第180話 別れ


 アテリナ師匠と2人+白兎で、チームトルネラの拠点を出る。

 向かうは街の外れの車両置き場。


 足を街の方へと向ける俺達に、チームトルネラのメンバー達が総出で送り出してくれた。


 涙を流す子供達。

 俺に向かって拳を突き出すデップ達。

 目に涙を浮かべたザイード。

 深々とお辞儀をするピアンテ。

 元気よく手を振るイマリ。

 にこやかな笑顔を向けるナル。

 普段と変わらない穏やかな表情のトール。


 一番思い入れの強いサラヤとジュードはいないけれど、たった2週間少ししかいなかった俺の為に、皆が精一杯の激励を送ってくれた。


「ヒロさん、今までありがとうございました。頑張ってください!」

「きっとヒロさんなら世界一の狩人になるって信じてますから!」

「俺達は」「ずっーーーーと!」「仲間だからなあ!」

「ヒロさーん。いつか、また、顔を見せてくださーい!白兎ちゃんも元気でねー」

「ヒロさん、ご武運を!」



 温かい声援を受け、思わず俺の目に涙が滲む。

 いささか気恥ずかしい思いもしてくるが、それでも、皆の思いが俺の心に響いてくる。

 これは、この異世界で俺が作り上げた絆なんだ。


 自分の今までの行いが認められたような気がして誇らしくなってくる。

 

 同時に、ボロを出さないうちに皆と離れることができたことへ、ほっと安堵の気持ちが湧きあがる。

 

 俺には主人公補正は無いから、自分の行いが100%成功する補償が無い。

 俺が良かれと思ってしたことが、チームに大損害を与えることだってあったのだ。


 奇しくも、未来視で見たチームトルネラ壊滅の未来のように。


 運命の分岐点がいつも俺を助けてくれるとは限らない。

 もし、俺が気づかないまま、皆を破滅の道に誘ってしまっていたらと考えると、背筋が凍るような思いを感じてしまう。


 そんな結果になった時、皆は俺にどんな非難をしてくるのだろうか?

 そして、どんな目を俺に向けてくるのだろうか?


 俺にはそれが、とてつもなく恐ろしい。

 

 だから俺がチームを離れるのは必然なのだろう。

 結局、心の底から信じられるものを見つけられなかった俺には。


 目に溜まった涙を指で拭きながら、口の中だけでそっと呟く。


「過ごした街をたった1人で旅立つ。ある意味、これはバットエンドなのだろうな」



 トコトコトコトコ  ピタ



 俺の後ろを歩いていた白兎が、急に俺の前に出てきて振り返る。

 耳をピンと立てて、俺を見上げてくるその姿は、何かを俺に伝えたいような・・・



 あっ!そうか・・・


「すまんな。お前が一緒だったな」


 その俺の言葉を聞いた白兎は満足したようで、今度は俺の横にピタリとついて並走してくる。


 どうやら自分の定位置を俺の隣と決めたようだ。


 これは所謂白兎エンドということか。

 まあ、それもありか。


 これからもよろしく頼むよ。白兎。









「ヒロは良い仲間を持ったわね。チームから離れる人を快く送り出してくれるなんて、スラムではなかなかいないわよ」


 チームトルネラの拠点が見えなくなった辺りで、アテリナ師匠は俺に話しかけてくる。

 その鳶色の目に、ほんの少しだけ羨望を宿しているように見える。


「そうなんですか?仲間が独り立ちするのを祝福できないチームがあると?」


「それが普通じゃない?独り立ちできるということは、それなりの実力者ということよ。その実力者がチームから抜けたら、苦労するのはチームに残った人達でしょ。泣き落としや脅迫してでも、チームに引き留めたいと思うわよ」


 なんて世知辛い世の中・・・いや、スラムだから仕方が無いのか。

 他人を思いやる余裕なんてないのだろう。

 

 それを考えれば、俺は幸せだったのだな。チームトルネラに入って。

 

「どこでも人材集めは苦労しているから、もしかしたらスラムに限った話じゃないかもしれないけど」


「魔弾の射手もですか?少数精鋭だと聞いていますが?」


 俺が知っている限り、魔弾の射手のメンバーは他のスラムチームとは隔絶した技量の持ち主が多かった。

 それは元々そういった人材を集めたからということもあるし、厳しい訓練を経ているからということもあるはず。

 人材不足という言葉から最も遠い集団だと思っていたけど。


 しかし、アテリナ師匠は俺の言葉に、少しだけ口の端を歪め、苦笑めいた表情を浮かべる。


「ヒロはなぜ、魔弾の射手の戦力が人間中心なのか分かる?」


「・・・レッドスクリーム対策でしょうか?」




 これは未来視で知ったことだ。


 人類と敵対している機械種は、破壊された時に強いレッドオーダーの波動を放つ。

 従属している機械種が、間近でその波動を多く浴び続けていると、突然レッドオーダー化してしまい、味方へ襲いかかってくることがあるらしい。

 この波動をレッドスクリームと呼び、機械種を多用する猟兵には恐れられている。


 軽量級くらいなら何百破壊しても、それほどの影響は少ないが、中量級や重量級以上との連戦を続けていると、その危険性はぐっと上昇してしまうそうだ。

 中量級なら百体以上、重量級なら20、30体、超重量級なら2,3体くらいが目安というが、もちろん、状況次第でその数は変動する。


 これだけの数を相手にするのは集団戦に駆り出されることが多い猟兵団くらいだろう。戦況によっては撤退もできずに連戦を繰り返すことだってある。


 この辺りは、巣の攻略に勤しむ狩人とは違う。

 狩人は『狩り』がメインであって戦争屋ではないからな。

 

 故にレッドスクリームについて頭を悩ませるのは、猟兵団にとって避けられないことなのだ。 


 これを防ぐ手立てについては確実なものが無く、精々機械種が内蔵する晶石を守る役目を持つ防冠を増やしたり、定期的に白鐘の恩寵内で休息を取ることくらいしかない。

 また、俗説ではあるが、従属している機械種との絆を深めることで、レッドスクリームによるレッドオーダー化を防ぐ効果があるという。



 この現象に対して猟兵団が取る対策は4つ。


 白鐘のある街を根城にして、出撃は街の近辺に絞って連戦を避ける方法。

 しかし、街の専属護衛団のような扱いに成り下がる為、独立独歩を信条とする猟兵団業界では、『飼い犬』『首輪付き』とやや蔑まれてしまう傾向にある。


 従属している機械種に徹底したレッドスクリーム対策を行う方法。

 防冠を何重にも装備させ、白鐘に似た効果を有する白銅鑼をふんだんに使用して、レッドスクリームの影響を排除する。欠点は非常にコストがかかってしまうことだ。これができるのは中央でも超一流と呼ばれる猟兵団だけだろう。


 感応士を雇い入れ、定期的にレッドスクリームの洗浄を行ってもらう方法。

 これはかなり感応士に負担をかけるやり方らしく、喜んでこの作業を行う感応士はほぼいないらしい。やるとすれば非常に高額の費用を取られてしまう。たとえ猟兵団に感応士が居ても、1,2体ならともかく、10体、20体と数が増えれば、とても回し切れなくなるだろう。


 機械種の数を絞り、人間を中心とした戦力を固める方法。

 機械種にかける費用を銃や戦車といったモノに費やし、機械種を必要としない戦闘集団を作り上げることで、レッドスクリームを意味の無いものにする。

 これの課題は、機械種と比べて戦力に劣る人間を、どこまで鍛え上げることができるかということだ。

 そしてブーステッドや機械義肢で強化し、発掘品で身を固め、装甲車や戦車をそろえて、中級や上級の銃を用意する。

 そこまでして人間は、ようやく上位の機械種と互角に戦うことができるのだ。


 魔弾の射手はこれを目指しており、未来視での魔弾の射手ルートでは、ほぼ完成形に近い布陣を引くことができていた。

 ただ、このやり方では、当たり前だが人間の消耗が激しくなってしまう。


 生き残るのはエースと呼ばれる超人達のみ。

 それ以外のメンバーはいずれ戦場の塵となって消え去っていく運命。


 ・・・それに俺は耐えきれなかったんだよな。


 俺が居ない魔弾の射手は、俺が見た未来と同じ道を進むのだろうか?

 それとも俺が居ない方がより良い道を進むのだろうか?


 俺が正解を答えたことに驚きを隠せないアテリナ師匠の顔を見て、そんな疑問が心に浮かんできた。







「良く知っているわね!そうよ、その対策として、魔弾の射手は機械種を必要としない猟兵団を目指しているの」


 エッヘン!とばかりに胸を張るアテリナ師匠。

 そういった仕草がアデットに子供っぽいって言われる原因だと思いますけど。


「だから強い人間は必須なのよ。数ばっかりそろえても死人が増えるだけだからね」


「エースでしたっけ?単独で重量級を倒すことができる人を差すのは?」


 俺がいた未来の魔弾の射手・・・魔風団でも、それができたのは数えるほどだ。

 俺、アデット、マッソさん、ジュード・・・


 アテリナ師匠も挑戦したがっていたが、流石にアデットに止められた。

 替えの利かない人材に万が一のことがあってはいけないから。

 それはアデットも同じことだが、トップの人間が力を見せることは、人を率いる上で絶対に必要なことらしい。


「そう、エース!それを複数そろえてこそ猟兵団として名を上げることができるの。でも、こればっかりは訓練だけでもどうにもならない。飛び抜けたセンスや才能が必要になってくるわ」


 そこで言葉を切って、じっと俺を見つめるアテリナ師匠。


「だからこそ、兄貴はヒロや、ジュード・・・だったかな?有能そうな人を勧誘していたんだけど・・・・・・・そう言えば、さっきの場にジュードって人はいなかったのよね」


 イカン!アテリナ師匠がジュードに興味を持ってしまう。

 何としても食い止めなくては!


「あの場にはいませんでしたけど、別にアテリナ・・・さんの興味を引くような男じゃないですからね。腕も俺程じゃないし、ヘタレだし、鉄パイプオタクだし」


 スマン。これもジュード達の幸せを守るためだ。


 捲し立てるようにジュードの悪い所を強調しておく。

 

 しかし、俺の話を聞くアテリナ師匠は、俺を疑いの目で見つめてくる。


 う、これは嘘だと感づかれたか!

 昔からアテリナ師匠は鋭い所があるからなあ。

 俺のついた嘘は大抵バレてしまっているような気がする。


「・・・ヒロ。貴方・・・あっ!そうか、なるほどなるほど。うふっ」


 え、なんですかその顔は?さっきまで不審そうな顔をしていたのに、急にニヤニヤし始めた。


「もう・・・ヒロってば、私の気持ちがジュードって人に向くのがそんなに嫌なのね。大丈夫よ。私はヒロ一筋だから」


 そう言うと、腕を絡ませてきて、ぎゅっと体を押し付けてくる。


 いや、そうなんですけど、そうじゃないんです!


「ちょっと日が高いけど、前に渡しそびれた報酬を受け取っていく?街の方へ行けば、休憩ができるところがあるわよ」


 今日はお誘いされてばっかりだな。

 ついにモテ期が来たか!って誤解しそうだが、皆、俺の力目当てなのが悲しい所だ。

 決してそれだけではないと思うが、その比重が高いのは間違いない。


 まあ、ここでアテリナ師匠に手を出すという選択肢は無いから、適当に誤魔化しておこう。


「あはは、それは光栄なんですが・・・」


「・・・ヒロ、機械種に後をつけられているわ」


 突然、耳元へ低いトーンの小声。

 アテリナ師匠の熱い吐息が耳にかかり、少しばかりクラッっとしてしまうが、その物騒な内容を理解したい途端、冷水をぶっかけられたように頭が冷える。



 つけられている?

 機械種にか!



「周りに人がほとんどいないから、連れている機械種がたまたま同じ方向を歩いているとは考えにくいわ」


 俺の腕にしがみついたまま、真剣な表情のアテリナ師匠。

 

 アテリナ師匠は周辺の機械種の気配が読める。

 その力は未来視でも頼りにされていた。


 一般の感応士でも在り得ないほどの範囲と精度を誇るという。

 そのアテリナ師匠がそう言っているのだから、俺達の後をつけている機械種がいるのは確かだろう。


 

 いったい誰が?

 心当たりがあり過ぎて絞り切れない。


 雪姫関係。

 とすると白の教会がもう乗り出してきたということか。


 また、俺が大損害を与えた黒爪団・・・もしくは、チームブルーワの可能性もある。


 他にも、機械種を多数保有している青銅の盾、そして、俺が今日出ていくという情報を掴んでいるバーナー商会からの追手ということも。



 しかし、気になるのは白兎の警戒に引っかからなかったことだ。

 

 俺の横を歩く白兎に変化は見られない。


 白兎の警戒スキルは中級だ。

 その白兎の警戒を掻い潜った相手。


 かなりの上位の機械種であろう。

 今回、アテリナ師匠がいなければ発見できなかったに違いない。

 

 この辺境に似つかわしくない上位の機械種。



 もしかして・・・


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