第133話 報酬


 ダンジョンの外はすでに薄暗く、日も暮れかけていた。

 特にトラブルもイベントもなく、無事ダンジョンからの撤退に成功したのだ。




 知ってた。


 俺が期待したイベントはことごとく起こらなくて、俺が予想しないイベントばかり発生する仕様の異世界だってことは。


 あれから地下3階では、機械種に遭遇することはなかった。

 俺が潜っていた時はあれだけオークがひしめいていたというのに。

 これは紅姫が1体倒されたことで数が減ったのか、それとも先導するアテリナが上手く機械種の群れを回避したのだろうか。


 地下2階では階段近くでコボルト3体と遭遇するも、ジャネットが使用した『音叉』というアイテムを使用することで戦闘を避けることができた。

 

 どうやらその『音叉』というアイテムを作動させることで、機械種に人間と悟らせない効果があるようだ。

 しかし、その発動にはかなりのコストが必要なようで、若干使用するのを躊躇するほどのマテリアルを消費する仕様らしい。




 アテリナのパーティは、今回の探索用にかなりの高額な装備をそろえてきた様子。

 アテリナの持つライフル銃はミドルの下級。ジャネットの砲はラージの最下級、ドーラの拳銃はスモールの下級のようだ。


 残念ながらドーラの電撃を発生させる槍については詳しく聞けなかった。

 ダンジョンからの撤退は、最もパーティが被害を受ける可能性が高いタイミングらしい。

 帰り道であることから油断しやすくなり、また、獲物を抱えていることから歩みも遅くなって、怪我をしたり、全滅したりすることが多くなるようだ。


 だから撤退中のアテリナのパーティは口数が少なくなり、ほとんど必要以外の会話することもなかった為、それ以上の聞き込みができなかったのだ。




 あと、もう一つ問題が発生している。


 俺がこのダンジョンに潜ったのは、見えない監視者の存在を警戒してのことだ。

 元々の予定では、ダンジョンから出る際は、顔を変えてから出ていくつもりだったが、このトラブルでそれもできなくなってしまった。


 俺に見えない監視者がついているかもというのは、非常に少ない可能性の話だが、それでも万が一のことが考えられる。

 どこかに監視の目の存在の有無を確認できるような人物はいないだろうか?








 

 ドスン


「ふううううぅぅ」


 運んできた獲物を地面に降ろし、一息つく俺。


「お疲れ様。よく頑張ったね。初めは絶対に力尽きちゃうって思ったけど、流石男の子。偉いねー」


 そんな俺にドーラさんが後ろから抱き着いてきて、頭をナデナデしてくる。



 ふぉおおおおおお!!



 背中から感じる二つの巨大なふくらみの感触。

 これだけで荷物を運んだ甲斐があったかも。

 俺にとっては大した苦労でもないが。


 俺が運ぶよう指示されたのは、オークの頭部と、心臓部分と思われる動力部。


 2つ合わされば60kgはありそうだったが、それを俺は易々と運んできた。

 

 その様子にアテリナも少々驚きを隠せない様子。


「ふうん。なかなかやるね。荷物運びには役に立ちそう。どうしようかな?」


 タオルで汗を拭きながら、俺のことを褒めてくれるアテリナ。


 ダンジョンの中でのアテリナは、緊張感もあったせいか、正に女戦士の風格と言ったところだった。

 しかし、ダンジョンの外に出て、リラックスムードのアテリナは、どこにでもいる普通の女の子に見える。美貌とプロポーションは普通以上だけど。


 俺のヒロインとしてはどうだろうか?


 雪姫と比べれば、美貌では雪姫、プロポーションではアテリナだ。


 性格はどうか。雪姫は・・・ちょっと表現しずらいが、一見クール系、中身子供っぽい、ただし本人は大人の女性だと思い込んでいる。私生活ではズボラ。仕事には熱心。人に頼られるのが好きではないくせに、やたら人助けしたがる。しかもそれを悟られるのが嫌いというひねくれ者。食欲旺盛、甘いもの好き。モラが体調管理をしていないと、ブクブク太りそうだ。一度本人に告げたら、めっちゃ拗ねられて機嫌を取るのに苦労した。意外に甘えん坊なところを見せることもある。物語は恋愛物が好きでハッピーエンドが大正義。悲恋話を語ってあげた時は、わざわざハッピーエンドに改変させられたものを再度語らされることとなった。他にも・・・


 ・・・いや、雪姫の性格はこれくらいでいいか。



 ではアテリナの性格はどうだろうか?

 一見、明るく活動的で、ポジティブな印象が強い。

 ダンジョンの中では立派に皆を先導していたことから、リーダーシップもあるようだ。

 俺を説教している時はお姉さん振っていたが、本来の性格はどうなんだろう?

 

 やっぱりまだ分からないことが多すぎる。

 もう少し話をしてみないといけないかもしれないが、どうしても雪姫と比べてしまい、俺のテンションが上がってこない。


 いや、ここは俺の人生の為にも新たなヒロインが必要なんだ・・・






 ・・・本当に必要なんだろうか?


 なんで、俺はここまでヒロインを求めるのか?


 雪姫を失ったことで、その喪失感を埋める為に・・・、ただ心の表面を誤魔化す為だけに、『俺は新たなヒロインを求めなければならないんだ』と思い込もうとしているだけではないのか?



 元々、俺はこの異世界生活をネット小説やゲームに例えることで、精神の安定を図っているところがある。

 

 人は文化の違う海外に住んだだけでも、精神を病んでしまったり、鬱になってしまったりする。

 

 今の俺のいる場所は、文化どころか、歴史、環境まで違う完全なる異世界だ。


 そんな異世界に理由もわからず飛ばされて、二度と戻ることができない可能性が高いという悪条件の中、たとえチートスキルを持っていたとしても、一般人の俺が精神的に耐えられるわけがない。


 だから、俺は今ゲームをやっていると自分に思い込ませながら、チートだ!イベントだ!ヒロインだ!と自分を誤魔化して、何とか異世界生活を過ごしている。


 数々のイベントも、身近な人の不幸話も、人の生き死にも、画面の外で眺めているだけだと、そう思い込もうとしているのだ。


 俺がこの異世界での自分の人生を考えた時だって、精々、自分のキャラのスキルツリーや、ビルドアップを検討しているくらいの感覚だ。


 そう考えないと、先の見えない不安で押し潰されそうになるから。


 元の世界だったら、おそらく自分はこういう人生を歩むだろうという先例が山のようにあった。

 しかし、今の俺が置かれている状況から、先を想像できる存在など、いるわけがない。



 俺は何年くらい生きるのか?物語でよく見る永遠に生きる苦しみを味わうことになるのか?


 このチートスキルはずっと使える物なのだろうか?いきなり消失してしまい、無力な一般人として惨めに過ごすことにならないだろうか?


 この先に何が待ち受けているのか?突然世界が崩壊して、一切が消えてしまうようなことはないか?逆に異分子である俺が突然消えてしまうことは無いか?


 そもそも、俺はなぜこの異世界に存在しているのか?俺はこの異世界に存在しても良いのだろうか?




 そういったことを考えて込んでしまうと、足元が急にグラついて、足から徐々に体が崩壊していきそうな、そんな不安に襲われる。

 まともに異世界と向き合い続けたら、おそらく俺は精神を病んでしまうだろう。


 だから、俺はこの異世界生活をゲームだと強く思い込む。

 そういったゲームには必須のヒロインを追い求める。

 そこまでして、ようやく精神の安定を図ることができているのだ。


 新たなヒロインが俺の不安を払ってくれると信じて。


 あの、未来視で見た、雪姫が俺の不安を払ってくれたように。

 俺がこの異世界に存在してもいい理由を与えてくれように。

 


 ・・・その時、思い出されるのは、最後に見た雪姫の微かな微笑み。



 ひょっとして、俺はあの笑顔をもう一度見たいだけなのでは・・・


 







「大丈夫?やっぱり疲れた?」


 顔をうつむかせたままの俺を、アテリナが覗き込むように声をかけてくる。


「あ、いや、ちょっと考え事」


「ふうん?それって女の子のことでしょ。君の彼女のこと?」


 え、何で・・・


 なんか顔に出ていたかな?

 随分勘が鋭いんだな、アテリナは。


 でも違う。彼氏彼女だったのは未来視での話だ。


 ・・・それでも


「彼女じゃないけど、大事な人だよ。忘れられない人・・・」


「そっか。片思いなんだ?」


「届かないとは分かっている一方通行なものだけど・・・」


 なんで聞いてくるんだ?

 やっぱり女の子だから恋愛話には興味津々なのだろうか。


 俺を見つめているアテリナは、ニコニコと機嫌良さそうに微笑んでいる。


 よく分からないな。女の子って。


 多分これは元の世界も、異世界でも変わらない法則だろう。






 




「お嬢。ではこの辺りでヤキをいれることにしましょうか」


 そんな俺とアテリナのやり取りを無視するかのように、ジャネットが無慈悲な申し出を行ってきた。


 え、それはちょっとひどくない!


「ええ!ジャネットー。空気読みなさいよ。それにここまで運んできてくれたんだから、もう許してあげてもいいじゃない?」


「ドーラ。これは彼の為でもあるです。他人の名を騙るのは重罪。痛みとともに教えなければ、また同じことをするでしょう」


「やり過ぎよ。そんなことをしなくてもこの子は良い子だから大丈夫」


「はあ、貴方の楽観主義で、どれだけ私が苦労したか・・・」


 ジャネットとドーラが俺の処遇について言い争っている。



 うーん。もし、ジャネットが俺にヤキを入れてくるんだったら、流石に俺も反抗させてもらうぞ。

 覗き見ていたことは、ダンジョンにおけるマナー違反ということで、お説教くらいは甘んじて受け入れるけど、ヒロを名乗ったのは嘘じゃないんだから。


 それで俺に攻撃してくるのだったら、ただの暴漢相手と変わらない。

 女性相手の暴力は心苦しくはあるけれど、黙って殴られるほどお人よしじゃない。

 まあ、ドーラさんはかなり手加減してあげようと思うけど。



 少しだけ冷めた気持ちになって、言い争う2人を見つめる俺。


 そんな俺に、隣にいるアテリナが声をかけてくる。


「君、随分冷静だね。あの2人の議論の結果で君の運命が決まるというのに」


「そう?どちらでも俺の運命は変わらないよ。変わるのは君達の方だ」


 俺からそんな風に返されるとは思っていなかったのだろう。

 アテリナの表情に不可解とばかりの困惑が浮かぶ。


 俺からはもうこれ以上言うつもりはない。

 選ぶのは君達だ。


 どこか他人事のように2人のやり取りを見つめる俺を見て、アテリナは考え込んでいる。



 そして、出した答えは・・・




「ジャネット、ドーラ。そこまでにして。彼を拠点まで連れて帰りましょう」


 突然のアテリナの宣言に、2人して顔をお互いに見合わせる。


「お嬢、なぜ連れて帰る必要が・・・」


「ああ、なるほど。このまま獲物を運んでもらうんですね。それはグッドアイデア!」


「まあね。どうせこれだけの荷物を運ぶのに人手がいるんだから、彼に運んでもらいましょう。それを持って彼を許してあげれば・・・」


「ただ働きは御免だよ。運ぶならそれ相応の報酬は貰いたいね」


 勝手に決めないでほしいなあ。これ以上俺が付き合う道理がないんだけど。


「貴様!せっかくお嬢がここまで譲歩してあげているというのに!」


 ジャネットがツカツカと俺に近づいてきて、手を伸ばしてきた。



 グイッ



 胸倉を掴んで、思いっきり顔を近づけての威圧。


「小僧、狩人相手に名前を偽るのが、どれだけ相手を侮辱しているのか、その体に教え込んでやろうか!」

 

 目と目が至近距離でぶつかり合う。


 俺を射殺さんとばかりの殺気だった目だ。

 対する俺は平常心。俺の目は、ただジャネットの灰色がかった黒い瞳を映し返すだけ。


 しばらくにらみ合いが続き・・・





「ジャネット、それくらいにして。分かったわ。報酬は払いましょう」


 アテリナが諦めた様に結論を出す。


 その判断を聞き、フンっと鼻息一つ残して俺の胸倉から手を放し、離れていくジャネット。



 やけにあっさり引いていくんだな。

 結局殴ってこなかったし。やっぱりそういうことか。




 ふうっとため息をつく俺。


 ジャネットが最初、俺に強く当たってのは嫌がらせではなく、狩人の厳しい掟を教え込もうとしていたように思う。

 こんな殺伐としたアポカリプス世界なんだ。常識を知らない子供には、指導には厳しくするのが当たり前なのだろう。


 多分、厳しくした後のフォロー役がドーラなのだろうな。


 今から考えれば、ジャネットとドーラのやり取りは『怖い警官と優しい警官』を演じているようにも思える。おそらくアテリナもそれが分かっていたはずだ。




 そして、さっきの2人の議論は俺の反応を探る為。

 俺が予想以上の体力を見せたのと、ダンジョンの中で機械種を前にして、俺が全く怯えを見せなかったことで、普通の少年ではないと思い直したに違いない。


 おそらく2人とも俺が噂のヒロなのではないかと思い始めている。

 では、なぜそのヒロが自分達を覗いていたのかが気になっているのだろう。

 

 結局、俺が特に反応を見せなかったので、諦めてアテリナが終了の合図を出した。


 なんとなく、これがこの茶番の裏側なのだと思うんだけど。

 







「力もあって度胸もある。私達に見つかった時、怯えていたように見えたけど、あれは演技だったの?」


「ああ、それは・・・、怒っている女性は苦手なんだよ」


 アテリナの問いかけに素直に答える俺。別に隠すことないからなあ。


「でも、さっきのジャネットは?激怒していたけど?」


「理不尽は嫌いなんだ。押し付けられるのは好きじゃない。覗き見ていたことは申し訳ないと思うけど、俺がヒロなのは間違いじゃないし」


「へえ、まだ言うんだ?本当に強情ね」


 アテリナにそう返されたので、不服そうな顔で返してやる。


 アテリナはそんな俺を歯牙にもかけず、地面に置かれたオークの頭と動力部を指さす。


「じゃあ、荷運びをお願いするわ。私達のチーム、『魔弾の射手』の拠点まで」


 

「ええっ!!」


 思わず驚きの声が漏れる。

『魔弾の射手』!アデットのチームか!


 じゃあ、この女戦士パーティはアデットのチームメンバーなのか。

 なるほど、だからスラムチームにしては異常までの豪華装備だったのか。


 そりゃそうか。女性だけのパーティなんて、このスラムだったら絡まれまくって大変だろう。昔のカランみたいに。


 でも少数精鋭の武闘派である『魔弾の射手』のメンバーであれば話は別だ。

 絡む奴が決していないとは言えないが、それでも『魔弾の射手』の看板に怖気づく者も多いだろう。

 この辺りはボスの武名が過去のものになりつつあるチームトルネラでは無理だろうな。




「なんだ。分かってなかったの?まあ、仕方ないね。私達のパーティがこの『行き止まりの街』に来たのは3カ月程前のことだし」


 3ヶ月前?随分最近のことだなあ。じゃあ、皆にそれほど知られているわけではなさそうだ。


「拠点に来たらはっきりするからね。君がヒロじゃないって分かったら、その場で袋叩きも覚悟しておきなさい」


 俺に向ける自信溢れた挑戦的な笑み。

 いや、本当はもう分かっているんでしょう?

 強情はどっちなんだか。


 ここまでくるとちょっと嫌がらせもしたくなるな。


「ねえ、もし、俺がヒロだと分かったら何を持って詫びてくれるのかな?あと、当然、拠点まで荷運びの報酬も頂くからね」


 ニヤっとこちらも挑戦的な笑みで返してやる。


 するとアテルナはスッと目を細め、指を俺につきつけながら宣言してきた。


「ふふ、そうね。もし私に君がヒロだって認めさせたなら・・・兄貴が言っていたぜひチームにほしい逸材とまで言わせたヒロだと認めさせたなら・・・その時は荷運びの報酬込みで、私の身体を自由にしていいわ」


「ほう、いいね。身体か・・・・・・え!」


 思わず、口をポカンとあけたまま間抜け面を晒してしまう俺。


 アテリナはそんな俺の顔を見て、満足そうな笑みを浮かべて、その身を翻す。

 頭の後ろでくくったポニーテルがその名の通り、馬の尻尾のようにブルンと揺れた。



「さあ、拠点に戻りましょう。ジャネット、ドーラ。凱旋よ。私達パーティの戦果を兄貴に見せつけて、鼻を明かしてやるんだから」



 さっさと俺を置いて拠点に戻ろうするアテリナ。

 チラッと俺の方を見てから、アテリナを追いかける2人。



 俺はしばらく棒立ちになっていたが、本当に置いて行かれそうになったので、慌てて荷物を持ち上げてアテリナ達を追いかける。



 ただし、頭の中は先ほどの報酬のことで一杯だ。



 なんでいつの間にかアテリナのルートに突入してしまったのだろう?


 当然俺の質問に答える者は誰もいなかった。

 

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