第122話 黒司祭


 機械種が話すのを聞いたのは初めてだったというわけではない。

 ボスも、雪姫のモラも普通に話していたし、実際に言葉も交わしていた。


 しかし、それはブルーオーダーされている機械種だけだと思っていた。


 まさか、人類と敵対しているレッドオーダーの機械種が話せるとは思ってもみなかった。



 目の前の黒司祭の機械種は、少し不明瞭ではあるが、人間の言葉を話した。

 それは俺にとって大きな衝撃だった。



「小僧、機械種が喋るのハそんなに珍しいかネ?」



 イカン!今は戦闘中だ。目の前の敵に集中しよう。



「ああ、ブルーオーダーの機械種が喋るのは見たことがあるが、レッドオーダーのは初めてだったんでね」


「ふむ。愚かにモ赤の威令に従わぬ者どものことカ。情けなイ。人間の奴隷としテこき使われているのだったナ」


 レッドオーダーから見ると、ブルーオーダーの機械種はそう見えるのか。

 あんまり間違えていないな。確かに人間の機械種の扱いは便利な奴隷みたいなものだろう。雪姫のように家族扱いする方が珍しいに違いない。


 これを機会に普段は絶対に聞けないような話を聞いてみようか。

 レッドオーダーの機械種と話したなんて聞いたことが無いし。


「なあ、なぜアンタ達、レッドオーダーは人類を滅ぼそうとしているんだ?」


 肝心要の質問だ。これが世界の謎の一つだろう。

 別に正解は期待していないが、どう答えるのかは気になってしまうな。


「・・・・・・・・・」


 俺の質問にしばらく無言の黒司祭。

 んん?なんかおかしな質問をしたかな。


「おい、俺は質問に答えたぞ。次はお前の番だろう?」


「・・・よかろウ。小僧の言う通りよナ。確かに先に質問をしタのはこちらダ。コホン」


 勿体をつけるように、咳払いをする仕草をしてから答えようとする黒司祭。

 随分人間臭い奴だな。


「まず、その質問に対する答えだガ、我々赤の威令に従う機械種ハ、人類を滅ぼそうとしていなイ。人間に出会えば殺そうとするのハ間違いないがネ」



 うん。なんとなく想像した通りの答えだ。


 マテリアルの出所や、人類の生産手段などから見るに、すでに人類は機械種無しには生きていけないくらいに生活の根元を押さえられている。

 滅ぼそうと思えば、いつでも人類を滅ぼすことができるほど、人間社会に食い込まれているはずだ。


 それに圧倒的な戦力差と、生産能力。

 それは人間が機械に勝てるわけがないレベルだろう。



「では、こちらからの質問ダ。小僧、ここへはどうやってたどり着いタ?」


「うーん。これは正直に言うんだが、3階の土砂から潜ってきた。途中、大穴に出てしまってそのまま落ちてきてしまったんだ」


 嘘じゃないぞ。言えないことを言ってないだけだ。


「ふム。その手段には興味があるガ、それを聞くのは無粋だナ」


「まあね。どうしても聞きたければ次の質問でしてくれ。言えることしか言えないけど」


 まあ、仙術で土砂の中という位相違いの空間を潜ってきましたって言っても信じられないだろう。




 さて、次はこちらの質問か。

 最初にコイツが喋ったマテリアル空間器について聞いてみるか。


「さっき、マテリアル空間器による空間障壁って言っていたけど、やっぱり空間を操っているの?」


「拙僧にはマテリアル空間器が備わっていル。空間を操るのは容易い事とは言わないガ、このように空間をずらしテ壁のようなものを作ることくらいはできル」


 やはり空間をずらしての障壁だったか。いかに莫邪宝剣と言えど、空間までは切り裂けない。


「へえ、凄いな。それは絶対に破られないものなの?あと、それ攻撃手段に使えない?ほら、相手のいる空間をずらすことで真っ二つにするとか」


 俺の不躾な質問に、少しだけ戸惑ったように両目の赤い光を瞬かせる。


「小僧、一つの質問に続けてくるとハ・・・まあいイ。300年振りの人間だ。サービスしてやろウ。空間障壁を物理的に破るのハ現実的ではなイ。同じマテリアル空間器による干渉で解除するしかなイ。また、攻撃への利用だが、いかにマテリアル空間器といえド、存在している個体ごと空間ヲずらすのは出力が足りなイ。そこまでの干渉力は出ないだろウ」


 なるほど。同じマテリアル空間器を持つ機械種がいないと攻撃が通らないのか。

 それは困ったな。どうやってコイツを倒そう。


 まあ、空間攻撃が無いと分かっただけでも御の字か。

 流石にそれが在ったら俺の仙衣でも耐えられないだろうし。




「では次はこちらの番ダ。小僧の持つ光の剣ハ発掘品カ?どこで手に入れタ」


 これが気になるのか。まあ、結構目立つからなあ。


「これも正直に言うが、発掘品ではない。宝貝っていうんだ。手に入れたというか、元は貰ったものだ」


 これも嘘は言っていない。俺が改造しましたと言うのは情報を漏らし過ぎだ。


「ふム。誰からと聞くノはルール違反かネ?」


「まあね。俺も直接会ったことは無い。俺の先輩だったと言っていこう」


 一瞬、ロップさんから貰いましたと言おうかと思ったが、これも情報の漏らし過ぎだろう。

 万が一、チームトルネラに辿りつくことだって考えられる。余計なリスクは増やさない方が良い。


 次はこちらからの質問だが、俺の左腕を押さえこんだ現象について聞いてみるか。


「一番最初、何かの力で俺の左腕を押さえこんでいたけれど、あれは何?」


「物を知らなイ小僧だナ。マテリアル重力器モ知らないのかネ」


 なるほど。重力を操ってたのか。そういう使い方もできるんだ。

 しかし、やけにこちらを馬鹿にしたような言い方だ。交渉事で舐められるのは好きじゃないな。


「それは知っているさ。でも、あれほどの精度で、腕だけを押さえこまれていたから、ひょっとして何か違うものなのかを思ってね」


「ふム。そうかネ。確かに小僧の言う通リ、あの精度での重力操作を行おうとすれバ、拙僧のように、重力制御(上級)以上ヲ持っている必要があル。小僧がそう思っても無理はないカ」


 ふう、誤魔化しだけで乗り切った。

 こういうところが交渉事の醍醐味だねえ。




「次はこちらの番だネ。小僧の目的は?何のためにダンジョンに来た?」


 実にシンプルな質問だな。それだけに答えずらい。

 この場合は・・・こうするか。


「最近、ダンジョンで発生する機械種の強さが上がったと聞いて、その調査だよ。何が原因か知ってる?」


「本当に抜け目のない奴、答える側なのに質問を混ぜるなんテ。まあいイ。このダンジョンの主が新たな主を作り出したのが原因だネ。主が2人に増えたことで、忌々しい白の波動をある程度押し返すことができたのだろうサ」


 やはり、紅姫が増えたのが原因か。であれば、俺がここで紅姫を1体倒せば、このダンジョンの異常は解決するということか。


 しかし、なかなかこの駆け引きっぽい交渉も楽しくなってきたな。

 まさか敵とこのような会話をすることになるとは考えもしなかった。

 しかも、この黒司祭、意外に話好きだな。300年振りの人間だって言ってたし、会話相手に飢えていたのかも・・・



 待て。これが時間稼ぎという可能性は考えられないか?


 先ほどの針の連射や、空間障壁でエネルギーを使い過ぎて、それが貯まるのを待っている、若しくは応援要請をしていて、援軍が来るまで俺を引き留めにかかっている。


 どちらもありうる話だ。

 コイツ等は人類と敵対しているレッドオーダーの機械種だ。

 別に話し合ったって仲良くなるわけでもないし、蒼石を使わねば味方にもならない。



「どうした?次は小僧の番だゾ」



 質問を急かしてくる黒司祭。

 どうやらビンゴのようだ。わざわざ会話を続けるメリットはコイツにはないはず。


 ならば、取る手段は一つ。




「ああ、そう言えば名乗っていなかったね。俺はヒロシという。アンタは・・・アコライト、それともプリースト?」


 あえて格下の名前を挙げてみるが、案の定、気を悪くしたような声で訂正される。


「フン、ビショップよ。ジョブカテゴリーの僧侶系最上位、ストロングタイプのビショップ」


 ありがどう。君はちょっと気に入ったから、俺の七宝袋で蒼石が集まるのを待っていてくれ。


 俺は片手を機械種ビショップに向けて禁術を発動。




「機械種ビショップよ。空間障壁を発動することを禁ずる。禁!」


 


「ん?何の真似ダ、小僧」


「さてね。さあ、戦闘を始めようか」



 莫邪宝剣を構える俺。

 対するビショップは杖を持ち直し、左手を俺の方に向けてくる。

 

 さっきの針は発動させるにもタイムラグがあったはず。

 

 ダッシュで駆け寄り、莫邪宝剣を振りかぶってビショップへ攻撃を仕掛ける。


 

「フン!その攻撃ハ先ほど防がれたのを忘れたのカ!やはり人間は愚かよナ!」


 ビショップは勝ち誇ったように吼える。




 ザン!!




 その声が通路に反響し、まだ消えないうちに勝負は着いた。




 ゴトッ


 ガタッ



 俺が放った莫邪宝剣の一閃。

 それだけでビショップの首が床に落ちて、その数秒後に体部分が倒れ込む。


 空間障壁が無ければ莫邪宝剣を阻むものは無い。

 俺の禁術で空間障壁を封じられた段階で、お前には勝ち目がなかったんだよ。


 


 七宝袋でビショップの残骸を回収し、ついでに巨大狼の残骸も回収。


 


「ふう、ちょっとヤバかったな。もし、黒騎士2体とセットで出てこられたら、かなり苦戦したかもしれない」


 それに莫邪宝剣が絶対のものではないということも分かった。

 今後、上位の機械種と交戦する時は気を付けなくてはならないだろう。

 

 空間を操る術を身に着けるか、空間操作系の宝貝を作成するかしないといけないな。


 

 イカン、そろそろこの場から離れよう。

 ビショップが援軍を呼んでいたかもれしない。



 そう、俺が先へ進もうと決めた時、通路の隅に置かれた物が眼に入った。





 それは前にも見たことのある宝箱だった。


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