閑話 サラヤ4



 その後、パルデアとのやり取りを見て、ヒロの優秀なところがさらに際立った。


 バーナー商会で半人前とはいえ狩猟班につくパルデア相手に一歩も引かず、見事な交渉で争いを回避した。


 ここまでくると、ヒロの優秀さゆえに不信が出てくる。

 腕っぷしと度胸があり、頭も良い。

 そんな人物がなぜスラムにいるのだろうか?


 もちろん、このスラムにも魔弾の射手のアデットや、あのいけ好かないチームブルーワのリーダー、ブルーワのような知勇に優れた人物はいることにはいる。

 しかし、いずれもチームのリーダーをやっているし、それぞれにスラムに来ざるを得なかった理由が存在している。



 でも、なぜヒロがこのチームトルネラに所属したのかが分からない。


 ここのスラムチームに条件を絞っても、もっと待遇が良いチームはあるだろう。


 チームトルネラの待遇は決して良いとは言えない。

 女子にとっての待遇は悪くはないが、男子にとっては色々我慢ならないことも多いということも分かっている。


 これはいくら私やナルが頑張っても解消しきれない問題だ。



 このスラムでは力さえあれば、スラム内限定ではあるが、やりたい放題ができる。

 あの黒爪団のリーダー、黒爪のように。



 ヒロもいずれは良い待遇を求めて他のチームへ移籍するかもしれない。


 一つのチームに長く所属した者の移籍が歓迎されることはない。

 なぜなら、一度移籍したものは次もまた移籍するかもしれないからだ。

 それぞれチームには秘匿事項があり、それを他のチームに漏らされると困ってしまうのはお互い様。

 だから、チームの古参メンバーの移籍は極端に例が少なくなる。


 しかし、ヒロは所属して1週間も経っていない。

 移籍しても誰も咎めるものはいないだろう。


 だからこそ、何とかして引き留めておかなくてはならない。

 それには女の体を使うが一番なんだけれど。




「それが上手くいかないのよねえ」



 思わず独り言が零れた。


 私は好みではないのだろうか。もっと年上がいいのか、それとも年下がいいのか。


 年上ならマリエル姉さんがいる。今は出張中だけど、帰ってきたらお願いしてみよう。


 年下ならイマリ、ピアンテ、テルネがいるけれど………



 ちょっと若すぎるかな? まだ体が出来上がっていないだろうし。

 あと、2、3年は経たないと。


 私の初めてはそれくらいだった。相手は思い出したくもない。


 でも会わせるだけでもいいかもしれない。

 ヒロの興味がどこにあるのか分かるし。






 と思ったら暴走したピアンテがヒロに突撃して撃沈した。


 3階の大部屋で喚き立てるピアンテを見て、年下は対象外なのか、それとも単にピアンテが好みではなかったのかを考える。


 多分高飛車なピアンテとは合わなかったと思うのだけれど。

 できればイマリとテルネにも会ってもらって、その好みを判断したいところ。








 その次の日の朝早くにトールが私を訪ねてくる。


 最近の私は応接間で寝起きしていることが多い。

 事務作業が深夜までかかって、そのまま寝落ちしてしまうことが良くあるからだ。


 いつもはナルが起こしてきてくれるが、その日はトールのノックで目が覚めることになった。



 ヒロが男子の皆に自分が持っていたシティの食料を配ったという報告だった。


 トールの報告は私からすれば、正直どうでもいいことだったけど、トールはそうではないようで、ヒロの振る舞ったシティの食料の危険性について訴えてくる。

 


「あれは僕が今まで食べたことが無いくらいの美味しさだった。あれをヒロが定期的に配るようだったら、ヒロに依存するメンバーが出かねない」



 そんな大げさなとは思う。

 でも、真剣な表情のトールを見るとそうも言えなくなる。



 そもそも、チームに入る前に持っていた物をチーム内で配らないという内容のルールは、昔、チームトルネラに富裕層のお嬢様が入ってきたことがあって、下手に財産を持ったままチームに所属したことから、その財産を巡ってチームで内紛が起こりかけたことが原因で作られたらしい。


 このチームが女性の避難場所であった時の出来事だそうだ。


 今回はトールの顔を立てて、形だけでもヒロに注意しておくことにした。


 最初は、ちょっと不満そうにしていたヒロだけど、理由を説明していくと納得してくれた様子だった。



 良かった。



 ヒロがチームのルールを順守してくれることに安堵する。

 ここで従ってくれないようなら、いずれこのチームを出ていくのは確実だっただろう。


 最後にヒロが皆にフルーツブロックを振る舞えるくらいに稼ぐと意気込みを言ってくれた。


 それはどこまで彼の本心なのだろう。このチームにいつまで所属してくれるつもりなのか。

 その期間ができるだけ長くなるよう、私も頑張らないと。








 その日の夜、ヒロがラビットを狩ってきた。


 ここ3日間、ヒロに驚かされっぱなしだ。


 銃を渡したのだから、挑むかもしれないとは思っていたけれど………

 あんなに危険を訴えてたのに、草原に行くなんて……と袋から取り出されたラビットの頭を見てそう考えていたけれど……



 おかしい。どう見ても頭がねじ切られている。

 胴体の方も見てみるとそれは明らかだ。



 ディックが狩ってきたラビットを何体も見ている。


 通常は銃を使って機動力を奪い、近接武器でとどめを刺すのがセオリーらしい。


 その場合は当然、銃弾による弾痕で穴だらけになっていることが多い。

 前にジュードが狩ってきたラビットのように。


 でもディックは銃は牽制程度で、大きなハンマーで一撃で仕留めるのが、最も確実な方法だそうだ。

 当然、獲物の頭や胴体の一部が陥没していることになる。



 でも、ヒロから見せられたラビットはどうみても素手で頭をねじ切ったようにしか見えない。


 もちろん、銃で仕留めた後、時間をかけて頭をねじ切るのは可能だろうが、ねじ切られた跡以外に全く無傷だ、いや、頭の部分に手で押さえたような凹みがあるくらいか。



 考えられるのは、ヒロが機械種を使って狩りをしていることだ。


 他にも、人間の能力を上昇させるブーステッドや、義手の代わりに機械種の腕をつけているとかもあるが、ヒロを見るにそうした様子は全く見られない。



 ヒロに質問しても明確な答えは得られず、最も可能性の高い機械種を使っているかという問いに対しては、否定されてしまった。


 これ以上の問いかけは無意味だと判断して、それ以上の追及を差し止める。

 

 私の中ではヒロは機械種を使っているのだろうと予想をつける。それを隠したいのは、その機械種を他に奪われないようにする為かもしれない。

 おそらく、その機械種は廃墟の辺りに待機させているのだろう。



 ボスに従属させている機械種を奪う方法を聞いていたのは、自分の機械種が奪われる危険性に怯えていたからなのかも………



 ヒロの人物像が私の中でストンと型にはまった。



 ヒロは頭が良いが、単独で機械種に挑める程の腕も度胸も無い。

 機械種を使っているからこそ、獲物を狩ることができる。

 さらに、機械種を使って狩りをしているということすら皆に話せないほど臆病になっている。

 それゆえの自己主張の少なさ。

 の人が危険を顧みない狩りをしている中、自分だけが安全な位置で獲物を獲得して、それを隠している。

 その申し訳の無さが、彼の欲求を押しとどめているのか。



 頭が良くて、お人よしの臆病な人。



 おかしいと思っていた。

 ヒロからは強者から感じる自分の経験に打ち立てられた自信のようなものが感じられない。


 彼自身にはそれほどの戦闘力はなく、狩りの成果は、全て従属している機械種が狩ってきたものなのだろう。

 それを隠して、自分の力で狩ったようにみせているだけ。



 前にパルデアにいちゃもんつけられていた時に張り合っていたのは、精一杯の虚勢だったのか。

 殴られていたようにも見えたけど、あれはパルデアが手加減してくれていたかもしれない。



 頭が良くて、育ちが良くて、腕っぷしがあって、度胸もあって……

 そんな人物なかなかいるわけがない。

 


 それでも、機械種を従属させている者は貴重だ。

 スラムでも何人かいるが、それだけで他者をねじ伏せる力と、一定の尊敬を得ることができる。



 機械種を従属させている割には、機械種への知識が乏しいというのがちょっと気になるけれど。



 ヒロをこのチームに囲い込む必要があるのは変わらない。

 それに機械種を使っているのなら、ラビットに挑んでも危険性は少ないだろう。

 生身で挑んでいるなら、止めるべきだが、機械種を使っているならその必要はない。



 ヒロにはどんどん獲物を狩ってきてもらおう。

 それでチームは益々安全になっていく。



 そうだ、ヒロにはもっと獲物が入る袋を渡さなくては。

 そういえば、倉庫に初代トルネラが使っていたナップサックがあったはず。

 あれをヒロに渡そう。きっと袋いっぱいに獲物を狩ってきてくれるだろう。



 ヒロへの報酬はどうしよう?



 このまま貰いっぱなしは良くない。

 良い関係度を継続する為には、少しでも返しておかなくては。

 かといって、支払えるようなマテリアルや品物には余裕が無いし。

 私の体を報酬にするのが一番安上がりなのだけれど。



 もう一度アピールしてみようかな?



 精一杯感謝を伝えて、彼が要求を言い出しやすいようにしてみよう。

 そしたら、遠慮せずに求めてくれるかも。


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