第121話 巨狼
それにしても『真剣白刃どり』は無かったよな。
先ほどの戦闘についての反省を行っている。
一度、莫邪宝剣を七宝袋に収めて、心を落ち着かせてからの総括だ。
初見の相手、未知の敵、複数。
未踏の地、たった一人、助けは絶対に来ない状況。
これだけの悪条件がそろっていながら、物欲に溺れ、命を危険に晒した。
しかも、つい数時間前、上忍に対して同じことして痛い目にあったばかりなのに。
あそこでわざわざ『真剣白刃どり』をする必要はなかった。
後退してから体勢を整えても良かったし、間合いを取ってから他の宝貝や術を使うこともできた。
もし、黒騎士の長剣が俺の額を勝ち割っていたなら、そこで俺の冒険は終わってしまっていた。
流石に頭を割られたら即死のはず。仙丹を使う時間も無い。
俺の余計な行動が自分の身を危険に晒したのだ。
これは今までの俺だったら絶対しないようなことだ。
原因ははっきりしている。
一つは莫邪宝剣を持つことで生まれる絶対の自信。
普段の俺は、大型の機械種と遭遇しただけで、体が竦み動けなる。
しかし、莫邪宝剣が与えてくれる高揚感は、恐怖を払しょくし、巨大な敵に立ち向かう勇気を授けてくれる。
それと同時に、強敵を求め、戦いを促す闘争心もセットでついてきてしまう。
これが俺のいつもの慎重さを引っ込めさせ、無謀とも言える大胆な行動を取らせてしまうのだ。
今回の『真剣白刃どり』も、俺ならイケると思い込んでしまったことが発端だ。
実際に『真剣白刃どり』をしたのは莫邪宝剣を手放した後だったが、高揚感の余韻に浸ってしまったせいだろう。
もう一つは俺の喪失感を埋める為。
俺は自分の手でヒロインかもしれない人を殺した。
二度と手に入れることのできないものを失ったのだ。
そのことが、俺の心にぽっかりと穴を開けてしまっている。
それを他の物で埋める為に、従属させる機械種を求めてしまったのだろう。
貴重な機械種を回収していけば、いつか俺の心の穴を埋めることができると信じて。
原因が分かっても対処がしづらいのが課題だな。
自分が抱える問題の根の深さに、頭が痛くなってきそうだ。
何の解決策も浮かばないまま、先を進むことにする。
莫邪宝剣を片手に鎧も付けず、未踏破迷宮の最下層をソロ探索。
正に廃人レベルの所業だ。命知らずも良い所だろう。
せめて一緒に潜ってくれる機械種が欲しいな。できれば前衛で。
先ほどの黒騎士をブルーオーダーできれば一番なんだが。
んん?
いつの間にか黒い霧のようなものが辺りを漂ってきている。
ダンジョンのエフェクトか?
ダークゾーンとかじゃないだろうな。
向かおうとしている先から流れ込んできているようだ。
通路全体を包むように黒い霧が濃くなってくる。
もしかして、罠か?
ひょっとして毒ガス?
袖で口元を覆い、霧を吸い込まない様にしてみるが。
駄目だ。本当に毒だったら、これくらいじゃ防げない。
黒い霧はどんどん濃さを増していき、周りが見えなくなってしまう程だ。
今のところ、毒が効いている感じはしないけど、遅効性という可能性もある。
風吼陣を作成すれば、霧をシャットダウンできるだろうが、それをすれば動けなくなる。ただ突っ立っているだけで、この状況が改善されるとは思えない。
なら、仙術で風を起こしてみるか。
仙骨からエネルギーを吸い出して、左手の手の平に集中。
とりあえず、前方の霧を手で薙ぎ払うように風を起こしてみる。
「風よ」
ブワッ!
無風状態のはずのダンジョン通路に一陣の風が吹く。
そよ風よりちょっとだけ強いくらい。
それでも漂う霧を吹きはらうには十分だったようで、俺の目の前から黒い霧は一掃され・・・
ガブッ!!
何かに右腕を噛みつかれた。
完全に右腕全体を口内に収めるほどの巨大な咢。
それは黒い霧を突き破るように、突然現れた強大な狼。
顔から突き出した口の部分だけでも1m近くはあるだろう。
その狼は莫邪宝剣を持つ右腕に噛みつてきた。
「なっ!」
全く予想もしていない奇襲に、対応が一瞬遅れる。
莫邪宝剣を持つ方の腕を狙われた!
狼はそのままギシギシと、俺の右腕に牙を食い込ませようとしている。
コイツ!
莫邪宝剣は使えないので、左手で殴りかかろうとするが・・・
「え!」
左腕が誰かに掴まれたように動かない。
そのうちに、俺が発生させた風が通路全体の霧を払っていく。
そして現れたのは、俺の右腕に噛みついている巨大狼の機械種、全長は8m以上はありそうだ。
黒いボディに蛇のようなデザインの鬣、漆黒の巨大狼といったところだろう。
その巨大狼が俺の右腕に噛みついて食い千切ろうとしている。
そして、霧が晴れた通路の奥に立つ人影が一つ。
黒装束に黒頭巾。いや、聖職者のような服装に見える。
頭からすっぽり角帽のような帽子を被っていて、顔は仮面で隠しており、邪教の司祭のような雰囲気だ。
杖のようなものをこちらに向けて突きつけており、何かの呪いでもかけているような・・・
誰?
コイツも機械種か?
俺の腕を抑えているのもコイツの仕業か?
右腕を巨大狼にモグモグされているが、俺は至って冷静だ。
先ほどから力一杯喰らいついているようだが、こっちは甘噛みされているようにしか感じない。
それよりも俺の左腕を抑えられているような感触の方が気になる。
見えない力で腕全体を包み込まれており、動かそうとすると軽い抵抗を感じる。
力を込めれば引き剥がせそうなんだが・・・
俺の腕を咥えている巨大狼が痺れを切らして、前足を俺に叩きつけよう振り上げてくる。
邪魔だ!
噛みつかれている右腕を思いっきり後ろへ振るう。
ドスン!!
俺の腕を咥えたまま投げ倒され、自動車2台分くらいある体を床に叩きつけられる巨大狼。
それでも噛みつきを放さない。
コイツ!!
少しだけ勿体ないと思いつつも、地面に転がる巨大狼の首元めがけて蹴りを放つ。
頭だけで冷蔵庫くらいある大きさだが、それでも俺の一撃で両断され、胴体と頭が別々に床に転がっていく。
あとは、あの人型の奴だけか。
この左腕を押さえられている原理は分からないが、これもあの人型の仕業だろう。
グイッと左腕に力を込めると、少し抵抗は感じるものの、動かすのには不自由はしない程度だ。
永続的な呪いとかじゃないだろうな。
こういったデバフは術者を倒せば解除されるケースと、されないケースがあるからなあ。
しかし、これ以上呪いのようなデバフを使う術者を野放しにはできない。
術者というか、服装から司祭なのかもしれないな。黒司祭といったところか。
速攻で片づけよう。
莫邪宝剣を構えて、黒司祭に向かって駆け出す。
俺を押さえていた力が、実は何の効果も与えていなかったことを悟ったのか、黒司祭は杖を降ろして左手をこちらに向けてくる。
ん?何か別の術を使ってくるつもりか?
っていうか、術ってなんだよ?なんで機械種が魔法を使ってくるんだ?
キマイラといい、黒騎士といい、この世界の機械とファンタジーとの混ざり具合が実にいい加減だ。どういうトンデモ科学理論に基づいているのか分からないが、こちらの元の世界の常識とぶつかり合って、たまに混乱してしまう。
こちらに向けている黒司祭の左手から生み出されたのは、30cmくらいありそうな金属製の針、それが十数本。
ヤバい!
それを見た瞬間、一旦足を止めて、慌てて顔を腕でガードする。
ピシピシピシピシピシピシピシピシ!!
俺に降りかかってくる針の嵐。
仙衣に包まれた俺に突き刺さることは無いが、この状態で相手に突っ込むのは危険だ。万が一、目に突き刺さったら脳まで突き抜ける可能性がある。
チッ!これ以上進むのは無理か。
強引に突破できなくもないが、ここでリスクを負う必要は無い。
チラリと後ろに視線を向ける。
顔を向けたわけじゃない。『八方眼』を利用して、視界を広げただけだ。
俺の後方に転がる巨大狼の残骸。
あれを使うか。
一歩後ろに足を踏み出して、『縮地』を発動。
瞬時に5m程後退して、針の嵐から逃れる、
ちなみに前へ『縮地』を発動しない理由は、針の嵐を掻い潜ることはできないからだ。
『縮地』は瞬間移動をしているが、空間を飛び越えているわけではない。
超スピードで移動しているに過ぎないのだ。
縮地を発動しても、目的地の間に障害物があった場合は、通り抜けることができないし、場合によっては衝突してしまう。
針の嵐に突っ込んでいけば、縮地のスピードとも合わさって、仙衣すら突き抜けてしまうかもしれないという危険性がある。
空間を飛び越えるには『光遁の術』を会得する必要があるだろう。
転がっている巨大狼の頭部分に近づき、左手で掴み上げる。
頭部分だけでも1m半はありそうだ。これならば盾の役目は十分だろう。
体の前に突き出して、狼の頭を針の嵐への盾として利用する。
ビシビシビシビシビシビシ!!
針は遠慮なく巨大狼の頭部分に突き刺さっているようだが、当然、俺には届かない。
そして!!!
思いっきり盾にしていた巨大狼の頭を前へ投げつける。
ドーーーーーン!!!!
トラック同士が正面衝突をしたような轟音が響き渡る。
その音が聞こえると同時に走り出し、莫邪宝剣を抜いて、トドメを刺しに向かう。
え!
おかしい。
何百キロの重さであろう巨大狼の頭をぶつけられたら、後方に吹っ飛んでいくはずだが、黒司祭はその場から動いていない。
まるで、あの鉄の塊を受け止めてしまったかのように。
近づくと、俺が投げつけた頭の部分は、黒司祭の数十センチ手前で壁にぶつかったかのように止まっていた。
シールド?バリアー?それとも念力みたいなのか?
コイツは危険だな。持っている手数が多すぎる。
最初の黒い霧みたいなのもコイツの仕業だったんだろう。
次に何が飛び出してくるか分からない。こういった奴は即殺するに限る。
俺は再度縮地を発動、黒司祭の左後ろに移動し、そのまま莫邪宝剣で切り付ける。
今まで莫邪宝剣の刃から逃れた敵は無い。倒すつもりで放った一撃は、必ず相手を確実に仕留めてきた。
俺の手持ちの中では最大の戦力というべきものだ。
俺が危険な探索、冒険の中でもある程度平常を保てるのも、莫邪宝剣を抜けば何とかなると信じているところが大きい。
今回も当てることさえできれば、必ず一撃で終わらせることができると信じていた。
それが・・・
莫邪宝剣の光の刃は黒司祭の数十センチ手前で、見えない壁に遮られて届かなかった。
莫邪宝剣の柄から噴き出す煌々とした光はいささかも衰えてはいない。
しかし、黒司祭の目の前の見えない壁は切ることができない。
どれだけ力を入れても刃は前へ進まないのだ。
今まで当たり前のようにあらゆる物を切り裂いてきた絶対の光刃。
それが今、破られてしまった!
「な、なぜ?なんなんだ。これは・・・」
呆然として思わず声が漏れる。
俺の目の前の黒司祭は、俺の様子に薄笑いを浮かべる。
いや、顔自体はシンプルな仮面のようなものだ。当然、表情等は表せない。しかし、間違いないく嘲笑したのは雰囲気で分かった。
「小僧、マテリアル空間器で作られル空間障壁を見ルのは初めてかネ?」
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