第181話 道2


 俺達の後をつけている機械種・・・


 ひょっとして、ヨシツネか!


 もうイーリャの駆け込んだ先を確認できたのだろうか?


 予想以上に早かったな。イーリャのあの様子から、すぐに頼れるような所は無いと思ったのだけど、事前に避難先でも用意していたのだろうか。


 であればヨシツネがすでに使命を果たして帰ってきていてもおかしくは無い。

 もしかして、随分前に帰ってきてたけど、チームトルネラの拠点の外で待機していたかもしれない。


 そして、俺達が出てきたから、身を隠しながらそのままついてきた。

 アテリナ師匠がいるから、姿を見せるのを避けたのだろう。


 自己判断に優れた機械種だな。

 俺の指示を忠実に守っているのだろうが、今回は相手が悪かった。


 アテリナ師匠はジョブシリーズ、暗殺者系の機械種のベテランタイプ、アサシンを発見するほどの察知能力を持っている。

 レジェンドタイプと言えど、隠密が専門ではないヨシツネでは分が悪かったようだ。





 

「ヒロ、このまま気づかなかった振りをして、魔弾の射手の拠点に行きましょう。あそこなら迎撃設備も整っているし」


 俺にピッタリと寄り添いながら、追跡者への対策を提案してくるアテリナ師匠。

 

 うーん。これはどうしたものか?


 誤解を解く為、ヨシツネを呼んでアテリナ師匠に会わせてみるか?

 それとも、提案に乗って、魔弾の射手の拠点に寄るか?

 もちそん、追跡者がヨシツネではないという可能性もあるんだよな。



 

 ・・・・・・まあ、アテリナ師匠なら問題ないか。


 一度冷静な第三者の目でヨシツネを見てもらい、感想を聞きたいと思っていたし。


 黒爪団でも、チームブルーワでも、ヨシツネを見た感想は『人間型機械種』というものだった。

 スラムの少年達では、レジェンドタイプと見抜けなくて当然だが、一般の猟兵や狩人ならどうだろうか?

 

 アテリナ師匠でも見抜けないようなら、このスラムを出ればヨシツネを連れて歩いても問題は少ないはず。

 精々年若い少年が、身の丈に合わないノービスタイプかベテランタイプを従属しているくらいにしか思われないだろう。

 俺の身なりさえ整えれば、親の残した遺産を引き継いだと言い訳もできる。


 もし、アテリナ師匠がレジェンドタイプだと見抜けたのなら、頭を下げて内緒にしておいてもらおう。





「大丈夫です。多分、俺の従属している機械種だと思います。ちょっと呼んでみますね」


「えっ!! 従属しているのはそこのラビットだけじゃなかったの?」


 目を丸くしているアテリナ師匠。

 そんなアテリナ師匠から少し離れて、近くに潜んでいるだろうヨシツネに声をかける。



「出てきても構わないぞ。普通に姿を現してくれ。驚かさないようにな」



 いきなり転移してこられても困る。

 意図が正しく伝わるといいのだけれど。



 これで姿を見せないようなら、ヨシツネである可能性は無くなり、俺を追跡している機械種と断定できる。

 その場合は、アテリナ師匠に場所を特定してもらい、存分に俺の腕を振るうことにしよう。

 幸い全くとっていいほど辺りに人気は無い。多少暴れても大丈夫だろう。

 


 しかし、俺の心配も杞憂だったようだ。

 俺が声をかけて、数秒後に向かいのビルの物陰からヨシツネが姿を現す。


 

「ジョブシリーズ?嘘!」



 アテリナ師匠が驚きの声を上げる。


 どうやら一目ではレジェンドタイプとは見抜けなかったようだけど。


「お疲れ様・・・、で、どうだった?」


 俺はヨシツネに駆け寄り、労をねぎらうと同時に、小声で報告を求める。


「ハッ。あの後女性はスラムを抜けて街へ向かい、征海連合という名の事務所に駆け込みました。中にいた職員らしき人間へ、どうやら自分の身を自由にさせることを条件に、街からの脱出を持ち掛けたようです」



 ・・・他のスラムチームを頼らず、いきなり自分のチームのバックへ直接交渉を持ち掛けたのか?

 リーダーでもないくせに、よくそんなことをするなあ。

 何かコネがあったのか、それとも自分の身体に自信があるのか。


「中の職員達は、表面上はその提案に乗ったように見えましたが・・・」



 なるほど。昼間からおっぱじめたから帰ってきたのね。

 うーむ。チームトルネラに関わらないのであれば、問題ないか。

 

 ・・・もう俺が気にすることではないが、その約束は本当に守られるのか?



「ねえ、ヒロ。その・・・機械種はヒロが従属しているの?」


 アテリナ師匠が恐る恐ると言った感じで俺に質問をしてくる。

 ああ、すみません。ほったらかしになってしまって。


「はい。俺が従属している機械種です、凄いでしょう」


「それは凄いと思うけど・・・、これってひょっとして、ベテランタイプなの?ノービスタイプにしては動力が大きすぎるし・・・」


 おお、そんなことが分かるんですか?

 でも、大きく外れてしまっているのは、ヨシツネの隠身スキルが仕事をしているせいか。


「まあ、その辺りはご想像にお任せします。すみません、紹介が遅れてしまって。ちょっとコイツを偵察に出してまして、今帰ってきたところなんです」


「偵察?」


「はい。昨日から黒爪団やチームブルーワの動きが激しいので、心配になりまして・・・。ご存知ですか?黒爪団とチームブルーワがやり合ったそうなんですよ」


「へえ、黒爪とブルーワが?どっちも共倒れすればいいのに!」


 アテリナ師匠は顔を思いっきり顰めて、吐き捨てるように言葉を放つ。


 そう言えば未来視でも、アテリナ師匠が黒爪団やチームブルーワのメンバーに絡まれるイベントがあったな。

 アテリナ師匠はいつもスモール下級の銃を腰にぶら下げているし、銃の腕も魔弾の射手においても上位クラスだ。

 そんじょそこらのチンピラでは相手にならないが、それでもうっとおしいのは変わらない。


「ああ!でも、チームが潰れたら、それはそれで大変ね。見込みがない入団希望者が増えるのは勘弁してほしいし・・・」


「どっちも大損害だったみたいですけど。特にチームブルーワは人数が半分以下になったとか。離脱者も出て、なぜかバックの征海連合の事務所に駆け込んだ人もいたみたいですよ」


「・・・征海連合。それはあんまり良くない選択ね」


「そうなんですか?大陸中にその名を轟かせる巨大グループって聞きますけど」


 俺の言葉に、何とも言えない顔を見せる。

 アテリナ師匠は長く中央に居たこともあって、その辺りの情報にも詳しいのだろうけど。


「中央は元々、辺境を軽く見ているから・・・、軽く見られても仕方がないくらいの差があるのは間違いないけどね。でも、その中でも征海連合はエリート意識が強い所だから、辺境の人間なんて消耗品の労働者くらいにしか思ってもらえないわ。この街から征海連合の伝手で出ていく人間は、ほとんど奴隷扱いになるって聞いたことがあるし」


 アテリナ師匠の眉をひそめた表情から、その扱いは非常に悪いモノなのだろう。

 もし、アテリナ師匠の言う通りの状況であれば、あれほどの魅力を持つイーリャなら、どう考えても行先は一つしかない。



 ・・・・・・イーリャ。君はどうしていつも選択を間違えてしまうのか?


 チームトルネラに来るという最悪の選択は避けたようだけど、それでも、もっと他の選択肢があっただろうに。




「・・・そのチームブルーワに駆け込んだ人、ヒロの知り合いなら、すぐに離れるようにって伝えてあげた方がいいわよ」


 俺の神妙になった顔を見て、アテリナ師匠が気を遣ってくれる。


「いえ、大丈夫です。知り合いではありませんから。それより車置き場に向かいましょう」


 ほんの僅かだけイーリャを哀れに思う心はあるものの、とても行動に起こすレベルのモノではない。

 全ては彼女が選んだ道だ。

 もう俺と彼女の道は交わることは無いのだ。



「ヒロがそう言うのだったら、先を急ぎましょうか・・・」


 そう言うと、また俺の腕にぎゅっとしがみついてくる。

 そして俺の耳元に唇を寄せて囁くように言葉を注ぐ。


「ヒロ、歩きながらでも良いけど、その機械種を従属した話とか教えてくれると嬉しいな」


 思わずアテリナ師匠の顔を覗き見ると、そこには花が一斉に咲き誇ったような華やぐ笑顔。

 俺の中では対象外とはいえ、美人のアテリナ師匠が微笑むと、その破壊力は凄まじい。

 気を抜けば惚れてしまうかもしれない魅力的な笑顔だが・・・目だけが笑っていない。



 あ・・・もしかして、驚かせたことを怒っています?



「別に怒ってなんかいないからね。でも、そんなに力を隠しているんだから、もっと他にも出てくるんじゃないかって思わない?私はヒロに色んなことを話してあげているのに、ヒロは隠してばっかりなんだから」



 お仕置きとばかりに胸を押し付けてくる。

 こ、これはハニートラップですか?


 しかし、嬉しいという感情よりも気恥ずかしさが上にくる。



 うーん。さて、アテリナ師匠になんと説明するべきか・・・




 逡巡する俺にアテリナ師匠は再度、俺の耳に唇を寄せて呟く。


「やっぱり、ヒロはダンジョンを踏破したのね」


「!!!!」


 一瞬、何を言っているのか分からなかった。

 改めてアテリナ師匠の顔を覗き込むと、アデットによく似た整った美貌に、真剣な表情を湛えている。

 

 数秒の間、俺とアテリナ師匠はお互いに視線を外すことなく、目を合わせたまま。


 そして、おもむろに言葉を続けるアテリナ師匠。



「そして、紅姫を倒して、紅石を手に入れた・・・雪姫さんと一緒に」



 ええ??



「貴方は雪姫さんと2人でスラムの為にダンジョンへ挑んだ。紅姫の討伐には成功はしたけれど、その過程で雪姫さんを失った。ヒロ、貴方は雪姫さんから託されたことを果たそうとしている。彼女の死に間際の願いを叶えてあげようとしているのね」


 

 はああああ???



 ほんの少し頬を上気させ、真剣に美談めいた物語を語るアテリナ師匠。

 その目には、羨望と憧憬、寂寞と憐憫、様々な感情が見え隠れしている。


 もう視線は俺の方向に向いておらず、自分の空想に浸るように上の空だ。


「そんな気がしてたのよ。ヒロの恋心の行き先が、どこか遠くになってしまっているのが分かったから。もう届かない恋心を胸に秘めて、貴方は最後に託された願いの為に・・・」


「あの・・・」


「そして、鐘守の身を影ながら常に守っているという上位機械種を譲り受けたのね。愛する人を失ったヒロと、マスターを守れなかった機械種が、ともに最後の願いを叶えるために旅立つ・・・」


「えっと・・・」


「雪姫さんはそんなヒロ達の為に、最後の力を振り絞って白いピジョンを飛ばした。だからこそ、私達がヒロに協力することができた・・・」


 なんか勝手にストーリーが出来上がっていくんですけど・・・

 アテリナ師匠はこう見えて、乙女チックな所があるからなあ。


 都合よく解釈してくれるならそれでいいか。



 しばらくアテリナ師匠の妄想が止まるまで、付き合うことにしよう。


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