた。

 まあ、いかに歴戦の猟兵と言えど、ガチャと呼ぶことができるくらいに超重量級を倒しているのは俺くらいだったけど。


 だいたい、胸の中央か、腹部辺りにあることが多いんだよな。


 力任せに装甲をバリバリと剥がしていき、物欲に任せて掘り進む。


 

 



 そして、出てきたのは宝箱が3つ。


 小さいの、四方が30cmにも満たない大きさだ。

 中くらい、これは前にダンジョンで出てきた宝箱と同じ物。

 大きいの、一辺が3m近い大きさのコンテナ。


 正に小、中、大だな。

 まず小さい方から開けていくか。

 さて、宝箱と言えば・・・・

 


「白兎!頼んだぞ」



 ピョン!



 白兎は器用にも空中で一跳ねして、小さい宝箱に飛びつく。


 そして、前足の爪を伸ばし、鍵穴に突っ込んでガチャガチャと音をたてはじめる。


 その少し後ろでその様子を眺める俺とヨシツネ。


 しばらく白兎の作業を眺めていたが・・・


 




「結構時間がかかるんだなあ」


 もう10分以上経っているような気がする。

 前は1分もかからなかったと思うんだけど。


「かなり複雑な罠なのでしょう。あれ程の上位の機械種から出てきたのですから、相当難易度の高いモノなのかもしれません」


 ヨシツネが白兎先任へのフォローを入れてくる。

 別に白兎の実力を疑っている訳ではないが。


 前のはダンジョンの最奥だったけど、ストロングタイプを倒して出てきた宝箱だからか。

 あの超重量級の中でも最上位に近いと思われるフェンリルと比べたら、ストロングタイプといえ、雑魚レベルになってしまう。


 であれば、あの宝箱の中身はかなり期待ができるはずだ。




 

「それにしても、ヨシツネ。外装が大分傷んでいるな」


「ハッ、申し訳ありません。集中砲火を浴びまして、どうしても防ぎきれなかった物がございました」


「いや、責めている訳ではない。相手が相手だ。仕方が無い。それよりも、どうやって修理するかなんだが・・・」


「これくらいの損傷であれば、時間さえ頂ければ自動修復致します」


「え、それ凄いな」


 再生能力?リジェネ持ち?いや、この場合は自動修復持ちと言うべきか。


「体内のマテリアル精錬器を使用しまして、外装の傷を埋めていくだけですから。流石に四肢の損傷は直せませんが、小傷くらいなら問題ありません」


 ふむ。治るのは切り傷、擦り傷、打撲くらいということか。

 でも、部位欠損は修復が難しいと。


 うーん。早めに従属する機械種の修理方法を見つけておかないとな。

 七宝袋の中に収納している機械種ビショップって回復魔法は使えないのかな?


「あと、もう一つ申し上げなくてはならないことがございます。実は・・・体内のマテリアルの消費が激しく、そろそろ戦闘にも支障が出始める段階となりました」


 ヨシツネが言いにくそうに報告してきたことは、俺が最も懸念していたことだった。


「マジか・・・。確かに今まで全くの無補給だったからな」


 いきなりの朱妃との戦闘から始まって、兎狩りに、黒爪団で一暴れ、チームブルーワでも刀を振るい、追跡・偵察までこなしてくれた。


 トドメは朱妃を上回る上位機械種と、超重量級との2連戦。

 おそらく、この戦闘で大半のエネルギーを使い果たしたに違いない。


 

 ヨシツネの好意に甘えて、全く補給を考えてこなかった俺のミスだ。

 ヨシツネはこんな俺の扱いにも良く耐えて、忠義を尽くしてくれた。


 ならば、ここは俺の全財産を叩いてでも忠義に報いなくては・・・



「さて、俺の手持ちは・・・」


 ディックさんから貰ったマテリアルカード2050M。

 アデットから貰ったマテリアルカード2000M。


 これが俺の全財産だ。あくまで現金だけの話だが。



「・・・申し訳ありません。これでは一戦闘分にも・・・」


 肩を縮こまらせて、申し訳なさそうにするヨシツネ。


「そ、そうか・・・、足りないのか」


 日本円にしたら約40万円。

 車の維持費だとすれば十分以上なんだが。

 しかし、これでも全く足りないとは・・・なんてお金のかかる子なのかしら。

 

 まあ、戦車の維持費なんて、年間何千百万というからそんなものなのだろう。

 戦闘機なんか、1年間で何億とかだったと思う。

 戦力の維持の為にはとにかくお金がかかるのだ。





 マズイな。

 財産的には十分に賄える資産を保有しているが、現金化できるかどうかが全く分からない。


 紅石を普通の商店に持ち込んだら、間違いなく大騒ぎになるだろう。

 しかも、大騒ぎされるだけで済めば御の字で、最悪そのまま難癖つけられて没収されるかのしれない。

 そうなってしまえば、俺の中の内なる咆哮により、虐殺祭りが始まってしまう。



 仕方ない。

 当面はオークやコボルトの残骸を換金していって、少しずつ貯めていくしかないな。

 ある程度貯蓄できるまで、ヨシツネには七宝袋の中で休んでおいてもらうことにしよう。





 ガチャッ





 そんなやり取りの中、ようやく宝箱が開いた音が響く。


 その場でピョンピョン飛び始める白兎。


 褒めて褒めてと、まるで犬が飼い主を呼んでいるかのよう。



「おー、よしよし。良くやったぞ、白兎」



 白兎の頭を撫でてやりながら、空いたばかりの宝箱を覗き込む。



 そこには・・・




 10cm程の大きさの青い石・・・蒼石か!




 恐る恐る宝箱から蒼石と思わしきモノを摘み上げる。



 ラグビーボールのような楕円を描く平べったい石。


 澄んだ湖のごとく透き通った蒼。


 それは正しくブルーオーダーを引き起こす蒼石。

 それも見たことが無いほどの上位のモノ!



「これは・・・一体何級なのだろう?」


 指でつまんで目に近づけてみる。


 大きさからいって、間違いなく3級以上・・・もしかしたら2級をも上回るかも。


 であれば、七宝袋の中のストロングタイプをブルーオーダーできる!

 こんなに早く俺が望んでいた物が手に入るとは!


 あまりの嬉しさに自然と顔がにやけ始める。


 これで俺の戦力を増やすことができるな。


 まずは機械種ビショップをブルーオーダーしたい。

 ボスに貰った緑石で司書スキルを入れ、俺の参謀として活躍してもらおう。



 


「主様、そのご様子から良きモノが出たようで?」


 ヨシツネがおずおずと尋ねてくる。


 ああ、機械種には蒼石が見えなかったな。


「俺が最も欲しがっていた物が出てきたからな。蒼石だよ。おそらくかなりの上位のものだ」


「おめでとうございます。これでまた戦力を増やすことができますね」


 ヨシツネは、ほっと安心した様子。

 自分が戦えなくなるせいで戦力を落としてしまうのを気にしていたのだろう。


 ただ、俺の足元の白兎は、なぜか少しご機嫌斜めで、耳をヘタンと垂れ下げて、俺の顔を見上げている。


 んん?白兎のヤツ・・・

 自分とヨシツネだけで戦力は十分なのに・・・とでも言いたそうだな。


「白兎、そんな顔をするな。お前の後輩が増えるんだぞ。新人が入ってきたらお前が教育するんだからな」



 ・・・・・・ビッ 

 

 ピョン、ピョン、ピョン



 俺の言葉をちょっと噛みしめて、ようやくその意味を理解した白兎は、ビッと耳を立ててその場で跳ね始まる。


 仲間が増えると役に立つ場が少なくなると思っていたようだ。


 でも、仲間が増えたら教えると言う役目が増えるということを理解して、後輩ができることを歓迎してくれる様子。


 そして、一しきり跳ね終わった後、白兎は残りの宝箱に向かってピョンピョン跳ねていく。


 相変わらず俺の役に立ちたいという一心なのだろう。

 俺はどうやってコイツ等の奉仕に報いてあげられるのだろうか。





 俺がそんなことを考えていると、ヨシツネが心配げに進言してくる。


「主様、残りの2つの宝箱なのですが、どちらからもマテリアル空間器の波動を感じます。どうやら空間系の罠が設置されていると思われますが・・・」



 え、空間系の罠・・・・・・テレポーターか!

 ヤバい!



「白兎!ストップ!ちょっと待って。開けるのは一時中止だ!」



 俺の突然の叫び声に、首をクルンと回して振り返る白兎。



「いや、楽しみは後に取っておきたくてな。白兎の活躍はもっと明るい所で見たいということもあるし・・・」


 取ってつけたような理由だが、やる気マンマンの白兎の心を傷つけるわけにはいかない。


 突然、宝箱の開封を延期したのは、嫌な予感がした為だ。

 別に仙術の占いとか、未来視とかは関係ない。

 単に俺の経験則によるフラグ回避にすぎない。


 物語が一段落する時、次章へ続く引きとする為に、大きなトラブルが起こるというイベントがある。

 その中に、パーティー分散型のイベントというものがあり、転移型の罠や、相手の術によりパーティーがバラバラの状態で各地へ飛ばされるというものだ。


 それまで一つの単位であったパーティーがバラバラになることにより、普段とは違った場面でのキャラの個性を見せることができたり、普段絡まないメンバーと強制的に組ませることができたりする。


 ヨシツネに空間系の罠と聞いて、真っ先にそれが頭に浮かんだのだ。


 別に白兎が罠外しに失敗するかもと思ったわけではないが、結果的にそうなってしまうことも考えられる。


 罠を外そうとしていたところへの第三者の介入・・・

 宝箱に罠が自動で発動するように仕掛けられていた・・・

 


 

 ここまできて、パーティーがバラバラになるなんて絶対嫌だ!

 



 もちろん、俺の考え過ぎだとうことも分かっている。


 しかし、俺では対処できない空間系の罠という相手に挑むには、今のコンディションが最悪なのだ。


 ヨシツネはこれ以上の戦闘は難しく、白兎も新たな力に目覚めたばかり。

 俺も連戦が続いて体力的にはともかく、精神的な疲労が蓄積している。

 

 なにより、最後の頼みの綱である打神鞭の占いを、今日はもう使い切ってしまった。



 別に宝箱が逃げるわけではない。

 少し落ち着いてから、改めて白兎の妙技を見せてもらうことにしよう。



 残りの宝箱2つに近づいて七宝袋へ収納する。


 あれだけの大きさの物が一瞬で小袋の中に収納されるのは、何回見ても不思議なものだ。


 白兎は腕を振るおうとした宝箱が無くなったので、不安そうにこちらを見上げてくる。


「ごめんごめん。お前にはきちんと活躍の場を用意してやるから、我慢してくれ」


 白兎を持ち上げて頭を撫でてやると、顔を胸に擦り付けて甘えてくる。


 俺の選択が間違っているか、いないかは分からないけれど・・・


 もう、今日はこれ以上のトラブルは御免だ。


 







 七宝袋から車を取り出して乗り込む。


 代わりにヨシツネを七宝袋の中へ。

 これはできるだけマテリアルの消費を少なくする為だ。


 白兎は助手席ではなく、車の天井に乗っかっている。


 ヨシツネの代わりに警戒と迎撃を担当してくれる様子。

 あの流星のような体当たりであれば、この辺りの機械種なら敵ではないだろう。


 



 ブルルルルルッ




 軽快な音を立てて車が走り出す。


 車内には俺1人だけ。


 こうやって運転席に1人ぽつんと座っていると、元の世界で営業車に乗っていたことを思い出す。

 そして、周りの風景に全く見覚えが無い状況は、初めて担当エリアを与えられた時とよく似ている。


 心が不安で一杯で、でもかけられた期待には応えないといけなくて、でも応えられるかどうか分からなくて・・・未来が見えなくなって、何もかも投げ出してやりたくなって・・・



 そんな元の世界のことに比べれば、今の状況なんて恵まれているはず。



 俺は闘神スキルと仙術スキルを備えている。

 闘神スキルは俺の身体を無敵と化し、俺の力を何十倍にも引き上げる。

 仙術スキルは不可思議な術を行使することができるようになり、また、俺の身体を飲食不要、睡眠不要の存在へと変えた。



 俺は幾つも宝貝を保有している。

 莫邪宝剣、七宝袋、金鞭、打神鞭、降魔杵、倚天の剣、九竜神火罩、混天稜、火竜鏢。

 それぞれがこの世界で至高とされる発掘品をも上回る性能を持つ。



 俺は機械種を従属させている。

 俺の最初の従属させた機械種にして、今は俺の宝貝でもある白兎。

 この世界でも従属させた者は数えるほどという、レジェンドタイプであるヨシツネ。



 俺は資産を保有している。

 コボルト、オーク、オーガ、巨狼、そして超重量級フェンリルの残骸。

 黒爪団で回収したマテリアル精錬器。

 ストロングタイプの機械種3体。

 紅姫カーリーから回収した紅石。

 そして、それを上回る機械種2体から奪った緋石。



 俺は現在物資を取り寄せることができる。

 俺はパーカーの胸ポケットから取り出せる大きさに限られるが、元の世界の俺の部屋に置いていた物を召喚することができる。

 しかも、日を跨げば数が復活するという便利仕様。

 これにより俺は個人の範囲で物資に困ることが無い。



 俺の能力はまだまだ未知数である。

 未だに俺の能力には限界が見えない。

 特に仙術には発展性があり、術を開発していくことで、今までできなかったこともできるようになる可能性が高い。

 




 この世界で俺より強い奴はいないのではないか?


 この世界で俺より色々できる奴はいないのではないか?


 この世界で俺より物資を持っている奴はいないのではないか?




 だから・・・


 だから・・・


 

 俺はこの世界で幸せになれるはずだ。


 そうに決まっている。


 だって、俺にはそれだけの力があるのだから!


 なあ、そうだろう?


 絶対そうに決まっているだろう?









 たった一人の車内では、俺の問いかけに答えてくれる人などいない。

 

 全て俺の自問自答でしかない。


 今の俺の状況では・・・


 隣にいる人を作ることができなかった今の俺では・・・


 それがこのルートでの俺の結果なのだから。









※読者の皆さま。

最終話まで拙作をお読みいただきありがとうございます。

この後は人物紹介と後日談のような物を投稿する予定です。こちらは1週間後くらいの投稿になりそうです。

その投稿が終われば一旦完結とさせていただきます。


次章の放浪編の投稿はある程度書き溜めてから投稿したいと思っておりますので、

少し期間が開いてしまいます。


ご期待をしていただいた方々には大変申し訳ありませんが、物語の完成度を上げる為、ご了承のほどをよろしくお願いいたします。

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