第104話 邂逅
朝、皆より早く拠点を出る。
ナップサックを片手に廃墟へと進む。
ロビーで待ち構えていたサラヤから受け取ったのだ。
『ヒロ、がんばって。応援しているから』
出ていく時にサラヤから掛けられた言葉がまだ耳に残っている。
あの子は色々と背負い過ぎだ。出ていくと決めた俺のことなんて後回しにすればいいのに。
たとえ、雪姫から一緒にこの街から出ようと誘われても、チームトルネラのことが片付くまで待ってもらおう。
今の段階なら雪姫とチームトルネラの皆と天秤に乗せれば、後者の方が重い。
もちろん、これからの会談でどうなるか分からないが、チームトルネラと過ごした9日間はそんなに簡単に色あせるものじゃない。
ちなみに白兎はザイードの整備室に置いてきた。
相手は感応士だから、万が一争いになった時に、俺の大事な白兎を取られる可能性があるからな。
未来視でピアンテに白兎を奪われたシーンを見たことが思い出される。
もし、あんなことになってしまったら『俺の中の内なる咆哮』が絶対に許さないはずだ。そういったリスクを減らす為に白兎は置いていくのが正解だろう。
廃墟に着くと、すぐに白いピジョンが俺の前に現れる。
俺の前方で軽く旋回すると、雪姫のいる方向と思われる方へ羽ばたいていく。
おいおい、置いていくなよ!
慌てて走り出す俺。
一応スピードは落としてくれているようだ。
だから俺の走行速度も常識的な範囲に留まっている。
5分程走ったところで、白いピジョンはかろうじて家の形が残る家屋の残骸へと入っていく。
そして、家屋の残骸から出てくる2体の機械種、白いキキーモラと、白いウルフ。
2体が出てきたのを確認した俺は、スピードを緩めてゆっくりと進む。
2体とも警戒はしているようだが、戦闘態勢ではない。
キキーモラは白い傘のような物を持っているだけだし、ウルフはこちらを興味無さげに見ているだけだ。
周りを見ても、大人数が隠れているようには見えない。周りの瓦礫に身を潜めていたとしても、すぐに襲いかかって来られそうなのは10人くらいが限度だろう。
怖いのは狙撃手くらいか。念のため、フードを被っておこう。
「その辺りで止まりなさイ」
雪姫とは違う女の子の声。
少しばかり幼さを含み、言葉尻の発音に違和感が残る。
ああ、このキキーモラがしゃべったのか。
まあ、ボスも話すことができるのだから、当然か。
言われた通り、キキーモラやウルフから5mくらい離れた所で立ち止まる。
「雪姫様がお出でになりまス」
キキーモラがそう宣言すると、先ほどまで気だるげにしていたウルフがピンと姿勢を正し、キキーモラがくるっと優雅な足さばきで後ろに振り返り、主を迎える姿勢をとる。
家屋の残骸から出てくる白い姿。
辺りは廃墟なのに、その一片の曇りもない艶やかな白は、それだけで周りの空気を変えてしまいそうだ。
俺はその気品に圧倒され、一瞬周りの廃墟が宮殿に代わったような錯覚に陥る。
ああ、雪姫だ。
2日前に会った、白銀の女神。
一目で恋に落ちてしまったその美貌。
その名の通り、『姫』と名乗られても何の違和感もない。
身に纏った気品から間違いなく上流階級の出なのだろう。
礼儀なんて縁のない俺だが、それでも雪姫の立ち振る舞いは完璧なもののように見える。
近くにいるだけで、ひんやりとした冷気でも纏っているようなオーラを感じてしまう。
これが生まれついての貴種に備わった威厳というものか。
思わず跪きそうになりたくなるのを堪える。
日本人的感覚として、偉そうにしている人には、つい頭を下げそうになってしまうんだけど。
初対面が肝心のはずだ。もし、これから長い付き合いになるとすれば、このファーストコミュニケーションが今後の力関係を決めてしまうかもしれない。
俺の個人的な嗜好からも、姫様を守る騎士プレイよりも、勇者として高貴な姫に慕われる方が好みだ。
さあ、雪姫はなんと言ってくるのだろう。
『勇者よ。お待ちしておりました』
『この世界を救う為、力を貸してください』
『この世界に現れた魔王め!』
『私と勝負しなさい』
『貴方のことを好きになってしまったんです』
『一緒にこの街から旅立ちましょう』
勇者に祭り上げられるのは好きじゃないな。世界を救う責任を負わせられるのは御免だが、報酬と条件次第では考えてあげてもいい。
魔王呼ばわりはいきなり敵対コースか。最初は敵の位置にいるヒロインは珍しくない。その場合はどうやって誤解を解いていくかが課題となる。
力を見せつけて、怖がらせた後に優しくしたら、そのギャップで惚れられたりしないかな。
実は向こうも一目惚れという大穴も忘れちゃいけない。可能性は一番低いけど。
俺は雪姫の言葉を待つ。期待と不安に揺れる目を雪姫に向けながら。
対する雪姫は何の感情も浮かべずに俺の方を目を向けているだけだ。
そして、その白皙の相貌に紅一点を主張している唇から、俺に対する要望を紡ぎ出す。
「チームトルネラのヒロ、貴方の持つ発掘品を私に差し出しなさい」
は?
一瞬、俺は雪姫が何を言っているのか分からなかった。
いや、意味は分かるのだが、それを理解できなかったというのが正しい。
発掘品?なんで?どういう意味だ。そんなのものを俺が持っている訳ないぞ。
呆けたような顔を晒す俺に、雪姫はもう一度言葉を放つ。
「ヒロ、貴方の持つ発掘品を私に差し出しなさい。人を昏倒させる杖、人から身を隠すもの、身体能力を上げるもの。貴方は少なくとも3つの発掘品を持っているはず。それらは貴方には不相応なもの。私達が有効に利用するから、私に差し出しなさい」
その声には何の感情も籠っていない。ただ自分にとって当然と思っている一方的な要望、いや、命令を下しているだけのようだ。
人間を昏倒させる杖、これは打神鞭のことか。そして、人から身を隠すもの、これは隠蔽陣。身体能力を上げるものというのは俺の闘神スキルの効果だが・・・
これを雪姫は発掘品と勘違いしているということか。
たしかに俺の異常さをチームトルネラの皆は一時、俺が身に着けている発掘品の効果かと勘違いしていたことがあった。
明らかに強そうに見えない俺が機械種をバンバン狩ってくることから、そう思われてしまったのだが。
しかし、なぜ、雪姫はそう勘違いしてしまったのか。
さらに打神鞭の効力を知っている。これは実際に使用しているところを見なければ分からないものだし、この打神鞭で人間を昏倒させたのは1回しかない。
そう、あのディックさんを助けた時・・・
あ!
あの白い影か!
打神鞭を使用した直後、周りを見渡して見えたあの白い2つの影は、雪姫とキキーモラだったのか!
あの時、かなり離れていたからバレていないと思っていたが。
ひょっとして、あの時から俺は目を付けられていて、雪姫が従属させている機械種に見張られていたのかもしれない。
マズイ!
一体どこまでバレているんだ?
俺の秘密はどこまで知られている?
顔色の変わった俺を見て、雪姫は目をほんの少し細めて言葉を続ける。
「貴方はその発掘品の力で随分とスラムでは活躍したと聞く。その発掘品をどうやって手に入れたかは知らないけど、貴方が持つには大きすぎる力。大きすぎる力はいずれ不幸を招く。貴方もう十分に良い思いをしたはず。痛い目を見る前に私に差し出しなさい。今ならいくばかのマテリアルを払ってもいい」
雪姫の口調は相変わらず抑揚が少ない平淡なものだが、言葉には俺への窘めのようなものが混じる。
どうやら俺は不相応な発掘品の力でいい気になっている若造と思われているようだ。
そんな俺から発掘品を巻き上げるのは容易だと思ったのだろうか。
雪姫の様子からは、まるで人間として俺を認識していないかのような印象を受ける。
誰もいない所でただ1人、カンペを読み上げているような、そんな雰囲気を感じる。
その言葉は雪姫の本意ではないのかもしれない。
しかし、言っている内容は到底、俺が納得できるものではない。
いくばかのマテリアルを支払う?馬鹿を言うな。普通の発掘品だって非常に高価な物と聞いているぞ。
それは単なるカツアゲだろうが!いや、強盗、脅迫だ。そんなの許されると思っているのか!
そう、オレカラウバオウトスルナンテ!
俺の中の内なる咆哮が唸りを上げる。
「!!!」
雪姫の傍に控える2体の機械種が雪姫を守るように前に出てくる。
俺の目から溢れる怒りを感じたせいだろう。
いや、まて。『俺の中の内なる咆哮』よ。この子は俺のヒロインかもしれないんだ。
お前に任せたら間違いなく殺害してしまうだろう。
それはあまりにも勿体ない。
それに誤解があるのかもしれない。もう少し話を続けさせてくれ。
雪姫の言っている内容は傲慢と呼べるものだ。それが雪姫の本心からの言葉であれば、俺の好みの性格からほど遠い。
しかし、ピアンテのように意地を張って無理をしていることだって考えられる。
本当はこんなことはしたくないけど、使命があって・・・とか。
かなり無理があるのは分かっているが、せっかく会えたヒロイン候補なんだ。
今ここで友好的になれなくても、次の機会があるかもしれない。
ここで未来のヒロインを殺してしまう訳にはいかないんだ。
俺は湧き上がる殺意を抑えながら雪姫に質問をする。
「なぜ、俺が発掘品を持っていると?」
「私自身が貴方が発掘品を使用しているところを見たから。その後、機械種に追いかけさせたけど、貴方は急に姿を消してしまった。私の機械種が見落とすはずがないのに」
ディックさんを担いで逃げた後のことか。
確かに路地裏で見つからないよう隠蔽陣を使ったな。
「次の日にスラムで見つけた貴方を尾行させた。草原に向かって人間とは思えないスピードで走る貴方に追いつくことはできなかったけど」
「ウルフなら追いつけるんじゃないの?」
俺の唐突な質問に眉を寄せて不快感を示す雪姫。
ああ、話の腰を折っちゃったか。悪い癖だなあ。
「スラムとは言え街中で、ウルフを単独で尾行させたら大事になる。使ったのはもっと小さい機械種。そのせいで貴方を見失ってしまった」
小さい機械種、ラビット?いや、ラットみたいなのか。そう言えば総会に行く途中で白いラットを見かけたな。あの時も尾行されていたのか。
「チームトルネラの拠点に忍び込めれば最良だった。でも、あそこはどうやらそういった機械種対策を念入りにしているようだったから諦めるしかなかった」
そうだったの?意外だな。あのビル、そんなにお金をかけている風でもなかったけど。
「貴方の行動はここ数日、そうやって機械種に見張らせてた。ダンジョンの中は無理だったけど。でも、貴方の情報はそろえたつもり。その結果、貴方は少なくとも3つの発掘品を持っていると私は結論付けた」
「ふむ。では次の質問だけど、なぜ発掘品を欲しがるの?」
お、雪姫の眉間の皺が深くなった。質問続きで不機嫌にしてしまったようだ。
もう少し我慢してくれよ。俺も我慢しているんだから。
「『聖遺物』の可能性があるから。それを集めることが私達『鐘守』に与えられた使命」
はい、『使命』来ました。
それに『聖遺物』と『鐘守』か。実にそれらしいワードだ。
『聖遺物』というのは発掘品の中でも強い能力を持つ物のことかな。そして、『鐘守』は人類を機械種から守っている『白鐘』と何か関係がありそうだな。
言葉の響きから白鐘を守る一族とかだろうか。彼女はその中で、重要な地位に就いているに違いない。
やっぱり雪姫は巫女だったんだ。これはヒロインの可能性がグンと高くなった。
ああ、殺したくない。何とか俺から奪うのを諦めてもらわないと。
「そ、その聖遺物を集めてどうするつもりなの?」
俺の質問に対し、さらに雪姫の目が険しくなる。
表情はあまり変わらないが、目を見るだけで苛立ってきているのが分かる。
しかし、俺としても何か妥協点を引き出さないといけないんだ。
「・・・『白き鐘を鳴らす者』へ献上する。いずれこの世界に現れる『赤の帝国』の世を終わらせてくれる方への助力とする為に」
来た!『白き鐘を鳴らす者』。これまた、いかにもなワードだ。
どうする?これが世界を救う勇者という意味なら、この世界に呼ばれた俺がそうである可能性が高い。いや、間違いなくそうだろう。
しかし、それを言ってしまうことで、その使命から逃げられなくなる。
勇者に祭り上げられてしまい、自由を失ってしまうかもしれない。
でも、それ以外に穏便に今の状況を終わらせることはできないだろう。
いつまでも『俺の中の内なる咆哮』を抑えていられないぞ。
「そろそろ私に差し出しなさい。それとも痛い目を見てからの方がいい?」
まるで棒読みのようなトーンで俺へ脅迫めいた脅し文句を放つ。
雪姫のような神秘的な美少女からチンピラのようなセリフを聞くと、違和感が半端ない。出来の悪い寸劇を演じているようにも見えてしまう。
「痛い目って、その機械種でか。ここって白鐘の効果範囲外だっけ?」
「何を言っている?優れた感応士は白鐘の効果範囲内だって、機械種に人を傷つけさせることくらいできる。流石に街中だと制限もあるけど、ここまで離れていたら影響なんてほとんどない」
マジか!それは初耳。感応士が恐れられるわけだな。
「もう質問タイムは終わり。差し出すのか、痛い目を見て身ぐるみ剥がれるのか選びなさい」
『身ぐるみを剥ぐ』ってそんなセリフを美少女が言うもんじゃないと思うけど。
それが雪姫の最後通告であったのだろう。
傍に控える2体の機械種が一歩前に進む。
俺へ威圧をかけているようだが、逆効果にしかならない。
ヤバい。『俺の中の内なる咆哮』からの突き上げが強くなってきている。
コロセ、コワセと連呼してきて、抑えるのが難しくなってきた。
駄目だ。もう言うしかない。これも俺のヒロインを守るためだ!
「雪姫!俺がその『白き鐘を鳴らす者』かもしれない。俺はこの世界に呼ばれてきたんだ。だから不思議な力をいくつも持っている!それに俺には・・・」
雪姫の雰囲気が一変する。
先ほどまで自分の意思が見えない、まるで人形のような雰囲気を纏っていたが、急に何かの強い意思が彼女の中へ入り込んだような印象を醸し始めた。
そのあまりの変化に俺が言葉を詰まらせていると
「貴方は尊き『白き鐘を鳴らす者』を僭称した。それは千回死んだって釣り合うことのない重罪」
今までの、深夜に降る冷たくも無く積もりもしない、ただ白いだけの粉雪のような声とは違う。
それは永遠に溶けることのない万年氷壁より冷え切っていた声だった。
その中に混じるのは、間違いなく俺への敵意。
その声を聴いた瞬間、俺は失敗を悟った。
間違えてしまった。選択を。
なぜ?いつも俺は選択肢は『保留』を選んでいたじゃないか?
なんでこんな時に限って選択しちゃうんだよ。
それも最悪の選択肢を選んでしまうんだ。
「モラ、ルフ、やりなさい」
雪姫の命令を受けて、2体の機械種が飛びかかってきた。
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