第120話 黒騎士


 これはネット小説におけるテンプレの一つかもしれない。


 ネット小説等で、集団転移の場合などに、主人公だけに分かりやすくチート能力を渡す為のギミックとして使われる手法。


 突然、主人公だけがダンジョンの奥底に取り残される、又は、突き落とされる。

 他にも、強敵がいる大陸や異界等に強制的に転移させられたりするケースもある。


 それによって、主人公は苦労を強いられて強制的に鍛えられる、若しくは、その地で強力なアイテムやお宝、仲間となるモンスター等を手に入れる。そうして、他の転移者とは隔絶した力を手にすることになる。


 今の俺の状況もそれに近いものなのではないだろうか。


 であれば、この先に進むことで、チート的な物を手に入れることができる可能性がある。

 すでにチートスキルは保有しているけど。



 サラヤやジュードの話ではダンジョンの最奥には、『もの凄い宝が眠っている』、『赤の女帝の秘密が隠されている』、『機械の体を授けられて永遠の命が手に入る』だっけ? ああ、これは根も葉もない噂話レベルだったな。


 しかし、貴重な物が眠っているに違いない。


 あとは、そこに突っ込んでいくリスクだが・・・

 

 チラリと、床に転がるキマイラの残骸に目を落とす。


 コイツくらいなら問題ない。何体いても俺が莫邪宝剣を抜けば相手にならない。

 これだけ図体がでかいのに、手ごたえはオークやオーガとほとんど変わらなかった。


 油断はするつもりはないが、勝算は十分にある。

 というか、ここまで来ておいて引き返すのは、あまりにも勿体ない。


 勿体ないと言えば、キマイラを粉微塵にしてしまったのは、失敗だったな。

 窮地に追い詰められてからの拍子抜けで、俺のテンションが変な風になってしまったのが原因だが、やり過ぎてしまったのは否めない。


 晶石だけ無事だったのが幸いだった。

 拳2つ分くらいはある大きさの透き通った丸い水晶玉のよう。

 これ程の大きさのものは今までに見たことが無い。

 売り払えばいくらくらいになるのだろうか?



 おそらくこのダンジョンの最奥にいるのは、コボルトやラビットとは比べ物にならない上位の機械種に違いない。

 もし、最奥に何も宝が無かったとしても、襲ってくる機械種を何体か確保できれば、それだけで十分な報酬となるだろう。



 リスクとリターンを検討した結果・・・



「やっぱり行くしかないな」






 ホールの出口をくぐり、視界の片隅に表示されている矢印に従って先を進む。


 この矢印は、単に方向を示しているだけではなく、車のナビゲーションのように、分かれ道等でもどっちを曲がればいいのかを示してくれる高性能仕様となっている。

 

 最下層に落ちる前はただ一方向を示しているだけだったが、いつの間に進化したのだろう?

 いや、あの時は曲道とか分かれ道がほとんどなかったから、気づかなかっただけか?


 とにかく、マッピングが苦手な俺だから、この仕様には大変助かっている。


 あんまり褒めると打神鞭が偉そうにしてくるから、これくらいにしておこう。







 手には莫邪宝剣を握りしめ、ひたすら矢印に従って進む俺の前に現れたのは、2体の黒騎士だった。

 

 中世の騎士のようなフルフェイスの兜に黒光りするフルプレートメイル。

 ゴテゴテと、必要かどうか分からない棘や突起物のオプションパーツが付けられていて、凶悪そうな雰囲気に仕立て上げられている。


 すでに2体とも長剣を抜き放っており、2m近い長身とも重なって、威圧感が半端ない。



 騎士系の機械種か?

 ベテランタイプならナイト、それより上位のストロングタイプならパラディンだが。


 どちらにせよ、念願だった騎士系と鉢合わせするとは運が良い。

 ぜひ、捕まえて従属させたい。これこそ俺の盾役に相応しい機械種だ。



 俺の熱い思いを無視するかのように、2体の黒騎士は長剣を振り上げて、切りかかってくる。


 1体は右から、もう1体は少しタイミングをずらして左から攻撃を加えてくる。




 おっと。




 とりあえず、一度後ろに大きく下がって距離を取る。


 できれば、損傷を少なくして確保したい。

 ストロングタイプやベテランタイプの機械種は貴重だ。

 大きく破損させてしまえば、交換する部品を手に入れることも難しい。


 莫邪宝剣で首を飛ばすのが一番なんだが。


 それには、あの片手で構える長剣が邪魔だ。

 長剣ごと切り落とすなら簡単なんだが、当然、長剣を切断してしまえば、後で従属させた時に持たせる武器が無くなってしまう。


 剣型の武器は貴重なのだ。特に機械種を切断できるような剣は。

 上位の機械種が持つ剣なんだから、間違いなく発掘品に近い性能を持つのだろう。


 まあ、剣じゃなくて、鈍器でもいいじゃないかという意見もあると思うけど。

 騎士系に鈍器を持たせるのは俺の美学に反する。

 


 見事な連携を見せながら、俺に切りかかってくる2体の機械種。

 俺はただひらすらに身体能力をフルに活用して、回避に専念する。

 莫邪宝剣のバックアップもあり、危なげなく黒い斬撃を躱していく。



 莫邪宝剣を持っていると、剣の技量が向上する。


 莫邪宝剣が備える補正機能なのか、それとも本来の持ち主である黄天化の技量が乗り移っているのか分からないが、莫邪宝剣を持つ俺の剣の技量は達人クラスまで到達している。

 でなければ、剣の素人である俺が、何体もの機械種の首だけを刎ね飛ばすのは、非常に難しかっただろう。

  

 もし、俺が素手であれば、この2体の黒騎士の攻撃を完全に躱すことはできず、いくつかの傷を負わせられていたはずだ。いくら身体能力では上回ろうと、全くの素人と剣の技量を持つ者との差は大きい。

 

 ここまで黒騎士達の攻撃を躱せるのは莫邪宝剣があってこそだが、この黒騎士達を損傷少なく確保しようとすると、逆に莫邪宝剣がネックとなっている。



 相手が強敵のせいか、莫邪宝剣はいつになく好戦的となってしまっている。

 俺が敵の攻撃を躱す度に、相手の隙を見つけ、俺に反撃をするようけしかけてくるのだ。


 それが首への一撃であれば、俺も躊躇はしないのだが、流石に黒騎士も致命傷となる部分は隙を見せようとしない。

 これがただ相手を潰すだけの戦いなら、隙を見つけた部分を削っていき、徐々に相手を弱らせる戦法も良しとするのだが、今回はなるべく傷をつけたくない。


 俺の希望と、莫邪宝剣の逸りがせめぎ合い、俺の手数を少なくしてしまっている状態だ。


 そんな状態のさなかも、黒騎士達は遠慮なく俺に攻撃を仕掛けてきている。



 弱ったな。ちょっとばかり打開策が見えないぞ。

 あんまり時間をかけていられないし。



 せめて1体ならもう少し簡単にできたと思うんだが。

 とりあえず、速攻で1体潰してしまえば、もう1体は確実に確保できる。

 そう考えなくもないが、2体いるんだから、2体とも確保したいという物欲もある。



 ぐぬぬ。これはどうすべきか?





 俺が物欲の扱いに悩んでいると、いつの間にか状況に変化が生まれる。




 んん? 攻撃が止んだ?

 なぜ?




 あれだけ盛んに切りかかってきていた黒騎士達が、攻撃するのを止めてしまった。


 俺から距離をとり、1体は5m程、もう1体はさらにその後ろ、俺から8mほど離れた位置にいる。



 俺に攻撃が当たらないから諦めたのか?


 それにしては、剣を構えたままだし、後方の1体は剣先を俺に向けていて・・・


 


 ビカッ!!




 強烈に眩い光が剣先から放たれた。


 それは俺の胸の中央辺りにぶつかり、服の表面で何かが弾けた感触を残して消えていく。


 その直後に、強い熱気が俺の顔を撫でる。


 

 レーザー・・・いや、粒子加速砲か?

 騎士のくせに飛び道具とは!


 ああ、最近の騎士は剣から飛び道具を放つのは標準だったな。



 イカン、2発目か!


 

 先ほどは後方にいた騎士が粒子加速砲を放ったが、今度は前方の騎士が後ろに下がり、剣先をこちらに向けてくる。

 そして、後方の騎士は剣を振り上げて、こちらに向かってきた。




 ヤバい!粒子加速砲で顔を狙われたらマズイ!




 粒子加速砲を使おうとしている黒騎士を脅威と感じ、反射的に手に持った莫邪宝剣を投げつける。


 俺の手から投擲された莫邪宝剣は光の槍と化し、剣先をこちらに向け、粒子加速砲を放とうとしていた黒騎士の心臓部へ突き刺さる。



 やった!



 喜びもつかの間、武器を失った俺に、もう1体の黒騎士が剣を振り上げて、唐竹割りにせんとばかりに俺の頭上へ振り下ろす。



 このパターン、以前にもあった。


 カランとの剣の訓練の時、カランの頭上への振り下ろしを、俺が素手で剣を掴んで止めたことがあった。


 流石に木刀じゃあないから、片手で掴むのは無理だけど、俺の国ではこういう場合に便利な技があるんだよ。



 超高速で振り下ろされる黒騎士の斬撃を、俺は両手で挟み込もうとする。







 これぞ『真剣白刃どり』!!







 ゴチン!!!




 

 

 俺の両手をすり抜けて、俺の額に叩きつけられる黒騎士の長剣。


 足元の床が衝撃でひび割れを起こし、数センチ程、足が床にめり込む程の威力。


 ただし、俺には新聞紙を丸めた棒で叩かれたくらいにしか感じない。

 額の皮膚の表面に何かが当たったかなと思う程度。





 

 数秒の沈黙。








 俺は両手を合わせたまま、手刀として黒騎士の喉元に突き入れる。

 俺の両手は易々と喉元の装甲を突き破り、動力源と頭部とのつながりを破壊。


 長剣を俺の額に当てたまま、黒騎士は膝から崩れ落ちた。





 倒れ伏した2体の黒騎士。

 俺の勝利だが、当然、俺の表情はすっきりしない。





 まあ、莫邪宝剣のバックアップがなければ、こんなもんか・・・

 タイミングが難しいよね。真剣白刃どりって。良い子は真似しちゃ危ないぞ。


 いやいや、それよりも!


 そっと額に手を当てる俺。

 別に怪我はしていないようだ。血もついていないし。


 え、なんで無事なの?仙衣のフードを被っていたわけでもないのに。

 ひょっとして、この黒騎士の剣はなまくらなのか?


 

 落ちている黒騎士の剣を拾い上げ、刃を軽く手の甲に這わせてみる。



 ザクッ


 

「イタタタタ!!なんでだよ!切れるじゃないか!」



 仙丹を作り出して、傷をすぐに癒す。



 なぜだ?なぜ頭は無事だった?




 今度は刃を額に恐る恐る当ててみる。


 イタッ!


 あ、駄目だ。これ以上力を入れたら血が出そう。

 

 


 頭部が特別頑丈というわけではなさそうだ。

 では、なぜ致命的と思われる黒騎士の一撃を喰らっても無傷だったのか?


 考えられるのは・・・


 致命的な一撃を防ぐ能力?


 一定以上の強いダメージをキャンセルするような、そんな能力かもしれない。

 どういう理屈なのかさっぱり分からないが。


 しかし、あくまでこれは俺の想像でしかない。


 もし、本当にそのような能力であったとしても、実は回数制限があったり、期間限定であったりするかもしれないし、ある程度の条件があって、それに該当しない場合は効果が発揮されないという可能性もある。


 試そうにも、間違えた時に危ないのは俺の命だし、頼り切るのはもっと危ない。


 多分、無いことを前提として行動した方が安全だろうな。

 

 とりあえず、今回の不思議現象の検証はここで終わり。






 さて、念願の騎士系の機械種を回収しますか。


 1体は動力系を潰してしまっているが、もう一体は動力と頭のつなぎ部分を破壊しているだけだから、修理は容易だろう。


 等級の高い蒼石が手元に無いから、従属させるのは先になりそうだが、いずれ俺が率いる軍団の中核になってくれるに違いない。



 まだ見ぬ俺の為の軍団を想像して、にやつきながら回収を進める。


 ちなみに軍団を作るのに、特に目標は無い。

 その軍団を率いて、世界征服に乗り出すわけでも、赤の女帝を倒そうとしているわけでもない。


 ただ集めて俺が安心したいだけだ。

 もし、俺のスキルが突然無くなったとしても、俺が自由に生きていけるだけの戦力を確保しておきたいだけだ。


 どうやらこの世界は、俺に主人公補正やご都合主義を与えてくれないようだから、常に最悪を考えて用意をしておくべきだろう。


 ひょっとして、俺は一番最初に選択を間違ではないだろうか。

 この世界に来る前のスキル選択の後、望みたいことに、現代の生活環境の維持を選んだが、『運の良さ』や『幸運』とかを選んだ方が良かったのかもしれない。


 そうすれば今頃、もっと・・・


 いや、やめておこう。これ以上考えたら、また未来視を発動してしまいそうだ。

 選ばなかった選択肢で俺が最高にハッピーになっている展開。

 そんなものを見たって腹が立つだけだ。


 今は自分の持っているカードで戦うしかないんだ。

 余計なことを考えるのは止めておくべきだろう。


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