第138話 交渉4


「ヒロさん、情報交換の前に、その紅石を仕舞ってもらえませんか。今の私達には決して届かない秘宝が目の前にあるのは、非常に目の毒なんです」


 ほんの少し自嘲の笑みを浮かべ、アデットが俺に頼んでくる。


「随分大げさだな。ジュードなら自分もいずれ獲得してやると奮起していたと思うぞ」


 紅石をナップサックに収納しながら、そんなことを言ってみるが。


「私も紅姫を知らなければ、そう思ったかもしれませんね。あれを人間の力で対抗するのは至難の業です。その下の赭娼くらいならなんとかなるのでしょうけど」


 おい、単語を増やすな!

 何だよ、その赭娼って?


「機械種の巣には、その主とも言うべき存在がいます。ある程度の大きさの巣なら紅姫がその主として君臨していますが、まだ小さい巣であれば、その下位機種である赭娼が主を務めているんです。字のごとく赤土色した機械種です」


 つまりこういうことか。


 赤の女帝 > 朱妃 > 紅姫 > 赭娼

 

 うーん。他にも赤色を示す字があるから、何かもっと増えそうな気がする。

 

「紅姫の名の方が通りが良いので、一般的には区別されることは少ないんです。狩人でもなければ、分ける意味もありませんし」


 赭娼の名も世間ではあまり知られてなくて、紅姫にひとくくりされてしまっているということか。


 あ、そうだ。朱妃についてアデットに聞いてみよう。


「アデット、朱妃って知ってるかい?多分紅姫の上位機体だと思うのだけど」


「紅姫の上位機体!?いや、流石に聞いたことがありませんね。紅姫でも人類の手には余る存在です。それの上位機体だなんて考えたくもない!」


 アデットは少し引き攣った顔で、首を横に振る。

 

 ふむ。ということは、朱妃の存在は狩人にさえ知られていないということか。

 これは気を付けた方が良さそうだ。








 コン、コン、コン


 ドアが3回ノックされる。


「アデット様、コーヒーのおかわりをお持ちしました」


 女の子にしては少しだけ低く、男の子にしてはちょっと高い声質。

 この声はどこかで・・・


「ああ、ピレ。ちょうど良かった。ヒロさんが貴方の作ってくれたコーヒーを大変気に入ってくれましたよ。ぜひ、ヒロさんにもおかわりを入れてあげてください」


 ピレ?ああ、あの握手して機械種の蛇に驚かされた、あの機械種使いか。


 そのピレがウエイター姿でドアを開けて入ってくる。

 ちょっと気弱な子犬系の男の子・・・だと思う。

 女の子とも見える可愛い顔をしているから、ちょっと分かりずらい。


「承知いたしました。アデット様」


 抱えた新しいコーヒーポットで俺のカップに注いでくれる。


 うーん。多分女の子のような気がする。

 咽喉仏も無いみたいだし。ああ、でも、咽喉仏が出てくるのって何歳ぐらいの時だっけ?


「どうぞ」


 抑揚のない声。どことなく雪姫を思い出す話し方だ。

 もし、女の子なら、アテリナよりも俺の好みに近いんだけど。


 ピレに礼を言ってから、コーヒーに口を付ける。


 うん。旨い。




 その後、アデット、アテリナのカップにコーヒーを注ぎ、お辞儀をして部屋を出ていくピレ。

 

 その後ろ姿をつい、目で追いかけてしまう。 


 おや、随分ウエイター服には似合わないダボッとしたズボンだな。それにちょっと足が太く見える。初めて会った時も思ったけど、意外と下半身ががっしりしているのかもしれない。


 俺はスレンダー体形の方が好みなんだけどなあ。

 自分勝手な感想を心の中で呟く。


「ねえ、ヒロ?」


「はいっ!」


 突然、アテリナに声をかけられて狼狽してしまう。

 女の子のスタイルを寸評していたところだったから、ちょっと後ろめたい。


「ヒロはピレみたいな子がタイプだったの?」


「え、やっぱり女の子だったの?」


「あ、え、えーと、別にピレが女の子って言ったわけじゃ・・・」

 

 何アタフタしているんだ、アテリナは?

 ひょっとしてピレが男装しているのは内緒だったのか?

 今更誤魔化そうとしても困るぞ。俺が男の子に興味を持っていたことにされてしまう。


「アテリナ」


「はい、すみません。後でピレにも謝ります」


 アデットに窘められて、シュンとするアテリナ。

 

 まあ、俺にとってはピレが女の子と分かって大満足だ。


 お礼ということで、アテリナに追加のシュガースティックを渡してやると、一転笑顔になり、わーいっといった感じで自分のコーヒーに注ぎ込む。


 横のアデットはそんな妹の様子に、頭が痛そうな顔をしていたが。









「さて、ヒロさん。まず、こちらの情報から差し出しましょう」


 コーヒーを一口つけただけで机に置き、情報交換という名の交渉を再開するアデット。

 ちなみに隣のアテリナは砂糖を入れたコーヒーをクピクピと飲んでいて、こちらの話にはもう無関心のようだ。


「雪姫さんからの救援要請を受け、その場に駆けつけましたが、雪姫さんを見つけることはできませんでした。その場に在ったのは、数十体のラットの残骸、これは強力な兵器か何かで焼き焦がされていました。そして、人型機械種と思われる残骸、こちらは鋭い刃物のようなものでバラバラに切断されていた状態でした」


「ラット?人型機械種?それは雪姫さんが従属させていた機械種なのか?俺が知っているのは、モラという小間使いと、ルフっていうウルフだけだ。あと、パサーっていう護衛もいるって言っていたな」


「ほう?そこまで教えられているのですか。随分、短い時間で親密になられたのですね。確かにヒロさんがおっしゃった3体は雪姫さんが従属していて、普段から身の回りの世話や、護衛をさせているようですが、その場でその3体の痕跡は見つかりませんでした」


「・・・それってどういう意味だ。雪姫さんが従属させていた機械種は見つからなくて、関係の無い機械種の残骸がその場にあるって?」


「分かりません。これ以上推測するには情報不足です。ヒロさん、何か雪姫さんから聞いていることはありませんか?最近、何かに狙われている気がするとか・・・」


 なんだろう?

 アデットが俺に何かを期待しているような目をしている。


 んん、ひょっとして、コイツ・・・やっぱり・・・

 

 元々、俺もその流れに持って行くつもりだったのだ。

 アデットもそれが望ましいと思っているなら、好都合だ。


「あ、そう言えば・・・」


 ワザと何かを思い出したかのように言葉を切る。

 この辺りは演技が難しい。ワザとらしく見えない様にしなければ。

 本当に必要なのかとも思うけど、ここまで来たらやり切らないと。


「どうしました?ヒロさん。何か思い出しましたか?」


「ああ、別れる時に、雪姫さんがこういって言っていた気が・・・『しばらく身を隠す』って」


「それは!!・・・なるほど。それならば、彼女も、彼女が従属している機械種も見当たらないのも理由がつく。ヒロさん、どうやら雪姫さんは無事のようですね」


「どういうことだ?」


「・・・これは幾つかのパターンが推測されますが、まず、雪姫さんが何者かに襲われて救援要請をしたというケース。この場合は、現場に残されていた人型機械種が襲撃者達の一味であった可能性が高くなります。そして、雪姫さんが救援が来る前に、その襲撃者を撃退して、そのまま身を隠しているということが考えられる」


「なぜ、撃退したと分かるんだ。襲撃者もその1体だけとは限らないだろう?他の機体が雪姫さんを攫っていったのかもしれない」


「いえ、その場合は彼女が従属している機械種3体の残骸が残っているはず。必ず彼女の身をも守ろうとするでしょうし、その3体を破壊しないと彼女を攫うことは不可能です。また、人型機械種の残骸を片付けずに残していていったようですから、3体の残骸だけ回収したとは思えません」


 ・・・そうか。護衛たるモラやルフ、パサーを掻い潜って、雪姫だけ攫って逃げたとしても、感応士である彼女は、離れていても従属している機械種に意思を伝えることができる。

 誘拐する為には従属している機械種を破壊しないと、すぐに追いつかれてしまうということか。


「3体ごと攫っていったという可能性は?」


「活動中の機械種を攫うのは非常に困難です。それだけの戦力差があるなら、あの場に軍隊レベルの戦力が集まっていたことになります。それだけの人間を集めるのは無理があるでしょう」


「いや、人間じゃなくて、強い機械種の可能性もあるだろう?ほら、ストロングタイプとか・・・」


「ヒロさん、雪姫さんは感応士ですよ。強い機械種をそろえればそろえるほど、マスター権を強奪されて、敵に回るだけです。あと、戦場と思われるあの廃墟はギリギリ白鐘の効果範囲内です。感応士ならともかく、普通の機械種であれば非殺傷武器による反撃しかできません。だから今回の襲撃者は人間が多いはずなんです」


 実際に雪姫が感応士としての力を使ったところは、ほとんど見ていないんだよな。

 でも、感応士を敵に回すと、従属させている機械種を軒並み乗っ取られる可能性があるのか。

 そう考えると、感応士が恐れられているのも分かる気がする。

 最大の戦力である機械種が、蒼石も使わず無力化され、敵に回ってしまう。

 おまけに白鐘の効果範囲でも、従属する機械種へ、人間を攻撃する命令をだせるだから。 


「感応士対策として、防冠を山ほど装備するとか、源種をそろえるとか、レジェンドタイプを用意するとかありますが、そこまでいくとあまり現実的な話ではなくなります」


「相手が感応士を用意したという可能性は?」


「・・・今回、雪姫さんを襲撃したという事実が本当であれば、敵は『鐘割(かねわり)』の可能性が高い。『鐘割』は全ての感応士を憎んでいますので、それは無いと思われます」


 また、新しい単語が出てきた。

『鐘割』か。その名の通り、白鐘を壊して回る連中なのだろうか?


「たとえ襲撃者が『鐘割』ではなくて、感応士を用意していたとしても、『鐘守』たる雪姫さんが後れを取るとは思えませんよ」




 ここまでの話で分かったことがある。


 コイツ、絶対に雪姫が自分で身を隠したことにして、この話を終わらせる気だ。


 その為にわざわざ『鐘割』とか言う、犯人に仕立て上げても問題のなさそうなテロ組織みたいのを持ち出してきやがった。

 

 そりゃそうか。白狼団は教会から『鐘守』のサポートを依頼されているんだ。

 当然、それには護衛とかも含まれているに違いない。

 

 そんな中、サポートの対象である『鐘守』が誰かに殺されでもしたらどうなる?

 誰かが責任を取らなくてはならなくなるだろう。

 だが、その『鐘守』が自分で姿を消したのなら話は別だ。


 元々好き勝手に動いていた雪姫だ。

 急に姿が見えなくなってしまっても、当面問題にはならないだろう。


 そして、その間に『魔弾の射手』は中央へ行く準備を整える。

 ここから離れてしまえば、問題が持ち上がる頃には責任者ではなくなるということか。



 アデット、お前なら日本に来てサラリーマンをやってても出世できそうだ。


 ふっと力が抜けて、今まで緊張してきたのが馬鹿みたいに思えてきた。


 俺の交渉はなんだったのか?


 いや、もちろん、俺が馬鹿正直に本当のことを言ってしまっていたら、アデットもそれなりの対処を迫られただろう。

 俺が正直に言わなくても、疑わしい所が残れば、そう本部に報告せざるを得ないはず。

 ある程度俺が筋道を立てることができたから、アデットがそれに乗っかってきたに過ぎない。

 だから俺の交渉も無駄ではなかったはず・・・と信じたい。



 ぼんやりとそんなことを考えながら、俺に構わず自説を語っているアデットに目を向ける。


 

「2つ目のパターンですが、雪姫さんの自演というケースです。この場合は身を隠す為のカモフラージュとして救援要請を・・・」



 すでに俺の耳にはアデットの話は入ってきていない。

 興味のないラジオが流れているかのように、耳を通り過ぎていくだけだ。 


 俺がほとんど聞いていないのにも関わらず、嬉しそうに話を続けるアデット。



 椅子にもたれ掛かって、全身の力を抜く。


 何をやっていたんだろうね?俺は・・・


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