第116話 悔悟


 気分は最悪だ。

 

 俺は街の廃墟に寝転がって空を見上げている。


 30分は嗚咽と慟哭を繰り返していたと思う。

 もう流すものも出るものも無くなり、空っぽになってしまったので、今はただ寝転んでいるだけだ。



 先ほどまでの俺の心の中は何で占められていたのか。


 『後悔』、『悲哀』、『嫌悪』、『怒り』。多分こういったものだと思う。


 後ろの2つは自分に向けた感情だ。


 未来視での体験が雪姫への愛情に昇華してしまい、雪姫をその手にかけた自分のことが許せなくなってしまったのだ。

 自分がもっと情に厚い人間だったら自殺していたかもしれない。


 今回のケースは最後まで最悪だった。

 この世界に来て、失敗もしたし、後悔することもあったけど、今回は特に最悪を通り越してしまったように感じられる。


 選ぶ選択肢を片っ端から間違えて、わざわざ自分から地獄へ突っ込んでいってしまった。


 未来視で見る映像を甘く見ていたのが問題だ。

 あそこまで感情移入してしまうとは思わなかった。


 映像と言うより、あそこまでいけば体験と言える。

 目や耳からの情報だけでなく、触れ合った時の触感、その時感じていた感情などもしっかり実現されていた。

 今までの未来視は、どちらかというと白昼夢のようにぼんやりとしていたものだったが、今回は自分がその世界に入り込んでしまい、それを全く疑うことなく受け入れてしまっていた。

 そのせいで本当に雪姫と1年間を過ごしたような気持になってしまったのだ。



 未来視を発動していた時間は日の昇り具合からみると、1時間も経っていないだろう。ひょっとしたら数分もたっていないかもしれない。


 未来視は便利ではあるが、扱い方によっては危険なものだということが分かった。

 特に殺してしまった相手の未来を見るのは止めておいた方が良いだろう。

 その人の良いところや、その人にも愛する人がいるところを見てしまえば、殺したことを後悔するに違いない。


 俺が今まで葬ってきたチンピラ達にも未来があったはずだ。

 見てしまえば後悔する、しかし、見なければそれまでだ。

 

 俺は今まで殺してきた人間の人生を背負うつもりなんてこれっぽちも無い。

 ただ一つの例外を除いて。


 今後は未来視の発動には細心の注意を払うとしよう。






 

 目の前に横たわる雪姫の亡骸。

 その姿はたた眠っているようにも見える。

 胸の中央に赤く咲いた血の花を見なければだ。


 そう言えば、雪姫は『もし覚めない眠りに着いたら、アップルブロックで起こしてほしい』って言ってたな。


 微かに頬を赤く染めた雪姫の横顔が思い出される。


 胸にどうしようもない痛みが走る。

 鼻の奥がつんとして、俺の目から一筋の涙が零れた。

 

「ごめん。アップルブロックは持っていないんだ。それに俺はもう、君を起こす王子様にはなれなくなってしまった」


 見ていられなくなって、亡骸から目を背けるように後ろを向く。


 ほんの少しだけ、生き返らせることはできないかとも考えた。


 しかし、それは禁忌の術だ。仙術の本場である中国でも、仙術によってただの人間が生き返ったというケースは非常に少ない。入冥譚のような偶然や運で冥界から帰ってくる話は多いのだが。


 仙人であれば、殺されても生き返ったという話は良く出てくるが、普通の人間を蘇生させようとすると、キョンシー(僵尸)と言われる中国版ゾンビのような存在にもなりかねない。


 それに仮に生き返らせたとしても、雪姫は俺への復讐を止めないだろう。家族にも等しい機械種を彼女から奪っているのだから。


 俺の一存で彼女の命を弄ぶのは良くない。もうそのままにするしかないだろう。

 彼女の死だけは俺が一生背負わないといけないことだ。

 

 




 そう決心したところで次の問題が出てくる。


 どうしようか。埋めてあげるべきか。それとも火葬の方がいいのか。


 ・・・雪姫は中央に帰りたがっていたな。せめて亡骸だけでも運んであげることはできないだろうか。


 それくらいはしてあげたい。きっと彼女はここで亡くなることは不本意のはずだから。


 雪姫の亡骸に向き直り、七宝袋を取り出してみる。


 七宝袋・・・頼む。この亡骸は俺にとって大事な人・・・であった未来があったんだ。こんな寂しいところでお墓を作るのは可愛そうだ。お前の中に保管してくれないだろうか。


 七宝袋は宝を入れる為の袋だ。人間の死体を入れるなんて本来なら目的外使用もいいところだろう。でも、彼女だけは特別なんだ。


 俺は祈るように両手で七宝袋を掲げる。


 そして、七宝袋から感じる、俺を励ますような波動。


 その温かい波動を感じたと思った瞬間、



 雪姫の体は分解されるかのように細かい粒子と化して、七宝袋に吸い込まれていく。




 七宝袋・・・ありがとう。



 




 さて、拠点へ帰ろう。

 朝早く出てきたから、まだ午前中だ。

 気は進まないが、今回の件をサラヤに報告する義務もある。


 何と言えばいいのだろう。

 雪姫との恋を応援されて、結果、雪姫を殺してしまいましたなんて言えるのかな。


 気が重い。

 どんな顔されるのか。どんなことを言われるのか。


 しかし、帰らなくてはならない。

 もう廃墟にいる用事も無くなってしまったのだから。



 拠点に向かって重い足取りを一歩進めたところ・・・



 あ、ここはどのへんだっけ?

 来るときは白いピジョンを追いかけてきたから、若干場所が分からなくなって・・・



 ・・・白いピジョン?

 雪姫が従属させてメッセンジャーに使っていた・・・


 

 アイツだけ姿が見えない。

 雪姫の機械種と戦っている時も見かけなかった。

 どこへ行った?


 まさか・・・


 前にジュードに聞いたマスターロスト時の指示。

 殺した者へ復讐、後継者へのマスター権移譲、そして、遺品を持ち帰ったりすることができる。

 

 ということは、俺の情報を持ってどこかへ知らせに行っている可能性もある?


 ジワリと背中に冷たいモノが走る。


 雪姫は教会という宗教団体に所属していた。聞けば大陸中に勢力を伸ばしている程の集団だ。

 しかも彼女は『鐘守』という重要そうな役職にもついていた。

 そんな人物を殺害したという情報が流れたらどうなる?



 いや、それは大丈夫だ。

 別に俺はこの世界に戸籍を持っているわけではない。俺の情報が流れてたって、俺が変化の術で顔を変えてしまえば見つかりようが無い。


 そもそも、雪姫を見逃そうとしていた時に、そのリスクは織り込み済みのはずだ。

 俺がこの街を出て行ってしまえば、探しようがないだろう。


 降って湧いた情報漏えいの可能性に、一時背筋を凍らせたが、それほど大きなものではないと思い直す。


 全ての情報をシャットダウンすることはできない。

 だから自分にとって最も重要な情報だけは完全に隠蔽し、それ以外はある程度流れてしまうことも許容すべきだろう。欺瞞情報を混ぜながら流していけば、本当に隠したい情報を誤魔化せる役目にもなる。


 今後はもっと情報の取り扱いに注意しなくてはならないな。


 本来であれば、ピジョンについても、もっと早くに気づいておくべきだった。


 さっきから気を抜き過ぎているのかもしれない。


 何か他に抜けていることはないだろうか?




 ・・・・・・・・・・・・・・・・・




 今、唐突に思いついたことだが、この瞬間も誰かに監視されている可能性はどれだけある?

 

 雪姫はラットを使って俺を監視していた。

 そして、雪姫は教会からの監視役がついていた。

 その監視役というのは、俺が破壊した上忍の可能性が高いが、絶対にそうとは言い切れない。


 上忍とは別の監視役がついていたって不思議ではない。


 さらに言えば、俺は呼び出しを受けて、ここへ来た。

 俺を監視するのであれば、絶好のシチュエーションと言えるだろう。



 マズイな。さっきも七宝袋を見せてしまっている。

 もし、俺と雪姫のと戦いを見ているなら、俺の宝貝の大部分を見られたことになる。


 もちろん、別の監視役がいるかもしれないというのは俺の考えすぎかもしれない。


 しかし、今もって最悪の展開を経験したところだ。慎重に慎重を重ねたって構うまい。


 一番良いのは、その監視役もこの場で仕留めることだが、それは難易度が非常に高い。

 上忍に使用した『金光陣』を使っても、効果範囲に居なければ見つけられないし、監視役も何百メートルから望遠鏡のようなもので見張っている可能性もある。



 ここは絶対に見られないところで、変装して撤退することがベターだな。


 この場で隠蔽陣を描くのは、自分の手を晒しているようなものだ。

 どこか絶対に監視役に見られない場所は無いだろうか?



 しばらく頭を捻って出てきた場所・・・それは



 ダンジョン。



 雪姫がダンジョン内は従属している機械種でも追いかけられなかったと言っていた。


 草原や街中と違い、曲がり角以外、全く隠れる場所が無い。

 また、たとえ光学迷彩とやらで姿を消していても、レッドーオーダーの機械種まで誤魔化すのは難しいはずだ。


 確かに次ダンジョンに向かう時は1人だろうと思っていたが、まさか次の日に向かうことになるとは思わなかった。


 どうせ、この後の予定もないし・・・




 ・・・いや、違う。


 俺は今、拠点に帰りたくないのだろう。

 だから無理やり理由をつけてでも、ダンジョンに行きたいのだ。


 雪姫のことをサラヤに伝えるのは、もう少し時間を置きたい。

 まだ、自分の感情を整理しきれていないから。


 時間を置いたら、自分の感情を整理できるわけではないだろうけど。



 やりたくないことはできるだけ引き伸ばしたい。

 明日できることは明日に回したい。

 そうすれば、その間に何か良いアイデアが生まれるかもしれない。



 そんな非常に後ろ向きな気持ちでダンジョンへと向かう。


 これほどの大きな失意を経験しても、俺は何一つ成長できていないのかもしれない。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る