第105話 切り札


 白いキキーモラは手に持った棍、先ほどまで傘だったのが一瞬で変形した、で突きかかってくる。


 白いウルフは俺の後ろに回り込み、足元を狙って攻撃をしかけてきている。


 俺は自分の身体能力をフル活用して、2体の機械種の攻撃を避けまくる。



 コイツラ、連携が上手い。いつまで避け続けられるか分からないぞ。


 とにかく、交渉は失敗した。


 そりゃそうだよな。俺が召喚されてきた勇者だなんて、どうやって信じてもらうんだよ。


 宝貝を見せたって発掘品だって言われそうだし、現在物資の召喚も見せただけならただの収納能力としか見られない。仙丹も再生剤ってなりそうだ。


 焦り過ぎたのが失敗だ。それに妄想の中で、召喚された勇者だ、世界の巫女だとかを考えていたから、つい、おかしいとは思わずに言ってしまった。

 



 どうやって仕切り直そうか。


 できればこのまま撤退と行きたいが、逃げ出しても俺の拠点がバレていることが問題だ。


 この雪姫の激高した様子から、たとえ拠点のビルに逃げ込んでも、そのまま乗り込んでくる可能性がある。


 かといって、名前まで付けている2体の機械種を破壊してしまえば、ますます火に油を注いでしまうだろう。


 俺の取れる手段は、このまま戦闘を長引かせて、俺の実力を雪姫に分からせることなんだが、これがなかなか難易度が高そうだ。


 『俺の中の内なる咆哮』からの突き上げをいなしながら、機械種2体からの攻撃を躱さないといけない。


 もういっそのこと、手や足を破壊して黙らせてしまうか。

 雪姫から恨みをかってしまうかもしれないが、こうでもしないと俺の実力を分かってくれなさそうだし。


 ただ、それを素手でやるのは少し難しいかもしれない。

 キキーモラのリーチは長いし、ウルフの牙と爪は侮れない。

 こっちも傷つくのが嫌だから、どうしても回避優先になってしまい、攻撃を当てることに集中ができない。


 莫邪宝剣ならば一瞬で片が付くだろうが、明らかに通常品とは異なる宝貝を見せるのは抵抗がある。悪目立ちする光の剣なんて見せたら、さっき聞いた『聖遺物』と誤解されて追いかけまわされる可能性もある。


 さて、どうしたものか?






「モラ、ルフ、仕留める」


 雪姫が2体の機械種へ指示を出す。


 先ほどまで雪姫は家屋の残骸跡に留まりながら、ただ戦闘を眺めていただけようだったが、ここにきて指揮を取り始めるとは、よほど俺のことを早く仕留めたいのだろう。



 ん?ひょっとして、雪姫を取り押さえたら終わるじゃないか。

 マスターを人質にして、機械種の攻撃を止めさせればどうなるんだろう。

 今の段階だったら、取り押さえても勢いで殺してしまうことはなさそうだし。

 

 あそこまでなら俺の縮地とダッシュを組み合わせれば一瞬だろう。

 指揮官が無防備なのは戦闘においてはありえない。

 どうやら雪姫はそれほど修羅場をくぐっているわけではなさそうだ。


 俺が雪姫に視線を向けたのが分かったのか、キキーモラが俺の視線を遮るように移動する。


 くっ、キキーモラが邪魔だ。

 

 そして、その隙を突くようにウルフが足元に噛みついてこようとする。

 さらに合わせるようにキキーモラも根を下に下げて下段攻撃をしかけてきた。



 ヤバッ



 足への同時攻撃を飛び上がって躱す・・・




 ドカッ!!



 え



 ジャンプして2体の攻撃を躱したと思った瞬間、肩を殴られたような衝撃を受け、そのまま受け身も取ることができずに吹っ飛ぶ。





 ダンッ!ダンッ!ダンッ!ダンッ!ダンッ!ゴロゴロゴロゴロ!!





 地面を転がりながら20mくらいは吹っ飛ばされたようだ。

 飛び上がっていたところとはいえ、ここまで吹っ飛ばされるなんて。

 一体何に殴られたんだ、俺。


 幸い、殴られた肩も服越しだったせいか、痛みは全くない。

 何度も地面に叩きつけられたけど、一応手足も無事のようだ。



 う、転がされたから遠心力で頭がクラクラする。


 イカン、まだ戦闘中だ。

 早く立ち上がらなくては・・・う、酔ったみたいで気持ち悪い。


 ようやく上半身を起こして、酔いを醒ますかのように頭を左右に振る。

 



 あいつらは何処だ?


 あ、あれは・・・




 こちらに目を向けてくる機械種が3体。

 一体はモラと呼ばれている白いキキーモラ。

 もう一体は、ルフと呼ばれた白いウルフ。

 そして急に現れた豹の顔をした2mくらいの大男・・・


 いや、ヒューマノイドタイプの機械種か!






「まだ動けてる。意外に頑丈。それとも発掘品の効果?」


 雪姫が3体の機械種の後ろから声をかけてくる。


「驚いた?これが私の切り札。ヒューマノイドタイプ、ワーパンサー、ストーカーのパサー」


 雪姫は聞かれもしていないのに自分の機械種を紹介してくる。

 その顔はほんの少しだけ笑みを浮かべていた。

 

 その声にほんの僅かだけ、自分の機械種を誇らしげに語る響きを感じる。

 なんだよ、コイツ。自分の従属させている機械種を自慢して嬉しがっているのか?



 いや、それより新たに現れた機械種か。

 雪姫はヒューマノイドタイプ、ワーパンサー、ストーカーと言っていたが。

 ワーパンサーは豹だったよな。狼人間の豹バージョンってとこか。

 それにストーカーってあの女性に付きまとう奴のこと?・・・って違うか。


 そう言えば、ストーカーという言葉には『獲物を忍び寄る者』という意味があったな。ゲームの中でもモンスターにそういう名前の奴がいたはずだ。確か能力は姿を消せる・・・まさか?


 俺がそれを指摘しようとしたが、それを遮るかのようにワーパンサーの姿はゆっくりと周りの風景に同化していく。


「これがパサーの光学迷彩。さっき貴方は私を狙おうとした。でも無駄。この子がいつも私の護衛をしてくれている」



 なるほど。確かにおかしいとは思っていたんだ。


 スラムの中じゃあ、キキーモラもウルフも手を出すのを躊躇うくらいの脅威となるだろうが、そんなもの、街で見た人型や、大型の機械種と比べたら明らかに格下だ。


 その格下の2体が護衛をしているだけで、街の権力者達が遠慮するわけがない。どれほどチューンナップして強化しようと絶対の戦力差にはならないはずだ。


 あの機械種ワーパンサーが彼女の本当の戦力ということか。



「今なら這いつくばって、先ほどの言葉を泣きながら撤回すれば、生かして返してあげてもいい。もちろん、発掘品は全て置いていくこと」



 Sっ気満々なセリフを宣う雪姫。

 無感情キャラを装って、実はタカビー女王様キャラだったとは!

 今までと変わらない口調で淡々と言ってくるから余計に苛立ってくる。

 

 これが素の雪姫の姿なのだろうか。憧れのキャラを重ね合わせてドキドキしていた俺の純情を返せ!


 なんか、だんだん腹が立ってきたな。なんでこんな女に惹かれてしまったんだ。




「返事はまだ?発掘品を取り上げられるのが嫌?私が気を遣って、誰もいない廃墟でことを済ませてあげようと思ったけど。チームのことが気になるなら私が伝言しておく。貴方は自分を鍛え直す旅にでましたって」


 雪姫は見透かすような目を俺に向けてくる。 

 

「どうやら貴方は外聞を気にする質のよう。でも、外聞というのはそれなりの実力をもっているから守らないといけないもの。貴方みたいな運良く拾った発掘品で、実力者になったような気分になっている愚か者は守る必要がない」


 今まで無口キャラで通してきたくせに、人を罵る言葉はスラスラと出てくるな。

 

「早く這いつくばる。みっともなく命乞いをして、私の気を晴らすことができたなら五体満足で返してあげる。それにちょっとくらいなら別の街への運賃くらい出してあげていい」



 クソ、ここまで言われて、言われっぱなしは我慢ならないぞ。



「おい、雪姫!」


「何?」


 突然の俺の物言いに、一瞬戸惑いを見せる雪姫。


「キキーモラだから『モラ』とか、ウルフだから『ルフ』とか安直過ぎないか?それにワーパンサーだから『パサー』ってなんだよ。ネーミングセンス無いな、アンタ」



 これくらい言い返しても良いだろう。俺には美少女に罵られて喜ぶ趣味は無いんだ。


 俺の言葉に、しばし呆然とした様子で俺を見つめてくる雪姫。

 

 俺と雪姫の間に流れる10数秒の無言の時間。


 そして、雪姫はゆっくり俺に背を向けると、そのまま離れていく。



「馬鹿な人」



 振り向かずに紡がれた言葉は、俺の耳にはそう聞こえたような気がした。


 その直後・・・




 ガチガチガチガチガチガチガチガチ



 周りから聞こえる何かの集団が歯を打ち鳴らすような音。


 


 え?なんだ・・・




 いつの間にか俺を囲んでいるのは、数十体はいると思われる白いラットの群れ。


 それが一斉に白い洪水となって、未だ立ち上げれていない俺に襲いかかってきた。


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