第134話 拠点


 よく考えれば、アテリナの報酬の話は逃げ道がありそうなんだよな。


 アテリナ達の後ろを歩きながら先ほどの報酬について考えている。

 

 アテリナは『私に【兄貴が言っていたぜひチームにほしい逸材とまで言わせたヒロ】だと認めさせたなら』という条件を付けている。

 つまり、俺がヒロだと分からせることでは不十分で、『兄貴が言っていたぜひチームにほしい逸材とまで言わせた』の部分を認めさせないといけないのだ。


 しかも、どれだけ証拠を積み上げても、力を見せつけても、アテリナが認めないと言ってしまえばそれまでの可能性がある。


 これってちょっとズルくない?


 まあ、そう簡単に身体なんて賭けるものではないんだろうけど。

 俺自身、ちょっと勢いに騙されてしまった感が拭えない。



 前を見れば、アテリナの形の良いお尻が眼に入る。

 歩く度に腰に吊るしたナイフがペシペシと、臀部に当たっては弾むように跳ね返されている。

 

 うーん。俺もお尻をペシペシと叩いてみたいかも・・・


 なんやかんやと色々考えながらも、結局、アテリナのお尻を追いかけてしまう所が、男の性というものなのだろう。





 完全に日が暮れてしまい、辺りはもう真っ暗だ。

 ジャネットが持つ白鈴の光だけが唯一の光源となって周りを照らしてくれている。



 ああ、サラヤ達はどうしているだろうか?

 俺を心配して待ってくれているのではなかろうか?


 こんな時、携帯でもあればすぐに連絡が付けられるのだけど。


 でも、まだ、雪姫のことをサラヤに何て伝えるのかを決められていないんだよな。


 チームトルネラの拠点に戻れるのがいつになるか分からないけど、それまでに覚悟を決めておかないといけないが。


 正直に言うべきか。それとも何かしらの嘘で誤魔化すか。


 正直に報告するのであれば、話は簡単だ。

 俺が発掘品を持っていると誤解していた。

 俺が否定すると従属している機械種で襲いかかってきた。

 その戦闘に巻き込んでしまい、死んでしまった。


 『死んでしまった』のところは正確に言えば『殺してしまった』だが、そこまで正直に言う必要はないだろう。

 サラヤは雪姫に好意的な感情を向けていた。

 たとえ向こうから襲いかかってきたとしても、女性を手にかけたことに対して、サラヤが何も思わないわけがない。

 あと2日と少しでこの街を出ていく身だが、できれば快く送り出してもらいたいと思っているのだ。

 これくらいの嘘なら雪姫も許してくれる・・・ああ、こんな言い方は良くないな。雪姫を利用して自分の心を軽くするのは良くない。自分を許せなくなる。


 俺は自分の為に嘘をつく。誰にも許されるつもりはない。その責任はすべて自分のものだ。それでいいだろう。



「はあ」



 一息だけついて、もう一つの選択肢を検討する。


 雪姫は死んでいないという嘘の報告をするという選択肢だ。

 この場合は雪姫が街を離れたという欺瞞情報をセットで流す必要がある。

 そして、そのもっともらしい理由も考えなくてはならない。


 これについてのメリットはサラヤが悲しまないということ。

 デメリットは万が一、嘘がバレた時、俺の信用が一気に墜落してしまうこと。


 それは初めから俺が殺してしまったと正直に報告するよりも、信用を失ってしまうだろう。もう二度とサラヤは俺に笑顔を向けてくれなくなるのは間違いない。


 ネックは逃がしてしまった雪姫のピジョンだな。

 

 あれが持って行った情報に何が含まれているのか、誰に持って行ったのか。

 それによって、俺が殺害したという情報がサラヤに流れかねない可能性がある。



 さあ、どっちの選択肢を取るのが正解なのだろうか。

 今回については保留は選べない。選んでしまったら、余計に不信感を増してしまう結果になるだろう。

 なぜなら今日以降、雪姫がこのスラムに姿を見せることは無いからだ。


 俺が会いに行ったという日から雪姫が姿を消した。

 それがどんなことを連想されるかは一目瞭然だろう。


 俺がこのまま街を出て拠点に戻らなければ、ひょっとして、俺と雪姫が愛の逃避行をしたという噂に落ち着く可能性もある。

 しかし、それではチームトルネラの課題を中途半端のまま残していくこととなってしまう。


 どちらの選択肢を選ぶにせよ、リスクと感情を天秤にかける必要がある。

 それによって何かを失ってしまうのは間違いないのだ。

 



「はああああああああ」



 あまりの気の重さに、歩きながらため息をつく俺。



「どうしたの?流石に疲れた?」


 おっと、いつの間にかアテリナが隣を歩いている。

 

「いや、ちょっと考え事。今日は色々なことがあったから」


「ふうん。それは君がダンジョンにいた理由?」


 えらくストレートに聞いてくるな。

 第一印象の通り真っ直ぐな性格なのだろう。


「いや、朝の出来事。詳しくは話せないけどね」


「守秘義務ってヤツ?凄いね。私より年下なのに、もう依頼を受けているの?」


 依頼?何か勘違いしている?

 まあ、別にいいか。そのまま誤解しておいてもらうか。


「まあね。たまにだけど。それより、アテリナは何でダンジョンに潜っていたの?今はダンジョンが異常事態だってアデットから聞いていなかった?」


「もちろん知っていたわ。本当は兄貴のパーティがダンジョンへ潜る予定だったのよ。でも、兄貴が急に本部に呼び出しをうけちゃって。だから代わりに私達が探索へ立候補したの」


「え!危ない所って分かっているのに、自分から行くって言ったのか?」


 第一印象通りのアグレッシブさだな。これくらいでないと、女性ながら戦いの場に身を置くなんてできないか。


「私達ならやれると思ったの。その為に最新装備を用意してもらったんだから」


「えっと、機械種を誤認される『音叉』だっけ?あれはたしかに凄いね。あれがあったら奇襲のし放題じゃない?」


「そこまで便利な物じゃないけどね。効果があるのは精々オークぐらいまでだって言うし。それより電磁ネット弾の方が役に立ったかな。あれがなかったら絶対にオークには勝てなかったと思う」


「確かにあの突進は厄介だろうね。特に群れで突撃されたら避けようが無いし。それを封じるにはあのネット弾は有効そうだ」


「・・・君ってオークとやり合ったことがあるの?」


 おっと、少し喋り過ぎたかな。

 アテリナがちょっと首を傾げて俺を覗き込むように見つめている。


「アテリナ達が戦っているのを見てなんとなくそう思っただけだよ」


「ふーん。そう・・・」


 ちょっと不信に思われたかも。知っていることを知らないフリするのは意外と難しいな。


 お互いに微妙に話にくくなり、しばらく無言で足を進める時間が続く。


 足音だけが響いていく夜の街路。


 夜空から降り注ぐ月の光が、歩いている道へ2人の影を落としている。


 こんな年頃の女の子と2人で夜道を歩くなんて、前の世界では経験したことがなかったな。


 ふと、そんなことが頭をよぎった時、アテリナが閉ざしていた口を開いた。 

 



「それ、重くないの?」


 俺が片手ずつ持っているオークの部品のことを言っているのだろう。

 右手にオークの頭、左手にオークの動力部。


 総重量60kg以上はありそうな重量物を、俺はスーパーの手提げ袋を持っているかのように運んでいる。

 

 まあ、そう言いたくなる気持ちも分かる。


「まあ、重いと言えば重いけど。運ぶくらいなら全然問題ないよ」


 実際は重さなんてほとんど感じていないけど。


「凄い。力強いんだね」


「はは、ありがとう。そういう君も結構鍛えていそう」


「小さい頃から鍛えてきたからね。父親が猟兵団の団長だったの。だから子供の時から鍛えるのが当たり前だった」


 猟兵団の団長?どこかで聞いたような話だな。

 と言うか、対象は一人しかいないぞ。何度も聞いた話だ。

 じゃあ、アテリナは・・・




「あ、見て。あれが私たちの拠点よ」



 アテリナが嬉しそうに指を差して教えてくれる。


 ここは街から少し離れた廃墟と草原の間くらいの場所。


 見えるのは、いくつかのバスやトラックが留まっている駐車場のような一角。

 バスやトラックには照明が括りつけられているようで、この暗闇の中を繁華街のような眩しさで照らしていた。



「ここが『魔弾の射手』の拠点か?」


 チームトルネラ以外の拠点にお邪魔するのは初めてのことだ。

 しかし、こんな街のはずれにあるとは思わなかった。

 この場所は白鐘の効果範囲なのであろうか。

 白鐘からの距離で言えば、位置的に廃墟とあまり変わらない様に思うけど。



 少しの間、『魔弾の射手』の拠点について考え込んでいると、タタっとアテリナが俺の前に回り込み、片手を拠点に向けて仰々しいポーズを取る。


 そして、拠点の灯りをバックに、まるで舞台女優のような素振りで一言。



「さあ、チームトルネラのヒロ、歓迎するわ。私達『魔弾の射手』の拠点にようこそ」



 俺の少し呆気に取られた顔を見て、アテリナは悪戯っぽく、クスっと笑って


「でも、報酬の支払いは、私の兄貴、アデットが認めたっていう実力を見せてもらってからだからね」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る