第136話 交渉2


 なぜここに雪姫のピジョンが!



 いや、偶然か?


 そんなわけあるか!

 これだけアデットが意味ありげに見せてきて、全くの偶然であるはずがない。



「どうしたのですか、ヒロさん。この白いピジョンに見覚えでも?」


 何気ない風を装って、質問を投げかけてくるアデット。


 

 しまった!表情を読まれたか。

 アデットがここに出してきた理由を考えるのは後だ!

 今はポーカーフェイスを保て!

 驚きを悟られるな!

 


 アデットは薄っすらと笑みを浮かべたまま、こちらの挙動を逃すまいとばかりに見つけてきている。


 ひょっとしてアテリナは、初めから俺をここへ連れてくることが目的だった?


 アデットへ目を向けたまま、視界の端に映るアテリナの姿を確認する。


 しかし、アテリナは何もわかっていなさそうにピジョンを眺めているだけだ。



 考え過ぎか。


 俺がアテリナへの接触を試みたのは、ほんの気まぐれに過ぎない。

 俺との出会いから仕組まれていたという可能性は皆無だろう。


 アテリナはアデットが朝、急な用事で本部から呼び出されたと言っていた。

 では、その呼び出された理由と言うのが、雪姫の白いピジョンと何か関係があるのかもしれないが。


 

 ・・・いや、そんなことよりも、先に考えないといけないことがある。



 まずはアデットの質問に対する俺の第一声を早急に決めなくてはならない。

 

 全く知らないフリをするのか、ある程度知っていると正直に話すのか。

 どちらにもメリット、デメリットがあるが、どの選択肢を選ぶかで、この次の会話の流れが大きく変わる。

 しかもアデットが持っている情報如何によって、どちらかを選んだ時点で詰みの状態になる可能性がある。


 どうする?あと、数秒のうちに決めないと、余計に不信がられるぞ。



 ・・・どうしても先手を取られてしまっている。


 不利な立場で嘘をつくのは良くない。追い詰められてつく嘘はバレやすいのだ。

 ならばある程度正直に話そう。絶対に隠さないといけない部分を本当の話で包み込む。これが最も嘘がばれにくい方法だ。




「見覚えがあるというか、昨日の夜と、今日の朝に見たところだぞ」


「ほう、それは偶然ですね。この白いピジョンはメッセンジャーとして、感応士がよく使用するモノなのです」


「へえ、感応士だけ?機械種使いは使わないのかい?」


「白鐘の恩寵が届く街中だけなら使用できるのですけどね。感応士が使えば、恩寵外でも飛ばせることができますが、機械種使いはそうはいきません」


「ああ、そうか。機械種使いが近くにいないと、街の外に出したらレッドオーダーされてしまうのか」


「ええ。まあ、この街で白いピジョンをメッセンジャーとして利用しているのは、雪姫さんくらいでしょう。ちなみにお聞きしたいのですが・・・」


 ほらきた。

 やっぱり雪姫のピジョンだったのか。

 なぜアデットの手に渡ったのだろう?


「ヒロさんが白いピジョン見たという昨日の夜と、今日の朝。それはどの辺りで見かけられたのでしょう?」


 なかなか踏み込んでこないな。それとも俺がどこまで誤魔化そうとしているのかを試すつもりか。

 ならここはストレートに行くとしよう。


「見たというか、雪姫さんからお誘いを受けてな。その白いピジョンで」


 ちょっとばかり自慢そうな顔をアデットに向ける。



「ふむ。雪姫さんからお誘いとは・・・。なかなかやりますね。そう言えば総会の時、雪姫さんから声をかけられていてようですが、その件でですか?」


「うーん。彼女とはプライベートのことなのでね。詳しいことを話すのは遠慮させてもらおう」


 気障っぽく装って、サラリと躱そうとしているかのように見せる。

 イケメン俳優が熱愛中と噂される女性について聞かれた時のように。

 これは相手からの突っ込み所を用意しておく為だ。


 ・・・こら、アテリナ。こっちを見て『キモッ』って顔をするな。

 結構傷つくんだぞ。


 

「ふむ。そうですか。プライベートのことなのであれば、これ以上聞くのは野暮というものなのですが・・・」


 スッとアデットの目に、こちらを射抜くような鋭い光が灯る。


「こちらにも事情がありましてね。ここはあえて聞かないといけないのです。ヒロさん。これは真面目な話なのですが、昨日の夜から今日の朝にかけて、雪姫さんとお会いになられたのですね」


 そういう言い方だと、俺が雪姫と一夜を過ごしたように聞こえるな・・・

 そういう関係になりたかったなあ。

 

「何でそんなこと話さなきゃならないんだ?関係の無い話だろう?」


 少しムッとして表情で返す。

 俺が全く事情を知らないとすれば、そう返すのが自然だろう。


 雪姫と会ったことは隠せない。そこまで嘘をつくと必ずボロが出る。

 嘘をつく部分は、絶対にアデットが調べようがないことについてのみ。


「いえ。雪姫さんとは少しばかり縁がありましてね。私が直接と言うよりは、『魔弾の射手』のバックについてもらっている『白狼団』経由ですが」


「白狼団?」


「ええ。『白』の字が入っているから分かると思いますが、教会とは縁の深い猟兵団でして、各地に派遣されている『鐘守』のサポートなんかもしているのです。当然、この街に滞在している雪姫さんのサポートも白狼団の仕事の一つです」


 ああ、確かに俺の未来視で見た雪姫との暮らしの中で、白狼団と思われる事務所に訪問したことがあったな。

 しかし、全然、猟兵団っぽい雰囲気はなかったけど。


 淡々と事実を語っていくアデット。どこかで爆弾を放り込んでくるはず。

 その時は驚いたフリをしないと。


「まあ、あまり人付き合いの良くない方ですので、サポートするような機会もほとんどないのですが・・・」


 そうだろうな。俺の記憶でも雪姫が白狼団へ、何かを頼んでいる様子はほとんどなかった。

 白狼団よりもバーナー商会へ出かけた回数の方が多いだろう。


「この街の白狼団の人員は、連絡員程度しかいないくて、実際に動くときは、その下請けである『魔弾の射手』が動くことになっているのです。しかし、今回、色々とトラブルがありましてね」



 来たか!


 俺は今、あの幸せな未来視で見た光景の途中にいるんだ。

 そう思い込むんだ!


 今の俺は雪姫のことを一番に考えている。

 思い出せ!あの時の思いを。あの時の感情を。


 そうすれば自然と驚きが表現されるはず。


 

 

「今日の午前中、この雪姫さんが使役している白のピジョンが、白狼団の事務所に飛び込んできたんです。救援要請として」


 


「ええっ!!ど、どういうことだ!雪姫さんからの救援要請なのか!」



 椅子から立ち上がって、テーブル越しにアデットへ詰め寄る。


 雪姫はまだどこかにいる。今、俺とは用事で離れているだけ。

 そう思い込んだことで、植え付けられた偽りの感情が俺を急き立てる。



「落ち着いてください。ヒロさん。これから事情を話しますので」


 俺を宥めるように両手で制してくるアデット。


 俺はジロッと強めの視線をアデットに投げかけて、不承不承と言う感じで席に着いた。



 

 ここまでは大丈夫だな。特に不審にも思われなかったはず。


 自分の演技に満足しながら、アデットの方に目をやると、アデットは隣のアテリナと視線を躱していた。


 アテリナはアデットに頷きを返していたようだが・・・


 んん?何をアイコンタクトしているんだ?

 アテリナが、交渉が得意のようにも見えないけど。


 俺が訝し気な視線を向けると、それに気づいたアデットが俺に向き直る。


「ああ、すみません。では事情を説明しましょう。救援要請が飛び込んできたのは、おそらく今日の朝から午前中にかけて。時間が不確定なのは、こちら側の不手際です。なにせ連絡員といっても、こんな辺境の街にいる時点で質があまり良くなくて・・・」



 なるほど。時間に厳格な日本のサラリーマンじゃないんだ。そうったこともあるだろう。この点は俺が有利に働くな。

 しかし、油断は禁物だ。それがアデットの欺瞞情報の可能性もある。

 あまりこちらに都合よく取らない方が良さそうだ。



「それで雪姫さんは無事だったのか!」


 イライラを表すように、強めの口調で問い詰める。

 やり過ぎは良くないが、こういった演技も後になってから効いてくるのだ。


 俺が構築しようとしている物語には、こういった演出が必要になってくる。


 『ああ、だからあの時、苛立っていたのか』、『確かに、そう思っていたなら、その態度も分かる』というふうに、所謂伏線というものを埋めて置くことで、これからつく嘘の補強を行うことができる。


 ただ、俺が植え付けた偽りの感情が、演技の部分を越えて俺を突き動かそうとしている。

 俺の拙い演技力をカバーしてくれていると思えば、今のところ問題はないのだけれど。



 アデットは一呼吸おいてから、簡潔に結論を述べる。


「今の時点では不明です。分かっているのは、今日の午前中に危機的な状況に陥って助けを求めたこと。その後、それを伝えたピジョンがスリープ状態へ移行したこと。そして、急いでピジョンが伝えた場所に向かいましたが、雪姫さんを見つけることができなかったこと。この3つです」


 ・・・『ピジョンが伝えた場所』か。

 場所を伝えることができるのなら、おそらくピジョンは他の情報を伝えているはず。


 たとえば争っている相手、即ち『俺の名前』とか。


 しかし、『ヒロという人間に襲われている』と伝えていれば、いちいちこんな茶番を開く必要ないだろう。

 アデットは、下手人が俺と分かっていながら、俺がどんないい訳をするのかを楽しむような人間ではないはずだ。



 ・・・元々雪姫は非常に口数が少ないタイプだ。それが親しくない相手になると、さらに少なくなってしまう。

 そんな時の彼女は、最低限の要点しか述べず、相手に意味が通じていないこともあった。


 1年近く雪姫の近くにいれば、なんとなくだが、ピジョンに届けさせたメッセージの内容にも想像がつく。



 『助けを求める』、『場所は・・・・・』、『チームトルネラのヒロ』



 ありうる。

 アイツは自分が話したことは、当然、相手も分かっているはずと思い込んでいることが多いんだ。だから俺が後でフォローを入れなきゃならないことが・・・



 いや、それより今はアデットへの演技を続けないと。



「そのピジョンがスリープ状態になった理由は?」


「2つ可能性があります。1つは雪姫さんがそう命じた可能性、理由は分かりませんが。もう1つは雪姫さんとの接続が切れた・・・つまり・・・」



 バン!! 



 両手で机を叩く。

 思いっきり叩くと机を壊してしまうから、力加減が難しい。



「アデット!場所はどこなんだ?教えてくれ!」



 語気を荒げて身を乗り出し、アデットを問い詰める。

 アデットは、そんな俺を冷静な目で見つめているだけ。

 俺の何かを値踏みするかのような視線だ。



 俺とアデットの視線がぶつかり合う。

 目は反らさない。これは鉄則だ。


 もとろん、それだけじゃ駄目だ。目から感情を読み取られるかもしれない。

 もっとだ。もっと思い出せ!雪姫と過ごした日々を。あの幸せに満ちた日々を。

 雪姫への思いを俺の心の中に満たしていくんだ!


 今の俺の雪姫への思いは本物だ。本物である以上、そこに嘘は無いんだ!


 だから、アデット。お前がいかに洞察力に優れていても、嘘が無い以上、見抜くことはできないんだよ。

 

 


 俺とアデットが睨み合っていたのは1分少々。

 無言で続いた攻防。

 そんな場面に耐えきれなくなったのか、隣に座るアテリナが口を挟んできた。

 


「兄貴、ほら、ヒロが、その雪姫って人を心配しているのは本当みたいだから、教えて上げてよ」


 俺の剣幕に感化されたのか、意外にもアテリナが俺の援護に回ってくれる。


 そんなアテリナの援護が功を奏したのか、しばらく無言であったアデットがようやく口を開く。



「その場所に行っても無駄ですよ。戦いの跡が残っていましたし、機械種の残骸も発見しましたが、雪姫さんだけはどれだけ探しても見つけることはできなかったのですから」


「だからって何にもしないわけには・・・」


「ヒロさん。貴方は何の用事で雪姫さんとお会いになられたのですか?これは白狼団と教会との問題です。これ以上の情報提供を求めるなら、貴方のこともきちんと話してもらわないといけません」


 これだけは譲れないとばかりに、アデットは口を真一文字に結ぶ。

 

 またも交差する俺とアデットの視線。


 そして・・・


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