第127話 朱妃


 声の元を辿って俺が見たものは・・・ 


 赤色を基調とした華美なチャイナ風ドレス姿を着こんだ妙齢の美女。


 美しく結い上げられた髪には、宝石が散りばめられた簪が濡れたような黒髪を引き立たせる様に飾り立てられている。

 こちらを見つめる両目の光は朱色。白皙の美貌に目の色と紅の唇だけが、強烈に赤を印象づけてくる。


 一目見て俺が抱いた印象は、楊貴妃か封神演義の妲己ごとき傾国の美女。

 

 それほどの美女が、俺に向けて艶然とした笑みを浮かべている。


 この異世界で初めてみる成熟した美を備えた大人の女性。

 その美貌に思わず目を奪われてしまう・・・

 


 

「主様!お下がりください!」



 俺が従属したレジェンドタイプの機械種ヨシツネが割って入ってきた。

 乱入してきた美女に向かって刀を振るう。


 あれ?アイツ、刀なんて持ってたっけ?


 美女に振るわれた刀は紛れもなく日本刀。

 緑光を帯びた1.2m程の太刀。


 そして、ヨシツネの剣術スキルは特級。それは最上級を上回る剣術スキルの最高峰。

 それは振るわれる剣速からも、その技量は明らかだ。

 

 疾風のごとく切りかかったそのスピードは、俺の目でも捉えるのがやっと。

 

 目の前の美女は真っ二つになる運命は避けられないはず・・・



 しかし、




 ガチッ!!





 以前、俺が機械種ビショップとやり合った時に見た、空間障壁。


 おそらく、それと同じものがヨシツネが振るった刀を通さない。


 美女は涼しげな眼で、目の前の自分に襲いかかる若武者を眺めている。


「まあ、無手の女性に武器で切りかかるなんて、無粋な人ね」


 まるでお茶会の最中のような美女からの気やすい声かけ。

 絶対に自分は傷つけられないと信じている余裕の表情。



「ぬっ!」



 それに対し、ヨシツネは諦めていない。

 初撃は空間障壁に阻まれたようだが、そのまま刀を力任せに突き破ろうと力を込める



 キィィィィィン



 何かが干渉するような甲高い異音が部屋に響く。


 ひょっとして、同じマテリアル空間器で空間障壁を干渉しているのか?



 しばらくつばぜり合いのような攻防が続く。



 やがて、余裕を見せていた美女は形の良い眉を顰め、不快感を露わにしたと思うと、おもむろに胸元から扇子を取り出す。


 はだけた胸元から見えるのは、大理石のような艶めかしい白磁の谷間。


 おお、デカい!

 これこそ無限収納!無限のロマンがあるという意味で。



 そして、その閉じられた扇子の先を、鼻の下を伸ばしている俺に向け・・・



「坊や、オイタが過ぎますよ」


 

 え、また、俺?

 いや、ちょっと、ガン見し過ぎたか?



「主様!」




 俺の前に突然現れたヨシツネが、何かを迎撃するかのように刀を振るう。




 バシィィッ!!




 何かが弾けたような音。


 おそらく美女が向けた扇の先から、無形の何かが飛び出し、それをヨシツネが撃墜してくれたのだと思うけど。



「主様。お逃げください。ここは拙者が殿を務めますゆえ」



 俺を庇うように前に立ちながら、逃げるよう進言してくるヨシツネ。

 さっき突然俺の前に現れたのは、空間転移なのだろうか。

 空間制御スキルを持っていると言っていたから、もしやとは思っていたが。


 しかし、空間転移まで使えるレジェンドタイプのヨシツネが撤退を勧めてくる。

 それほどまでに強敵なのか、コイツは?


 おそらくもう一体の紅姫だと思うが、全く機械種らしくないな。

 人間そのものと言っても良い。目の色さえ誤魔化せれば、人間社会に潜り込める程だ。


 前の紅姫とは違い、物理タイプではないのだろう。

 おそらく、先の攻防を見るに魔法タイプって言ったところか・・・いや、だから、魔法って何なんだよ?

 マテリアル空間器やマテリアル重力器を攻撃に使う、遠距離型ってとこか。



「主様、早く!コヤツは『朱妃』。紅姫の上位機体になります。拙者でも抑えるのが精一杯です」



 おい、だからこれ以上単語を増やすのは止めろ。

 後出しで情報を追加するなよ。



「あらあら、そんなに怖がらなくても、取って食ったりしませんよ。オイタが過ぎた子にちょっとお仕置きをするだけですから」


「え、それって俺のこと?あ、おっぱいガン見しちゃったのは、謝りますけど」


「あらやだ。悪戯好きの上に、助平なんて。将来どんな悪い大人になるのかしらね」


 朱妃は片手を自分の頬に当て、少し恥ずかし気な視線を送ってくる。


 これまた随分人間臭い機械種だな。

 いちいち仕草が色っぽい。



 しかし、『朱妃』ねえ。ヨシツネが言うほど強そうな相手には見えないぞ。

 見た目人間とは変わらないからかもしれないけど。


 まあ、先ほどの空間障壁があるから、俺の莫邪宝剣でも即殺できない相手なのは間違いない。

 何とか名前を聞き出して、禁術で発動を禁じられないかな。



 厄介なのは、コイツを壊すのは出来るだけ避けなければならないということだ。


 コイツがいなくなればダンジョンに機械種が出現しなくなるだろう。

 そうなればスラムチームの大きな収入源がなくなってしまう。

 これではせっかく紅姫を一体間引いた意味が無い。



 先ほどからの会話から、こちらと言葉を交わす意思はあるように思う。

 でなければ、声をかけずに無言で攻撃をしてきただろう。


 コイツが現れた理由はなんだ?本当に俺へのお仕置きが理由なのだろうか?


 そのお仕置きとやらが済んだら許してくれるのか。

 もちろん、できれば交渉で撤退を認めてもらいたいところなんだが。





「待て、ヨシツネ。ちょっと話がしてみたい」


 ヨシツネに待ったをかけ、前に出ようとする俺。


 ヨシツネはそんな俺を心配して留めようとする。


「主様、危険です。コヤツは空間爆砕を使用します。これは同じマテリアル空間器を持つ者でしか防げません!」


 あれ?確か、ビショップが、マテリアル空間器による攻撃は出力が足りないから無理とか言っていたが・・・紅姫、いや、朱妃は例外ということなのか?

 

 ふむ。その空間爆砕は俺に効くのだろうか?

 一目散に逃げた方が安全なのでは・・・


 いや、その場合は俺に従属してくれたヨシツネを置き去りにすることになる。

 それは絶対に許容できない。なぜならそれは俺の物が奪われるということに相違ないから・・・



 ウバワレル!!!



 俺の中の内なる咆哮が一声をあげた。




「あ、主様・・・」



 俺から漏れた威圧にビクッと肩を震わせるヨシツネ。


 美女、朱妃と呼ばれた機械種ですら、大きく目を見開いて驚いているようだ。



 不思議だな。俺の中の内なる咆哮からの威圧は、人間にはほとんど感じさせることはできないのに。



 ふう。まだ、大丈夫だ。

 俺の中の内なる咆哮は、ほんの少し唸り声を上げただけだ。

 コイツを壊してしまう訳にはいかないからな。



「いいか、ヨシツネ。『待機だ』。これは命令だ」



 俺を庇う為、前に出かねないヨシツネに念を押して命令を下しておく。



「・・・ハッ、承知いたしました」


 やや不服そうではあるが、直立不動の姿勢を取るヨシツネ。


 俺は待機するヨシツネの横を通り過ぎて、こちらに視線を向けている朱妃の前に立つ。



「お宅を騒がせてしまって申し訳ない。用は済んだのでさっさと出ていきたいんだが、帰り道を教えてくれないか?」


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