第135話 報酬2


 俺の目の前に置かれたホットコーヒー。

 きちんとコーヒーカップに注がれていて、暖かそうな湯気を立てている。


 もう随分飲んでいないような気がするな。

 前にインスタントコーヒーを無理やり水で流し込んだことはあったけど。


 まさかこんなの所で飲めるとは思ってもみなかった。




「温かいうちにどうぞ。ヒロさん」

 

 まるでウエイターのようにコーヒーを勧めてくれるアデット。

 

 ここは『魔弾の射手』の拠点。

 超大型バスの中を事務所に改造した施設の一室。

 おそらくは来客用の部屋だろう。クラシックな雰囲気の趣味の良い部屋模様だ。


 重厚感のある木製丸テーブルを囲んで、俺とアデット、それにアデットの妹であるアテリナが向かい合っている形だ。


 こうして並んでいると、確かによく似ていることがわかる。

 まあ、男女の違いがあるから、言われなければ気づくのは難しいけど。

 どちらも美形であることは間違いない。多分両親も美形だったんだろうな。


 拠点に帰ってからのアテリナは、身内が近くにいるせいか、雰囲気がぐっと柔らかくなっている。というか、ちょっと幼くなっているような?

 

 目の前に置かれたコーヒーカップをツンツンしている仕草なんかを見ていると、最初、俺を叱り飛ばしていたお姉さんのような姿が消し飛んでしまいそうだ。



「兄貴、これってガルナー団長から貰った物でしょう?私、苦いから嫌いなのに・・・」


「貴方が嫌いでも、ヒロさんは好きかもしれない。自分のことを知って貰う為には、自分の好きな物を勧めてみるのが一番ですからね」


 ふむ。アデットもコーヒー好きなのか。それは親近感が湧いてくるな。


 そっとコーヒーカップを手に取って一口頂く。


 口に広がる香ばしい珈琲の香り。舌を軽く刺激する苦み。喉を通るときに感じられる深み。


 俺の好みで言うと少し薄めだが、十分コーヒーと呼べる味だろう。


「いいね。なかなかの味だ」


 俺の感想を聞いて、嬉しそうに微笑むアデット。

 横にいるアテリナは、思い切り『マジかよ!』って顔をしていたが。


「さすがはヒロさん。良く味が分かっていらっしゃる。ますますチームに欲しくなりますね」


「それって関係あるの?スラムチームでコーヒーの味が分かるからって仕事に結びつくとは思えないけど」


「まあ、このスラムでは関係ないでしょうね。でも、私達のチームはいずれ中央に戻る予定です。そうなれば猟兵団の一員として、シティの住人からの依頼を受ける日が来るでしょう。こういった嗜みや教養は彼等との交流では必要なことになりますから・・・分かりましたか、アテリナ」


「ふん、分かったよ。これくらいだったら一飲みで・・・」


 威勢よくグイッとコーヒーカップを傾けるアテリナだが、一口含んだところで顔をしかめて・・・


「苦い!」


 ギブアップとばかりにコーヒーカップをテーブルに戻す。


「アテリナ。一口付けたなら全部飲みなさい」


 厳しい口調で隣のアテリナを叱るアデット。

 なるほど、教育パパならぬ、教育兄だったのか。


 そんなアデットを、下唇を噛みながらじっと睨みつけるアテリナだったが、やがて諦めてコーヒーカップに口を付けてちびちびと飲み始める。

 まるで頭痛に耐えているような飲み方だ。見ているこっちが辛そうになる。

 


 あーあ。そんな不味そうに飲むのはコーヒーに失礼だと思うなあ。


 ・・・これくらい、別にいいか。



 前にサラヤ達のお茶会で使ったシュガースティックを胸ポケットから召喚する。


「はい、どうぞ。これを入れたら飲みやすくなるよ」


 


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 



「凄い!本当に甘くなった!これなら飲める」


 さっきまでのしかめっ面はどこにいったのか、アテルナは美味しそうに砂糖を入れたコーヒーをゴクゴクと飲んでいく。


「アテリナ、コーヒーはそんなにグビグビ飲むものじゃありません」


 また、アデットお兄ちゃんのお叱りが飛ぶが、アテリナはベーっと舌を出して返す。


 そんな様子の妹に、ハアっとため息一つついて、俺に向き直るアデット。


「すみませんね。ヒロさん。ガサツな妹で。御見苦しくさせて申し訳ない」


「いや、元気の良い妹さんで・・・」


「本当に元気だけは良いのがとりえなんですよ。まったく」


「あの、それより、俺をここへ呼んだ用事ってのはなんです?そろそろ遅くなってきたので、拠点に帰りたいんですけど」


 もう俺に用はないはずだ。運んできたオークの部品は、指示された通りトラックの荷台に放り込んだし、俺がヒロであるという証明はアデット自身がしてくれた。


「すみませんね。引き留めてしまって。ヒロさんへの用件は2つ。まずは私の妹が迷惑かけたことへの謝罪とお礼です」


 すっと封筒のようなものをテーブルの上に差し出してくる。

 え、ひょっとして札束が入っているとか・・・違うか。


 封筒を受け取って中を覗いてみると、黒いカードが1枚入っていた。

 これはマテリアルカード・・・お、2000Mも入っている!

 これって日本円にして20万円くらいか。ちょっと貰い過ぎのような・・・


「ちょっと、兄貴!ヒロへの報酬は私が払うって言ったでしょ!」


 コーヒーを飲み終えたアテリナが心外だとばかりにアデットへ食って掛かる。


「貴方の身体を貰ってもヒロさんは喜びませんよ。全く、そんな非常識な報酬を約束するなんて」


「なんでよ!ベルファナ副団長だって、自分の身体を使って、何人もの猛者を引き抜いてきたって・・・」


「貴方と副団長では、女性としての魅力が段違いです。もっと年齢を重ねてから精進しなさい」


「むううううう!私だってもう大人だし!」


 歯を剥き出しにして、アデットに唸るアテリナ。


 そんな妹を見て、ため息をつくアデット。そして俺に向き直り、


「・・・ヒロさん。こんなガサツで落ち着きのない妹ですが、欲しいですか?」


 それ、実の兄の前で答えるのはちょっと難易度高いんですけど。


 そりゃ何のしがらみものなく貰えるんだったら貰いたいけど、絶対に『魔弾の射手』へ引き込まれるだろう。

 アテリナ自身は美少女だし、おっぱいも大きいし、魅力的だとは思うけど、俺の好みからは少し外れているんだよな。


 今のアテリナの格好は、太ももまで見えるホットパンツに、Tシャツ姿。おまけに少しだけ割れた腹筋が見えるセクシースタイルだ。


 タイプで言えば、アスリート系。

 サラヤが部活でスポーツをやっていそうな女の子というなら、アテリナはガチでスポーツに取り組んでいるプロアスリートといったところ。


 俺は文化系だから体育会系とは相性が良くないんだ。

 あと、自分の身体を気軽に報酬に使うような女の子は、ちょっと勘弁してほしい。

 

 だから、君とはご縁が無かったということで・・・



 うお!なんかアテリナにギロッて睨まれた!

 

 おい、君を怒らせるようなことを言ったのは俺じゃなくてアデットだぞ。

 俺に八つ当たりは止めてくれ!


 ・・・アデットの評価はちょっと酷いと思うけど。


 ガサツというか、明るくて元気なのは良いことだ。

 俺の好みはともかく、世間一般的にはスタイルの良い美少女なんだから。

 特にそのおっぱいは貴重なものだ。それは自慢しても良いと思うぞ。


 まあ、ここはアテリナの為にも、フォローを入れてあげるか。 



「その元気なところも魅力の一つじゃないですかね。女の子は明るく笑っているのが一番可愛いと思いますよ」


 俺のフォローをどのように捉えたのか分からないが、アテリナはちょっと俺に流し目をくれて、胸を強調するように腕組みをしながら、自慢げな表情を見せる。


「ふふん。ほら、ヒロだってまんざらじゃなさそうだよ。でも、私の身体が欲しかったら、私に認められないとね」


 ほら、やっぱり、言ってきた。

 そうでなきゃ、そんな簡単に身体をあげるなんて言ってこないよなあ。


「ほう、なら、アテリナはどうやったらヒロさんを認めるつもりだい?」


 んん?いきなり何を言い出すんだアデット。


「そりゃ、私と勝負して勝ったら認めてあげるつもりよ」


「前にも言ったと思うけど、ヒロさんはブルーワを片手で捻っているんだよ。勝てるつもりかい?」


「ふん。確かにヒロは力が強いってのは知っているよ。でも勝負は力だけじゃ決まらないから」


「なるほど・・・、ねえ、ヒロさん。妹がここまで言っているので、勝負してあげてもらえませんか?」


「ええ、なんで!俺は別にアテリナの身体なんて要らないけど・・・」


 アデットは一体何を考えているんだ?

 さっきから妙にチグハグなやり取りをしていたけど。


「もちろん、勝負してもらえるなら、勝敗に関わらず、ヒロさんに気にいっていただける報酬をお渡ししましょう」


 と言って、アデットはテーブルの上に40cm程の木箱を置く。


 え、これが俺の気に入る報酬ってことか?


 アデットの目に促されて、恐る恐る木箱の蓋を開けてみる。





 そこに入っていたのは白い鳩、いや、『機械種の白いピジョン』だった。



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