第115話 物語 結


「ヒロ、またお話をしてほしい。ほら、子供達も皆期待してる」


 夕食を食べ終わった後、いつの間にか、俺が物語を皆に語るという行事ができあがってしまった。


 切っ掛けは、夜に『暇、暇、暇』と行儀悪くゴロゴロと床で転がる雪姫を見かねて、俺が覚えている童話を語ってやったことだった。


 話した童話は『白雪姫』。


 何となく雪姫に相応しいと思ったので、話してやったのだが、この異世界との常識をすり合わす為、リンゴをアップルブロックとしたり、七人小人を機械種ドワーフにしたりといくつかの変換が必要となった。


 初めて聞いた童話だったらしい雪姫は、大層感銘を受け、『ヒロからすごく面白い話をしてもらった』と皆に言いふらしてしまった。そのせいで子供達が俺に話しをせがむようになり、いつの間にかこのような状況になってしまったのだ。


 流石に毎日は無理なので、ある程度日をおいて話すようにしているが、これがなかなか難しい。

 すでに覚えている童話の在庫は尽きてしまい、少年漫画やアニメの話をアレンジして話すようになってしまっているのが現状だ。


 ちなみに雪姫は俺が物語を語る日だけは、皆と同じ食卓に着き、皆と同じ物を食べるようにしている。


 さあ、物語語りを始めよう。ああ、できるだけ引き伸ばして、猶予を作らなければ・・・






「ヒロ、今日のお話もなかなか面白かった」


「はああ、そう思ってもらえて何よりだよ」


 このスラムに娯楽が少ないせいだな。俺がこんなに苦労しているのは。

 トランプやボードゲームを召喚して広めてやろう。そうすれば、他の娯楽にも目が向くだろう。


「ヒロ、今度、最初の『白雪姫』の話をまたしてほしい。あの王子様のアップルブロックで目を覚ますやつ」


「いや、それ違う。アップルブロックは毒が入っている方だぞ。目を覚ますのはキスの方だ」


「え、そうだっけ?でも私はアップルブロックの方がいい。だってアップルブロック美味しい」


 コイツ、食い意地張り過ぎだろう。

 

 ん?

 

 雪姫が真剣な目で俺を見てくる。なんだ?


「もし、私が覚めない眠りに着いたら、アップルブロックで起こしてほしい」


「え、そこはキスじゃないの?」


 あ、つい言ってしまった。

 ヤバい!何て思われるんだ?キモイって言われたらどうしよう?

 

 俺の焦っている内心を知ってか知らずか、雪姫は全く表情を変えずに切り返す。


「駄目。アップルブロックじゃないと起きてあげないから」


「・・・ああ、分かったよ。最高級のアップルブロックを用意するさ」


「お願いする・・・キスは駄目だから」


 それだけ言うと、俺を置いてスタスタと離れていく雪姫。


 はああ、別に念押ししなくても。

 やっぱり恋愛感情じゃないんだよな。俺と雪姫の間は。

 まあ、俺のせいでもあるけれど。

 

 少しだけ立ち尽くして、自業自得の意味を噛みしめていると・・・



「ヒロ」



 俺を置いていってしまった雪姫が、いつの間にか戻ってきて一言。



「だって、眠っている時にキスされても分からないから」



 それだけ言うと、また俺を置いて急ぎ足で離れていく。

 チラリと見えたのは、頬をほんの少し赤く染めた雪姫の横顔。



 俺はその場でしばらく立ち尽くす。

 

 通りかかったサラヤが声をかけてくれなければ、一晩中立ち尽くしていたかもしれない。





 その夜、1Fの男子部屋で毛布に包まりながら、先ほどの雪姫の告白じみたセリフに頭を悩ませる。


 この雪姫と過ごした10ヶ月程の期間、俺が待ち望んでいたことだったはずだ。


 いや、あのセリフは本当に俺への好意を表明した言葉だったのだろうか?


 俺は女心を察するのは苦手だし、所謂女の子が言わなくても察してほしいというものも分からないことが多い。


 俺の中であの雪姫のセリフは『だからキスは起きている時にして欲しい』と聞こえた。

 前段階の会話から判断しても、そうとしか取れない内容だ。



 しかし、油断すると危ない。どこに落とし穴があるか分からない。

 こういった時、調子に乗って告白したら『え、そんなつもりじゃなかったの』となるケースも良くある話だ。

 選択を間違えれば、せっかく積み上がった雪姫の好感度が急降下なんてことになってしまうかもしれない。


 ここは今まで通り、選択肢を選ばず『保留』とすべきか。

 それならば失敗はしないはず。



 ・・・・・・・・・・・・・・・・・



 もし、雪姫が俺に異性として好意を抱いてくれているとしたら理由は何だろう。


 友人関係としても、狩りの相棒としても良い関係を築けていると思う。

 しかし、これが男女関係になると全く未知の領域だ。


 俺が雪姫のような美少女に好かれる所なんてあるのだろうか。


 俺が人より勝っているのは、この戦闘能力とスキルによる不思議パワー。

 そして、召喚による現代物資調達。


 雪姫が認識しているのはこれくらいだ。雪姫がこれらを俺の魅力として捉えているならば、俺に好意を持つ理由も分かる。


 雪姫の目指すところは分からないが、教会とやらで上を目指そうとすれば、俺の戦闘力と不思議パワーは非常に役に立つだろう。

 また、雪姫の大好きな元の世界の甘味は、当然、俺しか調達することができない。


 これらを自分の手元に置こうとすれば、俺を篭絡するのが一番の近道だ。

 だから異性としての相手に俺を選ぶ理由も分かる。


 なんかちょっと安心してきたな。




 あと、もう一つ俺を選ぶ理由に心当たりがある。


 それは、感応士が世間一般では非常に畏怖されているということだ。


 聞けば、感応士の能力はレッドオーダーを蒼石を使わず、ブルーオーダーできるだけでなく、他者が従属させている機械種を奪ったり、白鐘の効果範囲内で機械種に人を傷つけさせることもできるようだ。


 それでなくても、感応士が従属させることのできる機械種の数は、機械種使いとは比べ物にならない。


 どんなに能力の低い感応士でも最低10体以上の機械種を同時に従属させることができるし、これが雪姫ともなれば100体近くの運用も可能らしい。


 もちろん、数を頼めば機械種の質を下げる必要はあるし、自分の手足のように扱えるのは、その中の一定数以下になってしまうそうだが。



 チームトルネラでも未だに年長者の面々は雪姫に対して遠慮がちになってしまう。

 外から聞こえてくる感応士の圧倒的な能力に対する畏怖と、これは俗説で何の根拠もない話だが、感応士は人の心を操るという噂が広まっていることも原因の一つだ。


 サラヤなんかは頑張って話しかけているようだが、ナルは明らかに怯えたような態度を取ってしまうし、カランも緊張しているのが丸わかりだ。

 ジュードは世間話くらいできるようだが、俺に遠慮しているせいか、あまり雪姫に話しかけようとしない。まあ、ちょっとばっかり嫉妬の目を向けちゃったからかもしれないが。

 意外にもトールは雪姫を苦手としているようだ。絶対に自分から話しかけようとしないし、雪姫もトールを無視している。何かあったのだろうか?一度両者に聞いてみても何も教えてくれなかったが。


 これほどアットホームなチームトルネラのメンバーでもこうなのだから、今までの雪姫の環境はこれより悪かったに違いない。

 聞けば、雪姫は教会から一歩外に足を踏み出せば、人々に恐れられ、場合によっては疎まれる存在として過ごしてきたそうだ。

 だから出会った時に、自分が感応士と分かっても、全く態度を変えない俺に少し興味を抱いた様子。だから、誤解が解けた後に誘ってきたりしたのだろう。


 これまで疎まれて蔑まれていたヒロインが、生まれて初めて主人公に優しくされて惚れてしまうという展開。


 これこそ王道。正しくテンプレじゃないか。


 だったら雪姫が俺を好きになってもおかしくない。


 雪姫が俺を好きなら、俺が告白して振られて傷つく可能性も低い。


 であれば、少しくらい前に進んでもいいかもしれない。


 リスクが低くなって、リターンが大きいならここは行動すべきだろう。


 しばらくの間、『保留』と『現状維持』にはお休みしていてもらおう。


 これから新しい俺と雪姫の関係を進めていく。


 俺は毛布の中で握りしめた拳とともに決意を固めた。





*****************************




 そして・・・


 まだ、太陽が地平線から顔を出したばかり。


 朝早く、俺と雪姫は街の出入り口に立っていた。


 今日はチームトルネラから、この街から、俺と雪姫が旅立つ日だ。


 1年近く過ごした街を離れるのはちょっと不安だけど、俺の隣には雪姫がいる。


「大丈夫。ヒロが田舎者でも、私がシティに相応しい男に育て上げるから」


「まあ、なんでもいいけど、お手柔らかに頼むよ」


「ヒロのおかげで・・・・・が手に入った。これで教会のババアに一泡吹かせてやれる」


「こっちも憂いがなくなったから、安心して旅立てる」


 雪姫は自分の地位を利用して、街の有力者やバーナー商会と交渉し、チームトルネラの大幅な地位向上を成功させたのだ。

 もちろん、俺の稼ぎ出すマテリアルや晶石が助力の一部となってはいるが。


 おかげで、サラヤもナルも娼館に入らなくても良くなったし、ジュードやデップ達も狩人を目指すときはバーナー商会のバックアップが期待できるようになった。

 また、食料品や医療品の質も向上し、テルネの病状も回復傾向だ。

 チームトルネラは、スラムチームとは呼べないくらいの待遇の良い集団となっている。


 もう俺達が居なくても大丈夫と確信できたこその旅立ちなのだ。



「ヒロ、これからよろしく」


「ん?なんだよ改まって。雪姫らしくない」


「むう。ヒロは鈍感。今時それは流行らない」


「え、それってどういう・・・おい、俺を置いていくなよ!」


 雪姫は街の外へ突然走り出す。

 慌てた様子で追いかける2体の機械種。

 もう一体は姿を消しながら追走しているだろうけど。


「ヒロ、早く私に追いつく!」


 俺に発破をかける為、振り返った雪姫。


 朝日に照らされた雪姫の銀髪が煌めいて、一瞬金色に染まったように見える。

 

 そして、俺にしか見せない微かな微笑み。



 俺は一生この笑顔を守っていこうと心に決めた。











 もう雪姫の笑顔を見ることはできないのに。


 守るどころか、俺はこの手で・・・



*****************************




 現実に戻った瞬間、俺は蹲って胃の中の物をぶちまける。

 

 見なければ良かった。


 なんで見てしまったんだ。


 知らなければこんな思いをせずに済んだのに。


 1年間、雪姫と過ごした日々、そして、雪姫への愛情が俺の中で暴れ回る。


 なぜ殺した!最愛の人を!お前は守るって決めたのに!


 いや、違う!違うんだ!それは俺じゃない。俺じゃないんだ!


 


「ああああああああああああああああああ!!!!」




 誰もいない廃墟で1人叫び声を上げた。


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