第183話 エピローグ1


 久しぶりに夢を見ている。


 それも元の世界の夢だ。

 俺はそこで普通の生活をしていたと思う。


 毎日会社に通勤して、仕事に励み、家に帰って、ご飯を食べて、風呂に入って寝るだけの生活。


 特に不満があったわけではない。

 給料もそれほど悪くなかったし、仕事もブラックと呼べるほどではない。

 

 ただ友人と呼べる人は、歳を経るごとに少なくなった。

 外に出るのが億劫になり、もっぱら休日はネット三昧。

 一人暮らしだったから、全く誰とも話さない日もあった。


 

 それでも寂しいという感情はあまり芽生えず、それなりに満足していた生活だった。


 元々、『現状維持』と『保留』が信条の俺だ。

 同じ生活サイクルがグルグルと回るだけの日常を、悪く思うはずが無い。



 でも・・・


 それでも・・・


 たまに、誰が、俺を・・・

 

 この変わらない日々から連れ出してくれないかという望みはあった。


 自分から動くことは無いけれど、誰かが強制的に連れ出してくれたら・・・


 『しょうがない』『やれやれ』と言いながら、心躍らせて新しい世界に飛び込んでいけたかもしれない。

 

 でも、そんなこと現実にある訳ない。

 誰もそんなことをしてくれない。

 この世界で俺を構ってくれる人なんて、いないということ分かり切っている。



 では、この世界でなく、他の世界だったら?


 ネット小説でよく見る異世界召喚。


 主人公を強制的に新しい世界へ転移させる。

 そうすることで、今までの生活をリセット。

 新たな世界で、新しい自分として、新しい生活ができる。


 そういったネット小説を読んでいく度に、異世界に行ってみたいという思いが積もりに積もっていく。


 当たり前だが、現実にそんなことが起こるわけがないことくらい分かっている。


 でも、ほんの少しだけ心の奥で期待していた。


 俺の知らない存在がいて、俺の知らない所で、俺を異世界へ送ってくれないだろうかと。


 目が覚めたら、新しい自分になっていて、新しい世界を目にする。


 そんな俺の願いを叶えてくれる存在はいないのだろうか?


 もし、そんなことをしてくれる存在がいるのであれば・・・


 多分、それは神様と言う存在だろう。









 ギギギギギギィィィィ!!!!




 突然響くブレーキ音。


 そして、慣性の法則に従い、後ろから前へと身体にかかる重力。



「なんじゃああああああ!!!」



 急に眠りから強制的に叩きだされた俺は、訳も分からず叫び声を上げた。




「主様、前方に敵らしき存在。出ます!」


 ヨシツネの声が車内に響き、後部座席から姿を消す。

 転移で車外に出たのだろう。


 気がつけば、周りは暗闇に閉ざされている。

 寝ている間に夜になってしまったようだ。

 

 灯りはいつの間にか点灯した車のヘッドライトのみ。

 それでも俺の暗視によって視界の確保はできている。


 前方へと目を凝らせば、人影が1つ。

 あれがこの車の動きを止めたのだろうか?

 どういった能力だ?やはり重力なのか。だとすればマテリアル重力器を持つ上位の機械種であろう。


 

 俺も出るしかないな。

 ここまで接近されて、ヨシツネも白兎も気づかないなんて、かなりの強敵に違いない。


 運転席のドアを開けて、外へ飛び出すと、一緒に白兎も転がり出てくる。


 コロコロと地面を転がった白兎は、すぐさま体勢を整えてヨシツネの後を追おうとするが・・・


「おい、白兎!ストップ!お前は危ないから七宝袋の中だ!」


 白兎は俺を振り返ると、じっと俺を見上げて、耳をフルフル震わせる。


 どうやら白兎は不満を表しているようだが、ここは安全第一だ。


「白兎。お前にはお前の役割があるんだ。だから今回は大人しくスリープしていなさい」


 白兎に対し、努めて断固とした態度で臨む。

 すると白兎も諦めたようで、顔を少し俯かせながら俺の方に近づき待機の姿勢。

 両目の光を落とし、スリープ状態へと移行する。


 俺の役に立とうと言う気持ちは嬉しいが、お前の身の安全の方が重要だからな。


 白兎を七宝袋へ収納する。


 続いて車も収納。

 これが戦闘で壊れてしまったら、足を失い、目的地すら分からなくなってしまう。


 さて、ヨシツネの後を追わねば!







「ヨシツネ!敵はどこだ!」


 車を七宝袋に入れた為、光源が無くなり、辺りは完全な闇へと閉ざされる。

 しかし、俺の目には前方に立つヨシツネの姿を見逃さない。そして、見覚えのない人影も・・・


 

 なんだ?アイツは!



 

 ジッ




 その人影と目が合った。

 合った瞬間、背筋が凍ったような感覚に襲われる。


 いや、正確には視線を合わせていない。

 なぜなら相手はサングラスバイザーのようなモノを装着している。

 それでもはっきりとこちらを見たと認識することができた。

 見えないはずの視線が、物理的な力を伴っているかのような圧力を感じるのだ。

 


 おそらく背丈は160cm程度。

 紫色の長髪をそのまま後ろに流している。

 パッと見、少年とも少女とも見分けがつかない。

 

 服装はまるでハロウィンなんかのお祭りで着るような煌びやかなデザイン。

 群青色をベースとしたピッタリとしたスーツに、派手なアクセサリをこれでもかと飾り付けていた。


 

 どう考えてもまともな人物ではあるまい。

 こんな夜の草原に普通の人間がいるはずがない。


 しかもレジェンドタイプのヨシツネが、目の前で刀に手をかけ威圧しているのにもかかわらず、何の動揺も見せていない。



 コイツは・・・一体・・・?



 ニイィッ



 俺が疑問を頭に浮かべた時、ソイツは擬音を生じさせたかと思うくらいの、口を大きく横に広げた笑みを見せた。


 そして・・・



「やあ、旅人さん。こんばんは」



 これも男とも女とも捉えられない中性的な声。

 美しく澄んだ声のように聞こえるが、どことなくこちらをからかうような響きを滲ませている。



「こんな綺麗な夜空の下、出会えるなんて奇遇だね」



 ソイツは本当に何でもない様に俺の方を向いて話しかけてきている。

 目の前のヨシツネを無視して・・・


 なぜ、今にも刀を抜きそうなヨシツネより、一見、何の力も持っているように見えない俺へと興味を向けている?


 

 そうするのが当たり前であるかのような態度。


 それは自分が絶対に傷つかないと確信しているような自信。

 そして、自分は全て把握していると言わんばかりの余裕。



 異常だ。


 あまりにも異常だ。

 

 そして、この異常な状態に、俺は心当たりがある。




 それは元の世界でのネット小説のテンプレである・・・神、又はそれに準ずる存在との遭遇。


 異世界へ呼ばれた主人公へ事情を説明してくれる存在でもあり、読者への説明回でもある。

  物語に1つの柱を建てようとするならば、必ず必要になるイベントなのだ。


 本来であれば、異世界に呼び出された時に出てくるのが大半だ。

 でないと俺みたいにこの世界で何をやっていいのかが分からなくなってしまうから。


 しかし、こうやって物語が一段落着いた時に現れることもある。

 今で言えば、スラム編第一章が終了する間際。

 このイベントを経ることで、ようやく主人公は呼び出された意義を知ることとなり、同時にゴールの存在を認識することができる。



 そうか、ようやく俺がここに来た理由が分かるときが来たのか。

 





 ゆっくり前へと足を進め、ヨシツネの横に並ぶ。


「主様、お気を付けください!この者は・・・」


「ああ、分かっている。大丈夫だ。ヨシツネ、手出しは無用」


 流石にヨシツネでも、世界に関わる超常的存在なんて分かるはずもない。

 手で制して、少し後ろに下がらせる。


 相手は世界の次元を超えて俺を呼び出しような存在だ。

 無礼なことをしてヘソでも曲がられたら堪らない。

 俺のチートスキルを与えてくれた存在かもしれないのだ。いくら注意してもし足りないくらいだろう。



「部下が失礼をしました。お会いできて光栄です」


 できる限り丁寧な挨拶を心がける。

 相手が神かそれに準ずる存在とならば、細心の注意を払わなばならない。


「おや、随分と丁寧な挨拶をしてくれるんだね。こんな夜ふけに出歩く不審人物な僕に」


 目の前の人物は韜晦しながら、おどけるように仰々しく手を自分の胸に当てる。

 その仕草はまるで道化師のよう。

 もし、この人物が神なのであれば、司るのは『享楽』、『好奇心』、『虚飾』といったところだろうか。

 あまり善なる神に見えないところが不安になるが・・・

 しかし、何とか交渉して情報を引き出さねばなるまい。

 せめて、俺がここに呼ばれた理由だけでも聞きださないと。



「いえ、いつか出会えると思っていましたので。それより、ここへは俺に会いに来たということでよろしいか?」


「へえ?」


 向こうにとって俺の返事が予想外だったのか、少しばかり面白がっている印象を受ける。


「君は僕が会いに来ると予想していたんだ。なるほど、ひょっとして仕掛けられたのかな?僕は」


 ややオーバーなリアクションを取りながら驚いたような身振り。

 しかし、どうも話がかみ合っていないような・・・


「え?仕掛けた?いや、仕掛けたのは貴方でしょう?この世界に俺を呼び出した?」


 知らない振りをして俺をからかっているだけかもしれない。

 もうこうやって直接聞くしかあるまい。


「んん?何のこと?世界?何それ?」


 頭を横に捻っている超常的存在・・・と思うんだけど。

  

 あれ?

 本気で分かっていないのか?

 

「いや!貴方はこの世界の神とか、精霊とか、そういう存在なのでしょう?」


「ええ!そんなの知らないよ」


「・・・・・・・え、マジ?」


 じゃあ一体、この思わせぶりな登場シーンは何なんだよ!

 いかにもこの世界の全てを知る大物ですって風情だっただろ!


「主様・・・」


 そこへヨシツネがおずおずと申し出てくる。


「その者は機械種です。それも以前遭遇した朱妃と並ぶほどの」

 

 機械種!?


 思わず目の前の人物に目を向けると、紹介してもらったとばかりに、さっとサングラスバイザーを外してくる。


 その目の輝きは、血のごとくヌラヌラとして赤・・・いや、赤より明るく濃い色だ。


 その色は、おそらく・・・緋色というべき色。



「ふう、意味の分からないことを言ってくるから、どうなるかと思ったよ」


 その顔は日に焼けたような褐色。しかし、健康的というよりは耽美的な印象を受ける美貌だ。また、声と同様中性的で男女どちらともとれるような顔立ちとも言える。


 見る限りにおいて、とても機械種のようには見えない。

 朱妃と同様、目の色さえ隠せば、人間に紛れ込むことだって可能だろう。

 

 

「さあ、どうするの?人間の敵対者たる機械種が目の前にいるんだけど」


 その美貌をワザと歪めるような笑みを浮かべて挑発してきているようだが・・・






「はああああああああ」



 思いっきり肩を落とし、ソイツの前で大きくため息をつく俺。



「あーあ、緊張して損した。クッソ!期待させといてそれかよ!」


 悪態が口から零れる。

 期待していた分だけ失望も大きいのだ。


「何だよ!それ。人の前で失礼じゃないか!」


 目の前の機械種は腕を大きく振るって抗議してくる。

 その仕草に先ほどまで感じた威圧感は微塵も感じられない。


 やっぱり先入観というものは恐ろしい。

 風に揺れる柳の枝でも、怪奇現象が出るかもと思えば、お化けに見えたりするのと一緒だな。

 

 しかし、何でここまで完全に早とちりしたのだろう。

 やっぱり寝起きで頭がボケていたのか。


「酷いよ!せっかくここで君が来るのを張っていたのに、その態度は無いんじゃない!」


 ムキになってこちらを非難してくる素振りはまるで中学生だ。

 しかし、ヨシツネが言うには、あのダンジョンの最奥で出会った朱妃と同等クラスの存在らしいのだが・・・


 ふむ。先ほど興味は無いと思ったけど、朱妃と同等と言うことは、コイツの身体には紅石を上回るモノがあるってことか。


 目の前の機械種の身体を下から上まで舐めるように視線を這わせる。


 細身の肢体。ピッタリとした服を着ているから、嫌でもその細さが分かる。

 少女型とするならば、残念ながら胸はAAカップ以下だろう。

 細身の女性は好みだが、胸が全く無いのはいただけない。


 もし男性型なら見事なショタと言うべきか?それとも男の娘というべきか?

 もちろん、そう言った性癖には興味が無いから、全然嬉しくない。


 さて、どちらなのだろう。あの道化じみた服は脱がすことができるのだろうか。

 ・・・いや、興味があるのはコイツの裸じゃなくて、中の紅石なのだけれど。



「ひっ!何て邪な視線」

 

 怯えたように体を縮みこませる機械種。

 細身で小柄だから、年端もいかない年少者をイジメているような光景になってしまっている。


 いやいや、コイツは人間に敵対する機械種なんだぞ!


「うるさい!お前の身体に興味があるんじゃない。お前の身体の中に興味があるんだ!」


「どっちも一緒だろ!この変態!」


「誰が変態だ!さっさとガワを剥いで紅石を取り出してやる!」


「ぎゃー!助けてー!」


「機械種が人間みたいに悲鳴を上げるな!俺が襲いかかっているみたいじゃないか!」


「襲いかかってるだろー!」


 その体に手を伸ばそうとすると、逃げに回る機械種。

  

 紫色の長髪をたなびかせながら、軽やかなステップで一瞬のうちに10m程後ろに下がる。



 伸ばした手を簡単に避けられて、憮然とした表情の俺。

 

 そして、俺の魔の手から逃れた機械種は、俺に向けてアッカンベーっとばかりに舌をこちらに出してくる。



 クッソ!すばしっこい奴!

 


 さらに追いかけてやろうと思った時、ふと感じる違和感。


 ・・・おかしいな。人類と敵対している機械種のくせに反応がギャグっぽいぞ。


 確かにこのやり取りを始めたのは俺だけど、何で機械種がこんな寸劇に付き合う必要があるんだ。

 それも朱妃に並ぶ最上位の機械種が。



 そう考えた時、突如、夜の闇を引き裂くような強烈な光が発生した。


 

 それは太陽が地上に降臨したかのような輝き。


 光は津波のように押し寄せて全てを包み込もうとする。




「主様!」


 

 

 全てが白に包まれる中、俺を呼びかけるヨシツネの声だけが耳に届いた。


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