第130話 方向


 土砂を前に頭を抱える。


 このダンジョンで得られた獲物は、全て七宝袋の中に入れて運んでいたから、全く気がつかなかった。




 従属させた機械種の運び方。


 普通、連れて歩けばいいじゃないと思うかもしれないが、たとえば、俺が遭遇した『キマイラ』や『巨大狼』のような超重量級というべき機械種を従属させた場合、連れて歩くには帰り道にそれ相応の道幅を確保しなければならない。

 野外なら問題は無いだろうが、ダンジョンのような屋内であれば、出口が狭いと外へ連れ出すにも一苦労する羽目になる。


 今回のケースで言えば、行き道で俺しか通れない道を進んだのだから、当然、帰り道も俺1人しか通ることができない。

 七宝袋に入れることのできる物しか持って帰ることができないのだ。


 あ、そうか。もしかしたら七宝袋に入るかも?


 一縷の望みを託して、七宝袋へヨシツネを入れようとするが・・・



「無理か・・・」



 返ってきたのは申し訳なさそうな七宝袋からの不可との返事。

 当たり前だ。紫金紅葫蘆から七宝袋へ改造した時に、その辺りの能力をオミットして、他の能力を付け加えたのだから。

 七宝袋は宝を収納・管理する為の物で、活動中の者を吸い込むようにはできていないのだ。



「主様?一体どうなされたのですか?」


 俺の葛藤する姿を見て、ヨシツネが心配しているようだ。


 お前の取り扱いについて悩んでいるんだが。


 しかし、ここへ置いていく選択肢は取れない。機械種使いが近くにいないと、レジェンドタイプとは言えレッドオーダーされてしまう可能性がある。


 そうなった場合、このダンジョンは正しく極死の難易度となるだろう。



 こんなことになるのであれば、あの棺桶状態の時に七宝袋へ入れておけば良かったかも・・・

 


 いや、それはおかしい。

 棺桶状態の時に入れることができて、活動中だと入れることができない?

 では、活動中で無ければ七宝袋へ入れることができるのか?


 確か、ブルーオーダーの機械種を街から街へ運ぶ時は、スリープ状態のまま運ぶことが多いと聞いている。そうしないと、機械種使いの従属許容量分しか運ぶことができないから。

 

 ひょっとしたらスリープ状態なら七宝袋に入るかも。

 ここは試してみるしかないか。



「ヨシツネ。命令だ。スリープ状態へ移行せよ」


「護衛はよろしいのですか?まだダンジョンを抜けてはおりませんが」


「その辺はこっちでなんとかする。命令通りスリープしてくれ」


「はっ!承知いたしました。これよりスリープ状態へ移行します」


 と言うなり、直立不動のまま、蒼い目の輝きの光量を落とすヨシツネ。


 結構簡単にスリープ状態に入れるんだな。


 よし、七宝袋よ。収納せよ。



 ヨシツネの体は細かい粒子と化していき、七宝袋へと無事収納される。



「ふう。少しばかり焦ったけど、何とかなったか」


 こんな便利な方法があるのなら、白兎も七宝袋の中へ入れて連れてきて良かったかもしれない。

 いや、それどころじゃないな。スリープした機械種を何体も入れられるのなら、ゾロゾロと連れて歩く必要すらなくなってしまう。


 俺1人で敵陣へ侵入し、あっという間に機械種の軍隊を出現させることができるのだ。


 これはかなり凄い事なのかもしれない。

 これだけで一国を相手に戦えそうな能力だ。戦う気なんてないけど。


 ちょっとした万能感に酔いしれる一方、これが周囲にバレた時のリスクを考えると純粋に喜んでばかりは居られない。

 七宝袋についてはこれまで以上の慎重な扱いが必要となるだろう。



「しかし、どんどん人に言えない秘密が増えていくな」



 レジェンドタイプの機械種の入手。

 紅石の入手。

 俺の無敵の体。

 そして、七宝袋の機械種運搬能力。


 財力も力も汎用性も兼ね備えたあまりの万能っぷりは、他のネット小説の主人公にも引けを取らないはずだ。


「なのに、何で俺に幸せ展開が訪れないのだろう?」


 思わず、俺に優しくない世界への愚痴が零れた。









「地行術」


 土砂に近づいて、『地行術』を発動させる。

 そのまま手を土砂に突っ込むと、ヌプッという感じで、体ごと土砂と並行して存在する位相空間へ引き込まれた。


 相変わらずスライムに捕食されたような不快感が俺を包む。

 ひょっとして、これが空間を越える時の感覚なのかもしれない。


 では、俺が空間転移のような術を会得したら、こういった不快感を毎回感じることになるのだろうか。

 それはちょっと勘弁してほしい。






 薄暗く視界の悪い地中。

 抵抗の薄い水の中をかき分けるようにして進む。

 

 先ほどまではヨシツネと会話をしながらお気楽な気持ちで進んでいたが、ここからはソロでの移動となる。薄暗い中で1人きりは、少しだけ心細くなってくる。

 しかも先導役がいないから、進んでいる道が正しいのかどうかも分からない。


 弱ったなあ。

 せめて方向だけで分からないと、ダンジョンから出るのに何日かかることになるぞ。

 俺の視界の端の矢印は下を向いたままだから、当てにならないし。

 ナビみたいに目的地の変更はできないのだろうか?


 ダンジョンの出口へ目的地変更っという感じで・・・



 おっ!


 視界の中の矢印がクルッと動いて、俺の進む方向を差し始めたぞ。

 これは目的地が変更されたということか?

 なかなか高性能な占い(?)じゃないか。やるな、打神鞭。


 七宝袋の中の打神鞭から『えっへん!」と威張った感じのイメージが送られてくる。

 こういったところが、お前の扱いを悪くさせているんだぞ。


 まあ、今回は役に立ったから、拠点に帰ったら綺麗な布で磨いてやることにしよう。






 矢印の指し示すままに、進んでいく。


 敵も出てくることはなく、分かれ道では矢印の指示通りに曲がるだけ。

 最初はひたすら無心で足を進めていたが、周りの景色に変化が少ない通路を歩いていると、どうしても頭の片隅で色んな考えが浮かんでくる。

 話し相手もいないから、なおさらだ。


 考え込んでしまう内容は先ほどの頭を悩ませていたお題『幸せ』についてだ。




 なんで俺は幸せになれないのか。


 俺が読んだネット小説では、主人公達は苦労はするものの、それと引き換えに『幸せ』を手に入れていたように思う。


 慕ってくれる仲間達。

 援助を惜しまない後援者。

 そして、無条件に愛を捧げてくれるヒロイン。


 対して俺はどうなんだろう?


 チームトルネラの皆は、ある程度俺を慕ってくれているように思う。

 特にザイードやデップ達は尊敬の目で俺を見てくれているはずだ。

 それにジュードやサラヤとの関係も悪くはない。イチャイチャしている所を見て腹が立ってくることはあるけれど。


 後援者がいないのは仕方が無い。このスラムでそれを見つけるのは至難の業だろう。

 後援者がいることで行動を縛られてしまうことがあるから、いない方が良いかもしれない。



 ・・・やはりヒロインか。

 胸にズンっと重い物が乗っかってくるような感覚。

 頭に浮かぶのは、胸の辺りを血で染めて、廃墟で横たわる雪姫の姿。


 そして、それと重なるように、未来視で見た雪姫の微かな笑顔が浮かんでくる。


 じわっと瞼の裏が熱くなってきて、視界がぼやけてきそうになる。



 駄目だ!

 思い出すだけで泣きそうになってくるぞ。

 

 

 少しだけ立ち止まって、胸を手で押さえて深呼吸。



 これは当分逃れられない俺のトラウマなのだろう。

 もし、雪姫に似た雰囲気のヒロインと出会ったら、同じように彼女を投影してしまうような気がする。


 俺が新たなヒロインを求めるのであれば、雪姫とは全く違う雰囲気の女性を探すしかないな。


 活発で、元気が良くて、感情豊かで・・・なんかイメージがサラヤに近くなってしまうな。


 では、いっそのこと、もう少し突き抜けて女戦士系はどうだろうか?

 雪姫はどちらかというと魔術師系だから、その正反対ということで。


 女戦士・・・ビキニアーマー、おっぱいが大きい、腹筋が割れている。


 んん?なんかおかしいかな。

 でもそういったヒロインであれば雪姫を投影してしまうこともなさそうだ。


 どこかにいないだろうか?そんな女戦士系ヒロイン・・・



 あれ?


 俺の視界の矢印の向きが変わった。

 先ほどまで示していた方向とは違う方向を差している。

 なぜ?ダンジョンの出口が移動したわけでもないだろうし。

 

 ・・・ひょっとして、目的地が俺が妄想していた女戦士系ヒロインの居場所に変更されてしまった?


 

 立ち止まってみると、矢印はほんの少しずつだが動いているようだ。


 もう2時間くらい歩き続けて、階段も3回ほど登っている。

 そろそろ地下3階についてもおかしくないが・・・


 矢印の方向は上でも下でもなく、横を差している。

 これは高さ的には俺と同じ階層に、その女戦士系ヒロインがいるということだろう。



 どうする?俺。


 この矢印が指し示す方向に、俺が求めるヒロインがいるかもしれない。

 

 ほんの半日ほど前に、ヒロイン候補であった雪姫をこの手でかけたところだというのに、どの面さげて新しいヒロインに会いに行くというのだ!という罵声が俺の心の中で響く。


 良心の呵責というものだろうか?

 それとも雪姫への後ろめたい感情が訴えてきているのか?



 しかし、俺にも人生というものがある。

 雪姫のことは俺にとっても忘れられないことになってはいるが、いつまでも雪姫に捕らわれるわけにはいかない。



 ゴクリと口にたまった唾を飲み込む。



 この機会を逃せば、もう出会えないかもしれない。

 まだ見ぬヒロインは、この危険なダンジョンに入り込んでいるんだ。

 もしかして助けを求めている可能性だってある。




 考え込んでいたのは数分。


 俺が足を踏み出した方向は・・・


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