第137話 交渉3


 さて、ここからが第2ラウンドだな。

 

 アデット。君はこの異世界ではかなり優秀な人間なのだろう。


 その若さでここまでの組織を統率し、自身の心体技を鍛え上げて武芸百般とまで称えられ、まさに知勇兼備の英雄候補といったところ。

 交渉においてもバックである白狼団や、スラムチームの猛者どもともやり合ってきたに違いない。


 しかしだ。如何せん君はまだ若い。

 こういった交渉には場数が物を言うんだ。

 この異世界、このアポカリプス世界では、交渉での場数を踏む機会ということにおいて、元の世界と比べてあまりにも条件が悪い。


 一つ、この世界には人が少ない。人が少なければ自然と交渉の機会も減ってしまう。

 君は知らないだろうが、元の世界には文字通り溢れるほどの人が存在しているんだ。


 一つ、君はこのアポカリプス世界において、交渉事に暴力を選択肢に入れて臨んでいることが多いはず。それはいけない。今回の交渉に暴力、又は暴力を前提とした威圧は、俺には通用しない。それに安易に暴力に頼ることで、本当の交渉力が損なわれてしまう。


 一つ、君は交渉事を経験則でしか学べていない。そりゃそうだ。こんな世界で交渉事を専門にしている勉学なんてあるわけない。精々、先輩から教えてもらうくらいだろう。

 元の世界には、交渉術だけを取り扱った本が無数に存在している。それだけで知識量が圧倒的に変わってくる。



 そして、何より・・・


 日本のサラリーマン、特に営業をやっていると、嘘や誇張、言い訳、誤魔化しが得意になるんだよ(勝手な偏見です)。

 サラリーマン生活を20年近く過ごしてきた中で、どれだけ失敗やクレームを口先だけで誤魔化してきたことか。


 物を買ってもらう為に、あえて本当のことを言わないという嘘。又は嘘と呼べないくらいの誇張。

 目標を達成できなかったときのいい訳。

 納期が間に合わなかった時の責任の所在の誤魔化し。

 顧客を怒らせた時の責任追及の躱し方。


 狩人が銃で機械種と戦っているならば、サラリーマンは口先で社会と戦っているんだ。 



 この分野については、お前に負けるわけにはいかない。

 


 さあ、始めよう。

 俺が騙し切るのか、それとも、お前が俺の嘘を見抜くのか。


 まあ、偉そうなことを言ってはいるが、最悪、騙し切れなくても、顔を変えて逃げればいいやと考えているから臨める交渉でもある。

 流石に生死をかけた交渉なんて、サラリーマン時代でも経験していないからね。







 俺はアデットの目を見つめたまま、口を開いた。


「分かった。俺の知っていることを話すとしよう」


 それだけ言って、席にドンと腰を下ろす。


 両肘を机におき、顔の前で拳を組んで、口元を隠すかのような姿勢を取る。


 ここからは、失言一つでアウトになる可能性もある。また、表情を読まれることもできるだけ避けたい。

 気持ちを落ち着かせて、自分がこれから構築しようとしている物語に矛盾がないか、もう一度頭を巡らして確認する。



 大丈夫だ。元々、感応士たる鐘守は、スラムの少年がどうこうできる存在ではない。

 無数に従える機械種。見えない護衛。時間さえかければ、小さな街一つすら落とすことのできる武力を備えている。


 アデットだって、俺1人で雪姫を害することができると思っていないだろう。


 ただし、不自然な実力を持つ俺を、どこかの勢力の手先として見ている可能性はある。

 雪姫を油断させる為に一役買ったくらいに思っていても不思議ではない。



 俺が雪姫の救援要請の原因と関わっていると疑われたままならアウト。

 俺が無関係と思ってもらえればセーフ。



 まあ、たとえアウトを取られても、いきなり襲いかかられることはなさそうだ。


 アデット自身に雪姫と親しい交流があったわけでないから、バックの白狼団からの依頼を受けて動いているだけのはず。

 おそらく俺の弱みを握り合って、俺を『魔弾の射手』に取り込みたいだけなのではないだろうか。

 そもそも、戦闘になる可能性があるならば、妹のアテリナをここに置いておきはしないだろうし。







「依頼を受けたんだ。雪姫さんから」


 この部分は明らかに嘘だ。しかし、確かめようもない嘘。

 俺が不自然な態度にならない限りはバレようが無い。

 だから極力、短く、簡潔に、要点だけを語るようにする。

 真実でない部分に、余計なものを付け足していけば、どんどん不自然な状態になっていく。ここは自分の口で語るより、相手に想像させてしまった方が良い。



 おや?

 なぜか、アテリナの目がキツくなった。

 なぜか俺を睨んでいるような・・・



 俺がアテリナの様子が気になって、声をかけようかと思ったところへ、アデットがそれを遮るように質問を投げかけてくる。 



「ヒロさん、ちょっといいですか?今、依頼と言われましたが、先ほど雪姫さんから呼び出されたのはプライベートなことだと言っていませんでしたか?」


 訝し気に俺の話の矛盾点を突いてくるアデット。

 それは分かっている。そこはワザとそうしていた所なのだから。


「見栄ぐらい張ったっていいだろう!俺だって初めは舞い上がっていたんだから」


 バツの悪そうな顔を見せてやる。

 分かるだろう?アデット、お前も男なんだから。見栄ぐらい張りたいときもあるだろう。そこに共感してくれたのなら、それだけでプラス1だ。


「ふむ。分かりました。それで依頼と言うのは?」



 ここだ!

 ここで爆弾を見せつけてやる。


 お前は今、冷静に俺の話に嘘が無いかどうかを疑っている。

 だからその前提を崩してやろう。

 絶対に在りえない物を見た時、人間がどれだけ狼狽するのかを思い知れ!



 俺は無言で後ろに振り返って、椅子の背にかけたナップサックに手を入れる。

 

 視界の端でアデットが少しだけ腰を浮かしたのが分かった。

 俺が武器を取り出すのではと思ったのだろう。



 残念。俺が今から取り出すのは、武器以上の『ナニカ』だよ。


 

 ナップサックに手を入れながら、中に入っていた銃やブロック、水筒なんかを七宝袋に収納する。

 代わりに『ナニカ』を七宝袋から取り出して、ナップサックから取り出したように見せる。



「雪姫さんから、コレをシティに運ぶようにと依頼を受けたんだ」



 ゴトッ




「馬鹿な!!」

「ええっ!!」




 俺が『ナニカ』をテーブルの上に置いた瞬間、アデットとアテリナは、被せた様に悲鳴に近い驚きの声を上げた。



 テーブルに鎮座する20センチ程の楕円形の宝玉。

 それは天井からの照明に照らされて、鮮血ごとき紅の輝きを放っている。


 


「こ、これは・・まさか、紅石?しかし、この大きさは・・・」


「え、やっぱり紅石だったの?これ本物?」



 2人の驚いた表情はよく似ている。やはり兄妹なのだろう。

 2人の視線は、目の前に置かれた『ナニカ』、紅姫カーリーから回収した紅石に釘づけだ。

 

 特にアデットは食い入るように紅石を見つめている。

 その目の奥には燃え盛るような感情の炎が見え隠れしていた。

 


 この紅石を出すかどうかは非常に迷った。

 キマイラから回収した晶石でもいいかなとも思ったが、ここはより価値の高い紅石を出すべきだと最終的に判断したのだ。


 ・・・少しだけ、その場の勢いで出してしまった感はあるけれど。


 もちろん、これを出すことで俺が狙われるリスクがあるのは承知しているし、さらに、最悪、この場で襲いかかられることだって絶対無いとは言い切れない。


 現にアデットの食いつき具合は異様だ。普段の冷静さ等吹き飛んでしまっている。

 この紅石をどうやって俺から奪おうと考えている可能性だってあるのだ。



 

 ウバワレル!!


 いつもの『俺の内なる咆哮』が一唸り。


 来ると思った。

 分かっていれば対処もしやすいな。

 あくまで可能性の話だから大人しくしておいてくれ。


 


 さて、本当に襲いかかってきたら、その時は容赦はしない。『魔弾の射手』はここで壊滅するだろう。皆殺しにするかどうかは、その時の『俺の内なる咆哮』次第になるだろうが。

 


 ・・・頭の中に、『魔弾の射手』を自慢げに紹介するアテリナの顔が浮かぶ。



 できれば、穏便に済ませたいけどね。アデットにはちょっとだけ世話になったし、アテリナとは少し会話した程度だが、良い子なのは間違いないんだ。


 今日一日でヒロイン候補を2人も殺してしまうなんてしたくは無い。







「すみません、ヒロさん。紅石に心を奪われてしまっていました。私としたことが情けない・・・」


 珍しく落ち込んだような表情をするアデット。

 完璧主義らしい彼の性格上、自分の感情を露わにするのは許せないんだろうな。


「やっぱり貴重な物なんだ?紅石って」


「紅石であるということもそうですが、これほどの大きさの物は見たことがありません。と言っても、私が見たことがあるのは過去2回だけですが・・・」


「ふーん。普通の紅石はもっと小さいのか。コイツももう少し小さかったら運びやすかったのに」


 本当はどれくらい価値があるのか聞いてみたいところだが、それは悪手だろう。

 極力、紅石に興味があると思われない方が良い。


「ヒロさん、貴方はやはり欲のない方なのですね。これ一つで下手をすると国が割れるレベルの宝ですよ。中央の一流猟兵団をいくつも丸ごと買い取ることができるでしょう」


「イマイチぴんと来ない例えだな。まあ、すごく高価な物ってのは分かったよ」


「ふう、ヒロさん。正直言いまして、貴方がそれを持ち逃げしない理由を探す方が難しいくらいです。もちろん、私達に見せた以上、そんなつもりは無い事くらい分かりますが」


 持ち逃げも何も、元々、俺の物だからな。

 さらに言えば、もう二度と手に入れられない程の物ではない。

 俺の実力からすれば、いずれ他の紅石も手に入れられるのは確定していると言ってもいい。


 紅姫というものがあの程度ならば、今後も比較的容易に入手できるだろう。

 逆に『魔弾の射手』、そして、そのバックにある『白狼団』、さらにその奥の『教会』、それらと一旦敵対関係になってしまうと、そのリカバーは容易ではない。

 リカバーするつもりもなく、『チームトルネラに所属していたヒロ』という存在を完全に消してしまえば、この場合は今後顔を変えて違う名前を名乗ることになるだろうが、問題は無くなるかもしれない。

 しかし、それはこのスラムで築き上げてきた一切を失うことになる。

 もう二度と、ヒロの名前でチームトルネラの皆に会いに来ることはできなくなってしまうはずだ。


 俺にとっては紅石よりも、チームトルネラとの絆の方が重要なのだ。





「逆に、ヒロさんが雪姫さんにどのような報酬を提示されたのかが気になりますね」


 言葉通りアデットは興味深そうにこちらを見つめている。疑いのランクは一段下がったとみてよさそうだ。


 しかし、それは考えてなかったな。下手なことを言うよりは・・・


「あんまり言いたくないけど、まあ、いいか。シティについたら雪姫さんとデートの約束している」


 これは本当だ。未来視での話だが。なぜか甘味処で俺が奢るという約束をしていた。


 あまりの予想もしない返答に、アデットは少しだけ頭をフラつかせる。

 常識外れの俺の行動に、呆れを通り越して目まいを起こしたようだ。

 

 逆にアテリナは俺の言葉に感銘を受けたようで、目をキラキラさせている。


「へえー。いいとこあるじゃない。依頼じゃなくて、美女からのお願いを聞いてあげたってところね。それでお礼がデートだなんて、まるで物語みたい」


 物語ですから。ただし、俺の未来視であった本当の出来事だ。

 しかし、アテリナは随分好意的に見てくれているな。兄のアデットとは違って、こういったシチュエーションに憧れているのかもしれないな。


「シティの甘味処で、パフェというのを奢る約束をしているんだ」


 雪姫が言うには、甘いジュースにクリームドロップというものを浮かべた物らしい。アップルブロックや、オレンジブロック等も入っている物もあるという。


「ああっ!それ、中央にいた時に私も聞いたことがある。ドーラと機会があったら食べに行きたいねって話してた・・・・・・どうしたの?兄貴、さっきから頭を押さえて。頭痛?」


「・・・いや、自分の常識が少し崩れそうになってね。・・・なるほど。ヒロさんがそういう人間だから、雪姫さんも君に依頼したのでしょう。多分、事前に色々とヒロさんの情報を集めていて、あの総会の時は、君と言う人間を直に会って、確認していたということか」


 流石アデット。方向性は違うが、だいたいあってる。


 ひょっとして、アデットはジュードかサラヤから、俺が全く報酬を受け取ろうとしない無欲、又は酔狂な人間だと聞いていたのかもしれない。

 だから報酬がデートだなんていう非常識なことに対して、以前から聞いているヒロという人間ならありうると思ってくれたのかも。


「そう言えば、彼女は甘いものがお好きでしたね。私が初めて雪姫さんとお会いした時、手土産にハニードロップの詰め合わせを持って行ったのですが、『足りないからもっと持ってきて』と言われたのを覚えていますよ」



 アイツ!!

 鐘守としての立場から物を貰う時は、妙に遠慮が無くなるからな。

 あれだけ俺がそういう真似はやめろと言っているのに・・・



 ・・・違う。記憶と未来視がごっちゃになっているぞ。

 自分まで誤魔化し過ぎて、記憶が混在してきている。

 イカンな。気を付けないと、現実に起きた過去と、未来視で起きたことの区別がつかなくなってきそうだ。

 


 俺の思考が別のことに気を取られている間に、アデットは自分で結論を出したようで、今まで少しだけ固かった表情を和らげ、俺にいつもの穏やかな笑みを向けてくる。


「どうやらヒロさんが、雪姫さんから依頼を受けたのは間違いないようですね。これほどの紅石を手に入れられるのは鐘守くらいでないと難しい。それに、先ほどからの話でも、貴方と雪姫さんとが友好的な関係にあったのは明らかです」


 お、やったか。頭の良い奴は、自分で自分を納得させる理由を考えついてしまうところがあるからな。情報を小出しにしていくだけで、勝手に情報の補完をしていってくれる。しかも、自分で立てた推測だから、間違っているとは思わない。


「雪姫さんのピジョンが告げたヒロさんの名前の意味は、彼に会って話を聞け、若しくは、依頼の助力をせよという意味だったのでしょう。全く、もう少しわかりやすくメッセージを入れておいてくれれば良かったのに」


 それで俺は助かったんだけどな。


「ヒロさん。ここはお互い情報交換と行きませんか。貴方も雪姫さんが心配でしょうが、正確な情報を持っていないと、闇雲に探し回ることになりますよ」


「ああ、分かった。アデットの言う通りだ。俺も焦ってしまったようだ」







 今までのピリピリとした緊張感漂う交渉と言う名の戦場から、穏やかな雰囲気へと一転する。


 これはミッションクリアといったところか。


 交渉に成功したというよりは、ほとんど紅石という飛び道具が功を奏したという感じだな。アデットも思考を乱されて、俺への追及をほとんどしてこなかったし。


 懸念事項として、俺が出した紅石を雪姫から奪った物と思われる可能性があったけど、それについては杞憂だったようだ。

 まあ、『鐘守』を害してまで奪った物を、それを疑っている人の前にポンっと出す人間はいないだろうから、それについては考慮の対象外としてくれたのだろう。


 意外と簡単に切り抜けられたことに、ちょっとだけ拍子抜けした感が否めない。


 アデットも所詮人の子ということだろうか。




 ・・・若しくは、アデットもそこまで本格的に俺を追及するつもりがなかったということも考えられる。


 アデットにとって、雪姫も、教会もどうでも良くて、バックである白狼団からの依頼だから嫌々動いているに過ぎない。

 だから、ここで俺と敵対して面倒事になるよりも、落としどころを見つけて、さっさと報告書を仕上げて終わりにしたいだけなのかもしれない。

 真相究明よりも、将来的な戦力になりうる俺と友好的な関係を築いておくということを選んだだけなのかも。

 交渉の中で、俺の弱みでも握ることができればラッキーくらいに思っていたことだって考えられる。

 


 アデットは穏やかな表情を浮かべたまま。

 俺程度の洞察力では、彼の本心を読み取ることなんてできるはずもない。



 果たして勝ったのはどちらなのか?



 俺はテーブルの上のコーヒーを最後まで飲み干す。


 もう冷めてしまったコーヒーの苦みが、俺の舌に刺すような刺激を与えてきた。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る