第182話 別れ2
「じゃあね、ヒロ。1年後を楽しみにしているから」
アテリナ師匠が車の窓越に別れの言葉をかけてくれる。
街の外れの車置き場で、魔弾の射手から提供を受けた車を受け取った。
未来視の雪姫ルートで利用した車とよく似ている。
元の世界の軽ワンボックス車といったところだろう。
4人乗りで後ろにも荷物が置けるような形状。
俺とヨシツネ、白兎が乗っても十分余裕がある。
ナップサックを荷室に置いて、運転席に俺が乗り、助手席には白兎、後部座席には一番大きいヨシツネを座らせる。
「主様。私が前に座るのが正しいかと思いますが?」
ヨシツネが申し出てくるが、何となく運転席の方が落ち着くのだ。
それに人通りが多くなれば、ヨシツネは七宝袋の中へ収納することにしている。
車置き場の管理人からも、俺みたいな武装もしていない少年が、人間型機械種を従属していることに随分驚かれたからな。
俺がヨシツネを連れて歩くのは、ある程度身なりを整えてからになるだろう。
「はい。俺もアテリナ師匠にお会いできる日を楽しみしています」
「・・・ちょっと?ヒロって何で私を師匠って呼ぶのよ?」
「あ、いえ、その・・・心の師匠っていいますか・・・」
未来視の中で何年もそう呼び続けたので、もう簡単には抜けそうにない。
「ふうん。まあ、1年後はヒロからそう呼ばれても不自然じゃないくらいに成長してやるんだからね」
「はははは、その時はお手柔らかにお願いします」
1年後には、多分、魔弾の射手はこの街を旅立っているだろう。
おそらく会うのは中央のどこかになるはず。
1年後、俺は一体何をしているのだろう。
そして、1年後のアテリナ師匠はどうなっているかな?
あ、そうだ。一言伝えておかないといけないことがある。
「アテリナ師匠!中央の猟兵団で『凶獣団』ってご存知ですか?」
「へ?ああ、何か聞いたことがあるような・・・確かあんまり行儀のよくない猟兵団だったと思うけど」
「彼等には気をつけろって、アデットに伝えてください。交渉の場で相手に襲いかかってくるような奴等ですから。それに彼らは変形型モンスタータイプの機械種、スプリガンを保有しています。初めは軽量級に偽装してますから、軽量級と言えど、交渉の場への参加を許さない様に」
「えっと・・・、分かったわ。でも、そんな情報、良く知っていたわね」
少し面食らったような表情のアテリナ師匠。
そりゃそうか。いきなり飛び出してきた他の猟兵団の秘匿事項だからな。
しかし、未来視での魔弾の射手ルートでは、散々コイツ等に苦渋を舐めさせられたんだ。
アデットが片腕を失い、ピレが盾となって散った猟兵団同士の交渉の場での出来事。
絶対に忘れられるモノか!
「では、お元気で!」
「ヒロもね。依頼達成を祈っているわ」
窓越の握手。
これがアテリナ師匠との別れの挨拶。
思い出されるのは、廃人となったジュードと2人で魔風団を離れる時の事。
あの時も、立場は逆だったが、車の窓越の握手が別れの挨拶となった。
その時感じた手の中の温もりを思い出してしまう。
「・・・んん?ヒロ、ひょっとして握手じゃ物足りない。じゃあ・・・」
俺がいつまでも手を放さないので、勘違いしたアテリナ師匠が何か言いかける。
その顔に浮かぶニヤッとした表情。
ヤバい!あれは絶対ロクでもないことを考えている時の顔だ。
「あ、いや、すみません。では、失礼しますので!さあ、46725号。隣町へ向けて出発だ」
「リョウカイシマシタ」
「ああ、もう!」
慌てて手を放して、車を出発させる。
ブルルルルルッ
軽快なエンジン音が奏でられ、車がゆっくりと走り出す。
運転席の窓から見えていたアテリナ師匠の姿を、あっという間に後方へ置き去りにして。
バックミラー越しに、頬を膨らませているアテリナ師匠が目に入る。
「コラー!覚えておきなさいよ!絶対に1年後にたっぷりお返してやるんだから!」
アテリナ師匠はあまりの雑な扱いにお怒りのご様子。
・・・とりあえず、1年後に会ったらスライディングで土下座しておこう。
「それまで、絶対に・・・無事でいないさいよー・・・怪我なんかしちゃ駄目・・・」
最後の言葉はもう聞き取ることができない。
でも、アテリナ師匠の思いはしっかりと俺に届いている。
「アテリナ師匠。またお会いしましょう」
届くわけの無い俺の呟きは、車内にたなびいて消えていった。
草原の道をひらすら走り抜ける。
時速で言えば40kmぐらいだろうか。
俺が軽く力を出して走ったスピードと変わらないくらい。
あまり道路状況が良くないから、スピードを出し過ぎると危ないということもあるのだろう。
運転席の前に装着されたマップによると、目指している大き目の隣町まで約2、3日といったところか。
自動運転だから眠っていても問題は無いが、道中、機械種が襲いかかってくる可能性もある。
この世界の旅では5乗の法則と言うものがあり、5に5をかけた単位で機械種に襲われる確率が跳ね上がるらしい。
人間と中量級以上の機械種が合わせて5人以下だと、襲われる確率がかなり低い。
しかし、6人を超えた途端に襲撃される可能性が倍以上に跳ね上がる。
次の壁は26人以上。
ここまでくると商隊レベルになるが、確実に機械種に襲われると思っておいた方が良いそうだ。
そして、126人を超えると、重量級までもが群れをなして襲いかかってくるらしい。これを跳ね除けて目的地にたどり着くのは非常に困難だという。
ただ、この仕組みにの抜け道があって、この人数制限に含まれるのは戦闘力を持つ存在という括りがある。
人間で言えば12、3歳以上。
機械種だとスリープ状態は数に含まれない。
どうやら機械種は戦闘力がある存在の移動を快く思っていないのだろう。
その証拠に、武装している人間が多いほど、強い機械種に襲われるようになるそうだ。
そして、武器を持たない女子供だけだと機械種に見逃されることも多いと言う。
そのおかげで街へ辿り着く開拓村からの逃亡者に、女子供が多くなってしまい、子供だけのスラムのような場所が作られることとなったのだ。
その法則でいくと、俺とヨシツネがカウントされるが、当然5人以下となり、襲われる確率も低くなるだろうと思われる。
それでも、2、3日の道中で1回くらいの遭遇は避けられないだろうとのことなのだが・・・
「主様、こちらを追走しておりましたウルフの群れを討伐致しました」
運転席から一瞬で姿を消したヨシツネは、十数秒後に現れて報告してくる。
「もう何回目だ?」
「ハッ、6回目になります」
「いい加減、多すぎるだろう?」
「まるで何かの包囲網を敷かれているような印象を受けます。我々を待ち構えていたような」
「・・・フンババの呪いがまだ解けていないとか?」
森の守護者というフンババに出会ってしまった者は、たとえその場を逃げ出しても、後に魔狼に襲われて命を落とすという。
俺はその魔狼というヘルハウンドとダイアウルフの群れを壊滅させたが、まだ、引き続き狙われている可能性も否定できない。
魔狼を撃退した後も草原には出た時、襲われることは無かったから、もう解けたのかと思っていたけど。
単に遠出をしていなかったから遭遇しなかっただけなのか。
俺が原因について考えを巡らせていると、俺の呟きを聞いたヨシツネが後部座席から声をかけてくる。
「フンババですか?確かモンスタータイプの最上位の一角であるディバインビーストタイプですね」
「おい!知っているのか?」
「知識データに名前が載っていたくらいですが。おそらく地域統括を行っている機種なのでしょう。執念深い性格なら、自分のエリア内の機械種へ命令を飛ばして追いかけてくるくらいはするかもしれません。しかし、エリア外へ抜ければそれまでです」
執念深い性格って、機械種に性格ってあるのかよ。
・・・いや、そういう風に性格付けられたプログラムっていうところだろう。
「あと、数時間もすれば流石に命令も届かなくなるでしょう。もう少しの辛抱です」
まあ、俺は座っているだけだ。
もうすることが無いなら寝ていてしまおうか。
よく考えれば昨日から全く寝ていない。
眠らなくても大丈夫な身体とはいえ、日々の睡眠は正常な思考を保つためには必須だろう。
運転も自動だし、機械種を片づけるのはヨシツネがやってくれるから、寝ていても問題は無い。万が一の時は助手席の白兎が起こしてくれるだろうし。
「少し休むことにするよ。何かあったら起こしてくれ」
従属する2体に機械種にそう言って目を瞑る。
パフ
「ハッ、承知いたしました」
白兎のシートを前脚で叩く音と、ヨシツネのいつもの畏まった返事を聞いて、ゆっくりと力を抜き、運転席に体を預ける。
・・・やはり車の中は落ち着くな。
薄目の状態で、ぼんやりと前方に視線を向けながら、そんなことを考える。
元の世界でも外回り中に運転席で良く昼寝をしたものだ。
もちろん、駐車している状態でだ。運転中に寝たら居眠り運転になってしまう。
とにかく元の世界では車に乗っている時間が多かった。
営業と言う立場上、お客様を訪問する為に広大なエリアを車で走り回っていた。
だから、こうやって車の運転席に座ると、つい、元の世界のことを思い出してしまうのだろう。
俺が居なくなった世界はどうなっているのか?
ふと、そんな考えが浮かび上がる。
そして、俺が居なくなった周りの反応を想像しようとして・・・
すぐに、それ以上考えるのを無理やり打ち切った。
おそらく楽しい想像にはならないだろうから。
考えるなら、この世界に来てからのことを考えよう。
目を瞑って記憶を探ると、スラムでの出来事が走馬灯のように頭の中を駆け巡る。
最初はチートスキルの使い方が分からず苦労したな。
特に自分の身体が無敵と分かるまでは、非常に臆病で慎重な行動を取っていたと思う。
しかし、それで良かったのかもしれない。
もし、最初から最強状態であったなら、俺はもっとこの世界を舐め切って、全てに対して傲慢な対応で臨んでいたかもしれない。
そうしていたら、当然、チームトルネラの皆とも今のような関係は築けなかっただろう。
最初サラヤに会った時、完全に俺のヒロインだと思ったなあ。
すぐにジュードとイチャイチャし始めたから、すぐに誤解は解けたけど。
でも、少しの間引きずってしまっていたな。
きっぱり諦めるまで、時間がかかってしまった。
それだけサラヤが俺の目には魅力的に映ったからだ。
でも、やっぱりサラヤにはジュードがお似合いだと思う。
そして、ナル、ザイード、デップ達、カラン、テルネ、ピアンテ、イマリ。
皆良い人達だった。あんなスラムでは珍しい事なのだろう。
・・・トールに対する感情だけは、未だに割り切れていないが。
あ、そう言えば、ディックさんはどうなったのだろう?
俺の招運の術が上手く作用して、幸せになっていると良いのだけれど。
宝貝が作れた時は嬉しかったな。
最初に莫邪宝剣が作成できたのは運が良かった。
絶対の自信が持てるモノを持つと、心に余裕ができるから。
そして、次々に俺の手に入ってくる宝貝達。
今のところ人から貰った物しか宝貝に変えることはできないが、他の街へ着いたら色んな素材を試してみたいと思っている。
いまいち仙術の威力が乏しいので、戦力拡充の為には宝貝を増やすことが最優先だろう。
戦力と言えば、機械種2体を従属することができた。
マスコット兼お困りごと解決役である白兎と、戦闘・偵察で頼りになるヨシツネ。
さらに七宝袋にはストロングタイプが3体も眠っている。
修理と等級の高い蒼石が必要になるが、何とかして早めに従属させたい。
機械種と言えば・・・雪姫か。
彼女のことについては、未だに心の奥に引っかかっており、自分の中で上手く消化できていない。
もう済んでしまったことなのだが、それでも、ふと思い出してしまうことがあるのだ。
未来視で見たIFルートでのことで、現実に起こったことではないというのに。
これは彼女の遺体を中央に送り届けるまで、ずっと残り続けるのではないかと思ってしまっている。
我ながら女々しくて、見苦しくて、情けないと思うのだけれど。
アテリナ師匠達との出会いは、実に良縁だったと言える。
未来視でのIFルートでも、現実でも、アテリナ師匠達には大変お世話になった。
俺の知識を増やしてくれたこともそうだし、いろんな経験を積むことができた。
1年後会う時にぜひお礼をしたいな。
その時までにプレゼント考えておくとしよう。
さて、このスラム編での俺は上手くやってこれたのだろうか?
チームトルネラについては、当分の間は順調なはず。
課題は全て片づけて、資金提供も行い、祝福までしてあげた。
これがゲームなのであれば、Sランククリアとは言わないものの、Aランククリアの条件は達成していると思うのだが。
誰かが、俺の活動の結果を評価してくれないだろうか?
例えば、誰かは分からないけれど、俺をこの世界に連れてきた存在とかが・・・
ああ、もう考えるのが辛くなってきた。
やはり疲れていたのだろうか。
俺は十分に頑張ったんだ。
そろそろ休んでも、誰も文句は言わないはず。
さあ、もう何も考えずに寝てしまおう・・・
気を抜いた瞬間、意識が真っ暗になって睡眠の園へと吸い込まれていく。
目を開けた時、きっと新たな旅立ちの扉が開いているような、見たことも無い光景が広がっていることを期待しながら深い眠りについた。
※次話はスラム編のエピローグになります。
投稿は6月14日を予定しております。
申し訳ありませんが、明日、明後日の投稿はございません。
ご了承ください。
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