第110話 ヒロイン


 誰にも邪魔されない雪姫との一対一の邂逅。


 それは最初、俺が望んでいたことでもあり、結局、そうなってしまった結果。


 無人の廃墟に味方もおらず、ただ一人で俺という敵に立ち向かおうとしている少女。


 そして、俺は少女を毒牙にかけんとしている悪役。


 物語であれば確実に正義の味方が殴り込んでくるだろうが、この世界にはそういったものは存在しない。


 少女は抵抗空しく、この廃墟で命を散らしてしまうのだ。






 『おい、本当に殺してしまうのか!』



 当たり前だ。コイツは俺から奪おうとしたし、殺されかけたんだぞ。

 それに莫邪宝剣や金鞭、降魔杵、打神鞭だってコイツには見られている。

 ここで殺しておかないと俺の情報が流れてしまうだろ。



 『いや、いくらなんでも女性を殺してしまうのは・・・』



 それに俺の右目だって奪われたんだ。ならコイツも奪われることくらい覚悟はしているだろう。



 『・・・おい。いい加減に気づいているんだろう。その右目は・・・』



 まあな。本当に右目を抉られたのなら、この程度の痛みじゃすまないだろう。

 

 ポケット鏡を召喚して、右目を映す。

 左手で無理やり瞼を開けてみると、そこに映るのは、白目の一部分が少しだけ充血しているだけの無事な状態の右目。


 指で眼球を貫かれた思ったんだが、そんな様子は全くない。

 目を突かれた時は確かに痛かったが、思い出せば、目に砂が入ってもそれくらいの痛みはあるだろうと思う程度だった。

 ポタポタと流れた液体は血ではなく、ただの涙だ。


 上位の機械種に指で目潰しを受けても大丈夫なくらい、眼球が頑丈だったとか?

 それは流石に現実離れし過ぎているな。まあ、これは後で考えてみよう。


 しかし、右目の件はもういいとして、情報の流出はどうする?組織に所属しているっぽいぞ。コイツを逃がすと、今後、俺はその組織に狙われる可能性がある。



『どうせこの街を離れるんだ。変化の術で変装してしまえば、追いかけようが無い』

  

 ふむ。そういう考え方もあるか。

 俺が歳を取らない不老の存在というのであれば、どこかで外見年齢を変える必要がある。

 次の街へ行くときは、20歳くらいにしたいと思っていたな。

 もうちょいハンサムな若者に変化するのもいいかもしれない。


『彼女の従属している機械種を破壊している。彼女への罰はもうそれで十分だろう』


 ・・・コイツの反応次第だな。俺へ質問に答えてくれて、素直に引くなら考えなくもない。コイツの話の中で気になるワードが出てきただろう?その情報提供を持ってコイツの贖罪としてやろう。









 ふう、とため息をついて、心を落ち着ける。


 直接俺を攻撃してきた対象を破壊し、奪われたと思っていたものが、奪われていないと分かって、俺の中の内なる咆哮も少し落ち着いてきている。


 と言っても、最初に奪おうとしてきた事実は変わらないから、まだ小康状態といったところだが。


 まだ、油断はできないな。雪姫の行動によっては、また、激発する可能性だってある。


 俺が君を見逃すことができる条件は「俺の質問に答えてくれる」、「大人しく撤退してくれる」だ。


 ヒントはあげられない。でも、できるだけ拡大解釈してあげることくらいはできる。


 頼む。素直に俺の言うことを聞いてくれ。


 もう君をヒロインとして見ることはないけれど。

 俺は女の子を殺したくない。

 それがさっきまで恋い焦がれていた子だったらなおさらだ。







 莫邪宝剣を手に、雪姫とは3mくらい離れた所で止まる。

 

 これくらいの距離がちょうどいい。

 

 あんまり近いと、雪姫の発言によっては、切り殺してしまうかもしれないから。



「光の剣・・・『聖遺物』?」


 やっぱりそう思われたか。これほど悪目立ちする剣はそうないだろうからな。

 手に持っているのは脅しと万が一の用心の為。

 切り札と、さらにその奥の手を持っていた雪姫だ。

 もう一枚カードを持っている可能性もある。

 二度と油断をするつもりはない。

 


「それほどの発掘品を複数所有しているなんて、貴方は一体?」


 俺のことを語ってやりたい気もするが、君を見逃すと決めているから、これ以上君に情報を渡すわけにはいかないんだ。


「俺のことはどうでもいいよ。それよりも君には聞きたいことが・・・」


「貴方に話すことなんて何一つない」


 取り付く島もない様子の雪姫。自分は質問してきたくせに。


 俺の莫邪宝剣を見た時は、その目にほんの少しだけ興味の光を見せたのだが。

 その目に宿るのは、自分の機械種を破壊された俺に対する恨みと怒り。



 はあ、俺の質問に答える気はなさそうだけど、一体どうしたらいいのか。


 ここには、もう君を守るものはいないのに。

 機械種のいない感応士の少女なんて、全くの無力じゃないか。

 自分の立場を分からせる為、ここは少し強気に出た方がいいのかな。



「雪姫、君は今、自分の状況を分かっているのかい?君が従属していた機械種はもういない。そして、この廃墟に俺と君の2人だけだ。助けに来てくれる人なんていないんだよ」


 俺はできるだけ真顔で話したつもりだが、雪姫は俺の言葉から何か感じたようで、自分の体を両腕で守るように掻き抱く。


「・・・殺しなさい。貴方なんかにこの身を汚させるつもりはない」



 はい、『くっころ』頂きました。

 いや、冗談を言っている場合じゃない。


「人をレイプ魔みたいに言うな!そんなことをするわけがないだろ!」


「・・・嘘。貴方はチームトルネラでも、力を笠に女の子達に酷いことをしてるって聞いた」


「え?誰だよ!そんなこと言った奴!俺は女の子に酷いことしたことなんてない!」



 ・・・その気も無いのにテルネに気を持たせたり、ナルの誘いを断って『ヒドイ人』『極悪人』呼ばわりされたり、サラヤに報酬を受け取らなくて困らせたりしたけど。


 そう言えば、最初の頃、イマリやピアンテの誘いを素気無くあしらったりしたな。あれは女の子の心を傷つけたから『酷いこと』になるだろうか?


 そんなことを言っているのではないことくらい、もちろん分かっているが。



 あらぬ疑いに対して、力一杯否定してみたが、雪姫は俺の言うことなんて欠片も信用していなさそうだ。


 さっきまでの俺の悪役ロールプレイを見ているのだから、仕方が無いかもしれない。

 これも身から出た錆だ。俺の中の内なる咆哮に流されたとはいえ、余計なことをしてしまった。

 おかげで元々ゼロだった好感度がさらにマイナスになっているぞ。


 いや、そもそも一体誰なんだ?そんな出鱈目を言った奴は。

 そんな噂を広めそうな奴なんて・・・俺を恨んでいるブルーワか?

 でも、恨まれてから呪殺するまで半日も経っていないぞ。


 ・・・いや、ブルーワは総会の時、雪姫が俺に話しかけているの見ていたはず。

 嫌がらせの為に、雪姫へ俺のあらぬ噂を耳に入れることくらいするかもしれない。


 すでに殺してしまっているから、怒りのぶつけようが無い。


 はああ、なんでこう上手くいかないかなあ。

 

 


 雪姫はより一層頑なな雰囲気で俺を拒絶している。

 雪姫の中では、俺は手に入れた発掘品の力で、チームの女の子を虐げるような人間となっているのだろう。


 

 困ったな、このままでは情報を引き出せそうにない。



 雪姫から引き出したい情報は3つ。



 『聖遺物』、『鐘守』、『白き鐘を鳴らす者』。



 おそらくこれらはこの世界の謎を解く重要なキーワードになるだろう。

 別に世界の謎を解くつもりはないが、知っておいて損はないはずだ。

 その貴重な情報を貰うことで、雪姫を見逃す理由となる。

 

 何とか触りだけでも教えてほしい。それだけで俺の中で無理やりにでも良しとするから。


 粘り強く交渉を続けてみるしかないか。

 






「雪姫、今回の件はお互い色々不幸な結果に終わってしまったけど、そもそも君が俺の発掘品を奪おうとしてきたことが原因じゃないのか」


 少しキツイ目で雪姫を睨みつける。


 それに対して、雪姫は俺の問いには答えず、睨み返すだけ。


「君の態度次第で見逃しても良いと思っている。・・・さっきとは逆だね。君は散々、俺に這いつくばって謝れば生かして返してあげても良いって言ってたけど、俺はそこまでは求めないよ。少し俺の質問に答えてくれたらそれで十分だ」


「・・・・・・・・」


 雪姫は黙って俺を睨みつけている。しかし、先ほどよりは若干気勢を下げたように思う。


「俺の聞きたいことは3つ、まず、『聖遺物』について、そして、『鐘守』について・・・」


 『鐘守』の言葉が聞こえた途端、雪姫はコートから拳銃を抜き出した。


「私は教会を裏切ったりしない。私から情報を抜こうっとしたって無駄」



 え、なんだよ。急に。そんな大した情報を教えてほしいんじゃなくて、ほんの触りだけでも構わないんだ・・・



 アアアアアアアア!! コイツ!!  オレカラウバウツモリカアアアア!!



 俺が誤解を解く為、口を開こうとした瞬間、『俺の中の内なる咆哮』が暴れ出す。


 ああ、やめろ!俺に銃を向けるな。

 もう押さえているのも限界なんだ。これ以上刺激するな。



 俺のそんな思いも空しく、雪姫は言葉を続けていく。


「貴方は私から家族を奪った。モラ、ルフ、パサー。皆、小さい頃から私に仕えてくれていた大事な家族だったのに。私は絶対に貴方を許さない」


 銃口をこちらに向け、引き金に指をかける雪姫。

 その姿は見るだけで銃を扱ったことがほとんどないと分かる程、へっぴり腰だ。

 しかし、それでも抑えられない恨みと怒りが雪姫を突き動かすのだろう。


 対する俺は動けない。動いてしまえば、そのまま雪姫を殺してしまうから。

 今は全身全霊を持って、体を動かない様に押さえつけるのが精一杯だ。



 そんな俺に気づくはずもない雪姫は言葉を続けていく。


「私を見逃す?そんなことをしたって、私は貴方を許すわけがない」


 おそらくスモールタイプ、下級以上の銃なのだろう。両手で構えているが、雪姫の細腕では完全に静止させるのは難しいようで、銃口がプルプル震えている。


 今の雪姫にあるのは、俺への怒りと教会とやらへの忠誠心。

 それが絶対に敵わない相手へと牙を剥ける原動力となっているのか。

 その結果が自分の死に直結することになると理解していても。




「私はどんな手段を使っても貴方に復讐する」




 雪姫は自分を奮起させる為に強い言葉を選ぶ。


 それがどのようなことを引き起こすか知るはずもないままに。





「貴方が私から奪ったように、私も貴方の・・・」






 やめろ!それ以上口にするな!






「貴方の全てを奪ってやる」

















 

 スッ






 雪姫の胸に突き立てられた光の刃。






 ゴトッ






 雪姫の手から落ちる拳銃。







 しばらく雪姫は俺の方を見つめていた。


 驚愕、諦観、悔悟、そういったものが浮かんでは消えていき・・・




 コフッ




 桜色の唇から、零れる血。





 そして、膝から崩れ落ちる。





 ボフッ






 顔から倒れ込みそうだったので、慌てて抱きとめる。





 ああ、抱きしめたいと思っていたけど・・・こんな形になるなんて。





 ゆっくり地面へ仰向けに横たわらせる。





 

 顔を覗き込めば、もう目に光は無い。


 



 

 そっと、映画で見たように手で瞼を閉じて、口元の血を拭ってやる。






 こうして、雪姫との邂逅は幕を閉じた。






 俺がヒロインかもしれなかった少女を殺してしまったという結末で。



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