第109話 悪役
残った左目から見えるのは、辺りを包んでいた光の膜が溶けるように消えていく光景。
術の集中が途切れてしまったので、金光陣が解除されてしまったのだろう。
先ほどの上忍の苦しんだ様子は、俺を油断させる為の演技だったのか、それとも、完全に動きを止めるほどの効果はなかったということか。
まあ、もうそれはどうでもいい。
何をやっていたんだ、俺は。
雪姫の機嫌を損ねたくなかったから、機械種への攻撃の手を緩め、上忍を手に入れたかったから損傷を少なくしようとした。
さっきから欲をかき過ぎたんだ。結局、雪姫も上忍も、手に入れようとして、失敗している。
挙句の果てに右目まで失った。
右目はチクチクと痛み、目を開けられるような状態ではない。
これで、仙丹で治らなかったら、良い笑い物だ。
襲ってくるものは皆殺し。俺から奪う奴も皆殺し。
皆殺しにすれば、莫邪宝剣を見られたって構うまい。
それでいいじゃないか。
もう我慢する必要はない。
自分の口角が自然と吊り上がっていくのが分かる。
俺は今、普段絶対しないような表情をしているだろう。
さあ、コワシテ、コロシテ、ウバイツクシテヤル。
俺の右目を奪った上忍は俺の反撃を恐れ、一旦離れていたようだ。
しかし、俺の様子を見て好機と判断したのか、追撃をしかけてこようとしている。
馬鹿な奴。そのまま離脱しておけば良かったのに。
光学迷彩も使わずに真正面からなんて、俺を舐めていないか。
負傷した俺を侮ったのか、それとも、さっきの金光陣の影響で、光学迷彩を発動できないのか。
まあ、どちらでも結果は変わらない。
七宝袋から莫邪宝剣を引き抜いて、上忍を迎え撃つ。
まだ、光の刃は発動させない。まだ俺の右手の中で柄だけの状態だ。
決めるなら一瞬。
何かをする余地は残さない。確実に破壊して憂いを絶つ。
真正面から飛びかかってくる上忍。
その動きはこれまでとは精彩を欠いていた。
本来は相手を攪乱するように周囲を飛び回り、相手の隙を見つけて一撃を加えるという攻撃スタイルのはずだ。
その攻撃スタイルが取れない原因、おそらく金光陣の影響が残っているだろう。
しかし、それでも俺から見てやや右の方向から飛びかかってくるのは流石と言える。
右目が塞がれているのを見て、その死角を突こうというつもりのようだ。
ふむ。確かに右目は見えないけれど、俺にはそれを補える術がある。
残る左目に仙骨からのエネルギーを集中させ、術を発動する。
『八方眼』
左目の視野が大きく広がり、右目が見えていた時以上の視界が確保される。
この術は封神演義において、武人とされる聞仲や黄天祥が使用していた、仙術というより、特技に近い技だ。
現実の中国武術にも存在する技であり、『八方目』『観の目』とも言われ、日本の武道でも取り入れられている。
1点を集中して見るのではなく、周辺視野で全体を見るようにして、広い視野を確保する。そうすることで、相手の行動を俯瞰的に観測できるようになったり、予想外の奇襲を察知したりすることができる。
『八方眼』は現実のそれを仙術により、さらに効果をあげて実現させるものだ。
以前、術の検証をした時に、考えついてはいたのだが、実際に使う機会があるとは思わなかった。
しかし、実際に使ってみるとその有効性が良く分かる。
目から取り入れる情報は、人間にとって最も重要だ。
視界の強化はそのまま戦闘力の強化につながる。
相手の挙動を察知する能力というのは、思った以上に有利な立場を確保できるものだ。
上忍がいかに俺の死角に入り込もうとしても、俺の視界から逃れる術はない。
俺の正面やや右方向から来る上忍に対し、莫邪宝剣の柄だけを持って構え、迎撃の体勢を取る。
そして、俺の左目の視界の端に、上忍の姿を捉えたその刹那。
今だ!
仙骨からのエネルギーを莫邪宝剣へ一気に注ぎ込み、光の刃が噴き出したその瞬間、抜き打ちの形で光の剣を振るう。
頭から一刀両断。
そこから剣を振るい上げて左切上、
上がった剣先を右に移動させてから右切降、
最後に真横一文字で両断。
正にコンマ1秒未満の間での四斬撃。傍目には『米』の光文字が一瞬、瞬いたようにしか見えないだろう。
16分割というわけにはいかないが、8つのパーツに分断される上忍。
いや、手足も含めればもっとあるな。
俺を苦しめた上忍は、バラバラの残骸となって地面に転がった。
コイツは忍者だ。他にもどんな隠し技を持っているか分からない。
これくらい念入りにやっておく必要があるだろう。
先ほどの俺は手に入れたいと思っていたが、俺から目を奪った奴なんぞ、もう俺には必要ない。
グシャリと頭の一部分を踏みつぶしてやる。
さて、次はコイツのマスターの番だな。
少し離れた所で立ち尽くす雪姫を見る。
その顔は青ざめて今にも卒倒しそうな様子だ。
俺の右目を奪った報いをくれてやらないとね。
そっと手で右目に触れる。
仙丹ですぐには癒さない。その分怒りが薄まってしまうから。
残った左目で雪姫を見つめて笑みを浮かべる俺。
さあて、さっきはさんざん偉そうに俺を罵ってくれたけど、雪姫は絶対絶命の危機にどういった反応をしてくれるのかな。
莫邪宝剣を持ったまま、ゆっくりと雪姫に近づく俺。
雪姫の傍に控える2体の機械種が俺に向かってくる。
そう言えば、居たね。君たち。
先行して白いウルフは牙を剥いて俺に飛びかかる。
狙いは俺の首すじのようだが・・・
スッ
斜め前方への片手切上。
宙にいるウルフへの迎撃の一閃は、柳の枝を払うかのようにウルフの首を切り落とす。
ダイアウルフに比べたら、少し性能が低いようだ。
スピードも装甲も2割ほど下回る。
俺の相手ではない。
ほんの少し遅れてキキーモラが、手にした棍を槍に変えて突きかかってくる。
ほう、そんな機能もあるのか。ひょっとして、その槍は発掘品か?
まあ、当たらなければ普通の槍と変わらないけど。
前に踏み込んで、槍の穂先をかすらせる様に躱し、交差する瞬間にキキーモラの首を切断。
キキーモラの首だけが勢いのまま俺の横を通り過ぎ、胴体はその場で力を失って倒れ込む。
「・・・ルフ、・・・モラ」
雪姫の口から機械種の名が零れる。
しかし、それに応える忠実な従僕はもういない。
空しく廃墟に吹く風に流されていくだけだ。
ほら、君を守るナイトはいなくなったよ。
さあ、魔王が迎えに来てあげたんだ。
一緒に俺の城に行こう。ちょうど今ダンスパーティをしているところだ。
踊りの相手をしてもらうからね。
大丈夫。君の大事な機械種も先に行ってくれてるよ。
だからきっと寂しくはないはずさ。
ニコニコと笑みが自然と浮かんでくる。
ああ、俺って今、悪役みたいだな。
か弱い女性に襲いかかろうとする悪役。
俺は今、悪役のロールプレイに酔っているのだろう。
一歩、一歩、ワザと足音を大きく鳴らしながら雪姫に近づいていく。
対する雪姫は、一歩も退かない態度で俺を睨みつけている。
その目に宿るのは、大事な機械種を俺に壊された怒り。
俺と雪姫との邂逅はそろそろ大詰めだ。
いくつものすれ違いが今の状態を招いてしまった。
ほんの少し何かが違えば、もっと良い状態に持ってこれたのではないか。
しかし、選んでしまった選択肢に後戻りはできない。
この結末には何が待つのだろうか。
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