第129話 脱出


「さあ、こちらを通れば地上近くの階層に転移できますわ」


 朱妃である西王母は、穏やかな笑みを浮かべながら、自らが作り出した転移門とやらを指し示す。


 2m程の高さの姿見鏡のような銀色の楕円。

 こちらの姿を映すことのない、アルミホイルのような銀色の鏡面。


「妾の力が届く限りの上層階をしておりますが、そこから先は自力で昇ってもらうしかありませんので、お気を付けくださいね」



 親切にも西王母は帰り道のショートカットを用意してくれたのだ。

 あの縦穴をどうやって登ろうを考えていたから、この申し出は大変ありがたいものなのだけど・・・



 交渉?の結果、やたら好意的になってくれた西王母だが、それでも得体のしれない空間に飛び込むのは勇気がいるぞ。


 転移門の出口によっては即死のリスクもある。

 もし、この先が石の中だったり、溶岩の中だったり、深海の底だったりしたら、その時点でバットエンドだ。


 せめて、向こう側が見えていたらなあ。






 俺が転移門を前に躊躇していると、ヨシツネが助け舟を出してくる。


「主様。この転移門の先は、ここから約2km程上へとつながっているようです」


 ふむ、その推察はヨシツネのスキルによるものか?


「空間制御スキルで転移門のある程度の方向と距離を測ることができます。ご不安なら拙者が先に参りますが・・・」


 うーん。ヨシツネは俺に従属しているが、100%信じている訳ではないからなあ。

 機械種がどれだけの忠誠心を持って仕えてくれるのか分からないし、能力についても把握できる程時間が経っていない。

 まあ、それを口に出して言うわけにはいかないけれど。


「あら、妾のことを信用してくれないなんて・・・シクシク」


 西王母がワザとらしく涙で袖を濡らす振りをしている。

 随分印象が変わったなあ。出会い方が違えば、争うことは無かったかも・・・


 いやいや、あくまで禁術で俺との争いを禁じているからこその対応だろう。

 いつ解けるかも分からないんだ。早く離れた方が良いのは間違いない。


 しかし、俺がかけた禁術が、物理的に争うことができなくなるではなく、争おうという気が無くなってしまうという方向で作用したのが幸いしたな。


  



 はあ、仕方が無い。

 これくらいのリスクは許容範囲内だろう。

 ヨシツネや西王母の様子から、これが罠である可能性はかなり低いと思う。 


 ならば、ここは先頭をきって俺が飛び込むべきか。


 たとえヨシツネを先に行かせたって、結局、飛び込む以外選択肢が無いのだから、結果は一緒だ。

 ここまでヨシツネも申し出てくれてるのだから、ここは主人の度量を見せておくべきだろう。せっかく手に入れたレジェンドタイプの機械種の忠誠度を下げるわけにはいかない。


 それに、せっかく西王母が協力してくれたのを無下には出来ない。 

 いつ、何を切っ掛けにして術が切れるのか分からないのだから。

 去り際まで好感度を稼ぐように見せた方が良いだろう。



「信用していないなんて、とんでもない。貴方との別れが惜しくなっただけですよ」


「あら、それは妾も同じこと。ほんの一瞬の邂逅でしたが、楽しいひと時でしたわ」


 艶やかな表情でにっこりと俺に微笑みかける。

 その仕草はとても機械種とは思えないほど、生々しい色気を醸し出している。

 

 朱妃でなければ、ぜひお色気枠として従属させたいところだ。

 朱妃って従属させられないのかな?一番高い蒼石でも無理なのだろうか。


 ふと、大それた悪魔の囁きが頭をよぎったが・・・

 

 いや、やめておこう。欲張り過ぎるとロクな目に会わない気がする。

 憧れの女性型は手に入らなかったけど、レジェンドタイプが手に入ったのだから、これで満足しよう。


 ・・・諦めたわけではないけれど。





「それじゃあ、このあたりで失礼しよう」


 転移門の波うつ銀の鏡面に手を向ける。

 

「色々と騒がせてしまって申し訳なかった。次来るときはもっと良い物を持ってくるよ」


「ふふ、では、その時を楽しみにお持ちしておりますわ」


 西王母からの言葉を受けて、転移門に身を投じようとした時。






「あと、これは忠告なのですけれど・・・」


 そんな前置きをして、西王母は俺の背中に向けて語り掛けてくる。

 

「次会う時の妾の機嫌がどうなっているかは保証できませんから。女心と秋の空と申しますように。同じやり方は二度と通用すると思わないでくださいませ」






 



 そのまま無言で転移門を通り抜け・・・


 ダンジョンの上階層と思われるコンクリート作りの通路に出る俺とヨシツネ。



 そして、5歩ほど進んでから、フラッとよろめいて壁に手を突く。



「あ、主様!どうなされましたか?ご気分でも?ひょっとして転移酔いですか?」


 急によろめいた俺を心配してくるヨシツネ。


 俺は胸にこみ上げる感情をぶちまける。


「怖い!女の人怖い!どこまでバレていたんだ!もう二度と会いたくない!」


 同じやり方とは何を差していたのだろう?

 花をプレゼントしたことなのか、それとも、禁術の行使のことだろうか。


 花をプレゼントしたことを差しているのなら、もっと珍しい物を催促しているように聞こえなくもない。


 しかし、俺が禁術を行使したとは分からないものの、何かしらの手段で朱妃の精神?を操ったことを差しているのであれば・・・




 それは絶対に激怒しているに違いない。




 あの艶やかな笑みの下で、どれだけの怒りが封じ込まれていたのか?

 そして、俺の禁術が解けた時、それはどのような手段で解放されるのか?


 

 別に朱妃に恐れを抱いているわけではない。

 女性を怒らせてしまったかもしれないことへ、恐怖を感じているのだ。


 元の世界での経験において、女性を怒らせた時程怖いものは無い。

 一見普通のように見えて、表面上では決して分からない怒りを潜ませているかもしれないのだ。

 そして、その怒りは生半可な手段で収めることは難しく、時間が解決してくれることも無い。


 もう二度と会うことは無いとは思うんだけど。

 それでも女性、しかも絶大な戦闘力を持った朱妃から、強烈に恨まれてしまっているかもしれないということが、俺への心労となって現れてくる。



 うう、胃が痛い。

 しばらく、壁にすがりついたままの姿勢で胃痛に耐える。



 主人の情けない姿を見て、そっと視線を俺から外すヨシツネ。

 

 多分、それは彼の優しさだったのだろう。









 ヨシツネと2人で先を進んでいく。


 朱妃は上階層と言っていたが、何階とまでは分からない。

 転移門から出た通路は一本道だったが、ヨシツネの方向感覚で、地表に近い方向へ進むようにしている。


 俺の視界の矢印は、未だに最下層を指し示し続けて、ずっと下を向いたままだからな。

 

 道案内と前衛はヨシツネに任せて、俺は後を付いていくだけだ。

 たまに言葉を交わし、お互いの情報について交換を行う。


 ヨシツネの生まれは白色文明時代。と言っても製造記録がそうなっているだけで、稼働していた記憶があるわけではないらしい。俺が初めてのマスターだと言うことだから、ボスと同じ原種ということか。


 機械種についての基本的な知識は、戦術スキル(最上級)からもたらされているそうだ。戦術を組むにも相手を知っている必要があるからだろう。


 得意技は連続して空間転移を行いながら敵を攻撃する『八艘飛び』、普段は空間ストレージに収納している太刀『薄緑』による斬撃等。


 また、跳躍スキル(特級)とマテリアル重力器による重力操作で、飛行とも呼べる空中行動も可能にするらしい。


 接近戦も強くて、空戦も可能となる英雄ユニット。

 さすがレジェンドタイプといったところか。


 念願の頼もしい前衛を手に入れたという実感が湧いてきて、俺の心労も回復傾向。

 やはり前を歩いてくれる者がいるだけで安心感が違う。


 欲を言えば、俺の後方を守ってくれる機械種もそろえて、陣形でも組みながら進みたいものだ。


 今回手に入れた、修理可能と思われる上位機械種は2体。

 パラディンかナイトと思われる黒騎士が1体と、ビショップが1体。


 黒騎士はもう1体あるが、こちらは動力系を破壊してしまっているので、修理にはそれなりの費用が掛かってしまうだろう。

 レジェンドタイプのヨシツネとは違い、黒騎士の戦力は絶対という程のものではない。戦闘中に破損する可能性もあるから、もう1体は交換部品用として、取っておいた方がいいかもしれない。


 メインアタッカーをヨシツネ。俺の護衛として黒騎士。後方の守りと援護役としてビショップ。警戒役の白兎。そして、当然、指揮官は俺。なかなかのバランスじゃないか。


 しかし、ここまで上位機体を揃えてしまうと、コボルトやオーガで喜んでいた俺が馬鹿みたいに見えるな。

 まあ、何かの役には立つのだろうけど、メインとしては使いづらい。


 いっそ、チームトルネラに寄付してしまっても良いかと考えてしまう。

 ヨシツネやビショップと比べてしまうと、あまりにも戦力差があり過ぎてしまうから。


 

 やっぱり数より質を優先させたいね。

 少数精鋭ってなんかカッコ良いし。


 従属できる機械種の最高峰であるレジェンドタイプを筆頭に、ストロングタイプをそろえた最強パーティの編成。


 これこそ男のロマンというやつだ!

 俺のテンションも爆上がりだ!



 歩きながら未来のパーティ編成に勤しむ俺に、前を歩くヨシツネが振り返って報告をしてくる。

 イケメンボイスにやや沈んだような基調が混ざっていた。


「主様、申し訳ございません。どうやらここから先は行き止まりのようです」


 足を止めたヨシツネが示すのは、通路の先を埋め尽くしている土砂。

 ここは地下3階なのだろうか。


「いえ、拙者の知覚能力では、この階層はもう少し下のように思います。このダンジョンの天井の高さから推測しますと、おそらく地下5、6階くらいかと」


 では転移門の出口が、たまたま土砂が入り込まなかったエリアだったということか。

 朱妃は自分の力が届く限りの上階層と言っていたが・・・



 あれ?それはおかしいぞ。



 西王母が行使した転移門のおかげで、機械種がどうやって地下3階まで出現するのかの謎が解けた。

 空間制御を得意とする朱妃が、転移門で機械種を地下3階まで送り届けているのだろう。

 であれば、地下3階まで俺達を送り届けることができるはず。

 


 西王母め!手を抜きやがったのか・・・



 いや、そう言えば、ビショップが言っていたな。紅姫が2人に増えたおかげで、白の波動を上に押し返すことができたと。


 つまり、紅姫の存在が白鐘の影響を跳ね除けて、レッドオーダーの機械種の勢力範囲を広げているということか。


 このダンジョンで言えば、今まで西王母1体では、白鐘の影響で土砂で埋まってしまった階層を飛び越えて機械種を送り込むのは難しかった。

 しかし、紅姫を作り出したことで、白鐘の影響をある程度跳ね除け、土砂に埋もれていない地下3階まで送り出すことができるようになったのか。


 俺があの紅姫、カーリーを破壊してしまったから、西王母でもこの辺りくらいまでしか送り届けることができなかったのだろう。



「主様、どうされますか?このままでは進めないので、一度引き返してみるしか・・・」


 引き返したところで、おそらく反対側も土砂で埋もれてしまっているはずだ。

 地下3階より下の階層は土砂で進めなくなってしまっているのだから。

 これはヨシツネには分からないことだけど。


「いや、大丈夫だ。俺には特殊な力があってね。この土砂の中を進んでいくつもり・・・」



 

 ここで重要なことを一つ思い出す。


 俺の「地行術」で地中を進めるのは『術者だけ』であることを。


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