第126話 英雄
とにかくマスター認証を行おう。
この最下層、しかも紅姫のドロップ品だ。間違いなく上位の機械種だろう。
最低でもストロングタイプ以上であるのは間違いない。
立ち上がった武者姿の機械種は、両目の青い光を点滅させて、マスター認証を待っている。
姿形から侍系だろうか?たしか、ノービスタイプのローニン、ベテランタイプのサムライ、ストロングタイプのサムライマスターだったな。
日本人としては色々とツッコミたくなるが、ぐっと我慢だ。
非常に珍しい機械種で、ほとんど市場に出回ることは無いらしい。
雪姫もこの系統については、ほとんど情報を持っていなかった。
まあ、従属させたら詳しいことも分かるだろう。
目を合わせて契約の文言を唱える。
「白の契約に基づき、汝に契約の履行を求める。従属せよ」
その瞬間、目の前の武者の瞳が青く輝く。
成功したな。
後は1分程何もなければ、俺が従属できる機械種は2体以上ということになる。
まあ、流石に従属できるのが1体だけということはないだろうけど。
俺のちょっとした心配を他所に、若武者の機械種は俺の前に膝まづいて臣下の礼を取る。
「お初にお目にかかります。拙者、レジェンドタイプ、ヨシツネと申します。主様とお呼びしてもよろしいか?」
人間と遜色のない流暢な言葉遣い。
しかも無駄にイケメンボイス。声と相まって、イケメン俳優が若武者を演じているような雰囲気。
そこはマスターと呼んでほしい所だけど・・・
ええ!!
レジェンドタイプ!!
しかも、ヨシツネって言った!
ヨシツネって、あの源義経のことか?
「どうなされましたか?」
俺がいきなり目を剥きだしたので、気になったのだろう。
「あ、いや。別に何でもない。ああ、主で構わないよ。ちょっと待機しておいて。今から考え事をするから・・・」
そう言って、少しその場を離れる俺。
とりあえず、ヨシツネと名乗った機械種について、考えよう。
まず、レジェンドタイプ。
これは分かる。ダンジョン踏破の成功報酬としては十分あり得た話だ。
俺が聞いたレジェンドタイプは、ザイードの話で出てきた「ヘラクレス」、「ジークフリード」。
どちらも、元の世界の神話の英雄の名前だ。
その時は特に変とも思わなかった。なぜならこの世界では元の世界の言葉がかなり混じっていたから、おかしいと感じなかったのだ。
しかし、今になって考えてみると、やや齟齬が出てくる。
俺の未来視で見た雪姫との暮らしの中で、俺が皆に童話や物語を聞かせていた場面があった。その中にはギリシャ神話のヘラクレスの冒険をベースにした話もあったが、聞いたことがある者は一人もいなかったことを覚えている。
英雄の名前はこの世界の機械種の名前として受け入れられているのに、その英雄が活躍した話が知られていないということはどういうことか?
もしかして逆なのか?英雄譚があって、その能力を持つに相応しい機械種に名付けられたのではなく、最初からその機械種がそう名乗ったのとか。
であれば、その機械種は英雄の記憶を持っているかもしれないんだが・・・
ヨシツネと名乗る機械種に眼を向ける。
まあ、直接聞いてみるのが一番か。
「一つ質問だが、源義経という名前に心当たりはあるか?あと、頼朝っていうお兄さんはいる?」
「ミナモト?いえ、存じません。ヨシツネは私の名前ですが。それに兄と呼べる兄弟機はおりません。ヨリトモという名前も初めて聞くものです」
んん?
コイツの言っていることが本当なら、別に元の世界の源義経とは関係が無いということか。
では、元の世界の英雄譚を知る者が、機械種にその名前を付けたという可能性が高くなるけど。
「では、もう一つ質問だ。お前の名前のヨシツネというのは誰が名付けたんだ?」
「名づけられたという記憶はございません。ただ、自分はヨシツネという機体であるという認識は晶石に刻み込まれております」
ふむ。元の世界の源義経とは無関係。単に姿形や能力で、その名前を与えられたのだろう。誰がその名前を与えたのか気になるところだが。
「主様、拙者からも一つお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「ん?なんだ?」
「ここはひょっとして『巣』の内部でしょうか?それもかなりの規模、『塞』か『城』レベルの」
「ああ、ここはダンジョンの最下層だ。それも紅姫がいた部屋だよ。そこに転がってるのが紅姫の残骸だ」
「なんと・・・、主様は紅姫を討伐するほどの腕利き集団に所属しておられるのですか?では、その紅姫を倒したお仲間はどちらに?」
「はあ?いや、俺はソロだよ。紅姫も俺1人で倒した・・・、おい、お前、全然信じていないだろう?」
表情は変えていない・・・コイツの場合は仮面だから変えようがないが、目の動きで何となくわかった。
「正直に申しまして、主様の体格、武装を見ますと、とても紅姫を倒せるようには見えません」
どうしても俺が貧弱に見えてしまうのは仕方が無い。
今は莫邪宝剣も持っていないし。
「大変正直で結構。その辺はおいおい話していく。それよりも、お前は何ができるのかを教えてくれ」
「はっ。拙者に備わっているスキルですが、まず、剣術(特級)、回避(特級)、騎乗(特級)、跳躍(特級)、戦術(最上級)、隠身(最上級)、空間制御(最上級)、重力制御(上級)、射撃(上級)・・・」
「ちょっと待て!一度に言われても覚えられない・・・、その特級って何だよ?」
「最上級の上になります。スキルでは最も高い位になります」
最上級より上があるなら最上級じゃないだろう。
もういい。ツッコむのは後だ。
まだ聞きたいことが・・・
あれ?
今、気づいたが、俺の視界の矢印がまだ消えていない。
その矢印が、少しづつ動いている。
俺は動いていないのに。
この矢印はダンジョンの最奥を目指していたはず。
最奥はここじゃないのか?
・・・そもそもダンジョンの最奥ってどういう意味だ?
紅姫のいるところが最奥と呼ばれるところなのであれば、もしかして・・・
そう言えば、このダンジョンの異常は紅姫が新たな紅姫を生んだのが原因だった。
ということは、もう一体の紅姫がこのダンジョンには存在するということだ。
そして、紅姫のいるところを差しているかもしれない俺の視界の中の矢印が動いている。
どう考えても嫌な予感しかしない。
「おい、ヨシツネ。撤退だ。すぐにこのダンジョンを脱出するぞ」
「はっ、承知いたしました」
もう一体の紅姫。
俺が倒した奴と同じくらいの強さであれば、容易い相手のはずだ。
しかし、油断はできない。
今のところ、俺に通用しないと分かっている攻撃は、物理、熱だけだ。
それ以外攻撃方法、たとえば電撃、毒、酸、冷気なんかは、まだ試していないので分からない。
残っている紅姫がそれらの攻撃方法を取ってくる可能性が否定できない以上、ここに留まるのはリスクが高い。
もう目的は果たした。
紅姫を打ち倒したから、ダンジョンの異常はこれで終わるだろう。
多数の機械種を回収した。修理して、蒼石を揃えれば従属できる。
紅石を手に入れた。これを処分するのは大変だろうが、それだけの価値がある。
レジェンドタイプの機械種を従属させた。これで俺が前衛を張る必要が無くなるかも。
これ以上を求めるのはリスクが増えるだけだ。
ここはさっさと撤退するしかない。
まあ、この部屋を出ても、あの縦穴を昇る手段がまだ見つかっていないけど。
しかし、ヨシツネには空間制御や、重力制御がスキルとして備わっていた。
これを利用すれば活路が見出せるかもしれない。
そんなことを考えながら身を翻して、出口へ向かおうとしたところへ・・・
「あら、そう簡単に帰られるとお思いですか?」
俺の背後から、匂い立つような艶のある女性の声がかけられた。
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