第163話 黒爪
え、ブルーワ?何でブルーワの名前がここで出るんだ?
あの女の子はチームブルーワのメンバーか?
あ!ひょっとして、今日の夕食の時にトールが言っていた・・・
チームブルーワの襲撃の失敗と大損害を黒爪団に流して、黒爪団の矛先をチームブルーワに向けようとしたアレか。
今が好機とみなした黒爪団がチームブルーワへ襲撃をかけた?
それで、この女の子は戦利品として攫われたのか。
ちょっと決断が早くないか。
トールがその情報を流したのは、今日の朝のことだろう?
まあ、あの女の子が外へ出歩いていた時に攫われたという可能性もあるけれど。
「う、う、やめて・・ブルーワ、助けてよ・・・」
押し殺していた声はすでにすすり泣きへと変わっていた。
それでも黒爪の動きは変わらない。
キングサイズのベットをギシギシと音を立てて揺らしている。
どうする?俺。
女の子は助けを求めているようだ。
しかし、チームブルーワの子なんだよな。
チームトルネラにとっても敵だし、昨日の晩に襲撃をしかけてきたばかりだ。
もちろん、この子がその襲撃に関わっている可能性は低いだろうけど。
「ひっ、や、やめて・・・お願い・・・誰か、助けて・・・」
それは女の子の悲痛な叫び。
か細く、消え入りそうな声であったが、間違いなく助けを求めていた。
さっきまでブルーワへの呼びかけであったが、今回は『誰か』にだ。
先ほどまでとは違い、その『誰か』に向けた助けを求める声は、自然と俺の中にスッと入ってきた。
・・・助けを請われたのなら、力の及ぶ範囲で助けよう。
何を躊躇していたのだろう。こういった異常な場面を目撃して気圧されてしまっていたようだ。このような時の俺は、消極的な選択肢しか選べなくなる。
昔からそうだ。自分の想定していないイレギュラーな、それも暴力的な場面に弱い。それは元の世界の俺が力の持たない弱者だから。
でも今は違う。この世界の人間の中で最も強いと言っても過言ではない。
ならば、強者として弱者である女子供の助けを呼ぶ声には応えよう。
こちらに背を向ける黒爪への距離を測る。
俺が隠れる家具から約8m程。
縮地では届かない距離だ。
気賛や投擲宝貝は、あの女の子にも被害が及ぶ可能性がある。
極力接近戦で仕留めるべきだろう。
ぎゅっと拳を握りしめる。
たとえ上位のブーステッドを飲んで再生力が多少あったとしても、頭を吹き飛ばせば即死のはず。
足に力を入れ、立ち上がろうとした瞬間、
「おい、ソコの侵入者!出て来い!」
それは、聞こえにくいダミ声の重低音。
まるで、壊れかけたマイクを通したような腹に響く。
しまったな。見つかったか。
「出て来い!でなければ、コイツの頭を捻り潰すぞ」
続けて湿った所から何かが引き抜かれるような音、そして、女の子の悲鳴。
「ぎゃ、ああ、あ、あああ」
黒爪はベットから降りると、女の子の頭を鷲掴みにして、こちらに見せつけるように持ち上げる。
デカい!
思ってた以上にデカいな、コイツ!
明らかに2mは超えている。
それに異常なまでの筋肉量。
まるで筋肉の塊が動いているような・・・
そして、体中を覆う黒い刺青。まるで狂った芸術家が書きなぐった抽象画のよう。
顔にも、右上から斜めにクマに爪で引き裂かれたような黒痣が目立つ。
黒爪と呼ばれる所以であろう。
頭を捕まれて、片手で持ち上げられた女の子は、ブランと力無く吊り下げられているままだ。
「コイツを取り戻しに来たのか?あいにくだったな。もうこれは俺のモノだ。もう他の奴のモノでは役に立たないぞ!」
なるほど。自信あり気に言うだけあって、アレもかなりデカい。
クソッ、汚らわしい物を見せつけやがって。
吊り下げられた女の子の股から赤い血の跡が見える。
初めてだったのか、それとも、団長のが大きすぎて裂けてしまったのか。
顔は良く見えないが、多分、俺と同じ年くらい。
肩までかかる黒髪を片側だけおさげにしている・・・もう片方が解けただけかもしれないが。
黒爪の相手に選ばれただけあって、吃驚するほどのスタイルの良さ。
少し背は低いが、グラビアアイドル級だ。
しかし、その真っ白な裸体には殴られたような跡が散乱している。
黒爪に組み敷かれる時に抵抗した跡だろうか。
俺が躊躇せず、もっと早くに飛び込んでいれば・・・
その時、俺の脳裏に誰かの姿が浮かび上がり、目の前の女の子の姿と重なった。
それは、俺が良く知っている人で、同じように凌辱を受けてボロボロになっていた・・・
黒爪!お前は絶対殺す。確実に殺す。100%何があろうと殺す。
感謝しろ!俺が『俺の中の内なる咆哮』とは関係なく、ここまで強い殺意を覚えたのはお前だけだ。
ギリッと奥歯を噛みしめる。
殺すと決めた以上は確実に処理する。
それも女の子をこれ以上傷つけさせない様に。
物陰から立ち上がって、一歩前に進む。
もう少し近づかないと、縮地では届かない。
女の子を吊り下げている手は、中3本の指が頭に、外の親指小指は首を掴んでいる。
あの筋肉量で力を込められたら、女の子の細首など一瞬でへし折られてしまう。
一瞬でカタをつけるか、それとも女の子の方を先に確保するか。
間違いは許されない。何とか隙を見つけなくては。
「ほう?見かけない顔だな。それも1人でここまで侵入するとは・・・」
黒爪の目が興味深げに細められる。
その顔はまるでネアンデタール人のようなゴリラ顔だ。
これもブーステッドの影響なのだろうか?
「ブルーワのチームの奴か?仕返しに俺を殺りに来たのか?」
黒爪は女の子を盾にするように、前に突き出している。
まるで人形のような扱いだ。
おそらく銃を警戒しているのだろう。
マッチョのくせに慎重な性格しやがって・・・
まあいい。少しばかり会話に付き合ってやろう。
そのうちに隙を見せるかもしれない。
吊り下げられている女の子には悪いけど、これも確実に君を救う為だ。
「いや、別件だよ。まあ、結果は一緒だけど」
「ふん!俺の殺しに来たということか?ははっははは、そんな貧弱な体で何ができるんだ?」
「筋肉がそんなに重要か?銃で撃たれりゃどれだけ鍛えても死ぬし、機械種にだって素手で勝てるわけじゃないだろう」
「はん!スラムで手に入るような銃じゃあ、俺に体には通用しねえ。それに俺は素手で機械種オークを潰したことがあるぞ」
ふむ。つまり銃スモールであれば中級以上、銃ミドルなら下級くらいな通用するというところかな。
あと、オークを潰して自慢する辺りは、コイツの実力がそれくらいだということだろう。
もう一つ、コイツは俺を警戒している。
こんな拠点のど真ん中に、とても戦闘ができそうにない貧弱ボーイが銃も持たずに1人で自分と相対している。
それも全く怯えるようにも見えずに、自分相手に軽口を叩いている。
それは黒爪にとっても異常な事態のはず。
会話の最中でも黒爪は、俺の一挙一動を注視していた。
武器はどこにあるのか?それとも、別の刺客がどこかに隠れているのか?
そう考えているに違いない。
俺が不審な行動を取れば、片手でぶら下げている女の子を、こちらに向かって投げつけてくる可能性もある。
あの体勢のまま投げつけられたら、俺は無事でも女の子の身体は無事では済むまい。
首の骨でも折れてしまったら即死だ。死んでしまったら、たとえ仙丹でも治せない。
やはり、女の子の確保を先にすべきだな。
であれば、アレを使うことにしよう。初めての使用になるが、この場では最適のはず。
あとは一瞬の隙を作り出すだけだ。
「さっきブルーワって言ってたけど、チームブルーワに襲撃でもかけたのか?」
「・・・ブルーワの奴が下手を打ったみたいだったからな。力を失えば、こうなるのは当たり前だ」
ミシッ
女の子の頭から、軋むような音が響く。
「ああ、あがああがか・・・ああ、あ・・・・・・・」
女の子は突然、手をバタバタさせたと思ったら、口から泡を吹いて気を失ったかのようにぐったりとしてしまう。
グッ、挑発してやがる。
俺の目的の中に、その子の救出が含まれていると分かれば、人質として最大限に活用されてしまうだろう。
それを悟られたら、救出の難易度が跳ね上がる。
ここは表情を出さずに平然としなければ・・・
「ああ、勿体ないなあ。女の子はデリケートに扱いべきだと思うけど」
「俺が本当に欲しいのはコイツじゃないからな。ただの前菜だ。どうなろうと構うものか」
それはサラヤのことか?
お前にだけは渡さない。決して!
「そんなんだから、周りに恨みを買うんだよ。もう少し殊勝な態度を取っていれば寿命も延びたのにな」
「ふん!やはり復讐か?それとも依頼を受けた殺し屋だな。どんな隠し手を持っている?」
ほんの少し女の子から意識が逸れて、周りを探ぐるように視線を周囲に散らす。
よし、ここだ!
「今だ!やれ!」
俺は黒爪の背後へ声を飛ばす。誰もいない向こう側へ。
「後ろか!」
一瞬、黒爪が背後へと意識を向けた。
その一種の隙をついて、七宝袋から九竜神火罩を取り出し、女の子に向かって投げつける。
「九竜神火罩、女の子を確保しろ!」
俺の命を受け、7cm程のペンダントのロケットは、その姿を巨大な卵型の捕獲機へと変形。
まるでゲームセンターのパック○ンのようにぱっくりと口を大きく開いて、そのままバクリと女の子を飲み込んだ。
「ぐあっ!」
おお、えげつない。掴んでいる黒爪の手を噛みちぎって女の子を確保しやがった。
割と攻撃性が高い宝貝だな。
「よし、そのまま女の子を守っていろ!」
九竜神火罩に女の子を任せて、前へ数歩駆け出し、すぐさま縮地を発動。
次の瞬間、大きく目を開いた黒爪の目の前だ。
「な、お前は・・・」
正しく理解不能と言った形相。
もう説明してやる気も無い。
一秒でも早くこの世から消滅しろ!
振り上げた拳を思いっきり、黒爪の顔面に叩きつけた。
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