第128話 交渉


「あら、随分自分勝手で都合の良いお願いをされるのですね。せっかく条件が整って、ようやく作くることができたカーリーを壊しておいて。貴方には念入りにお礼をしませんと、こちらの気がすみません」


 朱妃は俺に艶やかな微笑みを向ける。


 語った言葉とは裏腹な表情。女性の内心を外から判断するのは非常に困難だが、状況的に考えて、恨まれているのは間違いないだろう。

 

 しかし、俺が倒した紅姫はカーリーという機械種だったのか。


 確か、インド神話の破壊の女神だったな。4本腕に第三の目。刀を振り回して、悪鬼羅刹を切り刻む。

 ゲームにも登場するキャラだから良く知っている。

 かなり高位の存在だったはず。だから機械種最上位の紅姫の機体に、その名を付けられてもおかしくないか。


 やはり機械種の名前は、元の世界の情報を元にしているようだ。

 しかも、東洋、西洋、おかまいなくだ。

 今までの情報から、元の世界でも強いと言われている存在は、強い機械種の名前として名づけられているのだろう。


 では、この朱妃は、カーリーと同等以上の神格を備えた存在の名を付けられたはず。


 機械種のパラメーターを見ることはできないが、機械種の名前さえ分かれば、ある程度の実力は推測できるかもしれない。


 どうにかしてコイツの名前を聞き出さないと。


 チャイナドレスを着ているのだから、中国系の神話で出てくる女神か仙女あたりだと思うのだけど。







「いきなり家に入り込んできて、好き放題荒らし回り、用が済んだら帰りたいだなんて、身勝手な人間ですわね」


 言われてみればその通りとしか言いようがない。


「貴方が壊してしまったカーリーは、いずれ妾と同格となるくらいの器を備えた紅姫でしたのに。何百年貯めた物を費やして、ようやく作り上げた妾の苦労をどうしてくれるのですか?」


 朱妃は微笑を浮かべたまま、俺を責める言葉を並び立てる。


 う、すみません。貯金をはたいて購入した愛車を壊されたみたいのものか。

 そりゃ激怒して当然だろうけど。

 困ったな。交渉の糸口すら見つからない。

 

「そんな人間にお仕置きが必要でしょう。随分頑丈なようですけど、これは耐えられますかしら?」


 目を細めた流し目のような視線が飛ぶ。

 色気を感じるより先に、寒気が襲ってきそうな程の静かな迫力だ。



 朱妃はゆっくり左手を天井に掲げて、何かの準備に取り掛かる、



「主様、お退きください!」


 ヨシツネが俺を心配して焦った声をかけてくる。

 待機と命令したから、こちらに近づけないでいる様子。


 従属した機械種というのは、マスターにかなりの権限があるようだ。

 マスターが下した命令には絶対なのだろう。


 ヨシツネに振り返り、大丈夫だとばかりに目配せする。

 これで俺の意思が伝わるかどうか分からないけど。






 朱妃のかざした手にどこからか出現した水が集まっていく。

 それは徐々に大きさを増し、やがて直径1m程の水玉を作り出した。


 正しく魔法のような光景。

 名づけるなら『ウォーターボール』といったところだろう。



「どういう理屈で水を発生させているんだよ?魔法じゃあるまいし」



 思わず口から疑問に思ったことが飛び出してしまう。



「やっぱり物を知らない坊やでしたのね。マテリアル生成器で作り出しているにきまっているでしょう」


 また、新しい単語!マテリアル精錬器とどう違うんですか?


「あと、これは水じゃありませんよ。うふ、何でも溶かしちゃう強酸です」


 パチリっと茶目っ気たっぷりに俺にウインクしてくる朱妃。

 そして、かざした手を俺に向けてくる。


「さあ、たっぷりと味わってくださいな」



 俺へと向かってくる1m大の水玉。いや、強酸の塊。




 俺の体が酸に耐性があるかどうか不明だが、ここは何かしらの手段で直撃は避けた方がいいはず。



 

「液体よ。退け!水遁の術」




 両手で忍者のように導引を結び、水遁の術を発動させる。


 火遁、水遁、土遁等の五遁の術は、忍者が良く使っているイメージが強いが、元は仙人が使う仙術が起源のものだ。

 遁という字が『逃げる、隠れる』という意味を表しているようで、火を起こしたり、水に潜ったり、土埃を巻き上がらせたりして、逃げやすくする為の逃避術の一つであったらしい。

 

 俺の使用する仙術は威力が微妙なものが多いが、範囲を限定すれば実用に足る効果を発揮することができるはずだ。

 

 五行で言えば、全ての液体は水行に属する。

 自由自在に操るのは難しくても、迫りくる水玉を寄せ付けないくらいは期待してもいいだろう。




 案の定、俺に向かってきた強酸の塊は、俺の目の前で破裂して左右に飛び散っていく。



 ジュウウウウウウウウ!!!



 一度灼熱により融解して、黒ずんだ金属の塊となった床が一瞬で溶けていく。


 白い蒸気が立ち昇り、辺りに酸味の強い刺激臭が漂う。



 うわ、直撃したらどうなっていただろう。

 俺の体が無事でも、万が一仙衣が痛んだら大変だな。


 あ、イカン。この刺激臭は人体に有害かもしれない。



「風よ」



 短く口訣を唱えて、そよ風を呼んで辺りの刺激臭を払っていく。






「変わった技をお使いになるのね。それは発掘品の効果なのかしら?」


 朱妃は首を少し傾げて俺に尋ねてくる。

 こういう仕草も人間臭いな。ちょっと機械とは思えないくらい。

 コイツ等を作った奴は、絶対に凝り性だったに違いない。



「いやあ、まあ、なんと言いますか」


「では、次の攻撃をいきましょう」


「え、ちょっと待って!話をきいて・・・」


「待ちません。えい!」


 最後の『えい!』は不覚にもちょっと可愛いと思ってしまったが・・・


 朱妃の次の攻撃とやらは、先ほどの掛け声のように、とても可愛いとは呼べるものではなかった。


 

 ゴオオオオオオオン!!!



 俺の体を包む程の紫電が叩きつけられた。



 間近くで雷でも落ちたかのような轟音。

 目の前で爆弾が破裂したかと思うような衝撃。

 目が眩むような電撃が俺を貫いて暴れ回る。



「ぐう!」



 俺の口から呻き声が漏れる。


 昔銭湯にあった電気風呂に入ったような感じ。

 しかし、そのボルト?アンペア?はそんなものではないだろう。

 通常の人間なら一瞬で黒焦げだったのは間違いない。


 ただし、俺にはちょっとビリッときたと思う程度。

 図らずも電撃への耐性も確認することができたが・・・




「あらあら?電撃でも駄目なのですね」


 ニコニコと嬉しそうに微笑んでいる。

 自分の攻撃が通用しないというのに、やけに嬉しそうなのはどういう理由だ。


 先に遭遇したビショップの話が正しければ、俺は数百年ぶりに現れた人間だ。

 ひょっとして朱妃は、その数百年ぶりに訪れた侵入者の相手するのを楽しんでいるのかもしれない。


 しかし、その数百年ぶりの退屈しのぎに付き合うのは御免だ。

 倒すわけにはいかない以上、会話の中からコイツの名前を探り出す必要がある。

 

 何とかして、会話を続けなければ・・・



「ちょっと待ってくれよ!勝手に侵入したことは謝罪する。申し訳ない。だから・・・」



「やっぱり空間爆砕がいいかしら?質量攻撃も効かないみたいだし」


 俺の言葉を無視して、唇に人差し指を当て思案しているポーズ。

 この朱妃を作った奴は絶対偏執狂だ。



 ヤバいな。その『空間爆砕』という攻撃だけは防げる自信がない。

 とにかく、何てもいい!興味を引く話題を見つけないと・・・



 何かないか?何かないか?何かないか?


 女性の気を引けそうな物・・・!


 俺が女性の気を引きたいときはいつも・・・





「待ってくれ!勝手にここに侵入したことについて、謝罪の品を送らせていただきたい。どうか受け取ってもらえないだろうか?」


 突然の俺の発言に、扇子に手をかけていた朱妃の動きが止まる。


 何を言い出すのかといったばかりに、俺に視線を向けてくる朱妃。


 赤く輝く両目が俺を捉えている。


 感情が見えにくい朱色の瞳の中に、ほんの少し興味の色が見えたような気がした。



 

 かかったか?




「・・・何を妾に差し出してくるというの?」




 さあ?


 いや、まだ考えていなくて、ちょっと待って、とは言えないし・・・




「・・・もちろん、貴方にプレゼントするに相応しいものを」



 せっかく食いついたんだ。このまま突っ走るしかない!



 俺の返した言葉に満足したのか、朱妃は笑みを深くして、扇子から手を放す。



「あら、随分期待させてくれるのね。では、受け取ってあげましょう。もし、気に入らないものだったら、お仕置きは倍じゃすみませんよ」


 柔らかな女性の声に潜む静かな凄み。

 ゾクリと俺の背中に冷たいモノが走る。


 いや、ここで怯えていても仕方が無い。

 この朱妃が倒してしまう訳にはいかないんだし、こんなダンジョンの奥底で追いかけっこは御免だし。


 勇気を振り絞って、朱妃の前へ無防備で進もうとする。



「主様!それ以上は危険です!」



 ヨシツネから静止の言葉が飛ぶが、手で制して黙らせる。

 

 朱妃までの距離は6m程。

 そこまでの距離を歩く間に渡すプレゼントを考えなければならない。

 考えつかなかったら、与えられるのは『死の危険(多分)』。


 三国志で言う『七歩詩』のようだ。

 魏帝曹操の息子である曹植は、兄の曹丕に文才を疑われて、七歩あるく間に詩を作れなれば死刑と命じられたという。


 曹植は見事な詩を読み上げ、命拾いをしたはず。

 なら、俺も七歩の間に、素晴らしいプレゼントを考えつかなくては。





 一歩


 さあ、何を渡そう。

 当然、俺の部屋からの召喚となるだろうけど、女性が喜びそうな物ってあったっけ?




 二歩


 甘いものなら、いくつもあるんだが、機械種は食べられないだろうし・・・




 三歩

 

 アクセサリー?宝石?そんなもの40歳1人暮らしの部屋にあるわけないだろ!




 四歩


 俺の大事な物?えっと、ゲームセンターで取ったぬいぐるみが・・・微妙!




 五歩


 あ、辿りついてしまった。後、2歩くらいあると思ったのに・・・




「さあ、坊やの言う、妾に相応しい贈り物を見せてくださいまし」


 

 挑戦的な笑みを浮かべて、贈り物の催促をしてくる朱妃。

 期待を裏切れば、すぐさまその表情が激変しそうな怖さがあった。


 近くで見ると、目の痛くなりそうな赤さのチャイナ風ドレス。

 ヒラヒラとした飾り布が、まるで花びらのように・・・




『花!』


 そうだ!アレがあった!


 アレならば・・・




 俺は朱妃の前に片膝をつきながら、胸元のポケットから『アレ』を取り出す。


 両手で掲げるように持って、うやうやしく朱妃の前に差し出した。



「これは、貴方への謝罪の品になります。ぜひ受け取ってください」



 俺の両手に乗っているのは、『一輪挿しの赤いバラのプリザーブドフラワー』。

 ギリギリ胸ポケットから出せる大きさのもの。

 

 これは俺の部屋に飾っていた物だ。

 ちなみになぜそれを飾っているかは内緒。


 

 花を贈られた朱妃は、思いもよらぬシチュエーションに戸惑い顔。

 目を大きく見開いて、差し出された花を見つめている。


 

 プリザードフラワーなんて、おそらくこの世界には存在しないものだろう。

 こんなアポカリプス世界で存在するわけがない。



「赤いバラから水分を抜いて、長期保存を可能にしたものです。永遠というわけにはいきませんが、それでも数年は美しさを保つでしょう」



 朱妃の表情から迷いが見え隠れする。

 その繊手は迷いを現すかのように、差し出された花の前で止まっている。

 俺へのお仕置きと、俺からのプレゼントの価値の間で揺れているのだろうが・・・



「赤いバラは美しさを意味します。貴方に相応しいものかと」



 追従の言葉を付け足してみるが、朱妃の視線は赤いバラに捕らわれたまま。

 俺の言葉なんて届いていないようだ。


 花自体がそんなに珍しいものだったのだろうか。

 確かにこの世界に来て、花なんて見たことが無いけれど。



 んん?

 なぜか、桃の香りが俺の鼻をくすぐってくる。

 これは、朱妃が付けている香水か?



 その時、俺の頭に閃くものがあった。



 術を得意とする中華風ドレスを着た妙齢の美女。

 おそらく中国系の高位の神霊。

 桃の香り。


 この3つから連想される存在はたった一人。



 『西王母』


 仙女たちの主。仙桃園の管理者。道教における最高位の女神。

 正にカーリーに勝るとも劣らない神格。


 間違いない。この機械種は西王母だろう。

 

 あとは術を行使するだけだが、ここまで多彩な技を持つ朱妃相手に、空間障壁だけを封じるのは効果が薄い。

 戦いそのものを避ける方向に持って行った方が良いかもしれない。

 



 花を差し出した手の薬指と小指を折り畳み、そのままの姿勢で術を行使する。



「機械種、朱妃、西王母よ。俺と争うことを禁じる。禁」




 俺が囁くように呟いた言葉に朱妃は、はっと驚いて俺を見つめてくる。



「貴方・・・なぜ、妾の名を・・・」



 そこで朱妃の表情がふっと柔らかくなる。

 まるで氷が溶けていくような表情の変化。

 蠱惑的とも言える成熟した大人から、汚れを知らない純粋な乙女へと変化したような、そんな変わりようだ。



「あら、不思議だわ。さっきまで坊やにお仕置きしなきゃって思ってたけど・・・そんな気持ちがどこかへ飛んで行ってしまったかのよう」



 その表情からは、先ほどまでの俺を挑発するような雰囲気は完全に消え失せ、それどころか、俺に親しみすら感じているような笑顔を浮かべていた。


 傾国の美女の微笑みは、正しく大輪の薔薇のような微笑みだった。



 差し出された花の前で止まっていた手が、ゆっくりと動き出す。


 俺の両手に置かれた花を、そっと受け取る西王母。

 その花を胸に抱きながら、俺への言葉を紡ぐ。



「良き品です。いいでしょう。この品をもって、あなた方の退去を認めます」


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