閑話 サラヤ5



 ヒロがチームに入ってきて4日目の朝。


 ヒロが出て行ったのを見計らって、ボスのいる倉庫で、私、ナル、トール、カランとヒロについての情報を共有していく。


 ジュードは狩りに出てしまっている。

 このような仲間を疑う話は彼が嫌がるし、聞いてしまうと表情を誤魔化せない性格だから、今回は不参加だ。



「ふん、やはりヒロは素人だったか。ラビットを仕留めたと聞いて、どうやったのかと思っていたが、なんのことはない。機械種を使っていただけなのか。それもチームに隠して」



 カランはヒロへの評価をかなり下げてしまった様子。

 初めから機械種を使っていると言っていたら、構わなかったけど、仲間にまで黙っていることについて、気に入らなかったようだ。

 


「まあ、チームに入ってまだ間もないからね。いきなり全部を打ち明けてもらえないのはしょうがないんじゃないかな」


「トールの言う通り、ヒロはまだチームに入って4日目よ。私達もまだ彼を信用しきれていないから、彼がこちらに気を許していないのも理解できるわ」



 今回の会合はヒロへの非難を言い合う場じゃない。

 ヒロをどうやってこのチームに留めておくかを話し合う場だ。


 彼が機械種使いで、それなりの機械種を従属させているなら、危険を抑えて狩りをすることができる。

 それは誰かが傷つく可能性を減らすことができるということ。



「そういえば、ナル、デップ達の様子はどう? ヒロがあと、2,3日したら復帰できるって言ってたけど」



 私が話しかけると、今まで黙っていたナルの肩がビクっと震える。

 顔を上げずにナルはうつむいて、黙ったまま。



「ナル、どうしたの?デップ達はどうなの?」



 再度、私が話すよう促すと、ナルはポツポツと事情を話していく。







 ナルが語り終えると、しばらく誰も話そうとせず、沈黙が続く。


 事情は分かったけど、理解するのに時間がかかっているよう。


 そんな中で、トールが先ほどの話をまとめる。



「ナルの話だと、つまり、デップ達は傷が悪化してかなり危険な状態になっていた、そこにヒロがお見舞いに来た、ナルが数分席を外して戻ってきたら回復していて、傷も塞がっていた、で間違いない?」


「はい……」


「ナル!」


「はいっ!」


「なんで、その話を私にしてこないの!」



 思わず、ナルに怒鳴ってしまう。こんなにナルに声を荒げたのは何年振りだろう。


 その後、ナルの話を要約すると、これ以上私に負担を押し付けたくなかった、デップ達の薬を買う為に自分が娼館へ前倒しで入ることを考えていたという。

 バーナー商会から娼館に入る年齢は決められているが、それより前倒しで入ることで、ある程度のマテリアルをこちらに払ってくれる条件になっている。


 もちろん、これは最後の手段だ。

 娼館に入ってしまえば、チームの運営にも関わることができなくなるし、入ってくるマテリアルもそれほど多いわけではない。

 でも一時的にせよ余裕ができることは間違いない。

 私とナルが前倒しで娼館に入れば、半年以上はマテリアルに困らなくなるだろう。

 その間に皆が他の行き先を考えることができる。



 あらかじめナルと話し合っていて、どうしようもなかった時の最終手段として考えていたことだ。



「でもでもでもー、デップ達が無理をしたのもー、私がロップさんに渡されたナイフをなかなか渡さなかったから……だから私が責任を取らないとと思って……」



 聞くと、そのナイフはヒロに渡してしまったらしい。

 デップ達は抵抗したが、ナルはこんなナイフがあるからデップ達が大怪我をしたんだと、かなりの剣幕でヒロへの譲渡を認めさせたようだ。



 ナルに気を遣わせたのは私の責任でもある。

 ディックさんが怪我をして以降、極力チームの運営状態を隠してきたから、それを不安に思っていたのだろう。


 

「ナル、怒鳴ったりしてごめんなさい」


「こちらこそー、隠しちゃってー、もうしませんからー」



 ナルとは一番古い付き合いだ。

 気心も知れていて、ナルがいなかったらチームトルネラのリーダーを引き受けたかどうか。

 





「うん。ようやくヒロの正体が分かった気がするよ」



私とナルとのやり取りの中、空気をあえて読まないかのような、のんびりとした声でトールが話し出した。



「多分、ヒロはシティか、かなり大きな街の住人だね。それも別に追放されてきたわけじゃなくて、この行き止まりの街への旅行者じゃないかなって思ってる」


「旅行者?ヒロが裕福なところの出というのは何となくわかるが、なぜ旅行者なんだ?」



 カランがそう尋ねると、待ってましたとばかりにトールが理由を説明する。



「僕の予想では、ヒロはこのスラムに遊びに来ているんだよ。それも護衛付きでね。僕が商人の丁稚をしている時の話なんだけど、商会の会頭の息子が一度現場を経験してみたいって、丁稚の仕事に混ざり始めたことがあったんだ。初めは面白そうにやってたけど、すぐに飽きちゃってね。多分、ヒロもそんな感じでスラムの生活を経験してみたかったんじゃないかな」


「んー………、意味が分からないな。スラム生活のどこが楽しいんだ?」


「あのね、カラン。だから護衛付き、物資付きなんだよ。僕らが俵虫や挟み虫で苦労している中、いきなり入ってきた新人が鎧虫やラビットなんかを狩ってきたら僕らはどう思う?びっくりするだろう、すごい新人が入ってきたって褒め称えるだろう。そうやってチヤホヤしてもらいたくて、あえてこのチームに入ってきた。他のチームより、このチームの方が困窮しているし、難易度も低いだろうしね」



 私達はトールの話に圧倒されていた。

 その話はまだまだ続く。



「それに、ヒロが持ってきたシティの食料もそうさ。自分にとっては取るに足らない物でも、スラムのみんなは絶賛してくる。そりゃ楽しいだろうと思うね。シティでは得られない楽しみ方だ」



 トールの目がギラギラしている。

 なんだろうあの目は。あんな目をしているトールは私は知らない。



「みんなも見てただろう?あの食事の時のヒロの表情。周りの皆が美味しそうに食べているのに、彼だけが不味そうにシリアルブロックを齧っている。絶対、外で美味しい物を食べていると思うね。前にヒロから嗅いだことのない臭いがしていたことがあったよ。外に食料を保管していて、こっそり食べているんだよ。このスラムの食事は耐えられないから」



 確かにそうだ。

 ヒロだけが食事の時に楽しそうではない。

 この娯楽も無いスラムでは食事が唯一の楽しみと言ってもいい。

 だから、食事の時にヒロが浮いてしまっているのはみんな分かっていた。



「護衛も必ずいる。ひょっとしたら、この拠点にもいるかもしれない。姿を隠すのが得意な機械種が。ずっとヒロを護衛しているのかも。あと、ヒロの着ている服も特別な奴だね。特にあのフード付きの服は発掘品かもしれない。ヒロはあれを絶対手元から放そうとしないんだ。だからあんまりシャワーにもいかないし」



 ヒロは強そうに見えない。

 でも、何かに怯えている素振りは見たことが無い。

 それだけ強い護衛がいるからか、それとも凄い装備を持っているのか。



「前からおかしいと思っていたんだよ。ヒロはどこか浮世離れしているって。この危険なスラムで自分だけは大丈夫って思っているような普段の態度、まるで自分が絶対に傷つくことがないかのように思ってる。それで……」



 バン!!



 手を思い切り箱に叩きつける。

 大丈夫。柔らかい箱だから、音だけが大きく響いただけ。



「そこまでにしなさい、トール。私はデップ達からヒロの挟み虫取りの状況を聞いているわ。彼、最初は挟み虫にかなり怯えていたそうよ。でも、勇気を出して掴みに行ったんだって。思い余って握り潰しちゃったみたいだけど。だからデップ達はヒロを認めたの。根拠のないヒロへの非難はそれくらいにして。」


「……」


「でもトールが言うように、シティ、若しくは大きな街からの旅行者というのはあっているかもしれない。少なくとも、機械種の護衛がいるということと、傷を治す薬を持っているということは間違いなさそうね」



 これ以上、話そうとする人はいなかった。

 トールの毒気に大分当てられてしまったのだろう。



「ボス、どう思いますか。ヒロのことを」



 今まで一言もしゃべっていないボスに確認を取る。


 ボスは会議でもほとんど話すことはない。

 話したとしても、直接関係のない昔話やジョークを飛ばすくらいだった。



「私は皆の意見を尊重しますガ、ヒロについては、結論が出ていまス」



 え、珍しい。ボスが結論を出すなんて………



「一刻も早く出て行ってもらう方が良いでしょウ。チームの為を思うのであれバ」









 なぜ、ボスが早くヒロを追い出すように言った理由については教えてくれなかった。

 確証が取れないからと言っていたが、一体彼にどんな理由があるのだろう。



 しかし、ヒロがシティの裕福な住人と分かったことで、少しだけ光が見えてきたことがある。


 体の弱いテルネのことだ。


 彼女を引き受けてくれるような男性はなかなかこのスラムにはいない。

 でも、もし、ヒロが富裕層の出身で財産を持っているなら、テルネを引き受けてくれるのではないかと考えている。

 もちろん、正妻でなくてもいい、たとえ妾でも彼女に清潔な環境と適切な治療を与えてくれるのであれば、それで十分だ。


 ただ、テルネだけを贔屓して見合いさせるのは彼女の為に良くない。

 ただでさえ、テルネは個室を与えられて女性陣のみんなから嫉妬される危険性を孕んでいるのだ。


 イマリとセットで会わせてみようかな。

 よし、善は急げで、今日、ヒロが帰ってきたら偶然を装って会わせてみよう。






 失敗だった。


 また、ラビットを狩ってきてくれたヒロをボスに会わせてみたが、ボスはワザと女子の嫌がるウタヒメの話題を出して、私達を追い出そうとするし。


 まあ、私が怒って飛びたしたんだけど……


 イマリとテルネに会わせてみたら、イマリは要らないことを言って自爆するし、テルネは緊張のあまり倒れてしまうし。


 ヒロの機嫌を大分損ねてしまったのではないだろうか。






 応接間で凹んでいると、帰ってきたトールがヒロと一緒にやってくる。


 内容は黒爪の嫌がらせに対しての対策だった。

 明日の砂さらいにヒロが護衛に着くという。



 思わずトールの顔を見てしまう。

 特にいつもと変わらない表情。


 なぜ、このタイミングで、と思ってしまうが、私の考え過ぎだろうか。


 しかし、トールが話してくれたように、チームトルネラに強者がいると周囲に分かりやすくアピールする必要があるのはたしかだ。


 私としてはヒロにお願いするしかない。

 黒爪のことも、テルネのことも。



 最近、ヒロにはお願いばかりしている。

 どこかで返さないとそのうち愛想をつかされてしまうだろう。


 でも、なにを返せばヒロは満足してくれるのか。普通男の子が喜びそうなことは受け取ってもらえず、チームにはヒロが満足するほどのマテリアルはない。


 リーダーになって2年経つがこんな悩みを持つのは初めてだった。






 結局、翌朝にトール達と出かけるヒロに声をかけることくらいしかできなかった。


 あの後、トールはヒロが危なくなったら必ず護衛の機械種が助けに入るはずと言っていた。

 ヒロが機械種を皆に見せたくなくても、自分が危なくなれば姿を現さずにはいられないだろうと。


 ヒロの力の正体を確かめるには絶好の機会とも言えるけど、どう考えても都合の良いタイミング。


 しかし、黒爪団が仕掛けてくることは前から予想がついていた。


 でも……トールを疑いたくはないけれど、やはり不自然なように思う。

 わざわざ昨日は無傷で見逃されて、今日に仕掛けてくると分かっている。

 そんな都合の良いことがあるのだろうか。ひょっとして……



 それ以上はダメ!



 頭を振って、無理やり悪い方向への考えを拭い去る。


 ジュード、ナル、トール、ディックはこのチームを長年支えてくれてきた。

 それを確証も無しに疑うなんてとんでもない。


 そんなことをしたらこのチームはすぐに疑心暗鬼で内部崩壊することになる。

 

 黒爪団が偶然に嫌がらせをしてきた。それできっとヒロが解決してくれる。


 そこで、ヒロが強いことをアピールしてきてくれたら、当分妨害行為もしてこなくなる。

 その強さがヒロ自身であれ、ヒロが従属している機械種であれ。それで十分じゃない。



 私に今できることは、皆が無事であることを祈るくらい。

 誰も傷つくことがありませんように。







 その日の昼過ぎに帰ってきたヒロから報告を受ける。


 廃墟に黒爪団を誘導して倒したということは、やはり人目につかないところで機械種に襲わせたのだろう。


 襲ってきた相手とは言え、1人の命を奪っているとは思えないほど、動揺も見せずに淡々と内容を語ってくれる。


 ジュードも昔、襲ってきた相手を殺してしまった時は少しの間、塞ぎこむことが多かった。

 先輩達からはこういった時は女の役目だと聞いていたので、体を張って慰めてあげたが、全く動じていないヒロにも慰めは必要なのだろうか。



 もちろん、お礼のこともあるので、求められれば応えるのに戸惑いは無い。

 それとなしに慰めは必要かとばかりにボディタッチしてみるも、今までと同じように躱されてしまった。



 そのくせ、視線は私の体を捉えている、

 この人は一体何をしたいのだろう?


 やっぱり私ではダメなのかな。

 こうなったら私より若い人に任せてみますか。


 テルネ、頑張ってね。

 




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