第162話 侵入
「主様。こちらでよろしいのですか?」
「ああ、ここでいい。ご苦労だった」
黒爪団の本拠地、その最も大きい建屋に団長である黒爪が住んでいる・・・ような気がする。なぜだか分からないけど、かなりの確信を持ってそう思う。
俺はヨシツネの空中歩行で吊り下げられながら移動し、この建屋の屋上へと降り立った。
高所恐怖症の俺としては、心底ガクブル状態だったが、ヨシツネの手前そんな無様な姿は見せられない。
数分程度の空中散歩であったが、なんとか威厳を崩さず乗り切った。
できればこんな心胆寒からしめる移動はしたくなかったが、これしか方法は思いつかなかったのだ。
黒爪団の本拠地の場所は、なんとなくで探し当てることができた。
理由は分からない。どうにも見覚えがあり、既視感のままに歩いて行ったら辿りついてしまった。
バリゲード+有刺鉄線の垣根、複数の見張り、あちこちに設置された照明。
古びた田舎の小学校跡地に、山賊かアウトローが住み着いたといったような様相。
正面から行っても、突破できてしまうだろうが、それではジャンルが異なってしまう。今はスニーキングミッションなのだ。
騒ぎを起こして、相手に逃げられてしまったら最悪だ。
ここは隠密行動に徹するしかあるまいと考え、頭を捻った結果がこれだ。
空からなら全くの無警戒で侵入できることに思い当たり、ヨシツネの空中歩行にて、悠々と侵入に成功したのだった。
もうここまで来たら、黒爪を見逃す選択肢は無い。
最初は偵察だけのつもりだったが、ここまで簡単に本拠地を見つけることができて、侵入までできてしまうとは思わなかった。
最初の頃は慎重に振る舞っていたつもりだが、できることが増えてくると、だんだん行動も大胆になってくる。最近は行き当たりばったりも甚だしい。
やはり自分の力に自信が持てるようになってきたということが大きいのだろう。
特に雪姫との諍いの中、ストロングタイプの上忍を倒せたことで、少なく見積もっても、この辺境においては自分は最強であろうと確信できた。
さらに未来視で、見識を増やしたことにより、この世界においても俺に比肩しうる存在は、数えることができるくらいだということが分かった。
このアポカリプス世界では、力のある者が自由に振る舞える世界だ。
最強の存在に近い俺を縛るモノは少ない。
元の世界の常識、世間体、見栄、友情、義理・・・結構あるな。
まあ、その大部分がチームトルネラへの恩義と情が占める。
しかし、それもこの街を出ていくまでのことだ。
この街を出た時、俺は真の自由を手に入れる。
俺の為だけに力を振るい、俺の為だけに戦う。
誰に遠慮することも無く、誰を憚ることも無い。
そうすれば、裏切られてショックを受けることも無いはず。
あと、もう少しでそんな自由を手に入れることができるんだ。
その為に、さっさと課題を済ませてしまおう。
「じゃあ、ヨシツネ。ここで待機しておいてくれ。多分、逃げる時はここから空中歩行で運んでもらう必要がある」
「私も一緒に行かなくてもよろしいのですか?隠身スキルは最上級で保有しておりますが」
ヨシツネは自分の胸に手を当てて、自分の能力をアピールしてきている。
マスターの役に立ちたいという思いが強いのだろう。
確かに能力的には、何一つ不安要素は無いのだけれど。
未来視での俺は、団長である黒爪をさっくりとヨシツネに暗殺させたんだよな。
別に験を担ぐわけじゃないが、今回は俺の手で片づけようと思っている。
俺の中のモヤモヤした何かを、思いっきり誰かにぶつけたいという気持ちなのだ。
戦力的には俺1人で十分だし、暗視もあるから暗がりの中、忍び込むのは容易い。
ヨシツネには、黒爪が逃げ出さないよう、ここで見張りとして待機してもらうことにしよう。
もし、俺の侵入に気づかれてしまい、逃げられてしまったら、探す出すのも難しくなる。もう俺には時間が無いからな。
おっと、今のうちに顔を変えておくか。
変化の術を行使して、以前、草原で使用した金髪碧眼イジメられっ子バージョン変装する。
「あ、主様?そのような変装術もお持ちとは・・・」
「まあ、こうやって姿を変える時もあるから気を付けてくれ・・・って、お前ら機械種はどうやって主を見分けているんだ?」
「ハッ。目の網膜情報をメインに識別しております。もちろん、目の前で変装されたくらいでは、マスターを見間違うことはありませんが」
なるほど。だから両目を合わして、従属契約を結ぶわけか。
「姿形、声、状況その他で複合して判断するようにしておりますが、場合によって偽られてしまうこともゼロではありません。特に下位機械種になりますと、姿が大きく変われば、主人と認識しなくなる可能性もありますので、ご注意を」
この姿のまま、白兎に会ったら気づかれないかもしれないということか。
気を付けておこう。白兎に知らない人扱いされたら、かなりショックを受けてしまう。
「じゃあ、行ってくるよ。ヨシツネ。後は頼む」
「ハッ。こちらで待機しておきます。何かあれば駆けつけますので」
屋上から屋内へ入っていく。
この建屋は2階建てのようだ。おそらく、黒爪がいるのは1階のはず・・・
なんでそう思うのだろうか?
さっきから、どうも自分の知らないことが、知っているかのように浮かび上がってくる。
これは仙術スキルの勘のようなものであろうか。
俺の未来視や、打神鞭を使った占いのような能力なのかもしれない。
どうやら2階は無人のようだ。
転がっているのはダンベルや鉄アレイ。
ベンチプレス台に、腹筋台、サンドバックに特設リング。
どう見てもトレーニングルームにしか見えない。
ここで黒爪は体を鍛えているのだろう。
一応事前にブーステッドと呼ばれる強化剤というものについて、ヨシツネから情報を仕入れてきている。
これも白色文明時代の遺産なのだそうだが、あまりまっとうな使い方をされるモノではないらしい。
白色文明時代の支配者層が、被支配者層の犯罪人等に飲ませて、派手なバトルをさせる為のモノだそうだ。
効果は、筋力、感覚、反射神経、耐久性、再生能力、その他運動能力の向上。
ただし、ピンからキリまであって、弱い効力のモノなら常人より少し強くなる程度。
効力の強いモノなら、素手で鉄を捻じ曲げ、蹴りで壁をぶち破るくらいになるそうだ。
しかし、効力の強いモノほど副作用が出てしまい、場合によってはその姿を大きく変貌させ、凶獣ごとき怪異な姿に成り果ててしまうことがあるという。
副作用以外のデメリットは2つ。
1つは体のどこかに、主に顔面になるそうだが、黒い刺青のような痣ができてしまうこと。それは効果の強いブーステッド程、黒い面積が増えるようだ。
2つ目は、子供を作る能力が無くなってしまうこと。
これらのデメリットの為、ブーステッドを使おうとするのは男性がほとんどらしい。
最も効果の高いブーステッドを服用すれば、ストロングタイプの機械種とも素手でやり合える程になるということなんだが・・・
まあ、それくらいなら俺1人でも何とかなるだろう。
黒爪の力をどれほど高く見積もっても、紅姫、10m超えの鉄巨人より強いわけが無い。
電柱みたいな剣をブンブン振り回し・・・
しかもバンバンとテレポートをかましてきやがって・・・
おまけに輻射熱で金属を融解させる程のレーザーを撃ってくる・・・
そんな奴によく勝てたな、俺。
アレと比べたら、マッチョなプロレスラー(想像)くらい屁でもないはず!
床に落ちているダンベルを指二本でヒョイッと摘み上げる。
大きさから60kgくらいはありそうだが、俺の手にかかればこの通り。
鉛筆を回すようにクルクルとダンベルと指二本で回転させる。
「クッ、クッ、クッ、こんな軽い物で鍛えているなんてな・・・所詮、この程度か」
うーん。こうした強者プレイは癖になりそうだ・・・
さて、2階は無人のようだ。
というか、この建屋自体には、夜の相手をする女性以外は、基本黒爪しかいないはず・・・
『いいか~、ヒロ。団長は自分の姿を見られるのを嫌う。最近は特にな~。だからあの館に1人でいるんだ~。あの館に入れるのは薬を打った女だけだから注意しろよ~」
・・・のような気がする。
どうも、先ほどから勘が良く働いているな。
シックスセンスにでも目覚めてしまったのか?俺。
まあいい。
1階に降りるとしよう。
黒爪とご対面といきますか。
聞こえてくるのは、女性の押し殺したような声、そして、滑った液体がこすれ合い、肉と肉とがぶつかり合う音だ。
どうやらここはリビングのようなんだが、普通はテーブルが置いてある所に、キングサイズのベットが2つ並べてある。
そして、中央で絡み合う男女。
男の方は小さく見ても2m超。全身にパンパンの筋肉を纏った熊のような大男。
女の方はこちらからは良く見えないが、中学生くらいの背丈のように見える。
華奢な黒髪の女の子。おそらく団長の今夜の相手を務めている子なのだろう。
それが無理やりなのか、本人の意思なのかは分からないけれど。
俺は置いてある家具の影に隠れて、覗き身をしている状態。
いや、別に覗きたかったからじゃなくて、いきなり他人の睦事に遭遇したから、パ二くってしまい、つい隠れてしまったのだ。
普通の人生を歩んで来たら、他人のそういった情事に生で遭遇することなんて、そうあるもんじゃないと思う。
しかし、弱ったなあ。
俺の予想だったら、寝ている所に一撃でカタを付ける予定だったけど、まさかこの時間でも盛りまくっているとは・・・
できれば、他の人は巻き込みたくなかったし、女の子ならなおさらだ。
さっさと終わってくれて、女の子が退場してくれたら、一気に勝負をつけてやるんだけど。
流石、行為中の所を襲いかかるのは気が引ける。
物語ではこういう場面は大抵、悪党が女性を襲う直前である場合がほとんどだ。
女性が抵抗している所を男が無理やり遅いかかり、そこへ主人公が颯爽と助けに入る。
実に王道。それで、その女性が主人公に惚れるまでがワンセットのはず。
しかし、現実はそう上手くいくわけがない。
現に今、俺の目の前の状況は、すでに行為中なのだ。
それに黒爪に抱かれている女性が嫌々なのか、それとも権力者に媚びようとして抱かれているのかも分からない。
俺が助けに入ったら、逆に邪魔をするなと女性に攻撃されてしまうことだってありうる。そうなれば、俺の繊細な心はひどく傷ついていしまうだろう。
結局、物陰から見てるしかできない状況だ。
最悪、一晩中こうやって出歯亀状態でいなきゃいけない可能性だってある。
流石にここまで来て、手ぶらで帰りたくはないし、もう時間だって無いのだから。
せめて、嫌がる素振りでも見せてくれたら・・・いやいや、こういった場合、女性は多少嫌がる振りをするものだと、週刊誌に書いていたような・・・
その時、俺の耳に届いた、か細い女の子の声。
「助けて・・・ブルーワ、助けてよ・・・」
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