第179話 告白2


「そうよね。確かにヒロは、ラビットを従属できる蒼石をたくさんって言ってたものね」


 少しばかりふくれっ面をしながらアテリナ師匠はぶーたれている。


「いい加減、機嫌を治してくださいよ。ほら、可愛いラビットがこんなにたくさんいるんですから」


 1階ロビーでアテリナ師匠をお迎えしている。

 俺とアテリナ師匠を遠巻きに眺めているのは、サラヤ、ジュード、テルネ、そして出張中のカランを除くチームトルネラの面々。そして、従属しているラビットの群れ。

 

 何事かと皆が集まると、皆が従属しているラビットもついてくるから、ロビーはラビットで溢れかえることとなった。


「・・・ラビットもこれだけ集まると壮観よね。それにラビットとはいえ、ここまでそろえると戦力としてもかなりの脅威かも」


「そうですか?数は多いですけど、所詮は普通のラビットですよ。1対1なら人間の方が強いでしょう」


 まあ、うちのラビット達は普通じゃないけどな。

 これはたとえアテリナ師匠と言えど、話すことはできない。

 チームトルネラの秘匿事項だ。


 アテリナ師匠は俺の発言に対し、訝し気な視線を向けてくる。


 あれ?なんでだろう。間違っていたかな。ラビットの戦力ってそれくらいだと思うけど。


「まあ、いいか。確かにヒロが言うように1対1なら人間の方が強いけど、弱い機械種にはそれに応じた使い方ってのがあるの。たとえば、爆弾を括り付けて特攻させるとか・・・」



 ええっ!!そんなことを言っちゃいます?

 アテリナ師匠と言えど、それはどうかと思いますよ!



「私達、そんな酷いことしません!」

「ヒドイ!なんでそんなこと言うの!」

「綺麗な人だと思ってたけど、怖い!」

「冷たい人なんだ!あのひと嫌い!」



 ほら、純粋な子供達から非難の嵐。

 そういうことを素直に言っちゃうから、男ができないんですよ。


「いや、私は戦術的なことを話しただけで・・・、別に私がそうするわけじゃ・・・」


 子供達の非難を受けて、アテリナ師匠がしどろもどろになりながら弁解している。

 うーん。これはギルティ。アテリナ師匠側の弁護士としても、弁護に苦しみます。ちょっと有罪は免れませんね。



「ちょっとお、ヒロ~。なんとかしてよー」


 子供達からの冷たい視線に耐えかねて、アテリナ師匠から泣きが入る。

 

 しょうがないなあ。これも師匠の頼みだ。


 こっそりトートバックを取り出して、胸ポケットから俺の部屋に置いてある『お菓子』を召喚。それをトートバックに入れて準備完了。


「ほらほら、注目。このアテリナお姉さんが皆にプレゼントを持ってきてくれたよー」


 と言いながら、トートバックの中に入れたお菓子、小袋に分けられている『おかき』を取り出す。


「はい。これは、このアテリナお姉さんからのプレゼントだよ。だからこれ以上責めるのは勘弁してあげてね」


 キャンディーでも良かったかもしれないが、あんまり小さい子に甘いものを与えると癖になってしまう可能性がある。

 キャンディーに比べたら、まだ『おかき』は破壊力が少ないはずだ。


 子供達に配ると、もうそれに夢中になり、ポリポリという音がロビー全体を埋め尽くす。



「わあ、歯ごたえがあって旨い」

「ちょっとしょっぱい。でも、まあ、美味しいかな」

「へえ、変わった味。もっとないの?」



「ほら、アテリナお姉さんにありがとうは?」



「「「「ありがとうございまーす!!!」」」



 俺がアテリナ師匠への礼を促すと、一斉に返ってくる子供達の感謝の声。


 もう大丈夫だな。流石俺。なんて師匠思いの弟子なんだ。


 んん?アテリナ師匠。そんな顔をしても、もうありませんからね。

 一度に召喚できる量は決まっているんですから。



 




 


「ヒロ、その人が魔弾の射手のお迎えなのかい?」


 トールが皆を代表しての質問。

 サラヤもジュードもいないのだから、トールが前に立つのだろう。

 あんまりナルは交渉向きじゃないし。


 子供達がおかきに夢中になっている間に話を済ませるつもりだろう。


「ああ、そうだよ。魔弾の射手のアテリナし・・・アテリナさんだ」


「こんにちは。紹介にあがりました魔弾の射手のアテリナです。今日、チームを離れるというヒロに足となる車を用意致しました。これから車まで案内しますので、今後ヒロのことは魔弾の射手にお任せください」


 TPOを弁えた、隙の無い挨拶。

 流石は魔弾の射手の中央での窓口をやっていただけはある。

 でも、その言い方だと、俺が魔弾の射手に所属したみたいな感じになっているな。

 

 アテリナ師匠の挨拶に対し、トールは焦ることも無く挨拶を返す。


「チームトルネラのトールです。わざわざご足労いただいてありがとうございます。ヒロは一時チームトルネラを離れますが、それでもずっとチームの一員だと思っています。チームトルネラのメンバーへのご協力に感謝致します」


 トールの奴、言うなあ。

 まるでチームトルネラと魔弾の射手とが俺を取り合っているみたいだ。


 ムッとしたアテリナ師匠。

 ニコニコしたままのトール。


 ややギスギスした雰囲気のまま睨み合う2人。




 そこへ・・・




「ああー!アテリナさんってもしかしてー、アデットさんの親戚ですかー?」


 急にナルが間に入ってきた。

 アテリナ師匠に齧り付く勢いで、質問を続けてくる。


「凄い美人さんですねー。近くで見ると、やっぱりアデットさんによく似てますー。ひょっとしてご兄妹ですかー?」


「ええ、アデットは私の兄ですが・・・」


「ええー!スゴーイ。アデットさんも美人だから、きっとご兄妹も美人だろうなって思ってたんですよー」


「あ、ありがとうございます・・・」


 ナルの勢いにタジタジのアテリナ師匠。

 多分、このタイプが身の回りにいないのが原因だな。

 まあ、猟兵団の中に、あんなキャピキャピしたタイプがいるとは思えないけど。







「ヒロ、もう出発しちゃうんだね」


 ナルがアテリナ師匠を相手にしている間にトールが俺へ話しかけてくる。


「ああ、アテリナ・・・さんが車まで案内してくれるそうだから」


 少しばかりトールと話をするのが、ぎこちなくなってしまっている。

 彼の位置づけをどうしたら良いのか分からなくなったのが原因だ。


 今までは友達の位置だったが、未来視を見てそう思えなくなってしまった。

 しかし、敵という程ではない。それにチームトルネラにとっても彼はまだ必要な存在だろう。

 中途半端な位置づけが、俺のコミュニケーションディスタンス(造語)を狂わせてしまっているのだ。


「ヒロには本当にお世話になった。君のおかげでチームトルネラは持ち直せたし、僕も将来が見えるようになった」


「・・・・・・・・・・」


「君にはどれだけ感謝してもし足りないくらいだよ」


 本当にそう思っているのか?コイツは。

 胸の奥から言いたいことが浮かび上がってきては、沈んでいく。

 言ったって意味が無いのは分かっている。でも、コイツの本音はどこにあるんだろう。


 おそらく聞くことができる機会はこれが最後だろう。

 であれば、聞いてみるしかない。


「・・・トールは、俺のことをどう思っている?」


 トールの顔を真正面から見つめて問いかける。


 俺からの問いかけはトールにとって予想外だったのか、一瞬真顔になってこちらを見つめ返してきた。


 俺も視線は反らさない。

 お前の本音を受け止める覚悟はできている。


 しばらく無言のままお互いの本音を探るように見つめ合い・・・



 そして・・・


 トールの口から初めて零れた俺への本音。



「・・・うん。正直に言うと嫌いだった。君が悪いわけじゃない。僕が弱いからそう思ってしまうんだ。それに最初の方は君のことが怖かったよ。このチームにどのような影響を与えるのか分からなかったからね。希望を与えるだけ与えておいて、逃げ出すんじゃないかってずっと思ってた」


「そうか・・・」


「君がチームトルネラに所属している理由が分からなかったからね。チームに恩があるわけでもない、サラヤやナルに執着しているわけでもないとくれば、何を一体目的にチームに所属しているのだろうってずっと不安だった。他のチームの方がずっと待遇が良いはずだから」


「・・・・・・・」


「だから僕は君の正体を暴きたかった。傷口はまだ小さいうちに治すのが一番だ。大きくなってからでは遅すぎてしまう。だから僕は・・・君を・・・」


「もういいよ。それで十分さ」


 これ以上は危険だ。万が一、トールがあの事を口に出したら、今度は自分を抑えられる自信がない。


「ヒロ・・・」


「別にお前を庇っているわけじゃない。お前のやったことは俺は絶対に許せないけど、お前はまだチームトルネラにとって必要な存在だろう。チームの為を思えば、お前を見逃すことくらいは許容範囲だ」


 もう、コイツと話すことは無い。

 少なくとも今の俺でいる間は友人でもなんでもない。

 2年後の俺のようにお前を許すことなんてできないんだ。


 俺はトールに背を向ける。

 トールもこれ以上、話しかけてはくるまい。

 

 彼との関係はもうすでに断絶しているのだから。






「ヒロ、ちょっと待って」


 ナル相手に苦戦しているアテリナ師匠の援軍に行こうと思っていた俺に、思ってもみないトールからの声かけ。


 なんだ?まだ話があるというのか!

 

 振り返って、やや剣呑な目で見返してしまう。


 俺の目を受けて、トールは少し躊躇したみたいだが、


「ヒロ、実はサラヤからこれを渡すように頼まれているんだ」


 と言って俺に向かって差し出してくるのは、大き目のナップサック。


 え、これってずっと俺が利用していたヤツ。確か初代トルネラが使っていたという貴重品じゃなかったのか?

 

「サラヤがこれはヒロが使うに相応しいってさ。あと、中に水や食料も入れておいたからね」


 あ。そういった旅の準備をすっかり忘れていたな。

 俺自身が飲食不要だから全く考慮に入れていなかった。

 これから旅立つというのに、そういう物をもっていないと、絶対に不審がられるだろう。


 これは意地を張らずに受け取っておくべきか。

 少しばかり悔しい感じがするが、仕方が無い。

 

 俺は憮然とした表情でトールからナップサックを受け取る。


 そんな俺を見て、トールは少しばかり悲し気な顔を見せるが、これくらいの意趣返しは構うまい。


 しかし、そんな俺の態度にめげず、トールはさらに話を続けてくる。


「あと・・・これをヒロに受け取ってほしい」


 と言ってトールが差し出してくる手には、白い三角と丸を組み合わせたようなアクセサリ。

 

 俺が胡乱げな顔をすると、トールは説明を付け加える。


「これはね、白の教会のシンボルなんだ。何年も教会にお祈りを捧げていると貰える記念品のような物さ。これを教会の関係者に見せれば、ある程度便宜を図ってもらえる・・・と言っても、数日宿を貸してくれたり、教会からの情報を教えてもらえたりするくらいだけど」


 キリスト教でいう十字架みたいなものか。熱心な信者に与えてくれる特典付きの。


「これを見せる時は、一緒に白訓っていう祈りの言葉を唱えるんだけど、流石にそれを空で覚えるのは難しいから、素直に貰い物だってことを言った方が良いね。それでもある程度のことはしてもらえると思うから、役に立つと思う」


 これを俺に差し出してくるのは贖罪のつもりなのか。

 お前のしたことを、この程度で許すのは無理あるぞ。


「僕が持っている物では最も価値のあるモノだ。ヒロにとっては取るに足らない程度かもしれないけど、ぜひ、君に受け取ってほしい。もう僕はこれを持つ資格は無いから。もし、要らないのであれば道中で捨ててもらっても構わないよ」


 今までチームトルネラのメンバーから貰った物は、宝貝に変換できる気配を感じることができたが、この白の教会のシンボルからはそういったモノを感じることはできない。

 

 このシンボルにその資格がないせいか、それとも、俺の方に問題があるのか。


 それにトールがこれを差し出してきたことに、他意はないのだろうか?

 疑いすぎかもしれないが、何かの発信機になっているとか・・・


 まあ、たとえ何か仕掛けがあったとしても、別空間である七宝袋の中に入れておけば、俺に悪影響を与えることはできないだろう。



 白の教会。


 雪姫が所属していた、人類を守る巨大組織。

 そして、中央に行けば否が応でも関わりになってくるはず。


 おそらく、この世界の仕組みについて、何らかの情報を持っていることは間違いない。

 このシンボルは、その情報を引き出す為のカギになるということも考えられる。



「・・・分かった。ありがたく受け取ることにするよ」



 モヤモヤするものはあるが、ここで受け取らないという選択肢に益は無い。

 貰えるものは貰っておくことにしよう。


 トールからシンボルを受け取ると、やや無造作にズボンのポケットにねじ込む。

 そして、目も合わせずに口から紡ぐ別れの言葉。



「じゃあな、トール。元気でな」


「ヒロも体に気を付けてね。当分、野宿が続くと思うから」


 

 お互い相手の身体を気遣う言葉ではあるけれど。


 そこに本心はいかばかり含まれているのか。


 未来の俺ならともかく、今の俺には分かるはずもなかった。


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